【CasperのDX事例】重いマットレスはもう卒業! いくつもの「手軽さ」が生み出す新習慣
この記事は、書籍『DX経営図鑑』の一部を特別にオンラインで公開しているものです。
》 Category 1「小売」
》 「Casper 『箱に入るベッド』という新しい市場の開拓者」より
Casper(キャスパー)は2014年創業のマットレスをオンライン販売する企業で、いわゆるDtoC企業の先駆者の1つとされます。約3.4億ドルを調達したユニコーン企業(企業としての評価額が10億ドル以上のベンチャー企業)であり、コロナ禍中の2020年2月に、ニューヨーク証券取引所に上場しました。この企業がなぜこれほどに注目を集め、躍進に至ったのかは、アメリカにおけるマットレスの需要と消費形態を理解する必要があります。
消費率の高いアメリカのマットレス
アメリカや西欧諸国は寝具にベッドを使うベッド文化であり、それは言い換えればマットレス文化です。アメリカのマットレス業界は、Simmons、Tempur Sealy、Sertaの3大メーカーによる寡占状態が長く続いており、消費者はこれらを寝具専門の量販店で購入してきました。
アメリカで家を借りたり買ったりすると家具付きの場合が多いのですが、マットレスだけは異なります。知らない他人が使用していたマットレスを使う気にならないのはもちろん、ベッドバグ(南京虫)の心配もあります。また、マットレスは持ち運びにかさばるので、引っ越し時に処分されることも多いのです。つまり、アメリカは日本に比べてマットレスを消費する回数が非常に多く、大きな市場を構成していました。そして、この市場構図は長らく変わりませんでした。
Casperの特徴
Casperはミレニアル世代をターゲットとしたマットレスの通販企業で、スマートフォンで簡単に購入でき、ショールームで試せる利便性をウリにしています。基本的にショールームでは販売していないので、店員が強く売り込んでくることもなく、顧客は快適に商品を試すことができます。
また、Casperのマットレスはスプリング(ばね)がないタイプなので、折りたたみ梱包が可能です。この特徴が人気に火を付けました。というのも、折りたたみ梱包ができれば、配送料が無料または低価格で収まります。引っ越しのときに自家用車に詰め込むこともできます。ミレニアル世代が大学進学や就職などで頻繁に拠点を移すとき、Casperの便利さと商業的プレッシャーの低さは、非常に好感をもたれることになりました。Casperの新たなビジネスモデルは、100年近く変わらなかったマットレス業界を破壊(ディスラプト)したのです。
マットレスDtoCの乱発──本格的な市場のディスラプト
Casperがマットレス業界を変えた理由は、彼らの評価額や売上だけではありません。Casperがこのビジネスを始めた背景には、マットレス製造の市場構造が関連しています。
アメリカのマットレスの約4割は、Carpenter社という1企業によって作られています。先に述べた3大メーカーは基本的に自社開発ですが、生産ラインの一部をCarpenter社に委託しています。Casperも現在は独自生産を行っているものの、当初はCarpenter社やその他のマットレスOEM(Original Equipment Manufacturer)メーカーと組んで商品を製造しながらブランディングとデジタル商流を作り上げました。いわゆるファブレス型製造で、「デジタル決済+配送」で販売するこのモデルは、Bed In Box(箱に収まるベッド)業界と呼ばれるようになり、多くの競合を生み出しました。2020年時点で、アメリカ国内だけでも175社のBed In Box企業があるといわれており、リテールの巨人Walmartも独自のBed In Boxブランド「Allswell」を2018年に発表しています。またTempur Sealyも、オンラインで買えるラインナップの展開を始めました。2019年には約45%の消費者が直近のマットレス購買をオンラインで済ませたという報道もあり、Casper創業からわずか5年で、市場の約半分までがBed In Boxユーザーになったのです。こうして、マットレスにおけるアメリカの商習慣は大きく形を変えました。結果的には競争過多の状態となり、Casperも上場後は苦戦を強いられていますが、Bed In Boxという選択肢を今後も消費者が手放すことはないでしょう。
Casperが取り去るペイン
──手軽な入手と設置、セールスプレッシャーの除去
Bed In Boxの代表格であるCasperが消費者から取り去る最大のペインは、入手と設置の手間です。マットレスを頻繁に消費するアメリカ人は、新しく購入するたびに小売店へ出向き、注文し、配送を待ちます。注文してから配送されるまでに早くても1週間はかかり、配送日には予定を調整して自宅にいる必要があります。それでも、配送員が時間通りに届けてくれるとは限りません。このように、これまでのマットレス業界は寡占市場ゆえのサービスの悪さが目立ち、マットレスを入手することは非常に面倒でした。生活必需品のために、サービスの悪さに目をつむってきたというアメリカ人も多かったようです。
Casperの「手軽さ」
Casperは最速1営業日で、遅くとも1週間以内には配送を完了します。また圧縮梱包なので、1人暮らしでも受け取りや設置が簡単にできます。狭い階段でも担いで登ることができるため、ベッド専門店のスタッフが3人がかりで窓から搬入するといった大掛かりな作業も不要です。
さらなるペインの除去は、引越し先にも持ち運べることです。アメリカ人は平均して一生に10回の引っ越しをするといわれます。引っ越しの際に、家具類はバザーに出したり廃棄したりしますが、それは運送費が高額だったり、引っ越し業者が荷物を丁寧に取り扱わず破損がつきものだからです。こうして、アメリカ人はこれまで、引っ越しのたびに「やむなく」マットレスを捨ててきました。Casperが現れる以前のアメリカでは、マットレスは運ぶよりも買い直すほうがストレスなく、スピーディーに、場合によっては安価に解決できたのです。
自由な吟味と手軽な購入
Casperはスマートフォン1台で手軽に購入できる点も魅力です。アメリカでは、家電や自動車など高単価商材の販売店に赴くと、非常に激しいセールスプレッシャーを受けることがあります。店員の熱心な宣伝トークを聞き流し、購入しない場合には明確に意思を伝えるべく強い心が必要です。
その点Casperは、ショールームはあるものの購買決定はあくまでウェブサイト上で行うため、顧客はショールームでプレッシャーを感じることなく、リラックスして商品を吟味できます。帰途の地下鉄の中から気に入った商品をスマートフォンで購入することもできますし、翌日の仕事の合間にパソコンから注文することも可能です。
Casperがもたらすゲイン
──購買体験の自由とサステナブルな消費への参加
Casperが生み出した新しいマットレスの消費スタイルは、消費者に新しい価値を提供しました。それは、購買体験の自由です。
これまで、マットレスは専門小売店などで選択し、決済し、その店舗スタッフに配送してもらう方法しかありませんでした。しかし、CasperなどBed In Boxの登場によって、オンラインによる選択・決済と、一般配送による受け取りという選択肢が追加されました。今後の消費者は、各自の都合に応じて、マットレスの買い方を使い分けることができます。
選択肢の広がり
Casperの場合は、ショールームで確認した後にスマートフォンで注文し、引越し先に直接配送させることが可能です。引越し先の慣れない街でマットレスを買いに出かけ、配送を待つという時間が短縮できます。もちろん、新婚家庭のように2人で新しいマットレスを選ぶ体験を優先したければ、他社の直営店で店員とのやり取りを楽しみながら購入することもあるでしょう。
しかしCasperを選べば、少なくとも「マットレスを買うための不便さを避ける」という選択肢を手に入れることができます。聞きたい時に聞きたいことを店員に問い、買いたいタイミングで買い、送って欲しい日に送ってもらえるのです。
サステナブルな消費
Casperのモデルは、サステナブルな消費にも直結します。従来、消費者がマットレスを捨てていた理由の多くは、「運んだほうが高いから」でした。しかし、Casperの商品であれば、持ち運びが容易になるので、捨てなくてもいいのです。
大量消費や無意味な廃棄を嫌うミレニアル世代は多く、その商品を買うこと自体が環境保護に繋がっているかを重視します。ミレニアル世代の彼らにとって、Casperは便利なだけでなく、Casperを選ぶことでナンセンスな消費サイクルに参加しないという意思表示ができるのです。
購買体験の自由とサステナブル消費への参加は、Casperに限らず多くのDtoCブランドが立脚しているコンセプトであり、これからの世界の消費市場において一般的な価値観になっていくと考えられます。
勝てるDXの本質
~次に生き残るのは、誰か?~
世界の伝統的企業やスタートアップがいち早く取り組んできたDXの数々。各事例をつぶさにレポートしてきた「DX Navigator」編集部の知見をまとめ、事例分析と価値提供のプロセスを可視化した一冊です。
本書は世界全32社のDX事例を収録。いずれも、顧客/ユーザー視点での「ペイン(苦痛)」と「ゲイン(利得)」を切り口に、顧客/ユーザーが最終的に得た「価値」について解き明かします。
Part 1では、従来の商習慣や価値提供の概念を新しい基準に転換させた「ゲームチェンジャー」である9社―Netflix、Walmart、Sephora、Macy’s、Freshippo、NIKE、Tesla、Uber、Starbucks―を取り上げます。
Part 2では、海外のスタートアップを中心に日本企業も加えた23社の事例を、業界別に紹介。多くの顧客/ユーザーから支持を得た、各社のエッジが効いた斬新なアイデアとその背景に鋭く迫ります。
日本の「DXブーム」には問題も潜んでいます。DXとは単なる技術導入やカイゼンを言い換えた言葉ではなく、「ユーザーが最終的に得る価値」を見つめ、新しい価値提供の仕組みを創り出すということ。これからも続く企業の変革、世の中の変革のなかで、次に生き残るのは誰か?