EC事業で押さえておくべきPL構築のポイント

事業PLは「売上計画から案分」すると失敗する。「投資回収シミュレーション」で顧客行動から設計しよう

顧客行動をベースにしたKPI設計、投資設計シミュレーション、事業PLの作成法などEC事業の数字を「行動から設計する」考え方を解説します【連載2回目】

川部 篤史[執筆]

8:00

EC事業のKPIには大きく分けて「財務指標」と「行動指標」の2種類があります(連載1回目)。LTV(顧客生涯価値)、ROI(投資利益率)、CPA(顧客獲得単価)といった財務指標は事業が成立しているかどうかを見るため、CVRやF別継続率などの行動指標は顧客行動のどこに課題があるのかを特定するための指標です。EC事業は顧客行動の連鎖で成り立っているため、結果の数字だけを見ていても問題は解決しません。顧客がどのように動いているのか、その行動の構造を理解することが重要です。

その行動の構造をどのように「事業の数字」に落とし込むのか、つまりEC事業をどのように数字で設計すれば良いのか――。その際に重要な「投資回収シミュレーション」の考え方を解説します。

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一般的な事業PLは、売り上げ計画を新規・リピートで案分して詳細を決める

EC事業の事業計画は、どのように作るのでしょうか。

私が見たケースでは、既存事業・新規事業どちらでも、まず売上目標を決めてそこから広げていくパターンが多くありました。たとえば「昨年対比115%に成長させる」「新規参入後3年で年間売上5億円、単年度黒字をめざす」といった形です。

その上で、売り上げの分解――新規獲得売上とリピート売上(前年顧客の場合もあれば、当年度でもF2から含む場合もある)をまずは比率で案分し、新規獲得に必要な広告費、リピート売上に必要な販管費を割り出していくことが多いのではないでしょうか。そして事業利益が十分であるかを考えるというのが、いわゆる事業PL(損益計画)です。

この形式の事業PLは、考え方としてもちろん妥当です。支援事業者が試算する事業計画でもよく目にしますし、事業者側が経営層へ報告する資料としても一般的な形でしょう。

一般的な事業PLの作成方法:売上計画を新規とリピートで文案してから詳細を決める

EC事業の数字は顧客行動の結果として現れるもの

しかし、EC事業の実務を考える人にとって、この方法には1つ大きな問題があります。売り上げという結果から「直接的」に逆算して数字を作っているという点です。売上目標を設定し、その売り上げを新規とリピートに分け、そこから費用を割り振る。この方法では「顧客が実際にどのように行動するのか」という視点が抜け落ちてしまいます。行動の過程ではなく、結果の仮定の数字を積み重ねて事業計画を作ってしまう構造になりやすいということです。

たとえば、新規とリピート売上の割合を30%:70%と仮定したとします。しかし、30%や70%という数字にリアリティはあるのでしょうか。新規売上は広告投資からある程度推計できますが、リピート売上は顧客の継続率や購買頻度によって決まります。つまり、リピート売上の総額が見えなければ、年間売上比率も本来は決まらないはずです。

顧客の継続率や購買頻度がそのリピート売上の数字を支えているかどうかを踏まえなければ、数字はただの希望的観測になってしまいます。実際、「仮定に仮定を重ねたPL」が作られているケースは少なくありません。

本来、EC事業はこうした形では動いていません。EC事業は顧客の行動から始まります。広告を見た顧客が商品を購入してリピートし、継続して利用する。その行動の積み重ねが、売り上げや利益を生み出します。事業の数字は、顧客行動の結果として現れるものなのです。

「投資回収シミュレーション」の考え方とは

そこで重要になるのが、顧客行動をベースにした数値設計です。たとえば、広告を出稿すると一定のクリック率が生まれ、そのクリックのなかから一定の割合が購入に至る――これがCVRです。初回購入した顧客のうち、一定割合が定期購入に引き上がり、その後F2、F3、F4と継続していきます。さらに購買単価や購買間隔によって年間売上が決まります。こうした行動指標を1つひとつ積み上げていくことで、最終的な売り上げやLTVが決まるのです。

単品通販ビジネスの収益資産

この考え方で作るのが「投資回収シミュレーション」です。広告費を投資として投入し、その結果、顧客がどのように行動し、最終的にどれだけの累積売上と累積利益が生まれるのかをシミュレーションします。売り上げを先に決めるのではなく、「顧客行動を設計することで売り上げが決まる」という考え方です。

たとえば、広告で1人の顧客を獲得するコストがCPA:5000円だとします。その顧客が初回購入し、一定の割合で定期購入に移行し、さらに継続していく。その結果1人の顧客から生まれる売り上げ、つまりLTVがいくらになるのか。原価、販促費、物流費、決済費、応対コストなどを差し引いた時に、いつ投資が回収できるのか。このように顧客単位で収益構造を設計することで、事業の成立性が見えてきます。

この考え方のポイントは、事業の数字を「顧客単位」で見ることです。事業PLは多くの場合、会社全体の売り上げや利益を中心に考えますが、「投資回収シミュレーション」では1人の顧客を獲得したときの収益構造を分解して考えます。顧客1人を獲得するのにいくらかかり、その顧客がどれだけ継続し、最終的にどのくらい利益を生むのか。その構造が成立して初めて、広告投資を拡大することができるのです。

統治回収シミュレーションイメージ(一部)
投資回収シミュレーションイメージ(全体構成)

「顧客行動を設計すること」がEC事業の本質

EC事業の多くの失敗は、この構造が見えないまま広告投資を増やしてしまうことから始まります。広告を増やせば売り上げは伸びます。しかし、その売り上げが本当に利益につながるかどうかは別の問題です。顧客1人あたりの収益構造が成立していなければ、売り上げが伸びるほど赤字も拡大するという事態になりかねません。

逆を言えば、この構造がしっかり設計できていれば、EC事業は非常に再現性の高いビジネスになります。顧客1人あたりの投資回収が成立しているならば、広告投資を拡大することで事業をスケールさせられるからです。多くのD2C企業が急成長している背景には、この「顧客単位の収益構造」が設計されているという共通点があります。

EC事業はしばしば「広告ビジネス」と言われますが、実際にはそうではありません。EC事業の本質は、顧客行動を設計することにあります。広告はあくまで顧客との接点を作る手段であり、その後の顧客行動をどう設計するかによって事業の成否が決まります。だからこそ、売上目標から逆算する事業計画ではなく、顧客行動から積み上げる「投資回収シミュレーション」が必要になるのです。

◇◇◇

次回は、「投資回収シミュレーション」をどのように作るのか、具体的なKPIの構造と設計方法について解説します。EC事業の数字は、決して複雑なものではありません。顧客行動を正しく分解すれば、事業の構造は意外なほどシンプルに見えてきます。

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