ECやD2Cブランドにとって、ポップアップストアはもはや珍しい施策ではありません。EC事業者などダイレクトマーケティングを手がける事業者が最も気になるのは、ポップアップストアで生まれたリアルな接点を、どのようにECでの販売やCRMにつなげるのか――ということ。LTV向上へと昇華させていくアプローチについて、オリジナルの調味料ブランド「(ふつうの)ショップ」でポップアップストアを積極的に活用するSUPER STUDIOの一志邦仁夫氏と、ポップアップストアの出店支援プラットフォーム「ショップカウンター」を運営するカウンターワークスの中原祐一郎(筆者)が実例を踏まえて解説します。
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- ポップアップストア出店前の「設計」と「準備」
https://netshop.impress.co.jp/e/2025/12/11/15283 - リアル接客とデータ活用を両立させるポップアップの現場オペレーション
https://netshop.impress.co.jp/e/2025/12/12/15294

出店後に見えてきた3つの成果──売り上げだけでは測れないポップアップストアの価値
――まずは、直近のGINZA SIXや大手町の森マルシェなどでのポップアップストア出店を振り返って、「これは成果だった」と感じたポイントからお聞かせください。
SUPER STUDIO・一志 邦仁夫(以下、一志氏):やはりインナーブランディングの効果がとても大きかったと感じています。新しく入ってきたメンバーが、お客さまに自分たちのブランドや商品をしっかり紹介するために情報のインプットをして、実際に接客の中で「ここがうまく話せなかった」と気づき、キャッチアップをしていく――このプロセスを通じて、ブランドや商品の理解が深まるだけでなく、お客さまの解像度がかなりクリアになったという声がチームからあがりました。チームビルディングの観点でも、ポップアップストアは非常に大きな意味があったと思います。
新商品「煎り酒」で検証した“第2波”づくりのポップアップ活用
――最近は、新商品「煎り酒」を大手町の森マルシェで初めてオフライン販売したそうですね。どのような仮説を立てて臨んだのでしょうか?
一志氏:煎り酒は、これまでの「(ふつうの)ショップ」の調味料と違って、商品自体を知らない方がほとんどだろうという前提がありました。一方で、「オフラインとの相性はきっと良いはずだ」という仮説も立てていたんです。
そこで、まずはオンライン上で販売を開始して、早めに売り切れる“第一波”を創出。その後、少し期間をあけてポップアップストアで“第二波”として展開する、という設計にしました。結果として、ポップアップストアでは煎り酒が一番売れました。加えて、「何それ?」という興味からセールストークに入りやすく、狙い通り“とっかかりになる商品”として機能しました。
――今後も、新商品は同様のパターンで展開していくのでしょうか?
一志氏:売り出しの順番はケースバイケースです。オフラインでの実績を先に作ってからオンラインに展開するパターンもあれば、今回のようにオンラインでの枯渇をきっかけにオフラインに接続するパターンもある。重要なのは、どちらのチャネルを先にするかではなく、それぞれのチャネルに“どんな意図を持たせるか”という設計だと考えています。
――外から見て、SUPER STUDIOさんのポップアップストアは「やりっぱなしで終わらず、次につながっている」印象があります。その理由をどう見ていますか?
カウンターワークス・中原 祐一郎(以下、中原):1つひとつの出店に、毎回明確なテーマを置いているのが大きいですね。「今回はインナーブランディングを強化しよう」「今回は新商品の仮説検証をしよう」といった形で、事前に出店のテーマを決め、そのテーマに対して“できたこと・できなかったこと”を必ず振り返っているんです。
また、煎り酒の事例のように、オンラインで完売という実績を作って限定感を醸成。そのうえで、ポップアップストアで希少性を打ち出して販売するなど、チャネルごとに役割を決めている点も印象的です。1つひとつのアクションに意図があり、それが次の施策につながる出店になっているのではないでしょうか。
オフライン接点をオンライン顧客データにつなぐ仕組み
――オフラインの接点をどうオンラインの顧客情報につなげていくのか、CRMとEC連携の実務に踏み込んでいきます。まずはポップアップストアでの会員化に向けた設計について教えてください。
一志氏:新規のお客さまについては、ポップアップストアで購入された際に、まずは「ビジター会員」というステータスで会員になってもらうようにしています。
一般的なリアル店舗では、会員登録やアプリダウンロードの際に、名前・住所・メールアドレス……などと、かなり長い入力フローが必要になることが多いですよね。お客さまの立場からすると、決して良い購入体験ではないと感じていて、そこを極力簡略化したいと考えました。
具体的には、QRコードを読み込むとバーコードが表示され、そのバーコードをPOSレジで読み取るだけでビジター会員が生成される仕組みです。最低限の情報入力でまずは会員IDを発行し、後からCRM施策につなげられるようにしています。
QRコードとPOS連携で、オンライン・オフラインの購買履歴を一元化
一志氏:オンラインで購買歴のあるお客さまは、マイページ上に表示されるバーコードをポップアップストアで提示してもらい、POSシステムで読み取ることで、オンラインとオフラインの購買履歴をひも付けています。
これによって、「ECで○○を購入していたXXさまが、今回はポップアップストアで○○を購入された」という形で、1人ひとりのジャーニーを連続したデータとして捉えられるようになりました。
――オンラインとの接続と言えば、公式LINEアカウントの友だち登録も大きなテーマです。最近は登録への心理的ハードルが高くなっているという声もよく聞きます。
一志氏:そうですね。ブランドやメーカー側が、半ば強制的にLINEの友だち登録をユーザーにさせることに対して、たまにネガティブな意見をSNSで見かけます。私自身がユーザーの立場になった際、同様の感情を抱くことはあります。
一方で、今やLINEはCRMのメインチャネルでもあるので、まったく使わないわけにもいかない。今私たちが採用している方法は、現時点ではベストに近いとは思っていますが、より自然で心地よい接点の作り方がないか常に模索しているところです。大切なのは、押し付けや押し売りではなく、お客さまがLINE登録してもいいなと思ってもらえるような設計だと考えています。
「出店後1〜2週間」の初動CRM──本会員化を中間KPIにする
いきなり再購買を迫らず、「本会員登録」へ目的をシフト
――出店後すぐの“初動”コミュニケーションとして、どのような施策を行っているのでしょうか?
一志氏:以前は、ポップアップストアで購入されたお客さまに対して、早いタイミングでECでの再購買を促すコミュニケーションをしていました。ただ、短期間に同じブランドの商品を2回買うケースはそれほど多くありません。加えて、ニーズがないお客さまからすると、顧客体験を無視したアプローチになりかねません。そこで、途中から主目的を「まずは本会員になってもらうこと」に切り替えました。
ビジター会員は、あくまで簡易的な会員。そこから、ECで購入するのに必要な情報をすべて入力してもらい、本会員にステップアップしてもらう――このアクションを中間KPIとして設計し、そこをクリアした方に向けて、半年間使えるクーポンなどをインセンティブとして付与するように変えたところ、成果が上がりました。
――インセンティブの設計についても教えてください。
一志氏:大きく3パターンを試しています。
- EC購入時の送料無料
- 商品価格の◯%OFF
- 試供品など“おまけ”の同梱
いろいろ検証した結果、特に手応えがあったのは“送料無料”です。ポップアップストアでの購入時は送料がかかりませんが、同じ商品をECで買う場合、送料が余計なコストに感じられてしまいます。その心理的ハードルを取り除ける送料無料のインセンティブは、やはり効果が大きいと感じています。
レシピ配信と配信頻度設計──“重み付け”で離脱を防ぐ
一志氏:インセンティブ以外にも、使い方を伝えることはとても大事にしています。
1回目購入のお客さまには、レシピや使い方に関するコンテンツを必ずご案内しています。これはポップアップストアに限らず、ブランド全体のコミュニケーションとして行っている取り組みです。
配信頻度については、多くても“週2回”を上限の目安にしています。感覚的な部分もありますが、「見てほしい情報」と「見てくれたらうれしい情報」には重みがあると考えていて、その重み付けを考慮せずに、手当たり次第に配信してしまうと本当に届けたい情報が埋もれてしまう。
だからこそ、頻度をコントロールしながら、“ここぞ”という時に情報をきちんと届けられるように意識しています。
データになりにくい接客情報をどう残すか
「行動・接客・感情」の3軸で観察ログを残す
――リアルの現場では、数字になりにくい情報も多く生まれます。そうした情報を、次の販促や接客に生かすにはどう整理するとよいでしょうか?
中原:ポイントは、「観察した事実」と「インサイト」を分けて扱うことです。その上で、私はよく“3つの軸”で情報を整理することをお薦めしています。
- 行動:どこで立ち止まったか、何をきっかけに商品を手に取ったか、どのタイミングで離脱したか、など。接客前の“目で追える情報”。
- 接客:最初に聞かれる質問、よくある質問、説明しても伝わりづらかったポイント、比較される商品(同ブランド内・他ブランド含む)など。
- 感情:試食した瞬間の表情、価格を聞いた時の反応など、“言葉になっていない感情”から感じ取ったこと。
この3軸を意識しながら、完璧なレポートをめざすのではなく、メモや短いボイスメモのような“スクリーンショット感覚”で記録していく。きれいに書こうとすると続かないので、まずはライトに残すことが重要です。
一志氏: 私たちもポップアップストアの会期中は、日報ベースで「どんなお客さまが多かったか」「何を気にされていたか」といった情報をしっかり蓄積するようにしています。
また、お会計時に瓶詰め商品の梱包などでどうしても待ち時間が発生してしまうので、その時間を活用してアンケートにご協力してもらいます。「ポップアップストアをどこで知りましたか?」「ブランドをご存じでしたか?」といった質問を中心に、購買データだけでは見えない情報を取得し、次回の出店に活かしています。
施設データより“足で稼いだデータ”が効く理由
――一方で、商業施設側が持っているデータ(来場者数やフロア通行量など)もあります。これらはどの程度、出店後の判断に役立つのでしょうか?
中原:正直に言うと、施設側の持つデータだけで有益な判断ができるケースは、まだそれほど多くありません。来館者数やフロア通行量は一定の参考にはなりますが、同じ通行量でも売り上げが1.5倍違うケースがあるなど、商業施設業界全体として、データの利活用余地が大きいフェーズです。
その差を生んでいるのは、同じフロア内にどういうテナントが入っているか、どんな目的の来場者が多いかといった“文脈”です。たとえば、コスメに強いショップが隣接しているかどうかといった情報は、施設の数値データには載っていないことが多い。
ですから、現状では営業資料だけで判断するのではなく、実際に現地に足を運び、人の流れや周辺テナントとの相性を自分たちの目で確かめることの方がはるかに重要です。
社内共有と商品開発への還元──学びを仕組みに変える
ワークショップ形式で「良かったこと/想定外/改善点」を整理
――現場で得た気づきを、属人化させずにチームの学びへと変換するには、どんな仕組みが有効でしょうか?
中原:日報は“習慣化の装置”として有効な一方で、それだけだとどうしても個々のメモで終わってしまいます。
そこでお薦めしているのが、会期終了後にスタッフ全員で行う“振り返りワークショップ”です。フレームワークはシンプルで、
- 良かったこと
- うまくいかなかった/想定外だったこと
- 次回改善したいこと
の3点を、社員だけでなくアルバイトスタッフも含めて出してもらう。その上で、先ほどの3軸(行動・接客・感情)に沿ってエピソードを並べていくと、「次回のVMDはここを変えよう」「ギフト用途だと伝える一言を足そう」といった具体的な改善アイデアに落とし込めます。
原材料・産地・工場名まで──品質情報ニーズの高まり
――出店後のデータやお客さまの声を、商品開発や販促にどのように還元していますか?
一志氏:まだ「この声を反映してこの商品を作りました」というところまでは到達していませんが、ポップアップストアで強く感じたのは、原材料や産地への関心の高さです。
「(ふつうの)ショップ」の価格帯の調味料を購入するお客さまのなかには、“どの産地の原材料か”だけでなく、“どの工場で作られているか”まで気にするお客さまが想像以上に多い。正直、そこまで見ている方はほとんどいないだろうと思っていたので、良い意味で驚きでした。
品質へのこだわりや作り手の情報は、こだわればこだわるほどオフラインでは強いセールスポイントになりますし、EC上のコンテンツとしてもしっかり打ち出していきたいと考えています。
もう1つ大きかったのは、“とっかかりを作りやすい商品”とそうでない商品がはっきり分かれるという発見です。
煎り酒のような「名前からして気になる商品」は、オフラインでの成果が良かったことも含めて、今後の商品ラインナップを考える上で大きなヒントになりました。
ギフト体験についても、「箱はこういう方がいい」「袋のバリエーションが欲しい」といった声を多くいただきます。これはECでの販売だけだと気づきにくかったり想像するのが難しい部分なので、ポップアップストアでの気づきを、ECのギフト設計にも反映していきたいと考えています
接客・セールストークを“測って育てる”ためのデータ設計
体験設計の伸びしろは「接客」にあり
――次回出店に向けて強化したいと考えているポイントはどこでしょうか?
一志氏:一番こだわっているのは引き続き体験設計ですが、そのなかでも特に伸び代が大きいのは“接客・セールストーク”だと感じています。
どれだけ設計を詰めても、お客さまを取りこぼしてしまうことはどうしてもあります。メンバー・スタッフによって接客のバラツキも出てしまう。ここを底上げできれば、体験価値も売り上げもまだまだ伸びるはずです。
実はGINZA SIXでの出店時には、接客データもかなり細かく取っていました。
- どの販売員が
- どういった顧客セグメントに対して
- いくら売り上げているか
という情報をデータとして持つようにしました。現時点では母数も多くないので、それを評価に直結させているわけではありませんが、「このタイプのお客さまにはこのスタッフ」といった傾向を見ることができます。
「(ふつうの)ショップ」のように不定期にポップアップストアを出店するケースでは、ここまでやる必要性はあまりないでしょう。ただ、たとえばアパレルなどのように店舗数・スタッフ数が多い業態であれば、「誰がどの顧客セグメントと相性が良く、LTVまで含めてどのくらい貢献しているか」をデータで可視化できると、小売りの評価指標をアップデートするきっかけになるのではないかと感じています。
――接客や販売員の評価を、LTVの視点で見ていくことも可能になりそうですね。
一志氏:そうですね。“長期的な関係構築にはどういった接客が適しているか”という視点でデータを可視化できるようになると、小売りの人材マネジメントの在り方も変わっていくのではないでしょうか。
未購入のお客さまとの関係をどうつなぐか
「買わない理由」を前提にしたコミュニケーション設計
――会場では、購入されなかったお客さまも一定数います。そうした“未購入のお客さま”との関係は、どのように設計すればよいのでしょうか?
中原:まず、“買わない理由”をきちんと想像することが重要です。
たとえば、「(ふつうの)ショップ」のマヨネーズは瓶詰めなので、、「これから出かける予定があって、ちょっと重いし、冷蔵保存が気になるから今日は買わない」という方も多いでしょう。単純に「今は時間がない」というケースもあります。
そうした場合は、「知ってもらって、興味を持ってもらった」ところで一度クローズし、ショップカードやLINE登録への導線をお渡しして、“後から思い出してもらうための布石”を打っておく。
ここでやりがちなのが、供給者側の論理で“今この場で登録までしてください”と強く引き止めてしまうことです。それでは体験が一気に悪くなってしまう。「気になったから、後で調べてみよう」と思われた時に、そっと背中を押せる販促物を用意しておくことが重要です。
一志氏:ブランドとして“どこをゴールにしたいのか”を、チーム内で共通認識にしておくことが重要ですね。
- LINEの友だち登録をしてほしいのか
- 公式SNSをフォローしてほしいのか
それによって、フライヤーの設計やお渡しするタイミングも変わります。離脱するお客さまのことも考慮した導線を、オペレーションとして事前にきちんと組み込んでおくことが重要です。あとは、普段のSNS更新やCRM活動でどれだけ惹きつけられるか、という“通常運転”の勝負になってきます。
実際、ポップアップストアの会期中は、Googleアナリティクスを見ているとInstagramからの流入が大きく伸びます。
会場では買わなかったとしても、一度家に帰ってから「そういえばさっきのブランド、何て名前だったっけ?」とInstagramで検索して、サイトに訪れるユーザーが多い。
ですから、“会場での売り上げ”以外にも、SNS経由の流入やサイトの指標をセットで見て、総合的に状況を把握することが大事だと感じています。
まとめ──ポップアップストアを「関係を続ける場」に変えるために
――最後に、ポップアップストアを“体験で終わらせず、関係を続ける場”に変えるために、ブランドが意識しておくべきことを一言ずつお願いします。
一志氏:ECで物を買う時と同じで、ポップアップストアはお客さまにとって“ブランドの体験の起点”になる場です。
運営側から見ると、準備も当日も大変なので、“やり切ったら一段落”という気持ちになりがちです。しかし、お客さまの視点に立てば、むしろそこから始まっていると考えられます。
また、「ポップアップストアで購入した」という非日常的な体験は、ブランドとの最初の接点において記憶に残りやすく、LTVを伸ばす上で大きな要素になるはずです。ポップアップストアは、そういった意味で非常に重要な新規顧客獲得チャネルになっていると感じています。
中原:ポップアップストアでの出会いをきっかけに、“次にどこで再会してもらうか”までを含めて設計しておくことが重要です。
オンラインとオフラインを別々のチャネルとして見るのではなく、1人のお客さまの連続した購買体験のなかで、「ポップアップストアはどの位置づけなのか」「その後、ECやSNS、LINEのどこでどう再会してもらうのか」をファネル全体で描く――この設計ができていれば、ポップアップストアは一度きりのイベントではなく、LTV向上のための重要な起点として機能していくはずです。
3回シリーズを通じて見えてきたポップアップ活用の勘所
カウンターワークスとSUPER STUDIOの対談では、
3つのフェーズに分けて、ポップアップストアの活用法を対談形式で解説しました。共通していたのは、「出店そのものをゴールにしない」という姿勢です。
- 誰に、どんな体験を届けるのかを設計すること
- 現場での体験価値とデータ取得を両立させること
- 得られた接点をEC・CRM施策につなぎ、LTVで成果を見ること
ポップアップストアは、売り上げや話題作りだけでなく、顧客理解・商品開発・インナーブランディングまで、多くの価値をもたらす場です。
本対談が、これからポップアップストアを検討されるEC事業者・D2Cブランドの皆様にとって、「リアル体験をLTVにつなげるための具体的なヒント」となれば幸いです。
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