高野 真維[執筆] 7:00

デジタル化が進む現代において、ウェブサイトのアクセシビリティ(利用しやすさ)は、単なる配慮から法的義務へとその重要性を増している。足元では欧州連合(EU)が、公的機関だけでなく民間企業をも対象とした厳格なウェブアクセシビリティ規制を導入。障害を持つ人々がデジタルサービスを等しく利用できる環境の構築を推進している。

本記事では、EUで6月28日から施行となった「欧州アクセシビリティ法 (EAA)」の詳細と、欧州でECを展開する事業者が対応するべきアクションを解説。BtoBでウェブアクセシビリティ対応サービスを提供するKivaの野尻航太会長に聞く。

Kiva 野尻航太会長
Kiva 野尻航太会長

EUにおけるウェブアクセシビリティ規制の概要

ウェブサイトのアクセシビリティとは、年齢的・身体的条件に関わらず、全ての人が平等にウェブサイトを利用できること。音声の読み上げ、ページのリンク強調といった「使いやすさ」、文字を大きくする、明るさを調整するといった「見やすさ」、アクセシビリティ努力義務のアップデートに対応するといった「規格に準拠する」――の大きく3点が、ECサイトなどウェブページの運営者に求められる。

EUでは、デジタルサービスにおけるアクセシビリティを確保するため、主に2つの重要な法規制が設けられている。2025年6月に施行されたのは次のうち後者の規制で、欧州市場で製品・サービスを提供する企業が対象となる。たとえば越境ECを展開する事業者も対象となる。

1.ウェブアクセシビリティ指令 (Web Accessibility Directive)

2016年に制定されたこの指令は、主に政府機関や自治体のウェブサイトおよびモバイルアプリのアクセシビリティ向上を目的としている。ウェブアクセシビリティの国際的なガイドライン「WCAG 2.1」の「AAレベル」を満たすことが義務付けられている。「AAレベル」は最も高いレベル。特に障害を持つユーザーがウェブコンテンツを快適に利用できるようにするための基準を定めている。

新規公開のウェブサイトは2019年9月23日、既存のウェブサイトは2020年9月23日、モバイルアプリは2021年6月23日までに適用されている。

「WCAG 2.1」のガイドライン
「WCAG 2.1」のガイドライン

2.欧州アクセシビリティ法 (European Accessibility Act, EAA)

2019年に採択され、2025年6月28日に施行された。この法律は、ウェブアクセシビリティ指令よりも広範な影響を持つ。欧州アクセシビリティ法の最大の特徴は、公的機関だけでなく民間企業も対象とすること。

ECなどのウェブサイトやアプリのUIもその範囲に含まれ、WCAG 2.1のAAレベル準拠が求められる。この法律の目的は、EU全域で製品やサービスのアクセシビリティを向上させ、障がいを持つ人々のアクセスを確保すること。罰則は各国の規定に基づく。将来的にはEU一般データ保護規則(GDPR)のように、グローバルの売上総額の数%を制裁金として課されるような厳しい罰則が設けられる可能性も指摘されている

対応できていない場合、各加盟国の監督当局によって罰金・是正命令などの行政措置が科される可能性もあります。EU域内での販売が制限される場合も考えられます。(野尻氏)

欧州アクセシビリティ法の対象カテゴリと主な要件
欧州アクセシビリティ法の対象カテゴリと主な要件

ECサイトはもちろん、駅の券売機のタッチ画面など、ありとあらゆる電子デバイスが欧州アクセシビリティ法の対象となる。法規制の対象はEU全体だが、各国で罰則が異なり、たとえばフランスでは5万ユーロの罰金、イタリアでは年間売上高の5%などの罰金規定が存在する。

EU経済圏(26か国)で製品販売や越境ECなどを展開する国内事業者は、欧州アクセシビリティ法への早急な対応が必須となる。

「欧州進出」の定義とは? ECサイトが欧州アクセシビリティ法の対象になるケース

運営するECサイトにおいて、主要なユーザーのターゲットが日本国内である場合は「日本向け」のサイトという扱いになり、「欧州アクセシビリティ法」の対象にはならない。主要なターゲットが欧州向けの場合は同法の対象となるため、対応が必要となる。

  • 国内企業が運営するECサイトにEU経済圏のユーザーがアクセスした場合は、欧州アクセシビリティ法の対象にはならない
  • 国内ECサイトがEU経済圏向けに対応した言語表示や配送対応をしている場合でも、欧州アクセシビリティ法の対象にはならない
  • IPプロバイダーによってサイト表示や代理購入できる越境EC対応サービスを利用している場合は欧州進出にあたり、欧州アクセシビリティ法の対象となる。※野尻氏は「この場合は越境ECを支援しているIPプロバイダー側でアクセシビリティ対応をしているケースが多い」と補足している。

現在のところ、欧州アクセシビリティ法の対象に該当する販路を展開しているにもかかわらず、同法に準拠する対策ができている国内EC事業者は「1ケタパーセントしかいない」と野尻氏は警鐘を鳴らしている。

肌感覚では、欧州のEC市場に進出している国内事業者は、わずか数%の会社しか欧州アクセシビリティ法に対応できていない印象です。「まだ対策できていない」「詳しく知らなかった」というEC事業者にはぜひ危機感を持っていただきたいと思っています。(野尻氏)

欧州アクセシビリティ法準拠のためにとるべき対応

法準拠のために、EU経済圏に進出しているEC事業者がとるべき具体的な対応の一例を紹介する。サイトを訪れたユーザーに対し、次のようなUI・UXの提供が求められる

知覚面

  • 画面の音声読み上げソフト対応
  • 代替テキスト(画像などの視覚情報が得られない場合に差し替えて表示する文字情報)の提供
  • コントラスト比、フォントサイズ調整機能の実装 
  • 行間調整機能の実装
  • 自動再生するアニメーションへの停止・非表示の仕組み など

操作面

  • キーボード操作のみでの全機能利用
  • ページを操作するタイミングの調整機能 
  • フォーカスの可視化、明確化
  • 音声入力への対応 など

理解しやすさ

  • わかりやすく理解しやすい文言
  • エラーメッセージの明確化、エラー修正のための提案 
  • コンテンツ構造の明示 
  • 認識しやすい操作ガイダンスの提供(ツールチップなど) など

国内EC事業者の現状

野尻氏によると、Kivaでは「日系の会社では徐々に相談が増えているものの、多くの事業者がこの法改正をまだ十分に認知していない状況」。日本の法改正、特に2024年4月に民間企業に対する「合理的配慮の提供」が義務化された障害者差別解消法と比較すると、欧州は各国で罰金の金額などが明示されているため、EU圏の企業では危機感や意識が高いと言える。

日本では2024年4月に障害者差別改正法が解消され、合理的な配慮の提供が義務化された
日本では2024年4月に障害者差別改正法が解消され、合理的な配慮の提供が義務化された

欧州アクセシビリティ法と障害者差別解消法の相違点は、法的性質、適用範囲、義務の対象、実効性の担保、対応の強制力など。欧州アクセシビリティ法のほうが対象は狭い(欧州市場に進出している事業者のみ)が、強制力は強い

欧州アクセシビリティ法と障害者差別解消法の相違点
欧州アクセシビリティ法と障害者差別解消法の相違点

欧州アクセシビリティ法は、現状、EU経済圏でのEC展開を行っている事業者だけにとどまらず、欧州を含む販路拡大を検討していく事業者にも押さえておいていただきたい。非対応であることは訴訟リスクを抱えることに直結し、企業の事業成長の足かせになってしまいます。(野尻氏)

国内で2024年4月1日に改正された障害者差別解消法

2024年4月1日より、従前は努力義務だった合理的配慮の提供(障害のある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」と意思が示された場合、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をすること)が事業者にも義務化された。

これにより、合理的配慮の提供を的確に行うための環境整備として、努力義務となったウェブアクセシビリティの向上に着手するECサイトが増えている

なお、現行の罰則規定では、民間の事業者が違反すると、ただちに罰則を課されるということはない。

対応によって得られるメリット

ウェブアクセシビリティ対応には、対応すべきガイドラインが非常に多く、サイト改修には費用がかかるという課題に直面しやすい。しかし、野尻氏は対応することで次のようなメリットを得られるとして、着手を啓発している。

  • 訴訟リスクの低減:近年では2022年にウェブアクセシビリティ関連訴訟が拡大するなど、訴訟リスクは現実的かつ深刻になっている。ウェブアクセシビリティ対応はこれを軽減する
  • 企業イメージの向上:アクセシビリティへの配慮は、企業の社会的責任(CSR)を果たす上で重要なファクターの1つ。ブランドイメージを高める
  • トラフィックの向上:より多くのユーザーがウェブサイトを利用できるようになることで、結果的にサイトへのアクセス増加が期待できる
  • 顧客体験の向上:障害を持つユーザーだけでなく、高齢者などウェブの閲覧や操作に不慣れな人にとっても、ウェブサイトの利便性が向上する

増加するウェブアクセシビリティ関連訴訟

世界的にウェブアクセシビリティに関する訴訟は急増しており、2022年までにはグローバルで合計1万件以上に達している。なお、今後も増加が予測されている。EU各国でも罰金が科せられるケースが出現しており 、特に2025年6月28日の欧州アクセシビリティ法 (EAA)施行以降は、訴訟件数がさらに増加する可能性が高いと見られている。

米国だけで見ても、2023年にウェブアクセシビリティ関連訴訟が4605件に達した。企業にとって重要な法的リスクとなっている。

訴訟の対象は大手企業からEC、サービス業、教育など多岐にわたっていますが、世界のアクセシビリティ訴訟のうち84%がECサイトを対象としており、ECは特に狙われやすい傾向にあると言えます。(野尻氏)

実際に、日本の大手アパレルブランドも、ECサイトがアクセシビリティに未対応(この件では「障害を持つアメリカ人法(ADA)の違反」)であったことが理由で、米国で2017年に訴状を提出された事例がある。

グローバルでは欧州や米国を中心に関連訴訟が増加傾向となっている。野尻氏によると、2017年に米国大手スーパーマーケットTargetのウェブサイトに対する訴訟が障害を持つアメリカ人法(ADA)違反と認められたことを契機に、ウェブアクセシビリティ関連の訴訟は急激に増えているという。上述の件では、Targetは600万ドルの和解金を支払った。

アクセシビリティ関連の訴訟の一例
アクセシビリティ関連の訴訟の一例

アクセシビリティ対応が追い付いていないEC事業者はまず危機感を持ち、早急な対応が急がれる。

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