新米D2Cマーケターの奮闘記――BtoB・広告代理店から事業会社へ

セール頼みの成長から脱却するためには? 確実性を積み上げる「ボトムアッププランニング」のポイント

英国発D2Cブランド「Tuiss(チューイッシュ)」の日本国内マーケティング担当者が、BtoBマーケティングと広告代理店という異業種からキャリアチェンジした際に「何が必要だったのか」「前職の強みを生かせたポイント」などを解説します【第1回】

虻川 稜太[執筆]

8:00

はじめまして。英国発オーダーメイドのカーテン・ブラインドのD2Cブランド「Tuiss(チューイッシュ)」で、日本国内のマーケティングを担当している虻川と申します。これまで、BtoB SaaSや広告代理店のマーケティングを経験し、約1年前に異業種からのキャリアチェンジでD2Cのマーケティングにチャレンジしています。「これからキャリアチェンジしてD2Cビジネスに携わってみたい」と考えている人や、チューイッシュと同様に、少人数でD2Cのマーケティングを担当している人のお役に立てればと思い、私が過去の経験を生かしながら、実務ベースで試行錯誤していることを紹介していきます。

セールは効果的だが、限界がある

第1回のテーマは「成長フェーズのマーケティングプランニング」についてです。マーケティングの責任者として「年度内の目標を達成するプランを描く」ことは、「中長期的な計画に沿った持続的な成長を考えること」と同程度に重要です。私が過去の企業から実践し、チューイッシュでも実践している手法について解説します。

ただ、その前に「セール」の話から始めさせてください。

ECの現場では、「売り上げを伸ばすためにセールを行う」というのが非常に重要な施策です。実際、値引きをすればその期間の売り上げが伸びるのを目の当たりにしてきました。チューイッシュも、セールは重要な打ち手として活用しており、短期で確実に売り上げを増加させる手段を持っておくことは、事業を行う上で大事なことだと考えています。

ただ、セールだけでビジネスを伸ばし続けられるかというと、そうではありません。セールには頼りきれない構造的な理由が3つあります。

  • 消費者が慣れる:「この店はセールをする」と学習されると、正価では買われにくくなり、次のセール待ちが起きやすくなります。
  • 下限がある:原価や物流費、人件費などのコストを下げることは難しいため、値下げできる幅には限界があります。
  • 価格競争では勝ちきれない:価格だけで戦うと、必ず自社よりも安く販売する企業が出てきます。特にECの世界では、モールなどで商品を販売する日本法人を持たない企業とも競合するため、価格だけで優位性を維持することは難しくなります。

そのため、セールはあくまで「短期的にお客さまの購入を後押しする手段」と位置づけ、中長期ではもう1つの軸を並行して育てる必要があります。その軸が「実際の需要(実需)そのものを高めること」です。そして、それを計画に落とし込む技術が、今回のテーマである「ボトムアッププランニング」です。

BtoB時代から続けてきたプランニング手法

「ボトムアッププランニング」は、D2Cで新しく覚えた手法ではありません。BtoBマーケター時代から5年以上続けてきた計画の立て方です。

過去のBtoBビジネスの企業では、商談創出金額やマーケティング起点の受注金額を追っていました。これらは施策から受注までの期間が長く、しかも間に営業が入るため、成果を見通すのは簡単ではありません。だからこそ、施策ごとにどれだけリードが獲得でき、その内何件が商談になり、いくらの受注につながるのかを1つひとつ積み上げて、精度を高めていく必要がありました。その繰り返しで続けてきたのが「ボトムアッププランニング」です。

「追いかける指標がリード獲得数から注文に変わっても、考え方は同じでいけるのではないか」と考え、チューイッシュでも取り入れてみることにしました。

「ボトムアッププランニング」とは?

「ボトムアッププランニング」とは、売上目標と設定されたマーケティング予算を元に、施策単位で現実的に積める数字を足し上げて計画を組む方法です。

市況感や経済情勢に基づいたトップダウン型のマーケティングプランニングも大事ですが、それだけだと目標達成の根拠が薄くなりがちで、進捗が悪くなった場合に「なぜ届かなかったのか」を説明できず、修正が容易ではありません。その点、積み上げ型ならどの前提が外れたのかを検証でき、期の途中でも修正が比較的容易に行えます。成長企業では、この「検証できること」が効いてきます。

私はチューイッシュに入社した当初からこの方法で計画を組んできて、D2Cのビジネスモデルでも成果を出せると考えていました。その自信の根拠は、過去の経験にあります。前職まで、SaaS企業と広告代理店という、同じBtoBでもビジネスモデルの異なる2つの事業でこの手法を活用してきましたが、どちらでもマーケティングが追いかける指標は計画値と着地がほぼ誤差なく合っていました。「ビジネスモデルが変わっても通用するのなら、D2Cでも通用するはずだ」、そう考えて取り組み、今のところは実際に機能しています。

「ボトムアッププランニング」の具体的な7つのステップ

実際の手順は、次のように進めます。

STEP①:過去数年の実績を、チャネル別・月別に並べる

まず直近3年ほどの売り上げを、流入チャネル別と月別のマトリクスで可視化します。D2Cの場合、購入チャネルは自社サイトに限定されていることがほとんどなので、Webサイトのアクセス解析データを把握することに注力します。

流入ソースとコンバージョンを突き合わせ、どのチャネルがどれだけ売り上げに貢献しているかを把握します。行にチャネル、列に月を取った1枚の表をつくると、以降のステップはすべてこの表の上で進められます。まずはこの「実績の地図」を用意することが出発点です。

STEP②:チャネルごとの「自然増(インクリメンタル)」を見積もる

各チャネルが、特別な施策を打たなくても前年比でどれだけ伸びるかを見積もります。過去数年の成長率の傾向を見て、やや保守的な数字を置くのがポイントです。ここを楽観的に盛ると計画全体が崩れます。この積み上げが、計画の「堅い最低ライン」になります。また、直近のトレンドでパフォーマンスが向上しているチャネルがあれば深掘りし、成長の切り口として注力すべきかを把握します。

STEP③:伸ばし方を「流入」か「CVR」かで分けて考える

流入チャネルごとに、伸びしろが「流入を増やすこと」にあるのか、「転換率(CVR)を上げること」にあるのかを見極めます。現実には両方を伸ばしていくことが必要になりますが、どちらに重心を置き、どのくらい改善させるかの目標はチャネルによって変わっていきます。

STEP④:Paid(広告)を土台に予算を配分し、オーガニックは「上振れ分」として乗せる

計画の柱には、確実に数字を読めるPaid(広告)チャネルを据えます。過去の実績からある程度ROAS(広告費用対効果)を見積もれることと、目標に対して予算を増やすことで一定の成果が見込めるからです。どの広告キャンペーンに伸ばせる余地があるのか、新しい媒体にポテンシャルがあるのかを確認しながら、予算配分を決めていきます。

一方で、指名検索、オーガニック、CRMといった資産性の高いチャネルは、自然増に対して「努力でどこまで上振れさせられるか」で積みます。たとえば「オーガニックの自然増が前年比+10%なら、SEO強化で+15%まで引き上げられないか」と上乗せ分を別建てで見込む。こうすると、施策の有無で計画がどう変わるかが明確になります。成長するほど広告費率は下げていきたいので、この資産側を毎年少しずつ厚くしていくことになります。

STEP⑤:季節性に合わせて月次に予算を配分し、繁忙期を仕込む

月別の実績には、必ず季節性が表れます。それに合わせて月ごとに予算を割り振り、繁忙期には成果を最大化させるためのキャンペーンを準備します。また、成長フェーズでは売り上げが右肩上がりになるため、繁忙期・閑散期関係なく、予算は年の後半にかけて大きくなっていくのが自然です。

STEP⑥:伸びている商品・カテゴリーにリソースを寄せる

商材が複数カテゴリーに分かれている場合、どのカテゴリーが伸びているかを定期的に確認します。たとえばチューイッシュでは、「ブラインド」と一口に言っても、アルミブラインド、ロールスクリーン、ハニカムシェードのように機能性や特長が異なる商品カテゴリーが存在しており、それぞれニーズが異なります。

原則は、伸びている商品にリソースを寄せ、伸びていない領域はボトルネックを特定して改善することです。ただ、ここで意識しないといけないのは、自社のラインアップのなかで伸びている商品だけでなく、市場で伸びている商品が何かを把握しておくことです。SNSの投稿や検索ボリュームなどをつぶさに見ておくことが重要になってきます。

STEP⑦:キャンペーン・媒体予算は、事前に見通しと感覚を持ち入力する

D2Cでは定石の運用型広告やコンテンツ制作だけでなく、繁忙期のキャンペーン予算についても、プランニングの段階でしっかりとしたビジョンを持って「ボトムアッププランニング」に組み込む必要があります。その時々で流行りの媒体や露出面は変わっていきますが、基本の方針は前年度のうちに各ベンダーと予算感をすり合わせておき、予算内で成果を最大化できる組み合わせを考えておきます。

特にマス広告などのリーチ系の媒体は、CPM(広告を1000回表示させるのにかかる費用)やリーチなどの売り上げから遠い指標で語られがちです。だからこそ「この媒体は結局いくらの売上インパクトになるのか」を、毎年少額でもテストして肌感覚を持っておくことが重要だと思っています。

ここまでの手順で、補足しておきたいことが2つあります。

1つは、季節変動です。積み上げの際には、CPCやCVRを年間で一定として計算しています。しかし実際には、繁忙期と閑散期でCVRもCPCも変わります。そのため最後に、過去数年の月別実績と突き合わせて月ごとの数字を補正する作業が必要になります。積み上げた計画をそのまま信じるのではなく、実績のカーブに寄せて微調整するイメージです。

もう1つは、アトリビューションの考え方です。このモデルはチャネルごとの貢献を単純に足し上げるだけで、チャネル間の相互作用を考慮していません。本来はアトリビューション分析ツールを導入したり、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)などで検証したりすべき領域ですが、チューイッシュの規模では高度な分析にコストをかけられないのが実情です。その分シンプルなモデルで運用し、月次で実績とのズレを見ながら前提を更新することでカバーしています。

ボトムアップの積み上げだけでは目標に届かない

ここまでが土台作りです。ただ正直に言うと、「ボトムアッププランニング」による積み上げだけでは、目標の売り上げには届きません。積み上げはあくまで「堅い最低ライン」であって、それだけで急成長は作れません。これは成長企業の宿命ではないでしょうか。

その差分を、私は「キーイニシアチブ」を設けることで埋めています。中心になるのは、キャンペーンのテーマ設定と新商品のプロモーションです。ここでのポイントは2つあります。1つは、商品化のスケジュールをマーケティング側も把握し初動でしっかり訴求できるようにしておくこと。

もう1つは、現場で得た市場のインサイトや勝ち筋を、新商品の企画に返していくことです。新商品を売り上げの柱に育てられるかどうかが、ボトムアップの限界を超えられるかを決めます。この話はまた長くなるので、別の機会にお話できればと思います。

セールだけに頼らず、「選ばれる力」を育てる

最後に、冒頭のセールの話に戻ります。セールは、これからも効果的に活用して行きます。その上で並行して育てたいのが、「値段を下げなくても選ばれる力」、すなわち実需です。私が主に見ているのは、次の4つの指標です。

  • 同程度のセールを実施した際の売り上げの差分
  • ブランド名での検索数(指名検索)の推移
  • 主要キーワードの検索ボリュームの動き
  • SNSでのエンゲージメント

これらは即効性こそありませんが、実需が増えているか・減っているかを教えてくれます。セールで短期の売り上げを作りながら、「ボトムアッププランニング」でこの実需を積み上げていく。その両輪を回すことが、中長期の成長につながると考えています。

次回は、その「選ばれる力」をどう高めるか――。広告に依存する前に積んでおきたい、BtoBマーケティングで培ってきた「コンテンツ」という資産を積み上げる話をします。

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