「BOTANIST(ボタニスト)」や「YOLU(ヨル)」などのヘアケア商材を中心に、ビューティー領域の製品開発・販売を行うI-ne(アイエヌイー)。2025年1-9月期(第3四半期累計)連結業績によると、売上高は前年同期比9.8%増の343億6500万円、オンライン売上高は前年同期比53.6%増と大幅伸長した。トレンドの激しい業界で、長く売れ続けるブランドをどのように生み出しているのか。商品開発や販売施策、SNS戦略をI-ne 執行役員・ダイレクトマーケティング本部本部長の伊藤翔哉氏に聞いた。
部署を横断して“勝ち筋”を見出す、商品開発の強み
2007年創業のアイエヌイーは、ヘアケアを中心に美容家電、スキンケア、柔軟剤などビューティー領域の多様なブランドを展開する。売上構成比は、ヘアケアが約6割、美容家電が3割、その他が1割となる。
主力カテゴリーのヘアケアで高い知名度を誇るのは、2015年に誕生し、累計販売数が2億個を突破した(2025年6月時点)「ボタニスト」だ。同ブランドは、「ハイプレミアム」や「プレミアムマス」と呼ばれる、1400円~2000円程度のシャンプーカテゴリーを切り拓いた先駆けとされる。
また、睡眠中の乾燥や摩擦ダメージから髪を守る夜間美容ブランドとして2021年に生まれた「ヨル」は、若年女性から高い支持を得て累計販売数は6500万個を突破(2024年12月時点)。美容誌やファッション誌のベストコスメなど76冠を達成している。
トレンドを先取りするようなヒット製品を、アイエヌイーではどのように開発しているのか。伊藤氏は、「部署を横断したコンセプト設計」を特長としてあげた。
I-neは、ブランドや製品の開発段階で、特定の部署や責任者による意思決定をせず、あらゆる部署のメンバーによる議論を経て結論を出します。マーケティング、eコマース、クリエイティブ、営業など各領域のプロフェッショナルの視点で「勝ち筋」を見出し、それらを総合的に判断して、I-neの強みを最大限に生かすコンセプトを設計します。(伊藤氏)
議論に入る前に、徹底した市場調査を実施。ヘアケア製品であれば、ドラッグストアで販売しているあらゆる製品の市場シェア率や配下店舗率、成長率、自社製品とのカニバリの懸念など一通りのデータを確認する。また、消費者調査も実施する。そこから得られたデータを踏まえ、部署を横断した議論を経てコンセプトの決定に至るという。
たとえば、2025年8月に「ボタニスト」から発売された新ライン「SANTAL(サンタル)」は、海外のラグジュアリーブランドで流行している“香り”を、国内のマス市場向けにいち早く展開している。その他の「ボタニスト」製品より100円ほど高い高級路線の商品ラインアップとなる。
「サンタル」は、多忙な現代人に向けて「心身のリカバリー」をコンセプトに開発しています。ほのかな甘さと木の温もりを感じられる香りが特長の南米産の香木「パロサント」を採用し、リラックス要素を強調しました。ドラッグストアで発売されるシャンプーは「フローラル」や「シトラス」といった定番の香りがほとんどですが、「サンタル」は先進的な香りを打ち出すことで、市場の空きポジションを狙っています。また、「トレンド成分」と言われる「レブリン酸」などサロン専売品に配合される、熱を利用して髪内部まで補修するダメージケア成分を採用して、機能性を高めています。(伊藤氏)
ECモールは「インハウス」で運営。オフラインの直営店も強化
販売戦略はブランドごとに異なるが、高価格帯は主力チャネルが「eコマース」になる傾向という。ヘアケア製品の主力となるプレミアムマスブランドの場合は、主力チャネルを「ドラッグストア」に据えている。現在、アイエヌイーの製品は全国約6万5000店舗で販売し、バラエティショップや総合スーパーなどで幅広く扱う。一方、「マーケティングのトリガーとなるのはeコマースだ」と伊藤氏は説明した。
自社ECサイトと他社ECモールで製品を販売しており、ECモールもインハウスで運営しています。大企業ではECモールの運営を外部委託することも多いと認識していますが、自社運営することで圧倒的なスピード感でテストマーケティングを実施できるのが強みです。商品のローンチ後すぐに自社のECチャネルで販売し、その結果を踏まえてオフライン展開をする流れが多くなっています。(伊藤氏)
「ボタニスト」の新ライン「サンタル」は、まさに自社の強みが発揮された。2025年8月26日に各ECサイトで発売したところ、「楽天市場」での購入予約数は販売計画比の193%(2025年8月25日時点の「楽天市場」における購入予約の数)を達成。「楽天市場」の「ヘアケア・スタイリングデイリーランキング」やAmazonの「ヘアオイルカテゴリー 新着ランキング」など10冠を獲得した。こうした実績や購入者から得られたフィードバックは、9月1日からのドラッグストア・バラエティショップ での販売に活用しているという。
ECモールにおけるレビューの蓄積やSEO施策の強化などを通じて「デジタル上での棚取り」を行い、得られた口コミや実績をオフラインにも展開。オンライン・オフラインを併せてブランド全体の最大化をめざしています。2025年1-9月期の決算で、オンライン売上高が前年同期比53.6%増に大幅伸長したのは、「ボタニスト」「ヨル」、そして美容家電の「SALONIA(サロニア)」が貢献しています。(伊藤氏)
EC売上高が伸びた要因はさまざまだが、新製品におけるECでの先行発売や、店頭販売されていないお得な大容量詰め替え商品の販売が好調を牽引している。ECでの購入者には、クロスセルを狙ってヒーロー商品以外のサンプルを送付する施策も実施。それが、ECでの客単価向上や該当製品の実店舗での購入につながるケースがあるそうだ。
オフラインでの販売戦略は2024年以降、「ボタニスト」を中心とした「直営店」の展開も強化している。現在、「ボタニスト」と「サロニア」のデュアルブランドショップ「BOTANIST Factory SALONIA DEPOT(ボタニストファクトリー サロニアデポ)」、及び「ボタニスト」と自社のオンラインセレクトショップ「and Habit(アンド ハビット)」 のデュアルブランドショップ「BOTANIST Factory / and Habit(ボタニストファクトリー アンドハビット) 」を全国に9店舗展開する。
直営店は全国のアウトレットパーク内にあり、廃棄ロスゼロをめざして、シーズンオフやリニューアル前の製品を中心に特別価格で販売しています。こちらも好調に推移していて、ブランドのファンの方が多く来店してくださるほか、新規顧客の獲得にもつながっています。(伊藤氏)
各SNSは担当部署を分けて運用。TikTok施策は高い評価を獲得
I-neの重要戦略であり、ブランドの人気を広めてきたのが「SNS」だ。ブランドごとの公式アカウントと自社ECサイト「アンド ハビット」の公式アカウントを持ち、各SNSの特性や利用者ニーズを考慮して目的や運用体制を変えている。
各ブランドアカウントにおいて、Instagramは「ブランドの世界観を伝える場」として、Xは新商品の認知やトライアルを獲得する「販促の場」として、そして現状の重要開拓メディアと位置づけているTikTokは、両方の用途で使い分けている。
目的に合わせて担当者も変更し、あるブランドでは、Instagramはブランディング担当者が、Xはeコマース担当者が、TikTokは両方の担当者が運営しているという。2025年6月からは、TikTokの自社公式オンラインストア「アンドハビット」も開設した。
I-neでは、CMはあまり打たず、Web広告やSNSの口コミ経由で認知を獲得してきました。特に、インフルエンサーの方が価値をわかりやすく訴求してくれる投稿は、実売にもつながると認識しています。Xでは、フォロー&リポストで商品をプレゼントするようなキャンペーンを高頻度で展開していて、こちらも認知獲得に貢献しています。(伊藤氏)
2025年10月には、「ヨル」で仕掛けたTikTokプロモーション「寝落ち配信」が、TikTok for Businessが主催する「TikTok Ad Awards 2025 Japan」でグランプリと、Greatest Innovative部門の部門賞を受賞した。
このプロモーションは、新商品の入浴料「ドリーミング バスタブレット」の話題化を目的に、アイドルグループの「超ときめき♡宣伝部」を起用して、2024年9月2日23時30分~3日0時15分に実施した。同製品を使用して入浴後、メンバーが各アカウントでライブ配信を行い、配信中に全員が“寝落ち”してしまうというハプニング企画だ。
結果として、配信後24時間で650万再生を達成し500本超の発話が生まれた。TikTokを起点に他プラットフォームにも派生し、Xではブランド名がトレンド入り。売上増にも貢献し、 ECでも「楽天市場」の入浴剤カテゴリー1位(集計日:9月2日~9月8日)を獲得。2024年8月の発売開始から2か月で、累計販売数100万個を突破した。
「ドリーミング バスタブレット」は重炭酸のタブレット入浴料で、血流を高めることで快眠へ導くことをめざしていますが、化粧品に分類されるため明確な効果を自社でうたうことはできません。そこで、SNSのコミュニケーションを通じて特長を知っていただきたいと、同企画が生まれました。配信を通じてバスタイム後の心地よさを伝えることを狙いました。(伊藤氏)
グランプリの受賞は、アイドルの“寝落ち”をテーマにした生配信という意外性のある企画や、ファンが熱量高く参加し、その様子が切り抜きによって拡散される仕組みの構築、さらに話題化にとどまらず売り上げに直結させた点が総合的に評価された結果だという。
I-neでは、「価値の高いインプレッション」と「そうでないインプレッション」があると考え、単純に表示回数を増やすのではなく、「表示の質」を重要視しています。たとえば、影響力のあるインフルエンサーが熱量高く紹介した時と、たまたま広告が表示された時のインプレッションは、同じ「1」でも投稿から生まれる「購入意向」は、前者のほうが格段に強いはずです。また、「PR」と「オーガニック」のインプレッションでも違いがあり、信頼性の観点からオーガニックのほうが質が高いと考えます。その考えを踏まえ、本企画は価値の高いインプレッションを生み出せたと評価しています。(伊藤氏)
すべてを「一本の線」でつなげることが、ヒットには不可欠
トレンドの移り変わりが激しいビューティー領域で、ブランド人気を維持できている理由はどこにあるのか。伊藤氏は、一連の流れにおける「一貫性」が欠かせないとの見解を示した。
特に、ヘアケアカテゴリーにおいてはその傾向が強く、コンセプト、使用する成分、香り、パッケージ、コミュニケーションキーワード、クリエイティブのビジュアル、掲載する媒体などすべてが一本の線でつながっていなければヒットしません。それを支えている1つが、部署を越えて議論する意思決定のスタイルだろうと思います。次第に自身の担当領域外まで理解が広がり、すべてに一貫性が生まれてきます。(伊藤氏)
I-neが主力とするプレミアムマスのヘアケアカテゴリーは近年、大手・花王が攻勢を強めている。ヘアケア事業の変革を進める花王では、2024年4月に「melt(メルト)」、同年11月に「THE ANSWER(ジアンサー)」、そして、2025年8月に「MEMEME(ミーミーミー)」と新ブランドを立て続けにローンチした。
特に、累計出荷本数が250万本を超える「ジアンサー」は、大手口コミサイト「アットコスメ」の2025年の上半期新作ベストコスメ総合大賞受賞や「日経トレンディ」の「2025年ヒット商品ベスト30」の7位ランクインなど、注目度が急上昇している。
一段と競争が激化するなか、I-neはどんな次の一手を仕掛けるのか。今後、プレミアムマス領域はどう変化していくのか。引き続き、目が離せない。
※記事初出時、本文内の「ヨル」「ボタニスト」の写真が誤っておりました。訂正しお詫び申し上げます。(2025/12/15 14:35 編集部)