製造委託先から訴えられた「空調服」は、その後どうなったのか?
暑苦しいマスクを着けなければならない異様な夏がやって来る。汗ばんでマスクを外したくても、周囲の目が気になって外せない。いっそのこと、マスクにプロペラでも付けて涼しい風を送りたい気になる。
そんな思いで涼しいマスクはないかとネットで検索していると、「空調フェイスシールド」という商品の試作品に関する記事にたどり着いた。
浄化ファンを使ってシールド内にきれいな空気を送り込み、息苦しい思いをせずに感染予防できる。通常のフェイスシールドのように曇ることもなく、医療現場で役立つ画期的な商品だと思った。
こんなユニークな商品を考えたのはどんな会社かと調べてみると、開発元は「株式会社空調服」だった。株式会社空調服──。社名を思い出すのにそう時間はかからなかった。夏の工事現場でよく見かけるファン付きの空調服。2019年10月、この空調服に関する不正競争防止法の裁判について記事を寄稿したところ、Twitterで7000近くリツイートされてバズり、有名人や著名人を巻き込んで、『ネットショップ担当者フォーラム』の年間アクセスランキングで2位になってしまうほどの騒ぎになった。
株式会社空調服はその後どうなったのだろうか? 裁判記録を見ると、信じがたい結末になっていたことがわかったので、続編として報告したい。
なぜ、株式会社空調服の“その後”を『ネットショップ担当者フォーラム』でお伝えしようとしたのか。それは、株式会社空調服が練ったアイデアを製造をメーカーに委託したものの、その後、そのメーカーが自社で類似商品を製造・販売、そして株式会社空調服を訴えたためだ。
型番商品や仕入れ商品は価格競争に陥りやすいが、オリジナル商品を作るために工場を構えるのは、小さな会社にとってリスクが大きい。そこで、多くの企業が採用しているのがOEM生産(製造委託)という手法だが、株式会社空調服は製造委託先に商品を真似られ、訴えられた――。
考えたアイデア商品を大量生産できる製造元に発注、完成品を納品してもらい販売する方法を採用するECサイトは少なくない。今回の事案の続編を通じ、中小企業の皆さんには知的財産権や特許、意匠権など自身のビジネスに関わる権利というものを改めて考えてほしいと思っている。
ご存じない人のために今までの経緯を
広島県福山市の作業着メーカー「株式会社サンエス」が、「ファン付き作業着の元祖はうちだ!」と、東京都板橋区の「株式会社空調服」を不正競争防止法で訴えた。サンエスの売上高は2018年度の連結で288億円、従業員数は約700名の大企業。かたや訴えられた株式会社空調服は、売上高23億円、従業員が14名しかいない中小企業。一報を聞いた私は「金に困った小規模企業が大企業の商品をパクった」としか思っていなかった。
しかし、裁判記録を見るとこれが真逆だということがわかる。開発元である株式会社空調服が、10年以上に渡って空調服の製造をサンエスに委託していたのだが、空調服の売れ行きが好調と見るや、サンエスが「空調風神服」という同じファン付き作業着を自社製品として販売をスタート。さらに、株式会社空調服に対し「うちの商品を真似るな!」と訴えたのである。
当然、株式会社空調服はこの訴えに反論。特許や契約書以外にも、開発記録や販売記録などさまざまな証拠をそろえて争った結果、東京地方裁判所はサンエスの訴えを全面的に棄却する一審判決を下した。独自商品を開発し、市場を拡大させてきた小さなメーカーが、商品を製造していただけの受託製造社たる大企業に訴えられた前代未聞の裁判。それを返り討ちにした判決は、小規模事業者の多いネットショップ運営者たちに、特許や契約書はもとより、開発の記録を残しておくことの重要性を改めて認識させた。
それでも控訴したサンエス
しかし、話はこれで終わらなかった。一審判決から2週間後、株式会社サンエス側は判決を不服として控訴したのだ。両者の争いは知的財産高等裁判所(以下、高裁)に場を移すことになった。
この控訴状を見たとき、個人的に「サンエスは大丈夫か?」と心配になった。一審の裁判記録を読んだ限りでは、サンエス側の主張にはかなり無理なところがあった。ファンを「独自開発」と主張しておきながら、株式会社空調服からファンを仕入れていたり、空調服を自分の商品だと言っていながら、自社の商品名に「空調風神服」という紛らわしいネーミングをするなど、元祖と名乗りながら元祖とは思えない動きが目についていた。
一審判決も、株式会社空調服の主張の通り、サンエスが受託製造先であった旨を認定しており、この状況下で控訴しても状況をひっくり返すことはさすがに難しいだろうと素人ながらに思った。
11月上旬。サンエス側の控訴理由書が提出された。控訴理由は「完全三重同一」という法律論であった。つまり、サンエスと株式会社空調服の「商品名」「形態」「品番」がすべて同一なので、株式会社空調服の行為は違法であるとの主張である。
裁判記録を見ながら「おいおい」と言ってしまった。「商品名」「形態」「品番」がすべて同じだとしても、元祖は株式会社空調服だろ! と素人でもわかる当然のツッコミである。
77ページにもおよぶ膨大な控訴理由を読み進めたが、驚くべきことに新しい証拠は一切提出されていなかった。地裁で訴え続けていた商品開発や型番の話が繰り返されるだけで、「一審と同じ資料を読んでいるのか?」と思えたくらいだった。おそらく株式会社空調服の主張を覆す追加の証拠がなかったのだろう。
当然、この控訴理由に対して株式会社空調服側は反論。冒頭の「はじめに」のところで、「新たな証拠を一切提出することなく、事実関係については、原審の主張を繰り返すのみ」とお怒りムード満点の文章で始まり、サンエス側の主張を片っ端から否定していった。この流れで行くと1回結審であっさりと控訴棄却となるのではないか? と思われた。
その後、株式会社空調服から書面は提出されず、サンエスからたった6ページの準備書面が追加されただけだった。私はほとんどの裁判資料を読み終わり、これは地裁同様、高裁でも株式会社空調服側に軍配が上がり、判決を迎えると思った。しかし、裁判資料の最後に付いていたのは、紙切れ1枚に、本文が1行だけしか書かれてないものだった。
控訴人は控訴の全部を取り下げます
「控訴取下書」だった。つまり、サンエス側は自ら高裁に控訴しておきながら、自分たちで控訴を取り下げたのである。
控訴取り下げでサンエスが得るもの
控訴を取り下げたということは「高裁で判決が出なかった」ということになる。そうなると地裁での判決が確定し、「株式会社空調服の勝ち」となるが、サンエス側にとっては、高裁で負けるより地裁で負けた方が、世間に対するインパクトが弱まるという利点がある。
マスコミの注目度も地裁よりも高裁の方が高いため、もし高裁で負けていたとすれば、企業のイメージダウンは計り知れない。そのような状況を考えると、旗色が悪くなり、負けるとわかったとたんに、控訴を取り下げたサンエス側の弁護士の判断は、企業戦略としては正しかったと言える。
しかし、個人的には「だったら控訴するなよ」と思えてならない。一審であれだけ「うちが元祖だ!」と主張して控訴したなら、二審でもトコトン戦うべきではないか。地裁の判決でホッと胸をなで下ろしているところに、新しい証拠もなしに控訴を仕掛けてきたのだから、端から見ると相手を追い詰めるために控訴を利用したのか? と勘繰りたくなる。
事業規模の小さな企業なら、一審で戦うことだけでも企業体力を消耗してしまう。さらに二審まで持ち込まれてたら、それこそ精神的にも金銭的にも追い詰められることになる。今回は株式会社空調服の経営者と従業員がタフだったからこそ二審のプレッシャーにも耐えられたのだろうが、これが小さなメーカーのネットショップであれば、大手企業に控訴された時点で逃げ出してもおかしくない。多くのネットショップの厳しい現場を見てきた私にとって、高裁で控訴を取り下げるような行為は、どうしても胸が締め付けられる思いになる。
誤解がないように追記するが、地裁では相手の同意なく途中で訴えを取り下げることはできないが、高裁ではそれができるのは事実である。法律と審議のルールを守っているのだから、「控訴取り下げの何がいけないの?」と言われればそれまでだ。しかし、法律というのはそもそも真実を発見したり、紛争を解決したりするものではないか。私は法律関連のビジネス小説を1冊書いただけの素人だが、法律をこのように利用することに対し、違和感しかない。
サンエスからはコメントなし
今回のように自ら控訴し、それを取り下げたサンエスは、今後の裁判でも印象が良くないのではないだろうか。判決が出ないということは、長い時間をかけて裁判資料を精査した裁判官や裁判所員のリソースをすべて無駄にしたことにもなるので、税金を払っている一国民としても複雑な気持ちだ。
なお、この件に関してサンエスにコメントを求めたところ、期日内に返信をもうらことができなかった。個人的には、サンエスが控訴したとわかったとき、強い信念のある会社だと感心したところもあった。しかし、このような残念な結果になり、さらにコメントももらえないとなると、私自身、悲しい気持ちになってしまう。
この記事を読んでいる人の中には、今まさに法的問題に頭を悩ませている中小企業も少なくないだろう。もしかしたら、理不尽な理由で裁判に持ち込まれ、さらに控訴されて徹底的に追い詰められているネットショップの経営者もいるかもしれない。
しかし、今回の事例のように、自分の主張に何も後ろめたいことがないなら、たとえ大企業に控訴されたとしても、揺るがない信念で戦いを挑むべきだと思った。そんな商売の当たり前すぎる法則を、株式会社空調服という、たった社員14名の小さな企業が証明してくれたのだ。
- 特許や契約書以外にも「自分がこの商品を開発した」「自分がこの商品を売ってきた」という証拠を保存しておくべき
- 「商品が売れると人も会社も変わってしまう」ことがある
- Eコマースで売れている数だけではなく、世の中の市場全体で売れている数が多くなければ「周知」とは言えない
- 「小さな会社だからいいや」「ネットショップだからいいや」というゆるい考えは捨てなくてはいけない
- 知的財産権や特許、意匠権など自身のビジネスに関わる権利を改めて考える
筆者出版情報
SDGsアイデア大全 ~「利益を増やす」と「社会を良くする」を両立させる~
竹内 謙礼 著
技術評論社 刊
発売日 2023年4月23日
価格 2,000円+税
この連載の筆者 竹内謙礼氏の著書が技術評論社から発売されました。小さなお店・中小企業でもできる、手間がかからない、人手がかからない、続けられそうな取り組みを考える64の視点と103の事例を集大成。SDGsに取り組むための64の視点と104の事例をまとめています。