佐賀市が運営する通販サイトはなぜ2年足らずで閉鎖したのか
佐賀市が運営する特産品の通販サイト「さが きゃあもん か~と」が、運営開始から1年10か月で閉鎖することになった。使った予算は2850万円。対して期間内の売り上げは230万円。9月5日に行われた市議会経済産業委員会でこの事案が取り上げられ、委員から「あまりにもずさん」「事前調査がなっていない」と厳しい言葉を浴びせられたことがネットニュースで話題になった。ネットショップのコンサルタントとして気になるテーマだったので佐賀市を取材した。
サイトを立ち上げたコロナ禍の2020年は、全国の自治体で特産品を販売するネットショップが次々にオープンしました。そのなかに埋もれてしまったことが、売り上げが伸び悩んだ要因だと思っています。
運営を担った佐賀市観光協会の流通課の担当者は、そう声を落とした。「他に考えられる要因は?」と尋ねたところ、少し間を置いてから「何が要因だったと思いますか?」と逆に質問を受けてしまった。「うまくいかなかった理由をちゃんと分析して、次に生かしたいんです」と言う。正直、取材前までは、観光協会の人は他人事のように捉えているだろうと思い込んでいた。しかし意外にも失敗に真摯に向き合っていることに驚かされた。
次に運営元の佐賀市役所の観光振興課を取材し、2850万円の予算の使い道を尋ねた。
サイト制作費と約2年間の人件費で1000万円ぐらいかかりました。残りの1800万円はGoogleやYouTubeの広告、割引キャンペーンを行った際の負担金のほか、佐賀ゆかりのタレントを起用したPR動画の制作費に使いました。
撤退の要因を聞いたところ、「今思えば、いろいろやり方はあったと思います」と、次のように語ってくれた。
自社サイトではなく「楽天市場」などのモールに出店していれば結果が変わっていたかもしれません。ネット通販に詳しい専門家の力も借りるべきだったと思います。でも、ランニングコストはできるだけ抑えたかったので、そこまでお金をかけるには至りませんでした。
要因① 予算
商品力が弱い食品の商品ページは難しい
佐賀市の通販サイトは、なぜ、うまくいかなかったのか。要因は3つ考えられる。1つは、「予算が少なすぎた」という点である。今回はサイト制作と人件費合わせて1000万円ということだったが、ここはネットショップの制作費だけで1000万円は欲しいところである。
「そんなにお金がかかるの?」と思われるかもしれないが、食品のネットショップは他の商材に比べてページ制作にコストと時間がかかる。訴求力の高い説明文やキャッチコピーを制作しなくてはいけないし、美味しそうな写真も撮影しなければいけない。他の商品カテゴリーよりも1つの商品ページを作る労力がかかることは、食品のネットショップの大きな特徴だ。
北海道のカニや山梨県のシャインマスカットなどであれば、ブランド力があるのでページ制作にそこまで力を入れなくても良い。検索でも売れるし、広告でも見栄えがいいので、商品ページはそこそこのレベルでも売れてくれる。しかし、佐賀市がネットショップで販売する特産品は海苔や饅頭である。よほど高いレベルの商品ページを作らなければ、お客の「買いたい」というスイッチを入れることはできない。
商品力が弱い場合、商品ページに力を入れなければ売れないというのはネット通販の鉄則だ。そうなると必然的にコストが上がり、比例して制作予算が上がることになる。
制作費は急騰中
ホームページの制作費が急騰していることも予算が高くついてしまう要因の1つだ。コロナ前に比べて1.5倍ぐらいに相場が跳ね上がっている。さらに食品は商品点数も多いためにページ数も多い。最低でも1000万円ぐらいの予算を確保していなければ、売れるサイトを作ることは難しいだろう。
人件費は1500万円を確保したい。食品のネット通販は高いプロデュース能力が求められる。ヘッドハンティングして引き抜かなければ採用できない人材だ。Eコマース業界の中でも食品の販売はトップレベルのスキルが必要であり、優秀な人材の確保なしにネットショップの成功はあり得ないと断言していい。
特産品のサイト運営には、商品企画力とネットショップ運営の両方のスキルを持ち合わせた稀有な人材の確保が絶対条件となる。ネットショップ業界でも高い報酬の部類に入る年収800万円クラスの条件を提示しなければ、引き抜くことはまず難しいだろう。
「欲しい」と思わせるスキルと施策
他にも優秀なWebデザイナーが必要である。「美味しそう」「買いたい」と思わせるページ作りには高い制作スキルが求められる。食品のネット通販の場合、外部の制作会社への委託は止めた方が良いだろう。売り手側の意図が伝わりにくく、通り一辺倒なページしか作れない可能性が高いので、インハウスで作る体制を整えた方が良い。
本来ならばSNS運用専属の人材も確保したいところだが、とりあえずそれらの業務を兼務してもらうという条件で、ネットショップ担当者とWebデザイナーを合わせて2、3人。年間1500万円の人件費、2年で3000万円の予算を確保したい。
広告費は年間で1000万円はかかるだろう。食品は検索されにくい商品なので、よほど知名度のある食品でない限り、SEOや検索連動型の広告は効率が悪い。「楽天市場」のようなプッシュ型の広告メニューが多いサイトへの出店が条件となり、相当な広告費を覚悟したうえで、ネットショップを運営しなければいけない。
本当に必要だった予算は……
これらの予算を加味した上で筆者が「佐賀市の食品をネットで売る」と仮定した場合の予算を考えると下記のようになる。
- ネットショップの制作費……1000万円
- 2年間の人件費……3000万円
- 2年間の広告費……2000万円
このように2年間で最低でも6000万円ぐらいの予算がなければ、売れるネットショップを構築することはできない。そう考えれば、佐賀市の「2850万円」はネットショップを軌道に乗せるには厳しい予算だったということがわかる。むしろ、この予算で230万円の売り上げを素人集団で作ったのであれば、「よくやった」と言えるレベルなのではないだろうか。
要因② 戦略
2つ目の敗因は「戦略が甘かった」ことである。コストをかけたくないという理由で、無料でネットショップが始められるBASEを選択した事情は理解できる。しかし、食品は検索されて売れる商品ではない。有名なインスタグラマーやYouTuberを抱えていれば自社サイトでも売り上げを作ることができるが、特殊な人材が運営スタッフにいなければ、トラフィックが多い「楽天市場」にネットショップを構えた方が得策だ。
有名人に動画で特産品を勧めてもらうという戦略もやや安直だったと言える。誰かに紹介してもらうという売り方は継続するなら効果を発揮するが、単発では一過性の売り上げしか作ることができない。また、GoogleとYouTubeの広告も、食品の販促にはあまり向いていない。
食品ECで利益を出す王道とは
リピート客作りの戦略もおろそかになってしまった点も否めない。広告で集客し、20%オフの送料無料で販売すれば、粗利が薄い仕入れ食品は大赤字になる。しかし、味を気に入ってもらったりネットショップのコンセプトに共感してもらえたら、継続して商品を買ってもらえるようになる。結果的にリピート客が増えていけば先行投資の赤字は少しずつ解消されていく。これが食品通販で利益を出す売り方の王道だ。
問題はこのリピートをどうやって作るかである。同じ商品で同じ売り手であれば「ネットショップが好き」「売っている人が好き」でファン化してリピート客を作ることができる。しかし、今回のようにさまざまな食品を取り扱う総合通販型のサイトの場合、お客にファンになってくれる理由が「佐賀市」だけになってしまい、地域に愛着がない市外、県外の人はファン客になりにくくなってしまう。
ましてや地域のお土産屋さんやアンテナショップ、他の通販サイトでも売られている食品であれば、リピートで買ってくれる可能性はさらに低くなる。「楽天市場」「Amazon」「Yahoo!ショッピング」であればポイントが貯まるのだから、ポイントが付かない自社サイトで商品を買い続けてもらうことは難しい。
新規顧客20人ぐらいに買ってもらったとしても、そこからリピート客になるのは1人いるかいないかの確率だろう。メルマガやSNSが相当魅力的であれば、もう少しリピート率を上げることができるかもしれないが、素人が運営するのであればかなりハードルは高い。
「ここでしか買えない商品」が不可欠
リピート率を上げるにはそのネットショップでしか買えない限定商品が必要不可欠だ。どこにでも売っているような商品であれば、「楽天市場」や「Amazon」のネットショップに浮気されてしまう。味が気に入っても他の店舗にお客が奪われてしまっては、広告費を投資すればするほどお客に逃げられる構図になる。
そうなると「さが きゃあもん か~と」でしか買えない魅力的な限定品を、1年間でどのくらい作れるのかにかかってくる。そのあたりの販売戦略をしっかり組み立てていたのかは検証する必要がある。
要因③ 意識
最後の敗因は「ナンバーワンになる意識が低かった」という点だ。ネットショップ運営の初心者にありがちな考え方に「そこまで高い売り上げは望んでいない」というものがある。「月に100万円売れればいいんです」「たくさん売れなくてもいいんです」などと、「高い売り上げを望まない=頑張らなくてもいい」という図式になってしまい、中途半端なお金と時間の投資で終わらせて、ネットショップの運営に失敗するケースは少なくない。
ネットショップは優れた1店舗にお客が集中するため、売れるネットショップと売れないネットショップの差が極端に分かれやすい。実店舗であれば「近い」「店の雰囲気が良い」と言う理由で、二番手、三番手のお店にもお客が流れて来る。しかしネットショップは「価格」「ページ」「露出」の3拍子がそろった店にお客が集中するため、ナンバーワンの店舗以外にはお客が流れにくくなる。
Eコマース業界が1%の成功店舗と99%の負け組に分かれてしまう要因は、この「全力でやらなければまったく売れない」というネットショップ運営の難しさにある。
今回、佐賀市のネットショップは、この「負け組」のスパイラルに入ってしまったと思われる。中途半端な予算と施策に加えて、未経験のネットショップ運営者に仕事を任せれば、当然、競合に埋もれることになる。
ネットビジネスはゼロか100かの世界なので、売り上げが欲しいのであれば、全力でビジネスに取り組まなければいけない。100のうちの30や50という間を取りに行く戦略は残念ながらネットビジネスに存在していない。自分の都合の良い売り上げを狙いにいけないところが、ネットショップ運営が難易度の高い商売と言われる所以なのである。
ECコンサルが「これは」と思ったアイデアは
佐賀市のネットショップが上手くいかなかった理由は、莫大な予算がかかるネットショップ運営に少ない予算で挑んだ結果戦略が甘くなり、ナンバーワンを狙わない戦略になってしまった。突き詰めると「金がなかった」というのが今回の敗因と言える。
予算がないならネットショップの運営はやめた方が良い。特にコロナ禍以降、ネットショップ運営が素人では手を出せないビジネスになってしまったことは、素直に認めなくてはいけない。
もし、予算をかけずにお客に商品を売るのであれば、佐賀市内で特産品を集めた「朝市」を行うことをお勧めする。感染を回避するのであれば、ドライブスルー形式の朝市を行えばいいし、屋外で入場制限をかければ、そこまで感染対策に神経質にならなくても済む。コロナの行動制限で売り手を失った店舗運営者にとって、朝市は在庫品や余剰品が売れるありがたい場となるだろう。
お客にとっても、外部との接触が少ない近場の遊び先になる。佐賀市が主催となればマスコミが取り上げてくれるし、新聞の折込チラシやポスティングなどの集客もそれほど難しくないだろう。少なくとも慣れないホームページ制作やネット広告の運用よりも、ずっと低コストで確実に集客できるイベントを仕掛けることができる。
そのうえで朝市に集まったお客に対して「今後の朝市の情報はLINEでお知らせします」と案内し、「登録してくれたら佐賀海苔プレゼント」などの特典を付ければ、LINE公式アカウントの会員を容易に増やすことができる。
朝市を月1回ペースで開催していけば、やがて朝市は口コミで広まり、LINEを通じて参加者が増えていく流れを作ることができる。リアルなイベントはInstagramやTwitterで拡散されやすく、労力をかけずともSNSで情報を広めてもらうことができる。
お客もほぼ間違いなく佐賀市民のため全員が味方だ。ネット広告で集めた浮気者のお客とは質が違う。朝市の応援団になってくれる可能性は高く、そのお客が市外や県外からもお客を呼び込んでくれる。この間に広告費は一切かからないし、サイト制作のコストも発生しない。
1年ほど運営すると、朝市の集客もLINEの登録者数も安定しはじめる。そこで初めてネットショップの開設である。LINEのメッセージでネットショップに誘導すれば、「朝市に行かなくても買える」というお客が、ある一定数ネットで購入してくれるようになる。
そのようなネットショップは高いページクオリティも必要ないし、レベルの高いネット戦略も不要である。なぜなら、来訪者は一度は朝市に来て商品を買った経験のある人たちだからである。ざっくりとした商品説明と簡単な商品写真を載せておけば「いつも朝市で買っているあの商品ね」と、迷わず購入してくれる。わざわざ広告費がかかる「楽天市場」や「Amazon」に出店する必要はない。
佐賀市の今後に期待
今回、佐賀市のネットショップ運営がうまくいかなかった背景には、自分たちの魅力を自分たちが見失ってしまったことが大きい。「コロナ禍だから市外に売っていくしかない」という固定概念があるために、ネットショップ運営という自分たちが未経験の売り方にこだわってしまった。
しかし、佐賀市を一番愛しているのは佐賀市民であり、佐賀市の特産品を愛しているのもまた佐賀市民である。地域密着型のリアルなイベントを軸にして、LINEの登録者を増やし、ある程度のリピート客を確保してから、ネットショップを運営する後追い型のEコマースの方が、投資とリスクを最小限に抑えながら、地元の商品を丁寧に売ることができる。
もちろん、地域密着型の売り方になるので、売り上げの限界はすぐに見えてくる。しかし今のご時世、小予算、知識ゼロでネットショップを運営して売り上げを作れるほど甘くはない。自分たちの身の丈に合った売り方を見つけて、そこから売り上げを最大化していく戦略を模索していかなければ、半永久的に赤字を垂れ流すことになる。
佐賀市役所や佐賀観光協会の人たちへの取材を通じて、彼らの本気度は強く感じ取ることができた。2年間で2850万円の出費は痛かったが、「一般的なネットショップの運営方法だとうまくいかない」と気付くための授業料としては非常に安く済んだと言える。
「たった1年10か月で撤退かよ」と思われるかもしれないが、逆にこの短期間で「このビジネスモデルに将来性はない」と早々に見限ったことは、次のステップを考えれば非常に良い決断だった。今回の撤退騒動は賛否両論あるが、コンサルタントの立場から見れば、佐賀市の次の一手が楽しみで仕方がない。
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