竹内 謙礼[執筆] 2022/9/14 8:00

三重県鈴鹿市でネットショップの経営者が殺害されたのは2012年11月のこと。その後、殺人罪で逮捕されたのは共同経営者の加藤映次さん。加藤さんは一貫して無実を訴え続けたが2015年に地裁で有罪となり、高裁、最高裁で棄却され、2018年7月に懲役17年の刑が確定した。

事件発生から10年後の2022年6月30日、弁護団は津地方裁判所に裁判のやり直しを求める再審請求を提出。新たな証拠が提示されたことで、再び事件に注目が集まり、記者会見には20人近いマスコミ関係者が押し寄せた。ここでは記者会見で配布された資料をもとに、マーケティングコンサルタントの視点で、事件の真相につて考えていきたいと思う。

事件の概要

事件の概要については昨年この連載でお伝えしたが、簡単に事件の経緯から振り返りたい。2012年11月13日、ネットショップ経営者のA氏が後頭部を鈍器のようなもので殴られて殺害された。加藤さんは事件当日の10時30分頃、A氏の自宅兼事務所に訪れており、その時間帯が死亡推定時刻と近いことから容疑者となった。

しかし、本人は殺害を全否定した上に、事件の目撃者もなく、加藤さんの持ち物や車からも血液反応は一切検出されておらず、凶器とされるモンキーレンチも発見されなかった。

それでも加藤さんが逮捕されてしまったのは、所有する車の中から、A氏の自宅兼事務所の鍵が発見されたからである。鍵は助手席の下にあった空のハサミケースの中に、ティッシュにくるまれた状態で発見された。「部屋は鍵がかかっていて密室=鍵を持っていた人が犯人」という筋書きで、加藤さんは逮捕されてしまったのである。

事件発生から10年後の再審請求

現在、加藤さんは千葉刑務所に収監されている。塀の中からひたすら無実を訴え続け、ようやく再審請求までこぎつけることができた。弁護団には湖東記念病院人口呼吸器事件で無実を勝ち取った井戸謙一弁護士が就任。井戸弁護士は記者会見で「本人の自白もなく、証拠もない事件。速やかに再審開始を決定すべき」と強く訴えた。

再審請求のハードルは想像以上に高い。少し古いデータになるが、2015年に地方裁判所に再審請求を求めた人は338人。そのうち、181人に判断が出て、再審を開始できたのは1人だけである。さらに無罪を争う事件で再審請求が認められるのは数年に1回あれば良い方だと言われている。加藤さんの親族から届いたメールにも「再審無罪を勝ち取るのは、針の穴にラクダを通すよりも難しい」という一文が添えられていた。それくらい困難極まる案件と言えた。

そのような厳しい中で、弁護団は下記の4点を新証拠として提出した。

  1. 被害者の死亡後、第三者によって被害者のスマホが操作されていた
  2. 新たな法医学者の検証によって、凶器がモンキーレンチではないことが判明した
  3. 事件の関係者が裁判で「加藤さんの車内のゴミを公園のゴミ箱に捨てた」と証言したが、その当時、その公園にはゴミ箱が設置されていなかった
  4. 加藤さんの車両が鈴鹿警察署にレッカー移動された際の写真を検証した結果、鍵が入っていた空のハサミケースとティッシュが、第三者によって手を加えられた可能性があることが判明した

LINEスタンプをダウンロードしたのは誰?

この中で注目したいのが「1」である。やや複雑な話になるので順を追って解説していきたい。A氏の死亡推定時刻は午前10時30分から11時頃とされており、遺体が発見されたのは17時50分。遺体近くで発見されたA氏のスマホを解析したところ、16時37分にLINEの無料スタンプがダウンロードされていたことが判明した。

加藤さんが殺害現場でスタンプをダウンロードするのは不可能である。その日の17時頃、加藤さんが三重県鈴鹿市の事件現場から50km以上離れた名古屋市西区の事務所で仕事をしていたことは、警察の捜査でも明らかにされている。仮に16時37分に事件現場でスマホを操作したとしても、車で1時間以上かかる事務所に30分で舞い戻るのは不可能である。

先述したように、加藤さんが犯人と断定されてしまったのは、A氏の自宅兼事務所の鍵を所持していたからである。しかし、第三者がA氏の部屋に侵入し、スマホを操作していたとなれば、この密室殺人は成立しなくなる。加藤さんの車の中から発見された鍵は意味のないものとなり、警察と検察が作り上げたストーリーは崩れる。

筆者が感じた3つの違和感

一方、ここまでの話を聞いて、疑問を抱いた人もいるかもしれない。実際、私も記者会見でモヤッとした気持ちを抱いた点があり、弁護団に改めて取材を申し込み、疑問点を3つに絞り、再度話を聞かせてもらった。以下、その回答をもとにした、私の見解である。

疑問①
スマホはロックされているから、第三者がLINEを操作して、スタンプをダウンロードすることはできないのでは?

この点に関しては、警察がA氏のiPhoneを押収した際の画面の写真から、スマホには常にロックがかっていなかったことが証明されている。「スマホにロックをかけない人なんているわけないだろ」と思われるかもしれないが、2012年当時のスマホ事情を調べてみると、セキュリティー意識は現在とはずいぶん違う。

例えば、2012年3月にNTTドコモがAndroid向けにリリースした「おまかせロック」は、スマホを置き忘れたり、紛失したりした場合、NTTドコモに電話をすれば代わりにスマホをロックしてくれるという、なんともアナログなサービスである。

また、ジャストシステムが2016年1月に行った調査によると、「スマホをパスワードロックしている」と回答した人は31.7%しかおらず、個人情報の流出の対策として上位にランクインしていたのが「肌身離さず持ち歩く」(15.8%)という、今では考えられない状況だったのだ。

当時は第三者が勝手に他人のスマホを操作することは可能であり、LINEの無料スタンプであればパスワードの入力も不要なため、他人がダウンロードできたとしてもなんら不自然なことではないのである。

疑問②
なぜ10年以上も経ってLINEのデータが新証拠として提示されたのか

本件の裁判資料を遡ると、「第三者が無料スタンプをダウンロードしたのではないか?」という話は、何度か争点にはなっていた。しかし、裁判が行われていた2015年から2018年頃は、弁護団が提示したスマホのデータに対して、LINE側が正式な見解を出しておらず、第三者によるスマホの操作を証明することができなかった。

しかし、弁護団の粘り強い交渉によって、2021年にようやくLINE側から「解析データを検証した結果、本機端末の操作によって無料スタンプがダウンロードされた」という証言が得られた。

ここでパソコンやスマホの知識を有している人であれば、root権限の奪取(いわゆる「脱獄」)によって、スタンプをダウンロードしたように見せかけたのでは? と考えた人がいるかもしれない。「脱獄」とは、開発元が制限を設けているソフトウェアに対して非正規な方法で制限を解除する行為のことで、この手法を使えばデータの改ざんも不可能ではなくなる。しかし、脱獄ツールを使ってデータを書き換えるには、高いスキルが必要であり、一般人には難しい。

実際、筆者は2013年9月に普遊舎から発刊された『スマートフォン&タブレット ルート化&脱獄テクニックのすべて』を入手し、iPhoneの脱獄方法について読んでみたが、ネット関連のコンサルタントを生業としている私ですら、すぐに内容を理解することができず、即実践可能な手法と言えるものではなかった。

「脱獄」にはスマホをパソコンに接続する必要がある。遠隔操作の可能性も疑ってみたが、証拠として挙げられたデータとパスは、本機を操作しなければ生成されないものであるため、鍵のかかった部屋の外部から、A氏のスマホが操作されたものではないことは、LINE側の証言によって明らかになっている。

そもそも事件が発生した2012年当時、「スマホのLINEのデータを改ざんしよう」という考え自体が、世の中に浸透していたとは考えにくい。日経新聞社の「日経MJヒット商品番付」で「スマートフォン」という言葉が登場したのが事件発生から2年前の2010年。そして「アップル」が2011年であり、2012年になってようやく「LINE」が登場している。

つまり、事件が発生した2012年末の日本はスマホ文化が浸透したばかりだったのだ。iPhoneを脱獄させ、さらに世に出たてのLINEのデータを改ざんするような真似事が、一般の人にできるとは考えにくい。

LINE側も裁判に関わる重要な証言ということもあり、回答には慎重に慎重を重ねたと思われる。事件から10年が経過した今、ようやく第三者によってスマホが操作されたことが証明されたことで、事件が大きく動き出すことになったのである。

疑問③
なぜ第三者はA氏のスマホを手に取って、LINEの無料スタンプをダウンロードしたのか?

最大の疑問は「なぜA氏のスマホを操作して、無料スタンプをダウンロードしなければならなかったのか」である。わざわざLINEのアプリをタップするのは誤操作とは考えにくいし、殺害現場で被害者のスマホに触ること自体、よほどの事情がない限りあり得ない話である。1つだけ浮かび上がってくる理由はアリバイ工作である。

スマホを操作した第三者を仮に「X氏」として話を進めていきたい。スマホが操作された16時37分より前の時間、すでにA氏は殺害されており、X氏はなんらかの事情で、その現場にいたと思われる。経営者として多忙だったA氏のスマホには、頻繁にLINEやメールのメッセージが入ってきており、バイブレーション、もしくは着信音が殺害現場で鳴り続けていたと予想される。

X氏はそのままメッセージを無視することもできた。しかし、LINEの返信がないことで相手が不信感を持つのではないかという不安が生じる。返信がなければA氏の自宅に直接尋ねて来る人もいるかもしれないし、場合によっては警察に通報されてしまう可能性もある。

そのため、X氏は何らかの返信をして相手を安心させようと考える。しかし、慣れない文面で返信すれば「これってA氏本人からの返信なの?」と疑われる可能性も高く、上手くいったらいったでそこからやり取りのラリーが始まってしまう。そこで思いついたのがスタンプだ。

事件発生時に近い2012年6月にインプレスから発刊された『LINE公式ガイドスマートに使いこなす基本&活用ワザ100』を読むと、「気分をワンタップで伝えられるスタンプを使おう」という項目があり、当時はスタンプを送ること自体が画期的であったことが伺える。

LINEスタンプを使えばA氏の生存を証明するという目的は達成され、余計な文面を送る必要もないし、会話のやり取りが始まる恐れもない。そのような思いから、X氏はLINEでスタンプを送信しようとした。しかし、被害者であるA氏のスマホを手に取ってみると、スタンプがダウンロードされていなかった。先述したように、当時はまだLINEが普及し始めたばかりだったので、スタンプを利用していないユーザーも多かったと思われる。

X氏は仕方なくA氏のスマホで無料スタンプをダウンロードした。その後、そのスタンプを送ったかどうかは定かではないが、少なくとも、遺体発見前にA氏のスマホで無料スタンプをダウンロードした痕跡が、揺るがない事実として残ることとなった。

他にも、X氏が証拠隠滅をはかるためにLINEのトークのやり取りを削除しようとして、友だちからプレゼントで送られてきたスタンプを思わずタップしてしまった可能性や、LINEアプリを起動したところでアップデートがかかり、A氏が生前に入手したスタンプが自動的にダウンロードされた可能性も考えられる。

もちろんどの仮説もあくまで再審請求資料から導いた私の推測でしかない。しかしいずれにせよ、遺体発見時刻の前に、被害者のスマホでスタンプがダウンロードされた形跡が残っているということは、事件現場に最後までいたのはX氏ということになる。そうなると、部屋に鍵をかけたのもX氏ということになる。この事件の唯一の物的証拠である加藤さんの車から発見された鍵は、殺人犯だから持っているはずの鍵ではなくなる。

鍵はどこから来たのか

では、加藤さんの車から発見された鍵は、一体どこから持ち込まれたのかだろうか。加藤さんは裁判で鍵の存在について「まったくわからない」「身に覚えがない」と、一貫して所持を否認している。

そこで重要になってくるのが、今回、新たな証拠として提出された「4」である。加藤さんの車をレッカーする際に窓越しに車中を撮影した写真と、警察が発見した空のハサミケースの写真を比較したところ、中に詰められたティッシュペーパーが一度取り出された後、再びハサミケースの中に戻された可能性が高いことが明らかになったのである。

つまり、加藤さんの車にあった空のハサミケースに誰かがA氏の部屋の鍵を忍ばせ、警察署内における捜査の際、「車の中から鍵が見つかりました」と偽装した可能性が否定できないということだ。もちろん、今回の再審請求書の中では、「警察が鍵を仕込んだ可能性がある」という文言は一切書かれていない。しかし個人的には、提出された新証拠の文言から察するに、第三者の手によって鍵が仕込まれた可能性は十分にあるように思えてしまった。

個人的な見解としては、今回の事件はLINEを操作したX氏と、「犯人をなんとしても逮捕したい」という鈴鹿警察署の行動が、タイミング悪く重なったことによって発生した冤罪なのではないかと推測している。私たちの生活の治安維持に日々懸命に尽力してくれている警察を信じたい思いはあるが、一方で、功を焦った警察が冤罪を生み出してしまう事案は後を絶たない。

「警察が犯人をでっち上げるはずがないだろ!」

そういう言葉を浴びせられそうだが、警察と検察が自信を持って反論するのであれば、弁護団が要求する被害者のiPhoneの抽出データを真実の解明に向けて開示して欲しいところである。今回の事件に関しては、なぜか警察、検察ともに証拠の開示に対して非協力的であり、証拠一覧表の交付すらもされていない状況が続いている。これでは私のような一般市民に「何か隠しているのではないか?」と疑われても仕方ない。

◇◇◇

今後、新証拠が開示されたことによって、真実が次々に明らかになっていくと思われる。我々の同業者でもあるネットショップの経営者が、あらぬ疑いをかけられて塀の中に10年以上も収監されてしまっていることは、やはり他人事ではないという思いがある。特にデジタルに囲まれた業界にいる者として、デジタルの証拠でどこまで真実に迫れるかを見届けたいと考えている。引き続き、再審請求の行方を追い続けたいと思っている。

ちなみに先日、この件についての動画を公開した。興味のある方はぜひ見ていただきたい。

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