会社経営の出口戦略の1つであるM&Aを検討する際に把握しておきたいのが、自社のECビジネスの価値。その価値はどう算出すればいいのか? 一般的な価値算出方法に加え、ECビジネスならではの価値基準を解説します。将来的なEXITを考えている、今の企業価値を知りたいといった経営者の皆さんは、ぜひこの記事の算出方法を押さえておきましょう。少なくとも、買い手が重要視する項目を伸ばすことが、企業価値の向上、ひいては業績アップにつながります。
1.ECビジネスの価値評価方法
この記事では広く使われている価値評価手法を紹介します(小難しい表現は使わずに、できるだけわかりやすく表現します)。
一般的な価値算出方法
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コストアプローチ→ 純資産はどれだけあるか?
事業を売る場合(事業譲渡)ではなく、会社ごと売る場合(株式譲渡)の「コストアプローチ」と言われる指標です。純資産とは、決算書の貸借対照表の「純資産の部」に載っている数字で、企業の資産から負債を引いたもの。ただし、資産に関しては、決算書に載っている簿価はあくまで取得時点の価格ですので、それを現時点の価格に修正した「時価純資産」を計算する必要があります。
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マーケットアプローチ→ 正常収益力はどれくらいで、それは何年くらい続くのか?
「正常収益力」もM&Aではよく出てくる言葉です。簡単に説明すると、退任する役員の役員報酬や(買い手にとって)不要な生命保険など、今後不要になる経費を差し引いて、M&A後に発生するであろう営業利益をより正確に算出する指標です。
それが何年続くか(いわゆるマルチプル)は、これまでの実績、同業他社の事例から算出します。これはマーケットアプローチと言われる手法の1つですが、大手企業の事例が多いので、小規模企業の場合は、売り手企業の過去実績の裏付けがなければ買い手の納得感は得られないでしょう。
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インカムアプローチ→ 将来のキャッシュフローはどれくらいか?
売り手企業の過去実績と今後の市場性などから、将来のキャッシュフローを予測し、それを現在価値に割り引く(ディスカウントキャッシュフロー)というもので、これはインカムアプローチと言われます。
なぜ割り引くのかという疑問は、ファイナンス的な小難しい理論なので、ここではちょっと置いておきましょう(笑)。ここでは、そういう価値算出方法もあるということだけ覚えておいてください。
コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチという、企業価値評価の三大手法を簡単に説明しました。そして、ECサイトのバリュエーションに関しては、以下で説明するようなEC特有の価値判断を踏まえて企業価値を算出していきます。
ECサイトならではの価値基準
一般的な評価方法に加えて、ECのM&Aでは事業の将来性や収益性の判断には、EC特有の指標が重視されます。具体的には次の通りです。
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在庫評価
ECはあくまで小売業ですので、過剰在庫や滞留在庫、在庫の鮮度や状態を精査します。
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返品率
返品の多さは顧客満足度や商品・サイト設計の課題を示すため、重要な評価項目です。
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広告効果(CAC・ROAS)
新規顧客獲得にかかるコスト(CAC:Customer Acquisition Cost)や広告費用対効果(ROAS:Return On Advertising Spend)を詳細に分析し、事業の効率性や持続的な収益性を評価します。
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プラットフォーム依存度
自社サイトか、「Amazon」「楽天市場」などの外部プラットフォームへの依存度が低いのか、高いのかを確認します。プラットフォーム依存度が高ければ、運用ルールや規約変更などの外部リスクに脆弱(ぜいじゃく)と見なされる場合があります。
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顧客リスト
プラットフォーム依存に関連しますが、通販・ECビジネスの最大の資産は顧客リストです。しかし、基本的にECプラットフォームの顧客リストはプラットフォームの資産で、顧客へのアプローチ(メール配信など)は有料、しかもプラットフォーム外へのリンクも張れないという制限があります。その意味では、ECサイトは自社サイトを基準に考えるべきです。

補足になりますが、ぜひ読者の皆さまに読んでいただきたい、ECサイトの価値評価に関する良記事を見つけました。この記事では「出口戦略は、継続成長のための賢明なビジネス慣行(wise business practice)である」と書かれています。英語ですが、苦手な方はAI翻訳などでぜひ読んでみてください。
- How to Value an Ecommerce Business? (クリックすると記事にジャンプします)
この記事を私なりに要約してみました。
基本的に、Eコマース事業の評価とは、そのEコマース事業の価値を算出することです。成功するEコマース事業の構築は一朝一夕には実現しません。事業を売却する前に、準備を整え、事業を徹底的に査定することが極めて重要です。
これには、在庫、収益、潜在的な成長性、オンライン資産などの評価が含まれます。事業を成長させ続ける中で、「出口戦略(エグジット戦略)」を計画することは、一般的に賢明なビジネス慣行と考えられています。
2.ECの売り手として重要なこと
企業や事業の価値評価(バリュエーション)にはさまざまな方法があり、決して正解はありません。読者の皆さんは、まず、それを覚えておいて下さい。
ファイナンス理論的に、EC業界、ECビジネスのモデルにはこの計算方法が相応しいというものはありますが、いかに理論立てても、売り手と買い手が納得しなければ取引は成立しません。それは、 M&Aも商取引だからです。
買い手にとっては投資であり、それを何年で回収できるかが焦点です。そしてその期間の許容度は、買い手によってバラバラです。いかに同業他社の事例があったとしても、買い手次第なのです。
ある企業は5年、別の企業は7年を許容するかもしれません。業種別の投資回収期間の一般的な指標はありますが、それはあくまで参考値であり、そうでなければならないというものではありません。客観的に正しい金額など存在しないのです。
企業価値の算出方法は、何の根拠もなく算出したものではないことを相手企業に提示するための説明材料です。M&Aは売り手と買い手の商取引である以上、相手が納得しなければ取引は成立しません。
買い手は、今現在の価値(過去)と、自社が買い取ったときにどう成長できるか(将来)。関心はその2点で、そのためにいくらの投資なら許容できるかです。それは買い手の規模やリテラシー、体制などによっても異なります。つまり、M&Aの取引価格に正解はないのです。
それだけに、売り手として重要なのは、この金額以下なら売らないという撤退ラインを決めておくことです。
また、M&Aを有利に進めるためには、「儲かっている会社」であることが大前提です。利益を出し、企業価値を高める努力を続けていることが、成長型EXITを成功させるための羅針盤となるでしょう。