なぜECビジネスは会員登録が重要なのか? 心理学を利用したアプローチに学ぶ会員数を増やすための基礎
短期的な売上目標やキャンペーンに追われて、会員登録をおざなりにしていませんか? 今一度、売り上げに会員登録がどう関わるか理解しましょう。
今日のお客さま:EC担当者2年目「のんちゃん」
小売業で店長業務を3年経験後、本社移動になりEC担当者に。1年目はIT用語を覚えるので精一杯だったが、2年目になり上司からの期待も高まってきた。
常連さん:コンサルタント「コアラさん」
経営コンサルタントの国家資格「中小企業診断士」の資格を持ち、全国の企業支援やセミナーに奔走中。仕事での報酬交渉はシビアだが、ここでは日本酒1杯で相談に乗ってくれるお酒好き。
顧客の心を掴む」会員登録というレバレッジ戦略
あ!コアラさん、ちょっと隣いいですか? 聞いてくださいよ、今日の経営会議でうちの社長がECビジネスに目をつけちゃって、現状のEC事業の売上高を半年で2倍にしろって言うんです! もう、うちのブランド、認知度がないから絶対、無理なんですけど……。
のんちゃんの会社って、まだ若者向けのブランドを立ち上げて2年目だし、SNSの口コミがすごくいいじゃない。まだまだ伸びしろあると思うけど。今、会員登録数はどれくらいなの?
会員登録数? 会員って、売り上げと直接関係あります? 今の所、一部のコアな利用者が、ガッツリ買ってくれている状態だから、その裾野を広げても意味がないと思うんですよね。
のんちゃん、1:5の法則は聞いたことあるよね? 新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストに比べて5倍かかるという法則。1年やってわかっただろ? 単発の広告やキャンペーンは短期的な売り上げにしかつながらないということを。そして、消耗戦になる。そこで消費者を「会員」という形で囲い込んで、中長期的に売り上げを伸ばす施策の重要度が増してくるんだ。
会員登録数を増やすと、どうして中長期的な売り上げにつながるの?
そうだね、大きく2つ観点があるかな。1つは会員情報を得ることで顧客理解が深まり、パーソナライズした施策ができること。会員情報のほか、購買履歴、システムや設定によってはWebや店舗における行動履歴も取得できるよね。すると、まず、のんちゃん自身がデータ分析をする材料が増えて、お客さまへの理解が進み、仮説の精度が高まるだろ。その結果、その仮説に基づいて、1人ひとりに合わせて施策を打てるようになる。
もう1つが、顧客データべースという観点。そもそも、通販・ECビジネスは顧客リストビジネス。顧客データベースに商品を訴求し、販売していくビジネスモデルがベースなんだよ。そのデータベースが大きくなればアプローチできる客数が増え、売り上げを伸ばせる可能性が高くなる。カタログ通販、総合通販はデーターベースマーケティングで事業を確立していった代表格。ECビジネスで言えば、自社サイトほど会員登録数というデータベースの重要性が増してくるんだよ。
ただ、今の時代、似た商品がたくさんネット上にあるから、競争が厳しくなっている。のんちゃんのブランドが発信している情報が、お客さまに「自分ごとだと思ってもらえる」「これほしいと感じてもえる」といった興味・関心、購買意欲がが向上しない、購買に結びにくいと言えるんだ。
そうそう、独自ドメインのECサイトなんて完全にネットの海に埋もれているものだよね。そもそも、パーソナライズしたプロモーションって、MA(マーケティングオートメーション)とか高いシステムが必要でしょ?
できることから始めればいいじゃない。最近買った人に、メールで期間限定の「ありがとうクーポン」を配ってリピート購入を促したり、男性ブランドだったら女性会員に対して「父の日」や「クリスマス」にプレゼントを訴求するメールを打ったりするとかね。
ECでも店舗みたいに、消費者1人ひとりに向き合って接客できるって、ほっこりしますね。
その感覚はいいね。EC担当者だからこそ、リアルな消費者の解像度を上げていくことは重要だと思うよ。あと、会員登録をしてもらうことで、消費者と継続的な接点が持てるようになることも押さえておきたいポイント。消費者との関係性が向上すればロイヤルティが高まり、客単価や購買頻度のアップ、口コミ投稿なども期待できるようになるんだ。
ロイヤルティ?
直訳すると、忠誠心。意訳すれば、その企業や商品やブランドを気に入っている度合いだね。会員の人にはSNSやメールを通じて、継続的な接点が持てるじゃない。すると、心理学でいうところの「単純接触効果」が働くんだ。一言で言えば「何度も見ることで好感度が上がる」という現象だね。消費者はブランドや商品に頻繁に接触することで、それに対する好意や信頼が自然と深まるとされているんだよ。
聞いたことある。テレビのCMってその効果を狙ってるんだよね。
そうそう。今の時代は、SNS投稿やメールマガジンの発行があり、テレビCMほどコストがかからない。アパレルならライブ配信もいいんじゃない? 流行があって購入頻度が高い業界だから、お客さまのライフスタイルに役立つ情報を通じて、継続的なコミュニケーションをとってほしいね。
通販・ECなどのダイレクトマーケティングの肝は「リピーター作り」。抱えている顧客全体の2割の優良顧客が全売上の8割を作るという「8:2の法則」があるように、ロイヤルティの高いお客をいかに獲得するか、もしくは育てていくかが、売り上げを伸ばすカギになるんだ。
マズローの5段階欲求説から学ぶ会員登録の心理
でも、会員登録してほしいっていうのは、あくまで会社側の都合じゃない? 消費者が会員登録をする動機ってなんだろう。私はうっとうしいメールが来るから、登録特典をもらったら、すぐ解除しちゃう(苦笑)
そんななかでも、フォローを解除してないブランドってない?
あ、ここ「ネッ担居酒屋」のLINE登録はそのまま友達になってるかな。毎週、10%割引クーポンが配信されるので。まぁ、家計に直結するからね(笑)
それそれ。人が行動するときって、何かしら動機があるだろ? 解除しないのにも動機がある。その感情を理解することが、会員登録数を伸ばすには重要なんだ。
具体的にどうすればいいの?
地道な顧客理解が大事だよ。アンケートを取ったり、直接ヒアリングできればなおいいね。あとは、ユーザーテストもお薦めかな。たとえば、消費者にECの会員登録の画面を操作してもらいながら、その時、どんな感情かをヒアリングするんだ。その結果を、カスタマージャーニーマップにまとめることで、消費者の感情と行動を時系列で可視化できるよ。消費者がどのタイミングで何を感じ、何を求めているのかが明確になる。EC担当者は、会員登録の一連の流れを理解しながら、具体的な改善案を見出して、実際に改善し、会員登録数を伸ばしていくことができる。
なるほどね。で、消費者が会員登録をする動機は何? やっぱりお得なクーポン?
いいね。“お得”というのは動機の1つになるね。その他にもいくつか動機がある。マズローの5段階欲求説で整理すると、こんなところかな。
(コアラさん、お店の黒板を借りて、板書を始める)
この三角形の上が高次の欲求、三角形の下が低次の欲求って言われていて、低次の欲求が満たされて、初めて次の次元の欲求が現れる。まぁ、後の調査で各階層は同時進行だということがわかったから順番自体はそこまで気にしなくていい。で、この一番下の段は、「生理的欲求」。生きていくために必要なもの。たとえば、空気、水、衣食住、睡眠とかかな。
あ、私、LINEのプッシュ配信がうるさくて解除したことある。睡眠が妨げられたからかな。
え、のんちゃんの1日の生活ってどうなってんの? まぁ、それは詮索しないとして……次の欲求が「安全欲求」。健康で経済的にも不安を感じない暮らしができること。コロナ禍ではこの安全欲求が問われたよね。会員登録の話に戻れば、「お得なクーポン」は経済的な不安を遠ざけてくれる。また、ショッピングサイトのなかでも、海外の無名で日本語が誤っていてレビューが怪しいサイトで買うよりは、大手のショッピングモールで安心して買い物をしたいという人は、この安全欲求を満たしたいということだね。
そう、それが自社ECサイトの弱いところ……。セキュアなECシステムを使い、セキュリティ関連サービスも入れているんだけどなぁ。それもしっかり訴求しないと、離脱につながっちゃうね。
それはいい気付きだね。あとは「30日間返品無料」「長期保証」といった会員特典も、安全欲求を満たすよね。で、次の欲求は「社会的欲求」。これは「友人や家庭、会社から受け入れられたい」という欲求なんだ。会員登録で言えば、会員限定のコミュニティ、フォーラム、SNSのグループ、イベントなどがあると、動機付けになるんじゃないかな。
ノベルティグッズなんかもそうかな?
そうだね。昔ある球団のファンクラブに入った時、レプリカのユニフォームが送られてきたけど、これは今思えば、社会的欲求を満たすものだね。次が「承認欲求」。これは「人から認められたい』「ほめられたい』「尊敬されたい」という欲求なんだ。
ノベルティグッズが、もし限定品だったら、承認欲求になるのかな?
鋭い。あとは航空会社のステータスとか、ショッピングモールのランクなども、承認欲求を満たすものだよね。「あなたはゴールドに昇格しました」って言われて、悪い気がする人はいないでしょう。また、自分にパーソナライズドされたサービスが受けられることも動機付けになるかもしれないね。
アパレルなら、自分のサイズや好みの色を登録できて、それに合わせて、お薦め商品が表示されたり、自分のアバターに自由に着せ替えができる、なんて会員サービスがあったら登録しちゃうかも。
いいアイデアじゃない。まぁ、そこまでシステムを改修しなくても、「お誕生日クーポン」や会員ランクはすぐできる施策だから検討してほしいな。次が最後、「自己実現の欲求」。マズローさんは晩年、その上の「自己超越欲求」という利他的な欲求も提唱していたけど、一旦、一緒に理解していいと思う。これは、自分の夢を叶えたい、とか、誰かを応援したいとか、最近のSDGsなど誰かの役に立ちたい、社会的使命を果たすといった欲求だね。
エコポイントを貯めて、環境に配慮した商品がもらえる特典などはSDGsっぽいね。
ペルソナを考えるときに、「消費者のゴール」を設定するじゃない。あのゴールの達成をブランドが支援していくことこそが、自己実現の欲求を満たすことだよね。会員登録はまさに、中長期的な関係を築くもの。だから、ペルソナのゴールを意識して、会員登録のメリットを改めて考えて、きちんと消費者に訴求してほしいな。もちろん、なかには「次回から購入時の情報入力が楽になる」っていうシンプルな動機もあるだろうけど、この顧客は、リピートを前提にしているから、すでにロイヤルカスタマーの卵だよね。
なるほどー。消費者とブランドが、中長期的な関係を築く。その第一歩が会員登録ってことなんだ。うーん、深い!マスター、コアラさんに日本酒一杯、つけといてください!
次回は、会員登録の後半です。