AIエージェントが消費者に代わって商品を探し、比較し、購入まで支援する――。そんな購買体験が現実味を帯びるなか、米国大手小売事業者は新たな「顧客接点」を握るために、自社専用AIアシスタントの構築を進めています。AIアシスタントと言ってもその機能や性格はさまざまですが、顧客の購買意図に応じて、顧客の課題をスピーディに解決する「専門家AI」と個々の好みや迷いに寄り添って提案する 「コンシェルジュAI」の2種に分類できることが見えてきました。「専門家AI」にフォーカスし、米国ホームセンター大手2社の先行事例から、機能性や効率性が重視される業界でのAI活用を読み解きます。その上で、日本のEC事業者が取り組むべきステップを解説します。
商品の提供から「問題の解決」へ、米国ホームセンター2大巨頭のAI戦略
ホームセンターや家電・日用品といった、機能性や効率性が求められる購買場面で「目的のものを正しく買いたい」というニーズに即時性を持って応えるのが「専門家AI」です。その代表例として、米国ホームセンター大手のLowe's(ロウズ)とThe Home Depot(ホーム・デポ)の取り組みを見ていきましょう。
本稿における用語の定義
- AIアシスタント:ユーザーの意図を理解し、対話を通じて情報提供や提案を行う機能
AIエージェント:AIアシスタントの機能に加え、MCP(AIモデルと外部ツールやデータソースをシームレスに接続するためのオープン規格)やUCP(GoogleやShopifyなどが共同開発した、AIエージェントがユーザーに代わって商品を検索・比較・購入するためのオープンな通信規格)、各種APIなどを介して外部システムと連携し、商品の購入や実務の実行まで担うシステム
1. Lowe's(ロウズ):DIY愛好家の「安心」を支える専門家AI
Lowe'sが専門家AIでめざしているのは、住まいの改善を支援するバーチャルアドバイザーです。店舗スタッフの知見や専門性をデジタルで再現し、DIYの相談から商品選定までを一貫して支援します。
AIアシスタント「Mylow(マイロウ)」
「Mylow」は、DIYやリフォームに特化したAIアシスタントで、ユーザーは住まいに関する悩みや補修の相談を、場所や時間を問わず手軽に行うことができます。
たとえば、壁の破損箇所を撮影してアップロードすると、「Mylow」が修理手順の動画や必要な資材を即座に提案。これまで店舗スタッフが対面で担ってきた課題解決プロセスをスピーディに代替します。
2025年1月のリリース以降、機能アップデートを重ね、現在は画像解析などにも対応するマルチモーダルAIへと進化しています。
「Mylow」の精度と実用性を支えているのは、Lowe'sがこれまで蓄積してきた膨大なDIY関連コンテンツです。How-to動画やブログ記事といったコンテンツが体系化され、店舗スタッフの知識を代替する形でAIの回答基盤として活用されています。
ユーザーの不安解消から具体的な購買までサポートできる点が評価され、「Mylow」ユーザーのコンバージョン率は非ユーザーと比べて2倍に向上し、有効なユースケースとして注目を集めています(参考:Retail Touch Points)。
筆者は2026年1月に米国で開催された世界最大級の小売業界イベント「National Retail Federation」に参加。そこで登壇したLowe'sのニーリマ・シャルマ氏(オムニチャネル&Eコマース技術担当SVP)は、同社のAI活用の背景について次のように述べています。
私たちは「役立つブランド(Helpful Brand)」として、顧客の正しい商品の発見を助けるだけでなく、問題を解決する全過程に寄り添いたいと考えています。
AIによる専門知識の再現は、この理念をデジタルで具現化した取り組みと言えるでしょう。

2. The Home Depot(ホーム・デポ):プロ顧客の「業務完遂」を支える専門家AI
業界最大手のThe Home Depotがめざしているのは、建設業者・工務店といったプロ顧客の業務そのものを支援する専門家AIです。
2025年3月にAIアシスタントとして始動した「Magic Apron」は、2026年現在、プロ顧客の業務を代行する「AIエージェント」の初期段階へと進化しています。その本質的な変化は、単なる回答精度の向上ではなく、在庫・物流システムとの連携によって「実務の実行」までをカバーし始めた点にあります。
「Material List Builder AI」で必要な資材リストを作成
「Material List Builder AI」は中小規模のリフォーム工事の概要を入力するだけで、必要な資材リストの下書きを自動作成できる機能です(2026年1月に発表)。
たとえば、次のような入力に対して、必要な資材リストを自動作成できます。
「メインのバスルームをリフォームします。ダブルシンクの洗面化粧台を、よりモダンなものに交換し、新しいダウンライト、2枚の新しい鏡、新しいトイレを設置します。床には12インチ×18インチの黒いタイル、シャワーエリアにはグレーの六角形タイルを使用したいです。」
作成されたリストでは洗面台やタイル、照明といった必要な部材が工程ごとに整理され、各項目の編集も可能です。さらに、希望価格や在庫情報もあわせて表示されるため、そのまま発注や見積もりにも活用できます。従来はプロが数時間かけていたリスト作成業務を数分まで短縮できる点が特徴です。
物流(フルフィルメント)のAI化
The Home Depotは、資材調達にとどまらず、物流領域においてもAI活用を進めています。エージェント型AI体験とリアルタイムの店舗在庫および商品位置を統合した「Magic Apron Assistant」にその機能が搭載されています。
配送最適化AIは、複雑な現場への配送を支援する仕組み。工事現場の稼働時間や配達希望場所といった顧客データに、天候や道路状況といった外部要因を掛け合わせることで、より適切な配送ルートを提案します。
たとえば、狭い道路や未舗装路、大型車が進入しづらい現場なども事前に検知し、配送トラブルのリスクを予測。現場で「車両が入れない」「荷下ろしができない」といった問題を未然に防ぐことで、より確実な配達や工期遅延の防止につなげています。
The Home Depotのジョーダン・ブロッギ氏(顧客体験担当EVP 兼 オンライン部門プレジデント)はNRF2026の講演で、AIの価値を「顧客から見える支援」の裏側にあるオペレーション領域にも見出していると語っています。
顧客体験の裏側、たとえばフルフィルメント(配送・在庫管理)には大きな機会があります。今や売り上げの30%が配送によるものであり、顧客からは見えない裏側でAIが効率化を支えているのです。
ジョーダン・ブロッギ氏。NRF 2026にてデジタルガレージ撮影
これらの事例が示しているのは、AIの高度化によって、EC事業が提供する価値が拡張しているという点です。従来の「検索から購買」という枠を超え、「プロジェクトの立案から完遂まで」という工程全体へと広がりつつあります。
曖昧な意図を具体的な資材リストに変換し、現場のスケジュールに合わせて物流を最適化する。こうした顧客の文脈に深く踏み込んだ実務の実行は、自社の基幹システムとAIを密接に連携させた事業者だからこそ成し得るものです。これは、汎用的なプラットフォームでは再現しにくい、実店舗とデジタルを高度に融合させた事業者ならではの付加価値と言えます。
日本のEC事業者が「専門家AI」を導入するための3つのステップ
これらの事例から見えてくるのは、専門家AIの価値が単なる「商品の検索」だけでなく「課題解決」とその後の業務最適化にあるという点です。
顧客の購買意図が機能性や効率性にある場合、AIにはその分野の専門家のように振る舞うことが求められます。つまり、商品を提案するだけでなく、購入に必要な情報を整理し、利用までの段取りを示し、場合によっては実行まで支援する役割です。
たとえば家電ECでは、顧客が悩んでいるのは「どの冷蔵庫を買うか」だけではありません。「家族構成に対して容量は足りるか」「設置スペースに入るか」「搬入経路は問題ないか」といった周辺の判断まで含まれます。こうした条件まで踏まえて提案できてはじめて、専門家AIは価値を発揮します。
では、日本のEC事業者が同様の取り組みを始めるには、何から手を付ければいいのでしょうか。
① ターゲット別の「解決」の再定義
まず、「自社の顧客が本当に困っていることは何か」「自社はどこまでの課題を解決するのか」を明確にする必要があります。
たとえば、Lowe'sのDIY層であれば、「やってみたいが不安」という心理的ハードルに対し、プロが隣にいるような安心感を提供することが価値になります。一方、The Home Depotのプロ顧客であれば、「見積もりや段取りに時間をかけたくない」という実務負担の軽減が重要です。
同じ業態でも、顧客によってAIの役割は異なります。何を解決するAIなのかを定めないまま導入しても、十分な効果は期待できません。
② 社内に眠る「専門知識」のデジタル資産化
汎用AIと差別化する鍵は、自社ならではの専門知識をAIが扱える形に変換することです。
How-to動画、社内マニュアル、ベテランスタッフの対応ログなど、これまで蓄積されてきた「非構造化データ」が価値の源泉になります。これらをAIで解析し、手順や材料、注意点などをナレッジベース化することで、他社には真似できない自社独自の専門家AIに育てることができます。
③ プロ級の「段取り力」をAIエージェントに与えるワークフロー制御
実務の実行まで担うAIエージェントを構築する場合、知識を持たせるだけでは不十分です。
重要なのは、「何を先に確認し、どの条件なら何を提案し、次にどの工程へ進むか」といった判断の流れ、すなわち「仕事の進め方」をAIに持たせることです。
文書やFAQを検索する仕組み(RAG:検索拡張生成)に加えて、工程や判断ルールを構造化したワークフロー定義を組み合わせることで、AIはその場限りの回答を返すだけでなく、順序立てて顧客を導けるようになります。
RAGが「知識の引き出し」だとすれば、構造化されたワークフロー定義は「仕事の段取り表」。この両輪があって、実務で使える専門家AIエージェントに近づきます。
機能性を求める購買は、「検索」から「課題解決」のAIエージェント時代へ
EC事業は「キーワード検索」という従来のあり方から、AIが顧客の目的を肩代わりして完遂する「エージェンティック・コマース」へ移行しつつあります。
なかでも、Lowe'sやHome Depotが先行する「専門家AI」の領域では、勝敗を分けるのは単なる対話の流暢さではありません。競争軸は「どれだけ多くの商品を見せられるか」ではなく、「どれだけ短時間で、顧客を目的達成まで導けるか」に移っていく可能性があります。
真の顧客価値を生むためには、「解決の再定義」「専門知識のデジタル資産化」「ワークフロー制御」という3つのステップが重要です。これにより、AIは単なる「物知りなチャットボット」を超え、専門分野で顧客を支える「パートナー」として機能していくはずです。
今回は「いかに正確に、摩擦なく課題を解決するか」という機能的価値に焦点を当てました。 しかし、アパレル、コスメ、ジュエリーといった高価格帯のライフスタイル商材では、このアプローチだけでは十分と言えません。
次回は「コンシェルジュAI」に焦点をあて、対話や診断を通じて顧客の迷いをどう整理し、納得して選べる状態をつくるのかを、最新事例とともに紐解いていきます。
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