サブスクが向き合うロイヤルカスタマーとブランドの未来「近年のサブスクビジネスの変遷」
物販においては“定期購入”とほぼ同義で、商品の人気を高められれば安定した売り上げを担保できるサブスクリプションサービス。このサブスクで安定的に売り上げを伸ばすためには顧客と継続的な関係を築くことを目的とする「リテンションマーケティング」が重要になる。ただ、ECサイトでは入会や注文などが気軽にできる半面、ユーザーは解約しやすいため、サブスク実施企業は常に解約という課題と向き合わなければならない。サブスク実施企業、通販・ECの専門家がサブスクで成功するためのポイント、重要性などを語り合った。
この記事は、「Minimal – Bean to Bar Chocolate -」を運営するβaceの緒方恵氏、「STEAMCREAM」のSonotasの外川結女氏と池田奈央氏、ハックルベリーの安藤祐輔氏、スマイルエックスの大西理氏が「リテンションマーケティング」について語り合う連載です。座談会は都内のある飲食店で実施、「リテンションマーケティング」について“本気”で語り合いました。
参加者
- βace 取締役 COO 緒方恵氏(Minimal – Bean to Bar Chocolate -)
- Sonotas セールスプロモーション 池田奈央氏
- Sonotas カスタマーケア 外川結女氏(スチームクリーム)
- ハックルベリー 代表取締役 安藤祐輔氏
- スマイルエックス 代表 大西理氏
定期購入という契約行為はものすごく価値があるもの、サービスを研ぎ澄ますことが重要
トップラインを伸ばすためには、新規顧客を効率的に獲得し、多くの既存顧客に継続購入してもらうのが理想的。それを実現するには新規顧客を増やすための広告戦略、F1からF2転換、そして継続購入するためのCRM(顧客との関係性を良好にし、それを継続していくための施策)戦略への流れが重要になる。
カタログやテレビといったダイレクトマーケティングが通販の主流だった頃から、定期的に売り上げを獲得できる定期購入は理想のビジネスモデルとされていた。新日本製薬、やずや、化粧品や健康食品などの単品通販は、その最たる例と言える。
こうした企業は、定期的・継続的に買ってくれている“ロイヤルな”顧客と本気で向き合ってきた。総合通販、化粧品単品通販などで活躍した大西氏は、「継続的に買っていただけるということはとても重要なことなのです」と言う。
定期購入は提供側と消費側双方にメリットがあるもの。その人たちのためにサービスをきちんと設計していくということは、とても大切なところです。(大西氏)
価値あるサービスを提供するために、どのようにサービスを磨き上げていけば良いのか。多くの企業が抱える課題を踏まえつつ、中盤以降から「Minimal」の“ロイヤル”な顧客作りのためのCRMへの取り組み、他社事例として「木村石鹸」のSNS活用、「クラダシ」のCRMやサービスについて触れていく。
競合増加でCPAが高騰、SNS活用が重要なカギ
近年、定期通販やサブスク事業者らが口をそろえるのがCPA(顧客獲得単価)の上昇で、多くの企業が課題にあげている。
D2Cブランド「STEAMCREAM(スチームクリーム)」を自社ECサイト、「楽天市場」「Amazon(FBA)」のほか、実店舗、百貨店の催事などで展開するSonotasの池田氏は「モールで購入するお客さまはそのモールでだけ買い物する傾向がある。自社サイトにどうやってお客さまに来てもらうかが課題の1つです」と言う。
ECモール店の顧客を自社ECサイトへ呼び込むことは、Sonotasだけでなく複数店舗出店するEC事業者にとって長きにわたる課題。自社ECサイトへの顧客誘導で重要視されるのが広告であるが、安藤氏は「CPAは上昇傾向。参入企業が増えてきており、1人の新規顧客を獲得するためのコストがとても高くなっています」と話す。
「BASE」「STORES」「Shopify」などECサイトを簡単に構築・運用できるプラットフォームが増え、あわせてコロナ禍によって新規参入企業が増加。大手企業の本格的なEC進出などもあり、新規顧客の奪い合いが熾烈になっている。だからこそ、自社のECサイトで定期的に商品を購入してもらえるサブスクの価値やニーズが高まっている。
安藤氏はCPA高騰の状況を踏まえ、コストを抑えて新規顧客を獲得するための1つとしてSNS活用を重要視したいと提案する。
「木村石鹸」に見る“愛されるブランド作り”のポイント
安藤氏が口火を切ったSNS活用で、注目したい事例として挙がったのが木村石鹸のTwitter広告だった。木村石鹸は大正13年創業の家庭用・業務用洗浄剤の老舗メーカーである。
広告の内容は「小さな町工場ですが、心から良いと思えるシャンプーができました。合う人と合わない人が分かれますが、この使い心地はきちんと伝えたくてTwitter広告をやってみます。」というもの。
小さな町工場ですが、心から良いと思えるシャンプーができました。
— 木村石鹸☁️梅雨の決算セール!🌿創業99年の石鹸メーカー (@kimurasoap) January 26, 2021
合う人と合わない人が分かれますが、
この使い心地はきちんと伝えたくて
Twitter広告をやってみます。
ちょっと長いですが、寝ぐせや髪のうねりに悩む方は読んでみてください。#12シャンプー #木村石鹸
この広告のポイントは、プロモーションツイートのスレッドにFAQがすべて入っていることだ。ユーザーはそのTwitter広告を見ると、前述のようなトーンのツイート内容に少しほっこりした気持ちになりつつも、FAQで情報を得られる。
さらにプロモーションツイートに対して「私、この広告を見て買いました」「元々ファンです」のような、ポジティブなツイートが数多く寄せられていた。
結果としてこのTwitter広告はユーザーのツイートのツリーによって、リアルな口コミも読めるLPとして完成した。商品の機能、良さを伝えるところに、実際のユーザーの思いや情緒をプラスして信頼度を高めている。
この広告の戦略や考え方について、Minimalの緒方氏は次のように話す。
「Minimal」で言うとチョコレートは必需品ではなく、なくても生活に支障はないものです。だからこそ、日常をちょっと良くする・お客さまを幸せな気持ちにする、という情緒的価値もしっかり伝えていくブランドとして成長したいと考えています。
以前は最高をめざすか、最安をめざすかだけがブランドの生き残る道だったところに最愛というレイヤーができています。ブランドが愛されていれば、仮に機能が最高でなく値段も安くてなくても、しっかりと売れてブランドの利益になり、次の商品の開発費につながり、進化させられます。
その幸せの価値基準が揃っている人たちと仕事をし、価値基準が合うお客さまといかにつながり続けるか。このアプローチの活路の1つがD2C(メーカーと消費者との直取引)。木村石鹸さんの事例はまさに最愛思考のD2Cのコミュニケーション事例だと感じます。(緒方氏)
木村石鹸の事例は、インターネットを上手く使えば、ささやかなポジティブさを何倍にも増幅できる好例。簡単なことではないが、広告に大きなお金を投下できない小さな企業の戦い方の1つと言える。
CRMで“ロイヤル”な顧客作りを
CRMはサブスクの継続性を高めるための重要な施策。ECは、一瞬でもユーザーからそっぽを向かれるわけにはいかない“dead or alive”の状況を常に内包しているビジネスのため、サブスクでは、適切な「タイミング」「コミュニケーションチャネル」で、特典といった関係性を維持するための各種CRM施策などを実施する必要がある。
たとえば、「一時的なサブスクの休止」を意味する「スキップ」もサブスクの重要な機能の1つだ。これは顧客とブランドの定期的・継続的な関係を築くための施策と矛盾するようだが、そうではない。
従来型の定期購入、サブスクでは、「嫌いになったわけではない、ただ余ったから買いたくない」という状況下において、サービスを停止するまたは退会するという選択肢しか提供されていなかった。
しかし、最近は買い物体験の向上、サブスクにおける関係性の維持といった観点から「スキップ」が普及している。顧客に何かのストレスがあった、配送のタイミングが家にいられない時期だった、出張やプライベートの用事などの事情が起きた――など、定期的に商品はほしいものの、タイミングをずらしてほしいという消費者は少なくない。
消費行動の多様化、タイムパフォーマンスを重視する消費者の増加など、顧客の都合は十人十色。ただ、そのニーズに寄り添えれば、一時的にサブスクを休止しても復帰する確率は高まる。「スキップ」機能を活用することで、顧客理解を深めるためのアプローチとしても意味があると言えるのだ。
「Minimal」のECサイトではこうした「スキップ」をサブスクに活用。サブスク利用者との関係性維持に役立てている。
CRMやサービスの充実で「もっと便利になる、もっと面白くなる」
コロナ禍で消費行動や嗜好が大きく変化したことを踏まえ、「新しい購買行動や生活様式」に対応したCRM、つまり「もっと便利になる」「もっと面白くなる」という買い物の提案の重要度が今後、高まっていくだろう。
たとえば、EC事業者側が顧客のニーズに合う複数の販売方法を用意することが挙げられる。以前は、サブスクや定期購入の実施有無や期間などは事業者・ブランド側が決めていたが、今は顧客が求めるもの・サービスなどを取り入れることが重要だという考えが主流になりつつある。
消耗品を購入するロイヤルユーザーは、「定期購入したい」という潜在的な意識を持っていることが多い。そんなユーザーを抱えている企業こそ、「定期購入、サブスクに着手すべき」と座談会に参加した事業者・専門家は指摘。システムやオペレーションを構築・整備してアプローチすれば、ストック収入という安定的な売上獲得手段を得ることができるようになる。
ここで、座談会で挙がった、多様な顧客の嗜好に向き合った事例を1つ紹介しよう。フードロス削減と社会貢献を同時に実現するため、さまざまな食品を格安で提供するショッピングサイト「Kuradashi(クラダシ)」だ。
「クラダシ」は都度購入商品の他、肉や魚が月1回届く「ロスグルメ定期便」、クラダシが地方創生事業として展開する社会貢献型インターンシップ「クラダシチャレンジ」の定期便「クラチャレ定期便」、ワインのサブスク「ロスワイン定期便」、20点以上詰め合わせの「ロスおたすけ定期便」などを展開。サイトを訪れたユーザーに、「安い上に自分の好みに合った定期購入製品があるかもしれない」と訴求するラインアップで構成している。
「たとえカテゴリー1つひとつの登録数ボリュームは少なくても、サブスクでそれをカバーしている。食品カテゴリーの“ロイヤルカスタマーキラー”なECサイトになるかもしれない」と安藤氏は成長可能性について評価している。
「ECのサブスクはまだ相当な伸びしろがある」。座談会参加者は口をこうそろえ、「物品が定期的に届く」だけにとどまらない顧客体験、サービスの充実度などが重要だと指摘する。
次回は、サブスクを手がける「Minimal – Bean to Bar Chocolate -」「STEAMCREAM」に苦労と成功のポイントを聞いていきます。