日本発D2C企業の代名詞「FABRIC TOKYO」が実践してきた「LTVを最大化する方法」
D2Cにとっての最重要指標はLTV(Life Time Value)。LTVとは顧客生涯価値を意味します。顧客が長期にわたり商品やサービスを使い続ける可能性を表し、かつ収益性が高いかどうかを測る指標です。またこれは、ブランドのWHAT(提供価値)を考えていく際の指標にもなります。
商材の購買頻度を把握する
LTVの計算式
LTV=平均購買単価×購買頻度×継続購買期間×限界利益率(または粗利率)
このうち、平均購買単価と購買頻度を掛け合わせると、ユーザー1人あたりの平均売上金額を把握することができます。これをARPU(Average Revenue Per User)と言います。
ARPUの計算式
ARPU=平均購買単価×購買頻度
LTVを算出するための前提として、ARPUの想定は必須です。例えば、FABRIC TOKYOの事例としてスーツで考えれば次のようになります。
あるべきARPUの想定(スーツの場合)
平均購買単価:5万円
購買頻度:1年間平均1.5回
1年間のARPU:5万×1.5=7万5000円
平均購買単価を5万円、購買頻度を年間平均1.5回とすると、1年間のあるべきARPUとして7万5000円が導き出されます。
あるべきARPUを目標にする
D2C立ち上げ時のスタートとしては、まずは1年間のあるべきARPUを目標として、LTVの最大化を図っていくべきと考えます。このARPUから導き出されたLTVのユニットエコノミクスが成立しないと、そもそも商材選びからやり直す必要があるため注意が必要です。
ユニットエコノミクスが成立していない場合、商材を変更するか、立ち上げ時からある程度様子見した時点で、周辺領域のクロスセル商材等を想定しておく必要があるでしょう。
また当然、この数値は商材のARPUの最大値なので、購買頻度が実際にどうなるかは、サブスクリプションサービスでない限り、サービスを開始して一定期間を経ないとわかりません。立ち上げ初期に、どの程度の期間で、どの程度のリピート率になるのか検証する必要があります。
スーツの場合は、商品到着直後にリピートする顧客が多かったため、平均の購買サイクルは1年程度ですが、半年も経過すればどの程度の購買頻度になるのか想定できました。そして、必ずあるべきARPUとの差分ができるので、その差分は何なのかしっかりとユーザーヒアリングを実施して、リピートを妨げているハードルを特定し、サービスの改善につなげるところまで行うのがお勧めです。
クロスセルのARPUの想定
立ち上げ初期に、周辺領域のクロスセル商材がある場合は、それとミックスしたARPU、およびミックスした場合のあるべき購買サイクルも準備する必要があります。
例えばFABRIC TOKYOでは、立ち上げ初期からシャツも販売していました。
あるべきARPUの想定(シャツの場合)
平均購買単価:1万円
購買頻度:1年間平均3回
1年間のARPU:1万×3=3万円
こちらも平均購買単価を1万円、購買頻度を年間平均3回とすると、1年間のあるべきARPUとして3万円が導き出されます。つまり、先のスーツと合算すると、1年でのクロスセル合計のあるべきARPUは10万5000円となります。
その上で、表4-1のように初回購入から1年間のクロスセルも想定した、購買頻度の仮説を準備し、それに対して検証を繰り返すと良いでしょう。
あるべきARPUに到達することは、立ち上げ初期にはまずないため、焦らずに原因を追及しましょう。また、あるべき値を設定せず、いたずらにARPUを上げようとすると、顧客にとって購入タイミングがないのに、買い増しを促し続ける訴求になってしまうことになります。
買い増しを促すことは簡単ではなく、なかなかARPUは上がりません。「今だけ安い」「期間限定」などのCall to actionを付けることで、購入タイミングへ切り替える訴求をし続けることになりかねません。顧客が購入する量には限界があるのであって、顧客の財布は他商材との争奪戦ですので、注意が必要です。
あるべきARPUになっていないということは、必ずそこにユーザーペインが存在します。それを解消してこそ、LTVの最大化という土台にやっと乗せられるのです。
コホートによるリピート率を管理する
コホート分析にはCPM(Customer Portfolio Management)、RFM(Recency Frequency Monetary)など様々な手法がありますが、ここでは、D2C向けのリピート率管理手法として、FABRIC TOKYOで実施しているリピート率の管理手法を説明します。
弊社では1回目のリピートをするかしないかが、その後のLTVを左右するキードライバーになっているため、1回目のリピート率とリピート平均購入回数を全体として管理しています(図4-1)。
また、スーツで言うと、1年に1回の購買が多数を占めるため、1年を1つの測定の区切りとしています。そして、1年目のリピーターが、2年目、3年目へ遷移しているかどうかを観測していきます。
先ほど説明した1年でのあるべきARPUや2年目以降でのあるべきARPUなど、どの程度ギャップがあるのかどうか差異を特定し、対策を講じていきます。商材の購買頻度などにより、1年でなくても3ヶ月や6ヶ月など測定の経過単位が異なるかと思いますが、目安としては顧客獲得コストの投資回収期間、購買頻度等により適切に設定してください。
また、FABRIC TOKYOでは全体のリピート管理としては、2回目以降のリピートを平均購入回数としてまとめていますが、図4-2のように2回目、3回目のリピート率などを細かく管理するのも良いかと思います。どこがLTVを上げるボトルネックとなっているのかがわかってきて、またどこのリピート回数を超えるとその後LTVが伸びるかがわかると思います。
さらに、図4-3のように、1年目、2年目、3年目など継続率を追っていくと長期でのリピート率を把握していくのも良いと思います。
また、筆者が参考にしているコホート管理のサンプルも以下にURLを参考に掲載します。
グロースの前のバケツの穴を埋める
スタートアップの業界ではよく言われることですが、D2Cにおいても、マーケティング投資を加速する等グロースのフェーズに入る前に必ず、LTVを上げて投資対効果が合う状態を作りましょう。
特にD2Cではもの売りがLTVの中心になりますので、サブスクリプションサービスでない限り、LTVのトラックレコードも当該期間を経過しない限りは、蓋然性が高まりません。こちらは第6章で詳しく説明します。
商材の購買頻度にもよりますが、適切なLTVの検証期間として、適切な期間を設定し、マーケティング投資などの投資対効果が合うのかどうか検討しましょう。
FABRIC TOKYOでは、商材の購買頻度の特徴から、3年程度をLTVの検証の目安としています。スーツであれば1年に1回が50%程度を占めているので、1年での投資回収を目標としており、さらに2~3年での購買頻度のさらなる継続性、及び2~3年に1回のリピートでの購買戻りを考慮して決定しています。
当然、他商材の購買頻度やクロスセルの構成率によっては、短期で見ることも可能でしょうが、FABRIC TOKYOではサービスインしてから、3年程度はグロース投資(マーケティング投資や店舗出店投資等)をしてきませんでした。それまでは、ほとんどLTVに関する投資で、バリューチェーンを磨くものだけに投資してきました。
D2Cではここを見誤ると、焼き畑な投資となり、損益分岐点がどんどん遠くなってしまいます。スタートアップの死の谷からなかなか抜け出せなくなるため、注意が必要です。
タッチポイントの最適化がLTV最大化の鍵
あるべきARPUを最大化し、適切な訴求をしていくためには、ユーザーペインの解消と顧客の購入タイミングの想定が肝心です。
当然、顧客の購入タイミングを具体化するには、顧客インサイトからの濃密なストーリーとペルソナの想定があってはじめて作成できるものなので、不安な方は第3章をもう一度読み返してみてください。年間を通した詳細な見取り図をスケジューリングできれば、顧客獲得だけでなくリピーターの訴求にも役に立ちます。
ただし、リピーターに対する訴求としては、初期的にはメルマガやSNS等が中心になることが多いと思いますが、常にオンラインでのタッチポイント(顧客接点)が最適であるわけではありません。紙媒体のDMやカタログ、はたまた店舗での体験なども、顧客へのリーチを最大・最適化し、顧客の購入するきっかけを捉えるチャネルになります。適切なタイミングとチャネルを見極めた訴求をするためにも、顧客の購入タイミングの具体化は必須とも言えます。
また、顧客の購入タイミングが年間を通して非常に少ないD2Cブランドもあるでしょう。第3章でも説明したキャスパーのマットレス、アウェイのスーツケース、ワービーパーカーの眼鏡なども、顧客の購入タイミングが非常に少ない商材でもあります。そのため、購入タイミングの間をつなぐ、サービスやコンテンツとしてのタッチポイントが非常に重要になります。
FABRIC TOKYOが運営するコンテンツメディア「はたら区」は、まさにそれに当たります。また、アウェイは自社について旅を提案する会社と位置づけ、紙雑誌「HERE」を発行していたり、キャスパーは睡眠やウェルネス関連のコンテンツを雑誌「WOOLY」で発信したりしています(図4-4)。デジタルネイティブブランドにもかかわらず、購入以外のリアルな顧客接点を随所に設けています。どちらもハイクオリティで読み応えがあり、デザイン性も高いものです。
このように、顧客の購入タイミング以外に、随所にサービスやコンテンツを用意すると顧客のエンゲージメントが高まります。これはD2Cの特徴でもある、「ものを売るだけでなく、顧客体験を提供する」という根本的な部分を表していると言えます。
※この記事は『リテール・デジタルトランスフォーメーション D2C戦略が小売を変革する』(インプレス刊)の一部を編集し、公開しているものです。
リテール・デジタルトランスフォーメーション
D2C戦略が小売を変革する
日本発D2Cブランドの代名詞とも言われる「FABRIC TOKYO」が、D2Cによる小売推進・変革のための事業戦略を徹底解説する1冊。
小売業のDX化を推進する活動を背景に、D2Cの基礎知識、世界観の作り方、オンラインとオフラインの融合(OMO戦略)、マーケティング戦略、組織運営、さらにその先の未来の話(RaaS)まで、具体的な事例やデータを盛り込みながら解説します。
DX化が遅れている中小の小売メーカー、ECのビジネスモデル転換を図りたい中小経営者、D2Cの考え方やノウハウを事業戦略に取り入れたい方、モノづくりの分野でスタートアップを始めたい方などに、課題解決のヒントを提示します。