金澤一央+DX Navigator 編集部 2021/6/14 7:00
DX経営図鑑

この記事は、書籍『DX経営図鑑』の一部を特別にオンラインで公開しているものです。

Part 2「業界別に見るDX事例
 》 Category 1「小売
 》 「b8ta 次世代ショールームは『買えるミュージアム』」より

b8ta(ベータ)はシリコンバレー発の、いわばハイテクショールームです。現CEOのヴィブ・ノービー、フィリップ・ラウブら4人によって2015年に設立され、1号店をシリコンバレーの代名詞的エリアであるパロアルトに構えました。店舗ではデジタル機器を中心としたさまざまなメーカーの商品が手に取れる状態で展示され、それぞれに説明用のタブレットPCが配置されています。b8taテスターと呼ばれるスタッフが接客やデモを行い、購買方法を説明してくれます。2020年9月時点でアメリカ国内に18店舗、ドバイに1店舗、2020年8月には日本にも2店舗(有楽町と新宿)が上陸しました。

b8taはショールーム

b8taは原則ショールームなので、販売在庫を持ちません。購入したいと感じた消費者は、説明用のタブレットなどに表示されているQRコードを使って、展示メーカーのECサイトか、b8taサイトのオンラインショッピング(日本は2020年時点で未実装)から購入します。

ここまでの内容では、EC誘導機能を持っているショールームビジネスに過ぎないと思われるでしょう。しかし、b8taの最大の特徴は、イメージセンサーなどを駆使した効果測定技術と、サブスクリプションモデルをベースとした出店料金システム、そしてこれらの仕組みに支えられたユニークな出店ブランドによる品揃えです。

※ネッ担編注 ブランドによっては在庫を用意している場合もある

小売業受難の時代の始まり

b8taが創業した2015年当時のアメリカは、小売業受難の時代の始まりともいえる状況でした。Amazonが売上を伸ばし、リアル店舗を含む全米小売業の売上ランキングで上位に浮上します。量販店は軒並みAmazonラッシュの影響を受け、次々に経営が悪化していったのです。

2016年にはスポーツ用品最大手Sports Authority、2017年にはおもちゃ小売大手のToys“R”Us、2018年には小売大手のSearsなど、名だたる企業が倒産の憂き目にあい、アメリカの百貨店ブランドの代名詞Macy'sも次々に店舗をたたんで規模を縮小していきました。

入れ替わりに台頭してきたのがDtoC勢で、CasperやBonobos、Glossierなど、デジタルのみを販路とする新進気鋭のメーカーが現れます。もはや量販店に店舗を陳列するメリットはなく、Amazonに出店したほうが売れる、という考えが広まりました。そして、Amazonに出店料やマージンを支払うくらいなら、製造から販売までの全てを自前で行う、店舗出店は高くて非効率なのでデジタルで完結するという方法が選ばれるようになり、DtoCの隆盛へ繋がっていきました。

EC、DtoC隆盛のアメリカ

一方で、デジタル認知だけでは消費者は買わないのも事実です。Amazonで売れるのはスマートフォンやパソコンで簡単に購入でき、自宅まで商品が配送される利便性が理由ですが、その多くの商材は、以前に買ったことがあるか、どこかの店舗に陳列されていたものを既に確認していたというケースが多いでしょう。すなわち、商品を手に取って試す場所があるからeコマースで売れる、という実態も見逃せません。量販小売店はAmazonのためのショールームになっていたとさえいえるのです。

DtoCは全く新しいブランドのため、ブランドの認知から始めなくてはなりません。また、手に取って試してもらう場所が必要です。そのため、認知拡大とデモンストレーションのために店舗を出す流れが起きました。これを「ショールーミング」と呼びます。多くの著名DtoCは莫大な資金調達に成功後、続々と直営ショールームを展開していきましたが、パワフルな調達ができないブランドは自前でのショールーミングができません。百貨店や量販店は売れる商品を置きたいので、名もなきブランドはなかなか扱いません。このような背景から、ショールーミングに特化した小売店舗としてb8taが生まれたのです。

アクセス解析でわかること

b8taは大きな注目を集め、巨額の資金調達に成功しましたが、その理由はショールームの効果測定技術です。b8taのショールームには多数のビデオカメラやセンサーが設置されており、来店した顧客が商品に興味を持って立ち止まったり、商品を手に取って試したり、スタッフによるデモンストレーションが行われた数がトラッキングされ、出店企業はその効果を専用のダッシュボードで確認できます。いわば、アクセス解析の仕組みをリアルのショールームに取り入れたのです。

一般的なリアル店舗は定量的な効果測定ができません。出店効果を推し量る数字は売上や販売数くらいで、これ以上の情報を得るには売場担当者へのインタビューしかありませんでした。まして、売上が発生しないショールームとなれば、その出店効果は来店者数とアンケートの回答程度でしか推し量れません。b8taは定量データをリアル店舗で取得することで、DtoCなどのスタートアップブランドが欲してやまない認知効果や商品接触の機会を提供しつつ、分析可能な定量データも提供しているのです。

従来の小売ビジネスモデルと新たな形

ハイテクショールームモデルは、最近ではRaaS(Retail as a Service:リテール・アズ・ア・サービス)と呼ばれ始めています。RaaSは、直訳すれば「サービスとしての小売業」です。小売というビジネスモデルは物品をメーカーから仕入れ、マージンを乗せて販売することで収益を上げます。小売業は自前の販売スタッフを雇い、接客し、仕入れた商品を売ります。販売促進のためにエンドと呼ばれる特別展示コーナーを作って特定商品のデモンストレーションを行う場合は、メーカーが販売協力金やリベート(仕入れ価格の割引なども含む)を支払いますが、基本的には展示したものが売れることで小売業は収益を得ます。

しかしb8taは、在庫管理、物流支援、陳列、接客スタッフ、POS、そして効果測定まで、全てを固定額で提供します。つまり、小売接客に必要な機能やリソースを全てサービスとしてメーカーに提供するのがRaaSであり、b8taが標榜するビジネスモデルです。

b8taのRaaSモデル

b8taは基本的にショールーミング提供を主眼としているので、出店メーカーから販売マージンを取らず、店舗売上をビジネス指標として持っていません。つまりb8taは、「売りづらい商品」でも「売りやすい商品」でも、小売店舗として平等に扱うのです。例えば、筆者が東京のb8taを訪れたとき、秀逸なデザインのスマートフォンアクセサリが展示されていました。また、デザインカスタムができるオーダーメイドの革靴も展示されていました。注目を引くように展示すれば、5,000円程度のスマートフォンアクセサリのほうが確実に売上に繋がるでしょう。70,000円の型取りから始まる靴をショールームで即断して購入する人は少ないと思われます。しかし、b8taのショールームではどちらも同様に展示されていました。

小売業のビジネスモデルは収益のために短期的な売れ筋を多く扱うのが必然で、品揃えは売れ筋に偏ることになり、販売スタッフはその在庫を売り切るために努力します。しかし、b8taの使命はまだ知られていない逸品を世に出すことであり、「ロングテール商材を売る店舗」というチャレンジをしています。そのため、フェアな固定額で効果測定ができ、人員リソースの足りない企業でも小売やデモ展示ができるように、専門スタッフの提供までをセットにしたRaaSモデルが必要なのです。

b8taが取り去るペイン
──セールスプレッシャーのハードルを取り除く

b8taの特徴はBtoB、すなわちメーカーとの価値交換にあります。しかしb8taは小売業なので、消費者への価値提供があって成立するビジネスでもあります。では、b8taはどのような価値を消費者に届けているのでしょうか。家電やアパレルなど高単価商品の買い物で消費者が避けて通れないのが店員の接客で、強い売り込みを受けたり、プレッシャーを感じたりすると閉口してしまいます。まして、eコマースに慣れてしまった消費者たちは、さらに店舗接客のプレッシャーを避けるようになったともいわれています。

b8taは先述のように店舗が売上目標を持っていません。説明機会を増やし、商品に好感を持たせ、手に取って試してもらう接触濃度(機会)を上げることを目標としているので、強い売り込みはしません。また、メーカースタッフでもないので、商品説明に偏りがない(と感じられる)のも顧客側にとっては利点でしょう。こうしてb8taを訪れる消費者は、純粋に「お試し」のためのウインドウショッピングを楽しむことができます。

先進的な効果測定の魅力

b8taのペイン除去に一役買っているのが、先進的な効果測定の仕組みです。出店企業は接触濃度をデータとして入手できるので、自社商品がどれほど来店客から興味を持ってもらえたかを明確に把握できます。b8taでは売り込みプレッシャーがなく、来店客は快適にショールーム体験を楽しむことができるので、効果測定によって来店客のインサイトにより迫った情報を得ることができるのです。

b8taが創出するゲイン
──買えるミュージアム

b8taがもたらすゲインは、ペイン除去による快適で自由な消費体験です。もう1つ特筆すべきゲインは、「珍しくて、先進的で、魅力的なアイテムを知り、触れるという、買い物のエンターテインメント体験」です。b8taはロングテール商材を意識して扱うようにしています。これらは大型店舗で取り扱われることが少なく、ニッチな需要に向けた小ロット生産であることが多いでしょう。このような商品こそeコマース市場で日の目を浴び、「バズる」ことで認知を拡大するのですが、多くの一般人はその存在に気づきません。そのため、ソーシャルメディアでバズを作るインフルエンサーマーケティングが隆盛するわけですが、これは事実上、謝礼をベースに成立する販促であり、資金力のある企業が強くなります。何より、消費者が「ステマ」(ステルスマーケティング)と認識してしまうと、むしろ評判を落とすこともあります。

このようなソーシャルメディアかられる生み出される不確かな評判を避けるには、自分で手に取って確かめるのが一番です。b8taには、マスプロダクションの市場やソーシャルメディアのノイズに埋もれてしまいがちな「ニッチで、マニアックで、面白い」挑戦的な商品が常に展示され、定期的にローテーションされています。また、「モノ」だけではなくジーンズの自動採寸やカスタムメイドの電動自転車など、ショールームでは手に入れようがないサービスも展示されています。消費者はまるで展覧会や博物館に訪れた気分で商品体験を楽しみ、全ての商品が購買可能という、「買えるミュージアム」体験を得ることができるのです。

  • 著者: 金澤 一央、DX Navigator 編集部
  • 発行: 株式会社アルク
  • ISBN: 978-4757436787
  • 価格: 2,310円(税込)

勝てるDXの本質
~次に生き残るのは、誰か?~

世界の伝統的企業やスタートアップがいち早く取り組んできたDXの数々。各事例をつぶさにレポートしてきた「DX Navigator」編集部の知見をまとめ、事例分析と価値提供のプロセスを可視化した一冊です。

本書は世界全32社のDX事例を収録。いずれも、顧客/ユーザー視点での「ペイン(苦痛)」と「ゲイン(利得)」を切り口に、顧客/ユーザーが最終的に得た「価値」について解き明かします。

Part 1では、従来の商習慣や価値提供の概念を新しい基準に転換させた「ゲームチェンジャー」である9社―Netflix、Walmart、Sephora、Macy’s、Freshippo、NIKE、Tesla、Uber、Starbucks―を取り上げます。

Part 2では、海外のスタートアップを中心に日本企業も加えた23社の事例を、業界別に紹介。多くの顧客/ユーザーから支持を得た、各社のエッジが効いた斬新なアイデアとその背景に鋭く迫ります。

日本の「DXブーム」には問題も潜んでいます。DXとは単なる技術導入やカイゼンを言い換えた言葉ではなく、「ユーザーが最終的に得る価値」を見つめ、新しい価値提供の仕組みを創り出すということ。これからも続く企業の変革、世の中の変革のなかで、次に生き残るのは誰か?

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