FABRIC TOKYOのLTV最大化法② OMO全体で一環した顧客体験を設計する

『リテール・デジタルトランスフォーメーション D2C戦略が小売を変革する 』(インプレス刊)第4章より(第2回)
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D2CはOMO戦略と親和性が高く、FABRIC TOKYOもその考え方を経営の根幹に据えています。オンラインとオフラインを分けるのではなく、一体として捉え、オンラインを基軸としてビジネスを展開していく必要があるのです。

これは、リピーターに対して、LTVを最大化する上でも同様です。一方通行の考え方ではなく、デジタル接点もリアル接点も相互に連関し、一体となって顧客体験を作る状態を前提としてマーケティングやバリューチェーンの構築を考えていくべきでしょう。

タッチポイント(顧客接点)の見極めも重要な論点です。

タッチポイント
  • デジタル接点の「テックタッチ
  • 人・場所接点の「ロータッチ」(例:店舗やイベント会場等)
  • 人接点の「ハイタッチ」(例:店舗等で人と人が直接触れ合う)

出所:藤井保文、尾原和啓著『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP/2019年)、ニック・メータ他『カスタマーサクセス サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』(英治出版/2018年)

それぞれのタッチポイントが顧客体験上でどのような役割を果たし、OMO全体として一貫した顧客体験を形作るのかを把握します。

例えばFABRIC TOKYOなら、ビジネスカジュアルの夏の時期は顧客の購入タイミングにあたりますが、テックタッチだけでは購入まで踏み切れないかもしれません。

運動をして筋肉がついて体型が変わったけれど、サイズ感やデザインと体型がどうマッチするのかわからない顧客は、オンラインでの購入を躊躇するかもしれません。そのような顧客を想定してテックタッチでリーチし、店舗での体験を訴求する必要が出てくるかもしれません。一方で、体型が変わったが、店舗へいく暇がないため、ズーム等オンラインでの体型診断を必要とする顧客もいるかもしれません。

このように、すべての顧客の購入タイミングを一律同様の訴求で捉えず、様々な価値観やニーズに最適化した訴求で、タッチポイントを使い分けるべきです。オンラインだけではなく、オフラインも利用できる強みを活かし、全体として一貫した顧客体験を構築すべきと思います。

そういった意味で、「八百屋のone to oneマーケティング」はOMOの本質を突いているかもしれません。お勧めの野菜や顧客の傾向を汲み取って提案するのはもちろん、時には御用聞きや配達にも応じてくれたりします。お得意様の台所事情=購入タイミングをそれぞれ把握し、店舗・配達などのタッチポイントを使い分け、場合によってはツケ払い(ユーザーペインの解消)などにも応じる姿勢は、一貫した顧客体験を構築しています。

LTVを最大化する意味でも、こうした身近な例も参考になります。想像力を働かせ、顧客とのタッチポイントを探してみてください。

カスタマーサクセスポイントを把握する

昨今、B2BのSaaS(Software as a Service)を中心に、カスタマーサクセスというワードが普及しています。直訳すると「顧客の成功」といった意味で、顧客のゴール(=成功)を理解した上で、各種施策を実行していこうということでしょうか。B2Bでは一般的に使われている概念ですが、定義はかなり曖昧なので、「その商品やサービスを利用して、顧客の自己実現や成功体験を叶えること」といった趣旨で筆者は捉えています。

例えばナイキであれば、何を顧客の成功として捉えているのでしょうか。イメージとしては、「このブランドやサービスを利用するとき、私は○○になった気分」と思わせるのがブランドの自己実現、成功体験ではないかと思います。ナイキの場合なら、「マイケル・ジョーダンのようにストイックな選手でありたい」などの欲求を満たす瞬間が、カスタマーサクセスに当たるのではないかと思います。

例えば、エアーマックスを履いた瞬間や、または履いて練習をしたときに少し前より上手くなった気分の高揚、などといった瞬間にカスタマーサクセスが訪れるのではないでしょうか。

カスタマーサクセスとは約束を果たし続けること

このカスタマーサクセスを常に把握せずして、LTV最大化は期待できないように思います。

FABRIC TOKYOでも、カスタマーサクセスのポイントを意識して、ビジネスを展開しています。商品が届いて箱を開けたときの感動、初めて着用したときのフィット感、オーダースーツを着てはじめて出社したときの気持ちのアップデート感、周りや奥さんから褒められたとき、着用して商談が成功したときなど、様々なカスタマーサクセスの瞬間があるかと思います。

企業側からすると、「○○ができます」「△△とここが違う」のような機能アピールで競争しがちですが、他と比較できるものは代わりが効くため、それだけでずっと選ばれ続けることは難しいのが現代です。

それよりも顧客の心理からすると、「何を約束してくれるのか」「どこへ導いてくれるのか」「信頼できるのか」のほうが気になるのではないでしょうか。このようなカスタマーサクセスをしっかり特定し、顧客と約束したことを常に実行していくことが大事です。

結果として、カスタマーサクセスは、すなわちブランディングであって、ブランドが掲げた約束を果たし続ける挑戦なのかもしれません。どんな想いで企画しているのか、企業の思想が見えてくるとそこに期待が生まれて、その期待に応えると顧客の喜びになるのではないでしょうか。

カスタマーサクセスは、第2章で紹介した「ブランドとしての顧客との約束」にあたる部分や第3章のWHOと関連付けて考えるのが良いと思います。顧客のライフスタイルやストーリーの中でカスタマーサクセスを特定した上で、ブランドの約束として実行していくと良いでしょう。

そのためには、図4-4のように理想の顧客像に向けて、各種カスタマージャーニー上でのペインを解消し、離脱を防いでいきます。その一方、顧客のエンゲージメントを高める施策も実行し、約束を果たすためのオペレーショナル・エクセレンス(業務改善サイクル)を磨き上げていくこの一連の活動を筆者はカスタマーサクセスと呼んでいます。

図4-4 カスタマーサクセスへの道程

顧客のエンゲージメントを高める

FABRIC TOKYOでは、スーツが届いて着用したらサイズが合わなかったなど、顧客がペインを感じるとそこで離脱してしまう可能性があるため、お直しの保証サービスなどを充実させています。お直しというと「時間がかかる、面倒」といったイメージがありますが、手続きの簡便さを追求したり、利便性を高めたりすることにより、顧客のペインを解消しています。

さらにホワイトフライデー、ファンイベント(シーズンリリース時に顧客へコーディネートを提案する)など、各種ブランドの理念を掲げる企画で、顧客のエンゲージメントを高めていきます。その他、ワイシャツや、カジュアルジャケットなど、スーツ以外の商材もコーディネートの提案でクロスセルを高めていき、そこでも離脱させません。最終的に、顧客との約束として、例えば「自分らしくデザインされた前向きな人生を送れるような」カスタマーサクセスを目指していくのです。


※この記事は『リテール・デジタルトランスフォーメーション D2C戦略が小売を変革する』(インプレス刊)の一部を編集し、公開しているものです。

 

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小売業のDX化を推進する活動を背景に、D2Cの基礎知識、世界観の作り方、オンラインとオフラインの融合(OMO戦略)、マーケティング戦略、組織運営、さらにその先の未来の話(RaaS)まで、具体的な事例やデータを盛り込みながら解説します。

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リテール・デジタルトランスフォーメーション
D2C戦略が小売を変革する

三嶋憲一郎/FABRIC TOKYO 著
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