EC事業で押さえておくべきPL構築のポイント

LTVを重視しすぎる落とし穴。収益が伸びない原因は「財務指標」と「行動指標」のズレにある

顧客行動をベースにしたKPI設計、投資設計シミュレーション、事業PLの作成法などEC事業の数字を「行動から設計する」考え方を解説します【連載1回目】

川部 篤史[執筆]

8:00

リピートEC・通販を実施している企業から、「LTV(顧客生涯価値)が低くて利益が出ない。どう改善すればいいのか」という相談を受けることは少なくありません。ECに携わる人であれば、一度は同じような悩みに触れたことがあるのではないでしょうか。LTV以外に回転率などもきちんと見ているのに、収益性を改善しきれない――。こうした状況は決して珍しいものではありません。ではどこを見れば収益は改善できるのか、そのカギとなる2つのKPIとその違い、収益改善のために本当に見るべきポイントについて、事例から解説します。

LTV、CPA、回転率なども見ているのに収益性が改善しない

とある食品系のリピートEC事業者から、「LTVがどうにも低い。2万円くらいまで上げないと事業として利益が出ないのですが、どうすればいいでしょうか?」と相談を受けた時の話です。その会社は当時、いわゆるEC・通販の王道とも言える「2STEPモデル」を採用していました。まずトライアル商品を安価で提供して新規顧客を獲得し、その後、定期購入に引き上げていくというビジネスモデルです。広告も適切に回しているし、KPIもきちんと見ている。ところが、どうにも収益が伸びないというのです。

LTV以外にも、CPA(顧客獲得単価)、定期引き上げ率、回転率、CPO(注文獲得単価)といったKPIをきちんと把握しているにも関わらずです。

多くの場合、LTVは「改善すべき目標値」として扱われていますが、ここに大きな落とし穴があります。LTVは、改善の手がかりを得られる指標ではないからです。では、どこを見れば収益は改善できるのでしょうか。

LTVは「原因を特定する指標」ではない

ここで問題になるのが、LTVという指標の扱い方です。本来、LTV(Life Time Value)は“生涯顧客価値”を指す言葉です。しかし、EC・通販業界では「年間LTV」、つまり定期顧客1人あたりの年間平均購入金額として使われることも多く、このケースでもその定義でKPIを見ていました。

実際の数字は多少変えてありますが、この会社のLTVは約9800円。ところが事業として成立させるには、少なくとも2万円程度まで引き上げる必要があったのです。

とある企業A社の事例。LTVを2万円くらいまでに引き上げる必要があった

ここで1つ、重要な問題があります。LTVは確かに重要な指標ですが、それはあくまで「結果の指標」であって、「原因を特定する指標」ではないということです。

LTVを上げる方法はいくらでもあります。F2からF3、F3からF4といった継続率を改善する、各回の平均購入単価を上げることでLTVは上がります。購買間隔を短くすることでも年間LTVは上がります。つまり「LTVを上げたい」と言われても、構成要素のどこに問題があるのかわからなければ、改善の打ち手は見えてこないのです。

KPIには「財務指標」と「行動指標」の2つがある

ここで理解しておくべきなのは、EC事業で使われるKPIには、大きく分けて2種類あるということ。

1つ目はLTV、ROI(投資利益率)、CPAのような「財務指標」です。これは投資効率や事業としての成立性を判断するための指標で、「このビジネスは成立しているのか」を見るためのものです。

2つ目はCVR、定期引き上げ率、F別継続率などの「行動指標」。顧客の行動を分解し、「どこを改善すれば成果が伸びるのか」を見つけるための指標です。

LTVは重要な指標ですが、あくまで結果を示す財務指標です。結果はわかりますが、原因はわかりません。どこに課題があるのかを特定するためには、顧客行動を分解した行動指標を見る必要があります

しかし、先の会社のケースでは、この行動指標がほとんど把握されていませんでした。LTVという財務指標は見ているのに、顧客がどのタイミングで離脱しているのか、どこにボトルネックがあるのかといった顧客行動のデータが見えていなかったのです。

とある企業A社の事例。改善ポイントが絞れない

「3回縛り」が顧客心理にネガティブな影響を与えてしまっていた

そこでまず購買データの分析を行い、顧客ごとのF別での購買動向を整理してみることにしました。すると、「F3からF4への転換率が極端に低い」という問題がすぐに見え、異常値と言えるレベルで落ち込んでいました。ここで初めて「なぜLTVが上がらないのか」という原因がはっきり見えたのです。

原因は想定通りで、当時、業界ではよく見られた「3回縛り」の仕組みです。定期購入を割安で提供する代わりに、最低3回は購入することが条件になっているものです。仕組みとしては珍しいものではありませんし、多くの企業が採用していました。

しかし、実際にはこの仕組みが顧客心理に強いネガティブな影響を与えていました。顧客は毎回「3回までは解約できません」という説明を受け続けます。すると「3回終わったら必ずやめよう」と考えるようになるのです。つまり、制度そのものが解約の動機を強化してしまっていたのです。その結果、F3からF4のタイミングで想定以上の大きな離脱が起きていました。

この会社も同様で、数字としてF別の継続率を整理してみると、F3からF4への落ち込みがはっきりと見えました。それまでなんとなく「そういう傾向があるだろう」と思われていたことが、データとして明確に可視化されたわけです。

とある企業A社の事例。F3からF4のタイミングで大きな離脱が発生

顧客のどこに課題があるのかを理解することが大切

この結果を踏まえ、まずは3回縛りの見直しに着手しました。さらにF4以降も継続率も低かったため、商品を超えた関係性を作るCRM施策、たとえば会報誌を同梱するなど、育成型コミュニケーションの導入も提案しました。

とある企業A社の事例。「継続意向の向上」を目的として、販促面での改善

ここで重要なのは、この問題がLTVという指標だけを見ていても決してわからなかったという点です。EC事業は本質的に、顧客行動の連鎖で成り立っています。広告を見て商品を購入し、継続して利用し、やがてロイヤル顧客になっていく。その1つひとつの行動の積み重ねが、最終的に売り上げやLTVといった結果を生み出します。だからこそ、財務指標だけを見ていても事業は改善しません。顧客行動のどこに課題があるのかを理解することが必要なのです。

実はEC業界では、財務指標ばかり先に整備される傾向があります。LTVやROIなどの計算は比較的簡単で、カートシステムや分析ツールでも標準機能として提供されていることが多いからです。一方で、F別継続率などの行動指標を正しく把握するためには、データ分析の仕組みを整える必要があります。その結果、「結果の数字は見ているのに、顧客行動は見えていない」という状態が生まれてしまうのです。

▶こちらの記事も参考にしてください:数字で構造を描く ─ KPI・投資回収・事業PLを貫く考え方~β版 どこまでもロジカルなダイレクトマーケティング(8)

◇◇◇

連載では、こうしたEC事業の数字を「行動から設計する」という考え方について解説していきます。具体的には、顧客行動をベースにしたKPI設計、投資回収シミュレーション、そして事業PLの作り方について、実際のケーススタディを交えながら説明していく予定です。

EC事業は「売り上げを作るビジネス」ではありません。「顧客行動を設計するビジネス」です。次回は、EC事業を数字で設計するための投資回収シミュレーションの構造について解説します。

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