AIの浸透によって、ユーザーの「探す」「選ぶ」「買う」のプロセスが変わり始めています。検索エンジンやSNSに代わり、生成AIが商品の発見や比較検討の“入り口”となるケースも増加しています。こうしたユーザー行動の変化にフォーカスし、企業がAI時代にどのようにブランド戦略を構築し、どのような発信をしていくべきかを、調査データと共に解説します。
AI検索が購買への「第一接点」になる時代へ
最近では、買いたいモノや気になるサービスについて、まずAIに相談する人が増えています。「AI検索」やチャット型のAIが身近になったことで、 商品を知ったり比較したりする際の最初の接点として存在感を高めているのです。
こうした流れのなかで、AIとのやり取りが購買につながるケースも少しずつ増えてきています。PLAN-Bマーケティングパートナーズ(以下、PLAN-B)が実施した調査では、生成AIを日常的に利用するユーザーの4割以上が、「AIとの会話をきっかけに商品を買ったり、行き先を決めたりした」と答えています(参考:「【調査】生成AI利用者の4割が「AIきっかけ」で購買を経験。生成AIとの対話から始まる、新たな購買行動の実態が明らかに」)。
たとえば「栄養バランスを整えるためにどんなサプリを取り入れたら良い?」「自分のファッションの好みに合うブランドを教えて」など、ざっくりした悩みや質問をAIに投げかけ、ヒントをもらいながら判断を手助けしてもらっているのです。
ユーザーは検索エンジンなどで情報の確認もしている
ただし、ユーザーはAIの答えをそのまま信じているわけではありません。前述の調査によると、約9割のユーザーが、AIにお薦めされた商品を購入する前に、検索エンジンなどで情報を確認することがわかりました。このように、ユーザーはAIと検索を行き来しながら、自分なりに情報を整理・比較し、最終的な選択をしています。
つまり、AIでどのように言及されるか“だけ”をめざすのではなく、ユーザーが検証する過程でも適切な自社情報に触れられるよう、Web全体で一貫した情報設計をし、正確な発信によって情報を広げておくことが重要です。
ユーザーがAIと検索を行き来するようになり、カスタマージャーニーが複雑化する今、こうした取り組みは「AIに正しく、頻繁に言及されること」と「検索で信頼されるブランドとして選ばれること」の双方を促進し、結果的に購買に至るまでの導線全体を強くする施策となります。
AI時代に、EC事業者がマーケティングで意識すべきポイントは?
こうした「AIの台頭」により、EC事業者にとっては、従来の検索やECサイトに加えて「AI上でいかに顧客の第一接点を勝ち取るか」が非常に重要なポイントとなってきています。
今まで顧客とのWeb上の「第一接点」は、主に検索エンジンや「amazon.co.jp」「楽天市場」などのECモールでした。たとえば、新しい洗濯機を購入する時には、「洗濯機 おすすめ」「洗濯機 静か」などと検索して候補を探したり、ECモールなどでランキングやレビューを見て商品を比較したりする行動が一般的でした。
しかし、AIがもたらした顧客行動の変化により、「第一接点」はAI検索に少しずつ代替され始めています。AI時代では、AI上で自社がどのように提示・紹介されるかが、検索やサイト訪問といった“顧客と企業との次の接点”に影響を及ぼすようになるのです。
すなわち、EC事業者としては、
- AI検索上で、いかに顧客との接点を獲得するか
- 言い換えると、いかにしてAIに自社ブランドを引用・言及してもらうか
これが、これからのマーケティングで意識すべきポイントです。
AI×ECで購買行動が変化するなか、「自社がどのように認知されるか」が重要に
AIが購買行動の“入り口”になりつつある今、EC領域でもAIとの融合が新たなフェーズに入ろうとしています。
OpenAIはすでに、「ChatGPT」上で直接商品を購入できる新機能「Instant Checkout」を発表し、チャット上で注文が完結する仕組みの提供をスタートしました。こうした動きは、AIが単なる情報提供ツールではなく、購買体験までを包含するプラットフォームへ進化していることを示しています。
一方で、Amazonも生成AIを活用し、他社ECサイトの商品をAmazon内の環境で購入できる「Buy for Me」機能を発表しており、OpenAIと同じく購入までを自社プラットフォーム内で完結させる動きを見せています。この流れからも、今後はEC業界全体でAIを取り入れた購買体験の拡充がさらに進んでいくものと考えられます。
さらに、AIがユーザーの代わりに商品を選び比較し、購入まで行う「AIエージェント」型の購買体験が一般化していく未来も現実味を帯びてきました。AIがユーザーの検索・比較・判断の入り口になり始めた今、EC事業者にとっても「AI上で自社がどのように認知されるか」は無視できない、購買行動を左右する重要なテーマとなっています。
EC担当者の8割が「AI最適化の取り組み」を実施
では、EC担当者は実際にどのくらい「LLMO(Large Language Model Optimization、大規模言語モデル最適化)」や「GEO(Generative Engine Optimization、生成エンジン最適化)」といった“AI時代への対応”を進めているのでしょうか。EC担当者200人を対象に実施したPLAN-Bの調査では、84%のEC担当者がすでにAI最適化に向けた取り組みを開始していることがわかりました。
もはや一部の先進企業だけでなく、業界全体でAI対応を前提としたマーケティングへのシフトが進んでいると言えるのではないでしょうか。
さらに、約半数の担当者が、自社ブランドや商品がどのように・どの程度AI上で紹介されているかを定期的に確認していることも明らかになりました。AIを“新しい認知・集客チャネル”として捉え、モニタリングや最適化を継続的に行う企業が増えており、AIを軸としたブランドマネジメントやマーケティングが実務レベルで浸透し始めていることがわかります。
一方で、AI上での露出機会が増えるほど、AIによる誤情報の提示がブランド毀損(きそん)につながるリスクも顕在化しつつあります。
PLAN-Bの別の調査によると、6割以上のユーザーは、AIとの対話のなかで誤情報や競合混同を経験しており、 AIの出力内容が必ずしも正確ではないことが明らかになっています(参考:「【調査】7割が「AIが誤情報を伝えるリスク」を不安視―企業担当者180名に聞く、生成AIがブランド認知に与える影響と課題」)。
こうした背景には、 AIのハルシネーション(事実に基づかない誤情報を生成してしまう現象)の場合もありますが、それだけでなく、企業側が発信する情報の整合性や精度が影響している可能性があります。では、なぜこのような誤情報が生まれてしまうのでしょうか。そして、どのように防ぐことができるのでしょうか。
AI時代に必要なブランドマネジメントとは
前述したような誤情報や情報の混同が起こる理由は、AIがWeb上に散在する情報を学習データとして利用しているためです。古い情報がWeb上に残っていたり、部門ごとに一貫性のないブランドメッセージを発信したりしていると、AIが誤った認識をしてしまう原因となります。
このような事態を防止・改善するためにEC事業者ができることは、自社の発信する情報やブランドメッセージの「鮮度(最新かどうか)」や「正確性・整合性」に常に気を配ることです。具体的には、Web上の古い情報を削除する、一貫したブランドイメージが形成されるよう情報を修正する、といったことを地道に行っていく必要があります。
実際、現場のマーケティング担当者の多くが、「古い情報の放置」「メッセージ不一致」「統制不足」 といったことに課題感を感じています。自社がどのような情報発信やブランディングを講じているかが、AIの生成結果に大きく投影されているのです。
EC担当者が今すぐ始めるべき3つのアクション
EC事業者のマーケティング担当者が取り組むべき、より実務レベルの内容にフォーカスしていきましょう。①現状把握 ②情報の整理・統一 ③発信の拡大の3フェーズに分けて解説します。
①現状把握
まずは、各種生成AIで「○○ おすすめ通販」などと検索し、自社ブランドがどのように言及されているかを定期的に確認しましょう。特にユーザー数が多い「ChatGPT」「Gemini」は、AI検索上での露出状況を把握する上で必ずチェックすべき主要ツールです。
また、競合ブランドの扱われ方や紹介のされ方もあわせて調べておくと、自社のポジションやAI上での発話傾向をより正確に把握できます。
これらを継続的にモニタリングし、AIがどのように自社ブランドを扱っているかを把握しておくことが、すべての対策の出発点となります。
②情報の整理・統一
ブランド名・商品名・コピーの全社統一を図りましょう。AIが誤記や別名で混乱しないように注意を払います。また、ブランドメッセージやブランドが形成する世界観についても、一貫性があるかどうかを定期的に確認しましょう。
自社の運営するWebサイトが複数ある場合などは、特に注意が必要です。SEO担当・広報・CSなどの部門間で共有し、サイト・SNS・PRに一貫して反映させましょう。
③発信の拡大
AIと検索の両方で正しくブランドを理解・信頼してもらうためには、自社の情報を多面的に発信していくことが重要です。次に紹介する施策は、いずれもAI上の露出とユーザーからの信頼、双方に効果を発揮しやすい打ち手です。 AIからの認知獲得と、ユーザーが検証時に参照できる情報の双方を充実させましょう。
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ECレビューで「用途+感想」を書いてもらう施策を実施
AIが拾う自然文データを増やすことで、AIに正しくブランドを認識・回答させやすくなります。同時に、ユーザーがAIの回答を検証する際に「レビューを参照する」ケースも多いため、その際の参考情報としても役立ちます。AI・ユーザー双方に適切な情報を届けるために、「用途+感想」を増やしておくことが効果的です。
例:購入後メールで「使った目的」や「おすすめポイント」のレビュー記入を促すなど -
特定のターゲットや利用シーンに合わせた特集記事を用意する
生成AIも検索エンジンも、よりユーザーの文脈にあった回答を返す傾向があります。広く一般論を発信するよりも、「誰の」「どんな状況に向けた」といったターゲットが明確化された記事が効果的です。ユーザーが比較・検証する際にも、“自分ごと”として読み取れる情報が増えることで、信頼形成や購買意欲促進につながります。
例:家具ECであれば「ペットと暮らす家庭でもお手入れしやすく、長く使えるソファ」など特定シーン・用途の記事を用意しておく -
メディア露出の強化
自社メディアやECモール内の発信だけでなく、プレスリリースなどを通して外部メディアへの掲載を増やし、AIに「さまざまな場所で言及されている信頼できるブランド」と認識してもらうことが重要です。 AIが参照する情報源を増やせる上、検索ユーザーにとっても「信頼できるブランド」として認識されやすくなります。 この時にも、情報の一貫性には注意を払いましょう。
まとめ:AI時代のマーケティングでリードするために
AI時代における顧客の購買行動の変化と、それに対応するためのEC事業者の考え方・取り組みについて解説しました。
はじめの一歩としては、自社ブランドがAIに「どのように語られているか」を把握し、Web上の情報を常に正確かつ最新の状態に保つことが重要です。これを怠ると、顧客の混乱を招き、ブランド毀損や売上機会損失につながるリスクがあります。
一方で、正確で一貫性のある情報発信を継続できれば、AIや検索を通じて信頼性の高いブランドとして認識され、結果的にCVやLTVの向上にもつながります。競合他社に先駆けて自社に有利な情報やブランド評価が生成されるよう積極的に働きかけることで、「AIが推奨するブランド」としての地位を確立できる可能性が十分にあります。
AIが購買行動の入り口となる時代において、コミュニケーション戦略の強化とブランド情報の整備は、マーケティングの基盤としてますます重要性を増していくでしょう。