DXが進まない本当の理由とは? Amazon日本法人と国内小売のプロが解説する、オムニチャネル成功の条件

小売事業者がDXやオムニチャネルに取り組んでも成果を得にくいのはなぜか。アマゾンジャパンと国内小売の戦略運営を経験したSRSホールディングスの田丸知加氏が、改革を阻む原因と、成功に必要な再現性の高いノウハウを解説する

大嶋 喜子[執筆]

8:00

オムニチャネル戦略において国内小売企業が陥りがちな失敗の構造と、再現性のある改革を進めるための「仕組み」「順番」の考え方とは? Amazonで16年にわたり小売ビジネスの中枢を担い、サンドラッグなどさまざまな国内企業でもオムニチャネル改革を実践してきた、SRSホールディングス SRSグループDX推進本部長 執行役員の田丸知加氏が、自身が積み上げた知見と実績から解説する。

DX・オムニチャネルが施策の積み重ねでは成功しないワケ

昨今の国内小売業界では、DXやオムニチャネルに取り組む事業者が増え、それらに戦略的に取り組むことは“当たり前”になった。一方で、「運営にあたってシステムを導入したが思うような成果が得られない」「結局、何が変わったのかわからない」という悩みを抱えるEC担当者も多い。

EC基盤やCRM、MAなどのツールを導入しても、顧客体験や業務全体の変化につながらないケースは少なくない。田丸氏は、多くの企業が陥っているのは、DXを“施策”として捉えてしまう誤った構造だと指摘している。

本質的なDXを選び取れない背景にあるのは、企業の担当者が現状の延長線上で物事を考えてしまう姿勢。既存の業務をどう改善するかという発想で進めると、どうしても部分最適に陥る。ゴールとなる顧客体験が設定されていないままツールを入れても、大きな改革にはならない。(田丸氏)

SRSホールディングス株式会社 SRSグループDX推進本部長 執行役員 /サトフードサービス 取締役/フーズネット 取締役 田丸 知加氏
SRSホールディングス株式会社 SRSグループDX推進本部長 執行役員 /サトフードサービス 取締役/フーズネット 取締役 田丸 知加氏
日本大手通信会社を経て、2003年アマゾンジャパンに入社。16年に渡り、小売部門にて全商品の商品登録から販売、販売後の販売促進、マーケティングや広告、運用まで、カテゴリー横断の多数サービス・業務改革・プロダクトの日本責任者に従事。その後セブンアンドアイホールディングスにて、デジタル戦略企画部長として、グループ横断のDX・EC推進、新規事業立案を行う。Walmartの子会社であった西友に参画し、OMO施策や楽天西友ネットスーパーの新規事業開発等幅広く従事。2021年11月に株式会社サンドラッグへ執行役員としてECを中心とした変革をし、2022年3月には日本オムニチャネル協会フェローにも就任。2025年7月からSRSホールディングス株式会社執行役員グループDX推進本部長就任。ビジネス、マーケティングからシステムまでの改革を得意とし、これまでの経験を元に講演活動なども行う

DXが目的化し、本来問うべき「どのような顧客体験を実現したいのか」という問いが後回しになった瞬間、改革は“やっているつもり”で止まってしまう――。田丸氏は、DX化やオムニチャネル化に行き詰まりを感じている事業者はこのような状況にはまっているケースが多いと話す。

組織におけるDX推進の成功パターンと失敗パターン
組織におけるDX推進の成功パターンと失敗パターン

Amazonに学ぶ、スケールする組織構造作り

田丸氏がアマゾンジャパンに入社した2003年当時、「業務は現在の姿からは想像できないほどアナログだった」(田丸氏)。商品登録は取引先からメールで届くExcelを人が手入力し、サイト更新は1日1回。品ぞろえを拡大したくても、人手に依存する限り、限界があったという。

2003年当時のアマゾンジャパン
2003年当時のアマゾンジャパン

運用の転機となったのは、自動化とセルフサービス化の徹底だった。商品を納品する取引先が自ら商品情報を登録し、そのままサイトに反映される仕組みを整えたことで、品ぞろえは一気に拡大。「人を増やすのではなく、仕組みを変えることでしかスケールしない。それを徹底的にやったのがAmazon」と田丸氏は振り返る。

Amazonは一般的にIT企業としてとらえられることが多いが、田丸氏は「本質は“仕組み”の会社」だと強調する。

顧客を主語に据えて、「顧客が何に困り、何ができるようになると価値を感じるのか」を徹底的に想像する。そのうえで、業務プロセスやシステムを後付けで調整するのではない。最初から仕組みとして設計する点に特長があるのだという。

Amazonは“仕組み”が整うまで、時間もコストも惜しまない。逆に言えば、仕組みがない状態で無理にビジネスを前に進めることはしない。人手で回せば一時的に成果が出る場面でも、将来的にスケールしないと判断すれば踏みとどまる。(田丸氏)

この判断基準こそが、品ぞろえの拡大や急成長を可能にしたAmazonの原動力であり、田丸氏が国内の小売事業者にも提唱する成長のための構造作りとなっている。

Amazonが整えた仕組み。取引先である卸業者・出版社・メーカーに商品情報の登録を促し、サイトに反映する仕組みとしたことで品揃えを拡大した
Amazonが整えた仕組み。取引先である卸業者・出版社・メーカーに商品情報の登録を促し、サイトに反映する仕組みとしたことで品ぞろえを拡大した
Amazonの事業成長の推移。2025年(2025年1-12月)は 、日本事業のドルベースでの売上高は前期比12.0%増の306億8800万ドル(2024年の日本事業売上高は274億100万ドルで前の期比5.4%増) だった
Amazonの事業成長の推移。2025年(2025年1-12月)は 、日本事業のドルベースでの売上高は前期比12.0%増の306億8800万ドル(2024年の日本事業売上高は274億100万ドルで前の期比5.4%増) だった

ゴールから逆算する「バックキャスティング」思考

田丸氏によると、Amazonの成長を支えた要素はもう1つある。それは、バックキャスティングという思考法だ。特長は、顧客がどんな体験を得られるのか、何がどう便利になるのかを、すでに実現したかのように言語化すること。

新しい取り組みを始める際、Amazonではまず「未来のプレスリリース」を書く。現状をどう改善するかではなく、あるべき顧客体験を先に決める。この順番こそが、事業成功の成否を分ける。(田丸氏)

ゴールが明確になれば、そこから逆算して必要な業務プロセスや組織、仕組みが浮かび上がると田丸氏は提唱している。

ゴールをあらかじめ明確に描くことが成功パターンの活路となる
ゴールをあらかじめ明確に描くことが成功パターンの活路となる

ゴールが明確になれば、そこから逆算して必要な業務プロセスや組織、仕組みが見えてくる。足りないものがあれば、人手を増やすのではなく、仕組みとして補う。この順番を守ることで、部分最適に陥ることなく、全体としてスケールする改革が可能になる。(田丸氏)

国内の小売事業者は、目の前の課題を解決するためにツールを導入し、その積み重ねで複雑化してしまうケースが多い。田丸氏が示したバックキャスティングの考え方は、DXを単なる「施策」から、成功する「設計」へ引き上げるための重要なヒントと言える。

成功モデルを国内で再現するポイント

「Amazonが確立した成功モデルを国内小売でも再現するのが事業成長の一番の近道」。そう考えがちだが、田丸氏は「実際には簡単ではない」と話している。最大の壁は、組織や文化に根づいた意思決定の構造に違いがあることだという。「Amazonでは当たり前だったオーナーシップやスピード感が、日本企業では当たり前ではなかった」と田丸氏は振り返る。

国内企業では、「それは自分の部署の仕事ではない」「前例がない」といった理由で手が止まる場面が少なくない。シンプルにしようとすればするほど関係部署が増え、意思決定が複雑化するケースが多いという。

国内小売事業者に多い傾向は、壁が1つ見えると、そこでやめてしまうことだ。その積み重ねが改革を止めてしまう。正論を掲げるだけでは人は動かず、Amazonの方法論をそのまま持ち込むことは逆効果になることもある。ここに、国内小売がDXを進めるうえでの本質的な難しさがある。(田丸氏)

サンドラッグの実例にみる、現場を動かす現実的アプローチ

国内小売の現実を踏まえ、田丸氏がサンドラッグで重視したのは、「いきなり理想を掲げない」ことだった。Amazonの方法論をそのまま持ち込むのではなく、まず現場を理解し、小さく始める。その積み重ねによって、全体改革へとつなげていくアプローチを選んだという。

国内事業者では適切な順番を踏んで全体改革へとつなげる
国内事業者では適切な順番を踏んで全体改革へとつなげる

最初からオムニチャネルを完成させようとすると、必ず反発が起きる。だから順番が大事。EC基盤の刷新にあたっても、機能の多さより柔軟性とスピード感を優先した。(田丸氏)

将来の拡張を前提に、必要な機能を必要なタイミングで追加できる構造を選ぶことで、田丸氏は社内の構造改革の足かせを減らした。

さらに、実店舗とオンラインの購入履歴を統合し、CRMを段階的に導入。いきなり全体最適をめざすのではなく、現実的に実行可能な範囲から手を付けることで、組織内の理解を得ながら改革を進めていった。この「順番を守る」姿勢こそが、国内小売でDXを前に進めるための実践的な知恵と言える。

実店舗とオンラインの購入履歴の統合など、田丸氏はサンドラッグでリアルとECの垣根を作らない戦略を展開した
実店舗とオンラインの購入履歴の統合など、田丸氏はサンドラッグでリアルとECの垣根を作らない戦略を展開した

「チャネル分断」を乗り越えるユニファイドコマースのすすめ

オムニチャネルという言葉は広く浸透したが、その本質は単にECと実店舗を並列に運営することではない。顧客にとっては、オンラインかオフラインかの区別はなく、検索、比較、購入、受け取り、アフターフォローまでが一続きの体験として存在している。「重要なのは、それらを裏側で支える仕組みが『つながっているかどうか』」(田丸氏)

田丸氏は、チャネルごとに最適化するシステム構成の限界を指摘している。

チャネル単位で仕組みを作ると、顧客データも業務も分断されてしまう。また、現場では同じ情報を複数のシステムに入力する二重作業が発生し、手作業による調整も増えていく。こうした非効率は、担当者の負担を増やすだけでなく、顧客体験の一貫性を損なう要因にもなりかねない。(田丸氏)

こうした課題を解消する考え方として台頭したのが「ユニファイドコマース」だ。販売チャネルごとに個別最適を積み重ねるのではなく、共通の基盤で顧客データと業務を支えることで、全体としての整合性を保つ。機能を「部品」として切り出し、必要に応じて組み替えられる構造を持つことで、変化に強く、拡張しやすい仕組みが実現する。

オムニチャネルの成否は、施策の多さや派手さではなく、「全体として戦略や顧客体験をつなぐ仕組み」をどこまで本気で作れるかにかかっている。(田丸氏)

共通基盤で運用し効率化を図る「ユニファイドコマース」の考え方
共通基盤で運用し効率化を図る「ユニファイドコマース」の考え方

改革の本質は「人」

仕組みやシステムをどれだけ整えても、最終的に改革を前に進めるのは「人」であると、田丸氏は強調する。DXが進まない理由は、技術や予算の不足として語られやすいが、実際の現場では感情や不安が壁になることが多い。

反発は、決して悪意から生まれているわけではない。多くの場合、やり方が変わることへの不安や、自分の役割がなくなるのではないかという恐れが要因となっている。

必要なのは、正論を押し付けることではなく、相手の立場に立った対話。変化の必要性を理解していても、先が見えなければ人は立ち止まってしまう。その無意識の抵抗をどう受け止め、どう対話するかが、改革の成否を大きく左右する。(田丸氏)

なぜ変える必要があるのか、変えた先にどんな未来があるのかを丁寧に共有する。改革を主導する側には、想像力と忍耐が求められる。田丸氏は「DXは改革するのはシステムではなく、本質的には『人』」だと話している。

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