消費者に「値上げ」を理解してもらうための価格設定はどうやる? コスト増時代を勝ち抜くための基本方針とプロセスとは
ネットショップ担当者が集まる「ネッ担居酒屋」に来客したお客さまは、優柔不断な亮ちゃん。抱えている悩みは「値上げラッシュへの対応」。円安や原材料といった原価の高騰、送料の引き上げなどのコストアップに頭を痛めています。
今日のお客さま:EC通販事業 リーダー 4年目 亮ちゃん
焼き菓子を売る食品製造業のネットショップ担当者。OEM中心だったがコロナ禍でお土産需要が減り、自社ブランドの立ち上げと直販のネットショップを任された。
常連さん:コンサルタント「コアラさん」
経営コンサルタントの国家資格「中小企業診断士」の資格を持ち、全国の企業支援やセミナーに奔走中。仕事での報酬交渉はシビアだが、ここでは日本酒1杯で相談に乗ってくれるお酒好き。
原材料、人件費、運営費の高騰……僕らのお給料はどうなる!?
おー! 亮ちゃん、こっち、こっち!ずいぶん久しぶりじゃない。
あ、コアラさん! いやぁ、最近、奥さんからお小遣い減らされちゃって。家計簿見せられたら、ぐうの音も出ないよ。食費も電気代も去年よりだいぶ上がって……。
しっかりした奥さんだね! 数字を武器に交渉するなんて、営業としてうちに来てくれないかな(笑)。そうだ、値上げって、亮ちゃんのところのネットショップも大変なんじゃない?
そうなんだよねー……。運営費、委託している開発費も上がっちゃって。商品も、原材料費などが爆上がりで去年より3割以上、上がっているんじゃないかな。とはいえ、他の事業よりは利益率が高いから、みんな目をつむっているけどね。いつ元に戻るのかなぁ……。
日本は今のところ、金融引き締めの動きもない……。つまり、物価高を許容している。円安などの要因も複雑に絡んできているし、物価が安定するまでには数年かかる可能性も高いよね。
えー、数年? やってられないなぁ。加えてさー、EC業界で言えば「物流2024年問題」に関連した送料の値上げもあるんだよな。人手不足のなか、頑張っているメンバーにしっかり還元してあげたいんだけど、利益を伸ばさないと社長にも給与アップを提案しにくいのが現状なんだよね。現在の競争環境だと、お客さまのことを考えると値上げもできないし。だからってコストカットしてメンバーの労働環境や処遇が悪くなるのもきついよ……。
亮ちゃんは人がいいね。こういう時こそ、ブランドだったりお店の真価が試されている時だよ。メンバーと一緒に考えてみたら?
試されているってどういうこと?
コスト増であっても利益を伸ばし、それを確保し続けるには、売り上げを増やすか、コストを減らすしかないよね。ECビジネスで売り上げを増やすには、今の局面では、客数増を考えるよりは値上げが現実的だと思う。日本の人口減や昨今のサービス財への家計の振り戻しを考えるとね。お客さまが、ブランドやショップを信頼していれば、値上げだって受け入れてくれるはずだよ。また、コスト削減を探るにも、お客さまの期待を正しく把握してブランドやショップイメージを毀損させないポイントが明らかになっていないと、ただ商品・サービスの価値を下げてしまうから気をつけたいね。
値上げの基本方針と戦略
うん、うん、おっしゃる通り……。正論だし、それは理解しているんだよね。ショップは4年目になって固定客も増えてきたから大丈夫だと思うけど。まぁ、値上げは勇気がいるんだよなぁ。特にオンラインで買うお客さんって価格に敏感だと思うからさ。
そうだね、単に原価が上がったからと、何も考えずにやるのは危ないと思う。お客さまが感じている商品やサービスの価値を維持することと、ショップの継続のバランスがポイントじゃないかな。そのためには、市場環境、競合他社の動向、お客さまの価値観、そして自社のブランド・ショップのポジショニングをしっかり捉えていきたいところだね。単純にコストが上がった分を、そのまま反映するショップも少なくないけど、価格設定の基本に今一度立ち返るといいと思うんだ。
なるほどね、「コスト」だけじゃなくて、「需要」と「競合」も考慮に入れるってことか。
コスト志向の価格設定
まず、価格設定の最低ラインとして、やっぱりコストを上回る価格設定は基本的なことだよね。商品の原価に加えて、ネットショップの運営に関するコスト、人件費などの間接費の上昇分も配賦して、改めて商品1個あたりのコストを算出したいね。ただ、この方法は競争が激しい市場ではリスクがあるんだ。たとえば、家電のような型番で検索されるような商品では、値上げするとお客さまが他社に流れる可能性があるから、コスト削減で競争価格を維持する方法を探った方がいい。亮ちゃんのショップはどうだと思う?
うちは、スーパーフードを使ったオーガニックのお菓子だから、競合は少ないと思う。価格転嫁できる余地はあるかなぁ。でも間接費の配賦までは考えてなかったなぁ。
見落としがちだけど、年々最低賃金は上昇しているわけだし、理想的には定期的に間接費も踏まえたコスト把握はしたいところだね。今回のコスト増はそのいい機会だと思うよ。
需要志向の価格設定
「需要志向」だとどうかなぁ。ある食材で免疫が高まるって論文が出たときは、ラインが追いつかなくて品薄になったから値上げしたくなったな。
それは、需要価格設定の考え方だね。亮ちゃんの商材の場合、高級路線だから頻繁に価格を変更し過ぎない方がブランドやショップの信頼につながると思うよ。一方、お中元、お歳暮、敬老の日、ホワイトデーといったタイミングは、ギフト需要が高まるから、強気な価格でセット商品を販売するのもいいね。もう1つ、ブランドを考慮する時に忘れてはならないのが「知覚価値志向型価格設定」。お客さまが商品に対して持つ価値を基に価格を設定する方法なんだけど。亮ちゃん、好きなブランドやショップで最近値上げしたところとかある?
あるある。家の近くだよ。2回値上げした寿司屋があってさ。最初、ランチが回転寿司より安いって飛びついたんだけど、2回の値上げで結局、回転寿司より一貫あたりの値段は高くなった。とはいえ、座敷で、家族でゆっくり食べられるし、店員さんは子供に優しいし、茶碗蒸し、小鉢、お椀、アイスも付いてメニューが充実しているから、月1回は通っているよ。値上げの時も、魚介類は円安や輸送費の高騰は直撃しただろうなぁ。ただ、あの優しい店員さんのお給料まで下げて欲しくないから、特に違和感なかったんだよね。
そこ、私も行きたいから教えてよ(笑)。亮ちゃんの商材も、オーガニックとかスーパーフードが売りだから、その原材料コストが上昇したという理由を明確に伝えれば、お客さまは値上げを受け入れてくれやすいと思う。お客さまがブランドを支持する理由を考えて、それをコミュニケーションの核にするといいんじゃないかなぁ。
競争志向の価格設定
後は競合を考慮して価格を設定する方法があるよ。スーパーフードとオーガニックの掛け算のお菓子は少ないかもしれないけど、それは中の人が思っているだけのポジショニングってこともあるから注意したいところ。一旦、「できるだけ体によくて質の良いお菓子が食べたいな・贈りたいな」と思った時に想起されるモノすべてを競合として検討してもいいかもしれない。
オーガニック食品店だけじゃなく、高級スーパー、デパート、素材感を大事にした某ブランドなんかも視野に入れた方がいいのかなぁ?
検証してみて、やっぱりお客さまが唯一無二のスイーツとして認識しているようだったら、競合に左右され過ぎず自社の提供価値を最大限にするための値上げとして、お客さまに説明するのがいいと思うよ。単に原材料や運営費の高騰だけじゃなく、改めてブランドストーリーを伝えて、この高品質を維持するため、オーガニックスーパーフードスイーツならではの他店にない体験を提供することをきちんと伝えよう。たとえば、生産者との交流会、新製品の試食会、会員の健康状態によりパーソナライズされたレコメンドシステムを提供する計画とか、これらを提供するためにも必要な値上げなのだと伝えるといいんじゃないかな。
なるほどね。まぁ、高級路線か否かにかかわらず、値上げの理由をオープンに説明するのは大切だよね。
そうだね。やっぱり商売は信頼がベースになると思う。日頃のコミュニケーションが問われるよね。値上げの時だけ、急にメールが来たりすると違和感を感じると思う。値上げに対するメリットを伝えて、ロイヤリティを上げる機会としたいね。
値上げのためのステップ
値上げはどんなスケジュール感で進めればいいんだろう?
まずタイミングが重要だよね。市場動向、お客さまの反応、季節性は考えた方がいいかな。たとえば、新商品の導入や新しい販売シーズンの開始時は新しい価格を受け入れやすい傾向があるね。
ホワイトデー向けのセットなら、その時期ってことだよね。後は原材料の配合見直しなどリニューアルのタイミングとかかな。唐突に行うのはあまりよくないかなぁ?
そうそう。逆に、競争が激しい時期やセール期間などは、お客さまは価格にシビアだから避けた方がいい。お客さまの立場で、値上げを受け入れやすい時期を検討しよう。
具体的には、値上げはどう進めていけばいいんだろう?
そうだね、亮ちゃんの会社は全部で50人ぐらいだっけ……。そうしたら、3か月くらいを見て、こんな感じでどうかな。
1か月目
- (1)データ収集と初期分析
- 財務状況の分析、市場動向の調査などを行い、値上げを検討
- (2)経営層にGoサインを得る
- 分析結果を基に、値上げの必要性を伝える
2か月目
- (3)戦略策定とプランニング
- 分析に基づいて、値上げ戦略(いつ、どの程度、どの商品に対して、どのように伝えるか)を策定し、プランを作成
- (4)内部調整と事前通知
- 社内関係者への説明と調整、お客さまへの事前通知(ECサイトのお知らせ、SNS、メルマガなど)
3か月目
- (5)値上げ実施
- ECサイト上での価格変更、値上げの公表
- (6)お客さまフィードバックの収集と評価
- 値上げ後のお客さまの反応や売り上げの変動をチェック、必要に応じて追加のコミュニケーション
よし、コアラさん、勇気が湧いたよ! うちは高級路線だし、お客さまのブランドイメージを裏切らないためにも、値上げは積極的に検討したいな。店長、コアラさんに一杯つけといてください!