ECを活用した海外展開は、今や日本のブランド各社の重要な経営課題になっている。それにもかかわらず、物流や配送、現地の法律、交換と返品への対応、現地通貨対応、決済手段、データ保護などのさまざまな壁、諸経費を反映した価格設定による市場での競争力が維持できないことなどから、海外向けのブランディングを諦めるケースが多い。こうした課題を解決する手法として、注目を集めているのがD2C型のグローバルECだ。海外でのEC展開を加速・後押しするその手法を解説する。
拡大するインバウンド需要とグローバルECのいまとこれから
訪日外国人旅行者(インバウンド)の消費額は、今や自動車に次ぐ規模の輸出額を誇り、日本経済をけん引する産業の1つになっている。
インバウンド消費は、GDP統計(国民経済計算)のなかで「サービス輸出」に分類され、「非居住者家計の国内での直接購入」として計上される。2019年の消費額は4.6兆円、2024年は同8.1兆円となり、年々増加。政府が主催する観光立国推進閣僚会議は、2030年に訪日客数6000万人、旅行消費額15兆円の目標を掲げている。
「観光で訪れた日本で購入した商品を自国から再購入したい」と考える旅行経験者が増加しており、インバウンド観光客が帰国後にオンラインで日本の商品を購入する需要も、確実に伸びる傾向にある。
日本貿易振興機構(JETRO、ジェトロ)が2018年に発表した「中国の消費者の日本製品等意識調査」によると、ECで日本の商品を購入する理由には「日本に旅行をしたときに購入して気に入った商品だから」が上位に位置したという。インバウンド観光客とECには相関性が見られ、最近の円安基調がそれに拍車をかけている。
インバウンドによるEC需要に対応するには、国や地域の境界を越えて、インターネット上で商品やサービスを販売・購入する電子商取引(EC)を活用した事業展開が重要になる。
ECを活用した海外展開には、代理店と連携して展開地域毎に立ち上げたECサイト(越境EC)、Amazonやタオバオ(淘宝網)といったECモールなどへの出店を通じて海外の顧客に直接商品を販売する形態、そして昨今注目を集めるローカライゼーション機能を有し複数のマーケットへの対応が可能な「グローバルEC」がある。海外進出をめざす国内ブランド各社にとって、国内市場の垣根を越えて、世界中の顧客にアプローチすることは成長戦略として重要だ。しかも、運営が難しい実店舗からスタートするのではなく、オンライン販売であるEC運営から始めることは、リスクをコントロールする上で極めて有効な戦略になる。
注目が集まる「D2C型のグローバルEC」と重要ポイント
D2C型ならではのメリットを生かす
ECモールへの出店や代理店によるECの展開に頼らず、自社のブランド戦略を徹底できる販路としても、海外の生活者に直接アプローチできる、D2C(Direct to Consumer)によるグローバルECの展開が注目されている。
D2Cは、製造者やブランドが、卸売業者や小売店といった仲介業者を通さず、自社のECサイトなどを通じて直接生活者に商品を販売するビジネスモデル。中間業者が介在しないため、ブランドのストーリーや理念を直接消費者に伝えることができ、ブランドへの共感を促すことができる。また、価格面のコントロールもしやすい。

D2CによるグローバルECを成功に導くためには、各国での展開を一元管理できるグローバルなプラットフォームを持つことが重要だ。しかし、プラットフォームだけではD2Cを展開するには十分ではないと考えるブランドも多い。海外向けでのEC事業は、海外事業にあたるため、展開地域における事業戦略(競合分析・価格設定など)、各国に適した決済・配送手段、法律関係(税関・個人情報保護など)、初期設定およびEC運営時のリソース、運営時のマーケティング、カスタマーサポートなどを整備する必要がある。
こうした難しい課題を全て自社で解決するのはハードルが高いと考え、グローバルECのプラットフォーマーに業務を委託するケースも増えている。
Oneプラットフォーム・Oneドメインで一元管理
D2C型グローバルECの運営では、なかでも、ブランドが各国仕様にローカライズされたグローバルECを1つのドメイン下で構築し展開することが重要になる。
1つのドメイン下で構築し展開する“Oneプラットフォーム”で全ての国のECを管理する場合、現地子会社や代理店などを含め全ての国のECをオーケストレーションし効率的に管理することが可能になる。中長期的視点に立ってブランドを育てる事が可能で、1つの国だけでなく世界の市場にアプローチが可能だ。D2Cを展開して、ブランドストーリーや理念を浸透させようと考えるブランド企業に適したソリューションと言える。
配送・カスタマーサービスを整備する
グローバルECで高いハードルとなるのは、国際的な配送サービスだ。パートナーの倉庫からユーザーへ、そして返品で戻ってくるまで、配送・物流パートナーとグローバルかつ直接的に協業することで、通関手続きや関税トラブルを含む流通プロセス全体を管理することができる。
とはいえ、米国のトランプ政権下の関税措置など、不確実性の高い環境における対応は難しい。こうした場合に、グローバルECのプラットフォーマーに委託するケースは多い。
カスタマーサービスも重要な要素だ。顧客からの問い合わせチャットへのレスポンス、メールへのレスポンスはリピーターの醸成につながる。
海外向けEC進出時の「壁」
海外向けのECサイト開設・運営による海外進出は、現地法人を設立する必要がないため、初期投資や人的コストを抑えることができる。ただ、国内とは事情が異なる海外市場の開拓には、いくつかの課題をクリアする必要がある。
言語・文化の壁
ターゲットとする国や地域の言語に対応し、文化的な違いを理解したマーケティング戦略が必要になる。つまり、グローバルECの展開には、言語・決済手段・カスタマーサポートなどローカライズされたUI・UXが欠かせない。
配送・決済の壁
国際配送は通関手続きや関税対応が必要になるうえ、現地の消費者が使っている決済システムの提供が重要になる。さらに、各国の法律や規制、消費者保護に関する情報など、現地の法制度についての知識も求められる。企業にとって、海外進出という大きなビジネスチャンスをものにするには、これらの難しい課題を避けて通ることはできない。
モール出店や代理店任せの“限界”
従来型のECを活用した海外展開は、Amazonやタオバオ(淘宝網)といったモール型のプラットフォームに出店する方法を取ることが多かった。しかし、モールへの出店による海外販売は、ブランドの世界観を表現し、ファン化につなげることが難しい。また、初期費用・月額固定費用・手数料などが設定されているため、ランニングコストの負担が大きい点も課題だ。
進出先の現地代理店に、海外向けECの運営を委ねるケースも多いが、同じブランドを販売している各国の代理店同士が競合相手になってしまうことがある。そうなると、価格競争に陥ったり、ブランディングが統一性を欠くなどの問題を抱えてしまう状況に陥ってしまう。
支援ソリューション利用時の落とし穴
グローバルECの支援ソリューションを利用する場合は、グローバルECを展開する目的と各ソリューションの特長を照らし合わせて検討する必要がある。たとえば、特定の国をターゲットにECを展開する場合に適しているソリューションは、短期ビジョンでビジネスをクイックスタートさせたいときに最適だ。
現地の子会社・代理店・販売店などがある場合は、本国ECサイトとの競争が発生する恐れがある。そのため、複数サイト間のSEO調整費用が発生するなどの課題もある。
自社にとって初めて進出する国に事業展開したい場合は、その国にローカライズしたサイトの立ち上げなどゼロから投資する必要がある。
D2C型グローバルECの企業事例
ここからは、D2C型のグローバルECによる海外の市場攻略にいち早く乗り出している国内企業の例を紹介する。
コクヨ
文具・家具メーカーのコクヨは、ステーショナリー事業の戦略の1つとして海外事業拡大およびEC強化を進めることで、商材領域拡張をめざしている。グローバルECストアの構築は本戦略の一環であり、欧米や東南アジアにおける既存の卸販売に加えて、新たな顧客接点を構築することが目的だ。
ステーショナリー領域に特化したストアで、顧客の居住地に合わせてUIが自動でローカライズされ、一部の国を除く世界中のユーザーが商品を購入できる。また、100種類以上の国際決済手段を導入し、カスタマーサポートも多言語で対応している。

商品ラインナップは海外でも人気の高いコクヨのライフログ手帳「ジブン手帳」を中心に、「ジブン手帳」の付属商品やノートやペンなど文具全般を取りそろえている。日本製手帳は海外市場においてニーズの高い商品。「ジブン手帳」は初心者にも使いやすいよう豊富なコンテンツで設計し、長期間高頻度でも使用可能な丈夫な作りになっているため、海外のユーザーからも高い支持を得ているという。まずは「ジブン手帳」を主力商品として、今後さらに商品を拡充していく予定だ。
ソフ
店舗やECで「SOPHNET.(ソフネット)」「uniform experiment(ユニフォーム エクスペリメント)」「F.C.Real Bristol(エフシー・レアル・ブリストル)」の3つのアパレルブランドを展開するソフは、グローバルECの運営を2025年7月から開始した。米国、東南アジアを中心に世界各国で展開する狙いで、先行して英語・簡体字・繁体字に対応したグローバルECストアとして運用している。

D2C型グローバルECで乗り越えた“壁”
越境ECやモール出店型が「海外で商品を売る手段」だとすれば、D2C型グローバルECは「統一したブランドの世界観を提供し、商品のみならずブランド体験を自社主導で届けるための事業モデル」と言える。従来モデルでぶつかりやすい“壁”は、D2C化によって構造的に乗り越えることができる。
越境ECやモール出店型といった従来型の形態と比較した際に、D2C型のグローバルECによるアプローチにより、“壁”を乗り越え、改善できた点は次の通り。
ブランディングの統一
従来の越境ECやモール出店型では、国・地域ごとに販売主体や運営ルールが異なり、価格やブランド表現が分断されがちである。結果として、一貫したブランド体験や価格統制を維持することが難しいという課題が生まれる。
D2C型グローバルECでは、1つのグローバルドメインを起点に、すべての販売を自社で一元管理。代理店やモールに依存せず、ブランドメッセージ、クリエイティブ、価格戦略をグローバルで統制することで、地域差に左右されない一貫したブランド体験を実現できる。
配送・関税の一元管理による効率化
D2C型グローバルECでは、物流・通関・関税処理・返品対応までを含む一連のプロセスを一元的に管理するため、事業者は国ごとの制度差や運用ルールを個別に把握・対応する必要がなくなる。これにより、EC事業者は本来注力すべきブランド構築や商品開発、マーケティング戦略にリソースを集中でき、グローバル展開をスケーラブルに推進できる体制を実現することが可能となる。
言語・決済手段の幅広い対応
従来型の越境ECでは、決済手段やUIがプラットフォームを各エリアに合わせ開拓・調整する必要があり、各国の顧客にとって最適とは言えない体験になることも少なくない。言語対応やカスタマーサポートの制約も、離脱要因になりやすい。国際決済や多言語サポートに広く対応しているD2C型グローバルECのプラットフォームを活用することで、こうした課題を解決できる。
D2C型グローバルECの場合、1つのドメインの統制下、言語は現地の言葉に合わせてローカライズされる。訪問者の国・地域に合わせてローカライズされたUI/UXをカスタマイズすることで、海外の顧客にとっては「海外ブランドでありながら『自国のECサイトと同じ感覚』で購入できる」体験になる。
脱・代理店型の主体的な運営
従来の越境ECやモール出店型では、ブランドの世界観を十分に伝えずらい、ランニングコストがかかるといったデメリットのほかにも、顧客データはプラットフォーム側に帰属し、ブランド側が十分に活用できないケースが多くある。これにより、マーケティングや商品開発が経験則に頼らざるを得ないという制約が生じる。
D2C型グローバルECでは、顧客と直接つながることで、購買データや行動データを自社で蓄積・分析できる。地域別の顧客の嗜好(しこう)や需要の違いを可視化し、戦略的なマーケティング施策や商品開発へのフィードバックができるようになった。
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