三嶋 憲一郎 2021/8/17 7:00

ライフスタイルのストーリーに基づき、生涯かけてそのブランドで買い続けてもらえるのか。顧客との関係を、いわば揺りかごから墓場まで制することができるのかどうか。結論が出ているわけではありませんが、提案を含めてこの点を検討してみたいと思います。

時間軸だけで考えるのは難しい

スーツで言うと、初めて着用するのは成人式などでしょうか、または新卒1年目でしょうか。当然、揺りかごにあたる初期の顧客は、様々な年代層に散らばるかもしれません。

アパレルでは、コアユーザーの年齢とともに、ブランドがターゲットとする年齢層も変わっていきます。過去にあったアパレルブランドのほとんどのコアユーザーが40~50代に変わっていったのは、揺りかご当時20~30代だったコアユーザーが年を取るのとあわせて変化していったからです。

時間軸だけにとらわれると、時の流れとともにブランドが古びてしまいますし、事業のサステナビリティも低くなります。国内のアパレルブランドが苦しんでいる理由の1つがこの変化にあるでしょう。

当然、揺りかご時期の年齢層に絞って、ブランド作りをすることを否定するものではありません。広い層にブランド展開すると、ブランドコンセプトが薄くなる可能性もあります。そのため、顧客層に合わせてブランドを分けるなどの施策をする必要がありますが、より広い層に愛されるブランドを作る場合には、やはり顧客とブランドとの間に強固な関係性を作るべきです。

これは第1章でも述べたような、WHO(顧客ニーズ)とWHAT(提供価値)の見直し、と言い換えることもできます。

顧客との関係性を強固にする

初めて体験したブランドの感動を忘れないということは、皆さまにもあると思います。筆者の場合、iPodやiPhoneを初めて使ったときの感動体験を忘れませんし、その結果ずっと今でも使い続けています。機種のアップデートがあれば定期的に買い替えをしています。また、そこでの感動体験から、Apple WatchやAir Podsなどなど、他の商品へもクロスセルしていき、LTVはさらに高められていきました。

また、スーツでも初めてオーダーしたお店での感動体験から、ずっと同じブランドを使い続け、ビジネス向けの洋服はすべてそこで買うようになっていきました(もちろん今はFABRIC TOKYOのスーツを着ています)。

このような感動体験は、長くそのブランドと付き合い続けるためのスティッキネス(Stickiness)を強固にします。スティッキネスとは直接的には「粘着性」を意味しますが、転じてブランドやサービスなどへの愛着を表します。エンゲージメントが短期的な愛着を表すとすれば、こちらは長期的で強固な愛着を表すと考えてください。揺りかごから墓場までという長期のLTVを検討するにあたっては、このスティッキネスの解像度を上げることも重要かと思います。

アップルのようなレベルになると、顧客のブランドに対するスティッキネスは強固になり、LTVも揺るぎないものになっていくでしょう。そのレベルにまで、顧客との強固な関係性を構築することを、ブランドの「あるべき姿」として据えると良いと思います。

image_photo

利用時の課題にフォーカスする

商品の購入時に限らず、顧客はむしろ日々の利用時にこそ、様々な課題を抱えています。顧客との関係性を強める施策として、利用時の課題解決や価値提案をすることで、カスタマーサクセスをさらに向上させられる可能性が高まるのではないでしょうか。

D2Cは顧客と直接コミュニケーションできるのが強みです。利用時の課題やインサイトについても、把握しやすいのも特徴です。そのため、当該課題やインサイトについても、新しいコンテンツやサービスを訴求していくことで、顧客との関係をスティッキネスしていけます。

つまり、D2Cブランドが物売りにとどまらないサービス提供者(サービサー)となることで、顧客のあらゆるタッチポイントを制覇していくことが「揺りかごから墓場まで」の本質なのかもしれません。こうした視点はD2Cの次なる成長可能性にもつながるのではないかと考えています。

image_photo

購入から利用へ、小売からサービス業へ

実際、FABRIC TOKYOでユーザーヒアリングを実施すると、購入時よりは利用時の課題を口にする顧客が非常に多いです。とはいえ、個々の課題を解決するサービスは、ステークホルダーにあたる各企業に分かれています。また当然、想定外のユーザーペインが浮上することも多々あります。現状、複数の課題を一気通貫で解決できる決定的なサービスがないのも事実なのです。

例えば、アパレル業では、洋服を修理するお店、近所のクリーニング店、廃棄を請け負う業者、ファッション誌やウェブメディアなど、様々な企業がサービスを提供しています。これを顧客の視点で眺めると、商品利用に関するタッチポイントは分散していると言えます。

一方で、アパレルブランド側にとっては「お店での購入」というそのタイミングでしか、顧客とのタッチポイントを持てません。結果として、お店で売り切るという活動、つまり売上を上げるという活動にばかり目が向きがちです。しかし、利用シーンにフォーカスし、一気通貫できるサービスという視点で眺めれば、LTVを最大化するためのヒントが多数見つかるのではないでしょうか。

このような発想から生まれたビジネスモデルが、RaaS(Retail as a Service)です。購入が「ゴール」から「スタート」に変わり、購入後の「利用」にもフォーカスした各種サービス提供していく。今後、D2CではRaaSが重要になると考えています。詳しくは第7章で説明します。


※この記事は『リテール・デジタルトランスフォーメーション D2C戦略が小売を変革する』(インプレス刊)の一部を編集し、公開しているものです。

 

リテール・デジタルトランスフォーメーション
D2C戦略が小売を変革する

日本発D2Cブランドの代名詞とも言われる「FABRIC TOKYO」が、D2Cによる小売推進・変革のための事業戦略を徹底解説する1冊。

小売業のDX化を推進する活動を背景に、D2Cの基礎知識、世界観の作り方、オンラインとオフラインの融合(OMO戦略)、マーケティング戦略、組織運営、さらにその先の未来の話(RaaS)まで、具体的な事例やデータを盛り込みながら解説します。

DX化が遅れている中小の小売メーカー、ECのビジネスモデル転換を図りたい中小経営者、D2Cの考え方やノウハウを事業戦略に取り入れたい方、モノづくりの分野でスタートアップを始めたい方などに、課題解決のヒントを提示します。

リテール・デジタルトランスフォーメーション
D2C戦略が小売を変革する 表紙

リテール・デジタルトランスフォーメーション
D2C戦略が小売を変革する

三嶋憲一郎/FABRIC TOKYO 著
インプレス 刊
単行本(ソフトカバー)2,200円
電子書籍(Kindle版)1,980円
この本をAmazonで購入

この記事が役に立ったらシェア!
これは広告です

ネットショップ担当者フォーラムを応援して支えてくださっている企業さま [各サービス/製品の紹介はこちらから]

[ゴールドスポンサー]
ecbeing.
[スポンサー]