Anthropic(アンソロピック)はAIエージェントを活用したコマースの領域で、OpenAIやGoogleほど表立った動きは見せていないものの、EC領域への進出を虎視眈々と狙っています。Anthropicが実施した実証実験の詳細を解説します。
Anthropicの“代理AIエージェント”実験「プロジェクトディール」
2025年から2026年初頭にかけて、OpenAIとGoogleは「ChatGPT」や「Gemini」のEC機能を着々とアップデートしてきました。その一方で、大規模言語モデル(LLM)の競合であるAnthropicは、生成AIモデル「Claude(クロード)」において、EC機能ではなく他の優先事項を追求しているように見えました。
しかし、Anthropicは4月24日に「エージェント型コマース」の展望の一端を明らかにしました。公表した「エージェント型コマース」の初期テスト結果によると、AnthropicはEC機能のテスト運用を「プロジェクトディール」と名付け、「自社スタッフのうち、特定の参加者による試験的な実験」だと説明しています。
実験では、米国・サンフランシスコのオフィスに所属する69人の従業員が、Anthropicが「Craigslist(クレイグスリスト)」(不要品の売買、求人などを個人ができる米国のコミュニティーサイト)に例えた仮想のマーケットプレイスで、自分たちの代わりにAIエージェントを使い、出品する商品の売買交渉を行いました。各従業員には“予算”として100ドルが支給され、ピンポン玉からスノーボードに至るまで、さまざまな商品を実際に出品し、売買しました。

この実験中、Anthropicは仮想のマーケットプレイスを利用するスタッフに対し、実験の詳細の一部をあえて伏せていました。最終的に、「プロジェクトディール」の検証結果は、「Claude」がEC市場でどのように活用されていくのかという点で新たな問題を提起することになりました。
さらにその結果は、AI活用の先駆けであるOpenAIやGoogleだけでなく、EC大手のAmazonやeBayまでもが、「Claude」がEC分野にもたらすかもしれない影響に注目するべきだということを裏付けるものとなりました。
186件、総額4000ドルの取引を実行
Anthropicの報告によると、「プロジェクトディール」の実験期間では最終的に186件の取引が成立。これらの取引の合計金額は4000ドルを超えました。
Anthropicは、「プロジェクトディール」に参加したスタッフたちが「将来、同様のサービスが実用化されたら、お金を払ってでも使いたい」と回答したと説明。もちろん、「プロジェクトディール」に参加したのはAnthropicの自社スタッフのため、客観的な評価とは言えません。自分たちが開発に関わるサービスを自画自賛している側面は否定できないからです。それでも、この実験からAnthropicが導き出した結論は、見過ごせない大きな可能性を秘めています。
実験の初期段階では、参加者が操作するAIエージェントはSalesforce(セールスフォース)が提供するビジネスコミュニケーションツール「Slack」を通じてやり取りをしました。「プロジェクトディール」の参加者には事前に知らされていませんでしたが、実際には4つの別々のマーケットプレイスが存在しており、ユーザーには異なるバージョンの「Claude」モデルが割り当てられていました。
AIが公平な“交渉人”に
最終的な取引が行われ、商品の受け渡しが完了した後、参加者は“交渉プロセスにおいて自分のAIエージェントが売り手と買い手のどちらにも肩入れせず、いかに公平に両者を取り持ったか”を評価しました。Anthropicが記録した平均スコアは4点(1〜7の段階評価)。このスコアは、交渉の結果、買い手と売り手のどちらか一方だけが得をしたり、不当に有利な条件を押し付けられたりしたとは、参加者たちが感じていなかったことを示しています。

この満足度が正確なものだと仮定すれば、「プロジェクトディール」はマーケットプレイス全般に大きな影響を与えることになります。特に、特定のAIエージェントの使用を禁止しているAmazonやeBayにとっては重要な意味を持つでしょう。
また、このテストからは、買い手と売り手の双方が「自分たちの代理人(仲介役)」としてAIを立てるという、マルチエージェント形式の活用シーンをAnthropicが重要視していることがわかります。このことは、OpenAIやGoogleがこれまで公表してきたAI活用の優先順位とは異なる戦略にスポットを当てるものです。
OpenAIは決済から連携へ戦略転換
OpenAIの場合、戦略転換のかじを2026年3月に切りました。「『ChatGPT』内での決済完了体験」から、各事業者が提供する「ChatGPTアプリ」を通じた決済体験を重視する方向へ転換しました。
OpenAIとそのパートナー企業は「ChatGPT」アプリ、「Shopify」加盟店の場合は「Shopify」と「ChatGPT」の連携を通じて決済を完了させるフローです。これは、データに対するコントロール権をEC事業者やそのECプラットフォーム側により多く持たせることを目的としていると考えられます。

AIエージェントによる交渉代行の懸念点
「プロジェクトディール」は一般に公開されたサービスではないため、「Claude」に交渉を代行させるためにどのようなデータや権限が受け渡されるのかは不明です。また、「Claude」が最終的な決済自体を実行するのかも定かではありません。
大手のオンラインマーケットプレイスが、出品者とやり取りをする「第三者の交渉人(AIエージェント)」を受け入れるかどうかは、今後の大きな焦点となります。また、出品者側のAIエージェントが、プラットフォーム側と交渉することを許容するかどうかも不明です。
しかし、「プロジェクトディール」の実験結果を見ると、Anthropic、OpenAI、Googleが、既存の勢力に対抗して『AIエージェントが買い物をサポートしてくれる独自のマーケットプレイス』を自ら立ち上げるのではないか――という推測も現実味を帯びてきます。
同時に、Metaがすでに「Facebook Marketplace」(Facebookでコミュニティのメンバーからアイテムを購入したり、アイテムを販売したりできるオンラインプラットフォーム )と関連するAIモデル「Meta AI」(売り手がAIを活用して買い手からの問い合わせメッセージへの返信を自動作成する)を保有しており、「プロジェクトディール」をより大規模に再現しようとする可能性があることも注目に値します。
Googleは小売大手と連携強化
一方で、Googleによる「Gemini」を活用したEC関連の最新の取り組みは、特定の小売事業者向けプロジェクトに焦点を当てています。たとえば、Googleの「ユニバーサル・コマース・プロトコル(UCP)」を使用して、美容・コスメ専門店大手の米Ulta Beauty(アルタビューティー) の商品を検索大手のAIモードで購入可能にしたことなどがあげられます。
また、Macy’sのAIエージェント「Ask Macy’s」もGoogleの技術を採用。GoogleはWalmartやHome Depotなどの他の小売事業者とも連携を進めている最中です。
こうしたなか、Googleのマーチャント・ショッピング担当バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーを務めるアシッシュ・グプタ氏も、4月に「エージェント型AIは、あらゆる人にとってオンラインショッピングをより簡単にする大きな可能性を秘めている」とし、エージェント型AIへの期待感を強調しています。
Googleは過日、2025年のホリデーシーズンに向けて、消費者向けのAIモード機能を数多く発表しました。当時、Googleは決済も非常に重視していました。Google Cloudのクライアントである小売事業者を通じて、ECサイトのインフラやデータと深く結びついていることは、OpenAIにはない独自のEC参入ルートとなっています。
現時点では、LLMを保有する企業の中で、OpenAIとGoogleがエージェント型コマースにおいて最も先行しているように見えます。しかし、Anthropic、Meta、Amazonも、それぞれ独自のコマース戦略を推し進めています。なかでも、EC最大手のAmazonは最も推進していると言えるでしょう。
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