ECやD2Cブランドにとって、ポップアップストアはもはや珍しい施策ではありません。しかし、「話題づくりのために何となく出店してみる」だけでは、売り上げにもブランディングにもつながりにくくなっているのが現状です。
オリジナルの調味料ブランド「(ふつうの)ショップ」でポップアップストアを積極的に活用するSUPER STUDIOの一志邦仁夫氏と、ポップアップ出店支援プラットフォーム「ショップカウンター」を運営するカウンターワークスの中原祐一郎(筆者)の対談から、ポップアップストア出店前の「設計」と「準備」にフォーカスします。

ポップアップストアが「当たり前」になった今、なぜリアル出店なのか
――ここ数年で、ポップアップストアは多くのブランドが取り組む一般的な施策になりました。EC実施企業やブランドがリアル出店に踏み切る理由はどこにあると見ていますか?
カウンターワークス 中原 祐一郎(以下、中原):以前はポップアップストア自体が珍しく、「出店するだけで話題になる」という側面が大きかった。ですが、今はマーケットの成長に伴ってイベントもブランド数も増え、しっかりと出店意図や目的を設計しないと成果が出にくくなっています。
特にD2Cブランドはデジタル上のプロモーションに強い一方で、香りや質感など「手触りのある体験」はオンラインだけでは伝えきれません。ブランドの世界観を五感で感じてもらう場として、ポップアップストアを戦略的に活用するケースが増えてきています。
SUPER STUDIO 一志 邦仁夫(以下、一志氏):もう1つ大きいのは、Web広告などでの新規顧客獲得の難易度が上がっていることです。多くのデジタルネイティブなブランドの参入により広告出稿が増加、CPM・CPAが上昇しています。その結果、「新規顧客をなかなか獲得できない」というケースが増えています。広告規制も厳しくなりつつあるので、商材によっては自社の商品の魅力を十分に伝えきれないこともあります。
こうした環境のなかで、商品やブランドの魅力を余すことなく伝えるチャネルとして、リアルの価値が相対的に高まっていると感じています。また、ブランドを運営する側から見ると、普段のEC販売では接することのないお客さまとじかにお話し、反応を得られる機会にもなるので、商品理解やブランドへの思い入れも深まるといったメリットがあります。新規顧客の獲得施策であると同時に、インナーブランディングの場にもなっていると感じています。
①「なぜやるのか」を決める──目的とKPI設計
「誰にどういう状態になってほしいか」から目的を決める
――ポップアップストアを計画するとき、最初に定めるべき「目的」は何でしょうか?
中原:基本は「誰をターゲットに、どういう状態になってほしいか」です。ターゲットは大きく3つに分けられます。
- ブランドをまったく知らない新規のお客さま
- SNSではフォローしているがまだ買ったことがない層
- 既存顧客・ファン層
新規層がメインなら、その場での購買を無理に追わず、「知ってもらう」「試してもらう」を目的にしてサンプリングに振り切る選択肢もあります。SNSフォロワー層向けであれば、ライブ配信と組み合わせて「その場で接客されている感覚」をオンラインでも再現する設計も考えられます。
既存顧客向けであれば、限定商品の先行販売など、販売寄りの企画の方がよい場合もあります。
――目的を定めたうえで、どのKPIを追うかはどう決めていますか?
一志氏:「誰を狙うか」に加えて、「商材の特性」によっても変わると思っています。
- 購入検討期間の長さ
- 商品単価
- スイッチングコスト
などによって、ポップアップストアで追う数字は変わります。「(ふつうの)ショップ」が扱っているのは、比較的高単価ではあるものの、絶対額が大きすぎず、スイッチングコストも高くない調味料です。そのためポップアップストアではシンプルに「売り上げ」を最重要KPIにしています。KPIの正解は1つではなく、「商材とターゲットによって変わる」というのが実感です。
②「誰に届けるか」を描き込む──ターゲットと商圏の考え方
ペルソナと「その人たちが集まる場所」をセットで考える
――ターゲット設定の精度を高めるために、どんな情報やデータを重視していますか?
一志氏:「(ふつうの)ショップ」のターゲットはあくまで新規顧客、売り上げを最重要KPIにしています。その前提として、「ブランドのペルソナがどんな人か」をクリアにしておくことが重要です。そのうえで、
- そのペルソナに近い人たちが集まる商業施設はどこか
- 来場者の「買い物目的」は何か(普段使いか、ハレの日ギフトか)
- 周辺テナントの価格帯、商品カテゴリ
といった観点で見ています。同じ「30代、料理好き」でも、日常の買い物目的の場所と、特別なものを買いに行く場所では、ポップアップストアの設計が変わります。
中原:商圏の捉え方も重要ですよね。「20代女性だから渋谷・新宿・池袋」といったざっくりした考え方だけでは精度が足りません。
同じ20代女性でも、利用する交通機関や居住地域によって、主要な購買エリアは変わります。電車利用であれば、埼玉方面からの利用者は池袋に、神奈川方面からの利用者は新宿・渋谷に集中しやすいといった傾向があります。性別と年代だけでなく、「どういうライフスタイル・憧れを持つ人たちか」までイメージしながら、エリアと施設を選ぶ必要があります。
駅ナカのように人通りは多いが足が速い場所では、ただ商品を並べるだけでは足を止めてもらえません。「一目で気になる仕掛け」を用意するなど、動線と目的をセットで考えた設計が求められます。
③ブランドらしい体験をどう設計するか──オンラインからリアルへの翻訳
LPの世界観をそのまま持ち込まない
――オンライン上のブランド体験をリアル空間に落とし込むとき、どんな点を意識すべきでしょうか?
中原:ECのランディングページ(LP)は「勝ちパターン」が確立されていて、最適化も進んでいます。その世界観をそのままリアルの空間に持ち込むと、どのブランドも似たようなポップアップストアになり、インターネットで買い物をしない層には刺さりにくいことがあります。
オンラインでうまくいっている表現を単純に転用するのではなく、「リアルではどう伝えるのが最適か」をゼロベースで考え直すことが重要です。
――「(ふつうの)ショップ」では、ポップアップストア準備時にどのような“体験の核”を意識していますか?
一志氏:私たちの場合は「試食」が一番の重要な体験。試食してもらえると高い確率で購入いただけるので、「どうすれば試食してもらえるか」という考えから体験設計を始めています。
- 動線のどこで試食を渡すか
- 試食している様子を外から見えるようにするか
- 試食後にスムーズに商品説明やクロスセルに入れるか
といったことをチームで詰めていきます。体験の中心を1つ決めて、そこからVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)や導線、接客トークを逆算していくと、ブランドらしいポップアップストアになりやすいと感じています。
④成果を左右する「場所選び」のセオリー+路面・商業施設・マルシェ……それぞれの「得意・不得意」を知る
「(ふつうの)ショップ」の試行錯誤
――場所選定は、ポップアップストアの成果を大きく左右します。専門家の視点で、まず見るべき評価軸を教えてください。
中原:大きく分けると、
- 百貨店
- ショッピングセンター
- 路面店/イベントスペース
といったカテゴリーがあります。それぞれ「通行量」「入店のしやすさ」「周辺テナントとの相性」など、得意・不得意があります。
たとえば「試食さえしてもらえれば買ってもらえる」という買上率の強みがあるなら、「いかに入店率を上げるか」という視点で場所を選ぶべきです。プロモーション目的なら、「通行量の多さ」とひとまず目や足をとめてもらえる「視認性」を優先するケースもあります。
――「(ふつうの)ショップ」では、どんな仮説を立てて出店場所を選んでいますか?
一志氏:学びとして得るものが多かったのは駅ナカでの出店です。それまでのポップアップストアは通行量が少ない場所が多かったので、「とにかく通行量を確保したい」と考えて駅直結の人通りが多い場所を選びました。確かに人通りは多かったのですが、駅という特性上、足を止めて試食してもらうことが難しく、場所選定の難しさを痛感しました。
そこで次は、「買い物目的での人通り」「周囲のテナントとの相性」「可処分所得の適正」という観点で仮説を立て、GINZA SIXを選びました。ここは仮説通りの結果が出ました。
最近は大手町にあるオフィスビル「大手町タワー」で定期開催されている大手町の森マルシェにも出店しました。「健康志向で、多少高くてもこだわりのあるものを選ぶ人」が集まるだろうという仮説を立て、出店を決めました。実際に相性の良さを感じましたね。このように、「通行量」「来場者の目的」「価格帯」「周辺テナントとの相性」を組み合わせて仮説を立て、検証していくプロセスが重要だと感じています。
⑤出店までの準備プロセス──2か月前から当日までにやること
企画→場所→契約→制作→告知→当日運営
――出店決定から当日までの準備プロセスについて教えてください。
中原:基本の流れは次の通りです。
- 企画策定(目的・ターゲット・KPI・コンセプト)
- 場所の選定・出店可否の打診
- 契約・各種提出物の対応
- スタッフアサイン・シフト設計
- サイン・什器・レイアウト・POP・ノベルティ制作
- SNSやメルマガなどで事前告知
- 当日のオペレーション(接客動線・レジ・在庫補充など)
場所が決まると、図面やイメージパースの提出、申請、保険などの事務的なタスクが一気に走ります。これと並行してスタッフ手配や什器・クリエイティブの発注を進めるイメージです。
――SUPER STUDIOさんでは、特にどこに時間をかけていますか?
一志氏:一番時間をかけているのは「企画」です。
- 売上最大化か
- 新規接点作りか
- 既存顧客との関係性強化か
といった目的をまず決め、その目的とKPIを達成するためにどんな体験を積み上げるかを考えます。「試食を中心にするならどのタイミングか」「クロスセルしたい商品はどこに置くか」など、体験の骨格をここで決めます。
その上で、それを実現するために必要なVMDを逆算して考える、という順番です。「きれいに見えるか」ではなく、「どう動いてほしいか」から配置を決めるので、事前の議論にはかなり時間をかけています。
「ここを削ると失敗する」準備工程
中原:削りがちですが重要なのは「人」と「在庫」です。よく見かけるのが、人件費を抑えるために「1人オペ」にしてしまうケースです。人通りが多い場所で、接客・レジ・品出し・試食・問い合わせ対応を1人でこなすのは難しく、機会損失につながりやすいです。
また、商業施設内でのポップアップストア出店においては常時2名以上のスタッフ配置をルールとしているケースも多いため、最低でも「接客」と「レジ・裏方」の2人体制を考慮して準備することを推奨しています。
在庫も、日によって来場者数が変動するので、日ごとにロットを調整できるようにし、追加搬入手段も確保しておくことが重要です。購入に至らなかった方に渡すショップカードやリーフレットなど、「後から思い出してもらうきっかけ」も用意しておくと、ECでの後追い購入につながりやすくなります。
⑥告知・集客の実務──SNSとインフルエンサーの使い方
中原:事前告知は少なくとも1か月前には始めたいです。多くのD2CブランドはInstagramを中心としたSNSにおける自社アカウントが発信チャネルの“ベース”になっているので、まずはそこに概要を投稿し、ハイライトに固定します。会期から2〜3週間前、1週間前、前日と情報を小出しにしながら、「行く理由」を積み上げていきます。
Xは在庫状況や混雑状況などリアルタイム情報と相性が良いので、テキスト中心に活用されることが多いです。ファンコミュニティがあるブランドなら、メルマガやLINEなどのダイレクトチャネルも組み合わせていきます。
一志氏:基本的な告知に加えて、良かったのは「会期中にインフルエンサーに来てもらう」という施策です。前半〜中盤に来てもらう、ポップアップストアや商品を自然な形で紹介してもらうと、後半になるにつれて「SNSで見て来ました」というお客さまが増えました。
また、ポップアップレストランのような形態で事前予約制にした時は、来場人数が事前にある程度読めるので、仕入れやスタッフ配置を設計しやすく、心理的にもかなり安心できました。予約して来てくださる方はブランドへの関心も高いので、コミュニケーションの密度も上がり、LTVにも良い影響が出やすいと感じています。
⑦次につなげる“学習設計”とCRM──データと記憶の残し方
「売り上げ」だけで終わらせないための施策
――出店結果の分析や今後に向けた改善、特にCRMや会員化を見据えた設計について仕込んでおくべき仕組みがあれば教えてください。
一志氏:顧客体験設計とも関連するのですが、「誰に対して、何を案内するか」をチーム内で明確にしておくことが最初に重要だと考えています。たとえば、
- 購入者への案内
- 購入を見送った消費者への案内
というように、「このパターンの方には、この対応」というルールを事前に決めておくイメージです。ポップアップストアで購入したお客さまに、その後ECでも購入してもらいたいと考えています。そのため、ブランドの会員になってもらうための動線や仕組みは、毎回きちんと用意して出店するようにしています。
ポップアップでは、商品を梱包している間にどうしても待ち時間が発生します。その時間をただの待ち時間にするのではなく、アンケートのお願いやコミュニケーションの時間として使っています。アンケートは、「ポップアップストアをどこで知りましたか?」「もともとブランドのことを知っていましたか?」といった質問項目を設定。購入データだけでは取得できない情報をそこで取得し、次回のポップアップストアに生かしていくようにしています。ここまでは「どうデータを取るか」という取り組みです。
コミュニケーションについては、次回購入の“種まき”ですね。新商品のご案内であったり、ギフトとしての使い方であったり。こういった接客を意識的に行っています。ポップアップはお客さまと直接コミュニケーションできる絶好の機会なので、データを取るだけで終わらせず、お客さまの心の中に残る接客をすることも重要です。毎回意識してやっています。
まとめ:ポップアップストアを成功に導く「体験設計」と「場所選び」
――最後に、ポップアップストアを成功させるために、準備の段階で「ここだけは絶対に外してはいけない」というポイントを、それぞれ一言ずつお願いします。
一志氏:ポップアップは、やはり体験設計が重要です。
- どういうターゲットに対して
- 何を売りに行くのか
- それを実現するために、VMDはどうあるべきか
- 実際のお客様とのコミュニケーションをどう設計するか
こういったところまで含めての「体験」が、一番重要なポイントかなと感じています。ここが、デジタルチャネルとの一番大きな差が出る部分ではないでしょうか。
中原:体験設計をしたうえで、その体験をしてもらいたい人々が実際にいる場所をきちんとリサーチすることが重要だと考えています。
「人がいっぱいいるから」「若い人が多いから」といった表層的な理由だけで終わらせず、なぜ、そこで出店すべきなのかをもう一段階、深掘りするイメージです。
- 本当に、今回のポップアップストアの体験を届けたい人たちがいる場所なのか
- その前提に立ったときに、この場所は最適と言えるのか
そこまで踏み込んで考えてみることが、最初のポップアップストアでは特に大事だと考えています。
次回(第2回)では、実際のポップアップ現場でのオペレーションや、リアルで得た接点をEC・CRMにつなげてLTV向上に生かしていくための実践について、2人の対談が続きます。
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