AIエージェントが消費者の代わりに買い物をする――。そんな購買体験が、いよいよ現実味を帯びてきました。生成AIの進化によって、消費者の情報収集の起点は大きく変化。これまで主流だった「検索して比較する」という検索行動に加え、今は「まず『ChatGPT』や『Gemini』に相談する」といった行動が広がっています。商品を探し、比較し、場合によっては決済まで代行する「エージェンティック・コマース」。この流れが本格化するとき、EC事業の競争軸はどう変わるのでしょうか。米国先行企業のAIアシスタント・エージェント活用事例から、業種ごとに求められるAIアシスタントの違い、その先にあるAIエージェント実装のポイントを解説します。この記事では、なぜ今米国大手小売事業者が経営上の重要投資として「自社専用AIアシスタント」に力を入れているのか、その背景を整理します。
クリックからプロンプトへ。ECのパラダイムシフト
2026年3月にサイバーエージェントが公表した調査結果によると、検索行動に生成AIを使う割合は37.0%に達しています。また、生成AIを利用するユーザーの約半数(47.5%)はAIでの推薦をきっかけに商品の購入やサービスの利用に至った経験があると回答しました。

つまり、消費者は単に情報収集の手段を変えているのではありません。購買の起点そのものが、検索窓から対話型AIへと移行しつつあるのです。
AIは消費行動、そしてECのビジネスをどのように変えるのか――。筆者は2026年1月に米国で開かれた世界最大級の小売業界イベント「National Retail Federation」に参加。そこで登壇したSalesforceのNitin Mangtani氏(Agentforce Commerce担当SVP/GM)は、この変化を次のように表現しました。
壁一面の300足の靴を指差して「どれにしますか?」と言う代わりに、あなたが買いそうな3足を提案してくれる。それが最高のショッピング体験です。(中略)ホームページから商品ページ、カート、チェックアウトまで、過去30年間ほとんど変わっていないプロセスを変えるのです。
NRF 2026にてデジタルガレージが撮影
その購買プロセスを変えるカギとなるのは「クリックからプロンプト(指示)へ」です。20回クリックする代わりに、「私のダークデニムに合う、ドレッシーなスニーカーを探している」とひと言入力すれば、AIアシスタントが候補を提案します。さらに、在庫確認や購入手続きまでを外部システムと連携して代行するのが、AIエージェントです。よりパーソナライズされた体験が、より少ない手間で実現される――これが「エージェンティック・コマース」の世界です。
本稿における用語の定義
ユーザーの意図を理解し、対話を通じて情報提供や提案を行う機能を「AIアシスタント」と呼びます。そのうち、MCP(AIモデルと外部ツールやデータソース(Slack、データベース、ファイルなど)をシームレスに接続するためのオープン規格)やUCP(GoogleやShopifyなどが共同開発した、AIエージェントがユーザーに代わって商品を検索・比較・購入するためのオープンな通信規格)、各種APIなどを介して外部システムと連携し、商品の購入や実務の実行まで担うシステムを「AIエージェント」と定義します。
つまり、AIエージェントは、AIアシスタントの対話能力に加えて、外部システムを操作する“手足”を持った存在です。この連携によって、ブランド独自の文脈を理解しながら提案し、必要に応じて実行まで行う仕組みが実現します。
AIアシスタントはコンバージョン率を押し上げる
このような変化は、EC事業者の収益にどのような影響をもたらすのでしょうか。
象徴的な事例として注目されているのが、AmazonのAIアシスタント「Rufus」です。2024年2月にベータ版が公開された当初は、使い勝手や回答品質を巡って賛否が分かれました。しかし、その後年間2億5000万人超が「Rufus」を利用。Amazonによると、利用者は購入完了率が60%高くなったと報告しています。
また、Adobeの調査(2025年ホリデーシーズン)では、「ChatGPT」「Gemini」といったAIアシスタント経由で訪れたユーザーのコンバージョン率は、通常流入と比べて31%高かったと公表しています。
これらの数字が示すのは、AIアシスタント経由の顧客は単なる流入増ではなく、「購入意欲が高い状態で入ってくる」ということ。AIアシスタントは、接客コスト削減の手段としてだけでなく、コンバージョン率を押し上げる新しい送客チャネルとして捉えることができます。
自社AIアシスタントをリリースする「戦略的理由」
Amazonの「Rufus」に続き、米国大手小売事業者は次々と自社独自のAIアシスタント・エージェントをリリースしています。
彼らの最大の狙いは、ファーストパーティーデータと顧客エンゲージメントの源泉である「顧客接点」を、外部の汎用AIプラットフォーム(OpenAIなど)に明け渡さないことです。
大手スポーツ小売Frasers GroupのDavid Clark氏は、汎用プラットフォームに依存するリスクを次のように警告しています。
発見の旅(商品を探すプロセス)を外部のAIエージェントに委ねることは、体験の均質化を招く恐れがある。それはブランドのコモディティ化(同質化)を引き起こす危険性を孕む。(NRF 2026 セッションより要約)
だからこそ、米国の大手小売事業者は、自社AIアシスタントを単なる効率化ツールとしてではなく、次世代のストアフロントそのものとして捉えています。さらに、その接点が外部システムと連携し、実行まで担う時、AIエージェントとしての価値が発揮されます。
自社AIアシスタントへの投資とは、顧客理解、提案文脈、会員体験、そして購買データの主導権を握り続けるための戦略投資になっているのです。
自社ECを守るだけではない。「出張窓口」をつくる新戦略
独自のAIアシスタントへの投資は、自社ECサイトの価値を上げるためだけではありません。大手小売事業者は、「Google」や「ChatGPT」のような巨大なプラットフォーム上でも、独自AIアシスタントが稼働できる状況作りも重要視しています。
Google「Business Agent」:検索結果を接客窓口に
Google検索から小売事業者独自のAIアシスタントを直接起動するサービスです(2026年1月にリリース)。Lowe'sやReebokなどが導入し、自社の在庫や専門知識に基づいた正確な接客で自社サイトへの流入を促します。

Open AI「Apps in Chat GPT / Apps SDK」:会員体験を対話に統合
「ChatGPT」内で自社アプリを動作させる仕組みです。2026年3月にはSephoraが新たに参入し注目を集めています。単なる商品相談に留まらず、「ChatGPT」上で会員ポイントの利用やパーソナライズされた特典の提供もでき、より深い会員体験まで対話の中に持ち込むことが可能になります。

これらの外部プラットフォーム上でAIアシスタントを稼働させる動きは、ブランド独自の文脈と顧客関係を維持しようとする取り組みの1つ。共通するのは、巨大プラットフォームの集客力を活用しつつ、顧客接点の主導権そのものは手放さないという姿勢です。
小売事業者にとって、自社AIアシスタント・エージェントはもはや自社サイト内の機能ではなく、外部の巨大プラットフォーム上にも展開する新しいフロントエンドになりつつあります。
顧客接点を担うAIは大きく2つの型に分かれる
では、小売事業者はどのようなAIを設計すべきなのでしょうか。
現時点では、提案や案内を担うAIアシスタントとして実装する例が多い一方で、在庫確認や購入手続き、会員機能との連携まで含めたAIエージェント化も進みつつあります。
ただし、アシスタントであれエージェントであれ、顧客接点を担うAIの設計思想は、顧客の購買意図に応じて大きく2つの型に分かれます。
1. 顧客の困りごとを解決する「専門家AI」
1つ目は、顧客のお困りごとをスピーディに解決する「専門家AI」です。ホームセンター、家電、日用品など、「目的のものを正しく買いたい」という場面で力を発揮します。顧客の作業目的(屋根からの雨漏り、日曜大工など)を深く理解した上で、正確な解決策を提示するのが特長です。
2. 好みに寄り添って提案する「コンシェルジュAI」
2つ目は、1人ひとりの好みや嗜好に深く寄り添った提案をする「コンシェルジュAI」です。服飾や化粧品、ジュエリーなど、「自分に合うものを探したい」という場面で力を発揮します。単一の正解を出すことよりも、ブランドの世界観に沿って「似合う・ふさわしい・気分が上がる」といった選択肢を提案することに重きを置いています。
現時点では多くの企業がAIアシスタントとしてこれらを実装していますが、今後は外部システムと連携し、実行まで担うAIエージェントへと発展していく可能性が高いでしょう。
ただし、その場合でも核となる設計思想はこの2類型に大きく整理できます。
まとめ:AI時代に問われるのは、顧客接点を誰が握るか
独自AIアシスタントへの投資は、FAQやチャットボットの延長ではありません。顧客の深い悩みや意思決定の要因を直接把握し、自社の店舗在庫や物流システムとリアルタイムに連携することで、将来的には実行まで担うAIエージェントの基盤の構築につながります。それが、プラットフォームには決して真似できない「ブランド独自の利便性」を内製化すること自体が、新たな競争優位性となります。
AI時代においても、顧客接点とブランドの文脈を手放さない企業こそが、競争優位になると、世界は見ています。
次回は、この2つの方向性のうち「専門家AI」に焦点を当て、米国ホームセンター2社の事例から、具体的なAI実装の鍵を深掘りします。
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