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三重県鈴鹿市でネットショップ経営者が殺害された2012年の事件をご存じだろうか。自宅の敷地内にある事務所で、被害者(A氏)は後頭部を鈍器で殴られて死亡。4日後、共同経営者の加藤映次さんが逮捕された。加藤さんは容疑を否認。無実を訴えたが、2015年7月、津地裁で懲役18年が言い渡された。控訴したものの、二審の名古屋高裁で控訴棄却、2018年7月の最高裁でも棄却され、懲役17年の刑が確定した。

筆者は2021年に入り、たまたま加藤さんの母親が冤罪を訴えるブログを目にし、興味本位で事件について調べることにした。図書館で当時の新聞記事を集め、支援者に話を聞き、加藤さんの母親にも連絡を取った。最終的に加藤さんとも手紙でやり取りをし、収監されている千葉刑務所に面会に出向き、事件に関する話を直接聞かせてもらった。

取材を通じて分かったことは、ネットショップの運営者はいつでも事件の容疑者になりうるという事実である。「自分は真っ当な仕事をしているから大丈夫だ」。そう思っていても、いざ事件になれば、その根拠のない自信はなんの武器にもならない。なぜ加藤さんは事件に巻き込まれてしまったのか。当時の新聞記事や取材レポートを元に、ネットショップ運営者の危機管理について考察していきたい。

2012年11月、事件発生

千葉日報(2012年11月14日)より編集部でキャプチャして加工

加藤さんが容疑者として浮上したのは、事件当日、殺害現場となった被害者の自宅兼事務所を訪問していたからである。伊勢新聞によると、加藤さんが現場にいた時間はわずか10分程度。すぐに立ち去ったものの、死亡推定時刻と近いことから、容疑者として浮上した。

被害者と加藤さんはネットショップの共同経営者という間柄だったが、2人の関係は金銭問題で悪化しており、そこが殺害動機とされた。

証拠は自宅兼事務所の合鍵

最大の争点となったのは殺害現場である自宅兼事務所の合鍵だ。遺体発見時、現場は施錠されており、犯人はA氏を殺害後に鍵をかけて逃走したと思われる。その合鍵が加藤さんの車の助手席の下から発見されたため、裁判は加藤さんの有罪に向けて大きく傾くことになった。

しかし、今回の事件には不審な点が多い。

合鍵は空のハサミケースにテッシュで丁寧に包まれており、無意識に置いたものとは考えにくく、隠そうとしたのなら不自然過ぎる。犯人であればどこかに捨ててしまった方が良いものなのに、わざわざ車内に残しておくのも殺人犯の心理として理解しがたい。

裁判で加藤さんはこの合鍵について「まったくわからない」「身に覚えがない」と発言している。そもそも、合鍵が加藤さんの車から発見されたとしても、それ自体は犯行を裏付ける直接的な証拠とは言えない。

また中日新聞によると、現場には被害者の血液が大量に残っていたが、加藤さんの持ち物や車からは血痕や血液反応は出ていない。

凶器とされているモンキーレンチも見つかっていない。事件の数日前、加藤さんはホームセンターでモンキーレンチを購入している。しかし、これはA氏からの依頼で買いに行ったものであり、会社で購入した工具である。警察は自ら加藤さんが凶器を買いに行ったと主張するが、このモンキーレンチを購入する際、加藤さんは会社の領収書を切っている。

遺体の傷に関しても解剖医が「モンキーレンチと非常によく一致する」とした一方、弁護側が写真鑑定を依頼した医師は「複数の特徴の傷があり、1つの凶器にとらわれないほうがいい」と、複数の凶器がある可能性を指摘している。モンキーレンチを凶器とする説も確かとは言えない。

北海道新聞の報道には、被害者の手の爪には人間の微物、現場にも毛髪数本が残っていたものの、なぜか警察はDNA鑑定を行っていないと書かれていた。裁判で加藤さんは「一方的に犯人視され、何を言っても聞く耳を持たなかった」と、取り調べに対しての不当性を訴えている。

しかし、加藤さんも警察に疑われる理由がまったくなかったわけではない。事件当日、加藤さんは不倫相手と共に行動している。その女性が事件当日、「加藤さんに頼まれてスーツを捨てた」と証言した。

加藤さんは事件前後も同じスーツを着用しており、「スーツの処分は頼んでいない。過去の記憶と混同している」と主張した。伊勢新聞によると、弁護側は女性の証言に対して「(スーツの)処分の指示を受けたとする証人の供述は変貌していて信用性は低い」としており、その後の報道を見ても彼女の証言は大きな争点にはなっていないようである。しかし、痴情のもつれによって事件全体の心証を悪くしたという点は認めざるを得ない。

捜査員がショートメールを既読に?

物的証拠がない中で無実を証明する唯一の方法は、加藤さんがアリバイを証明することである。重要なのは死亡推定時刻だ。

『冤罪file』2018年冬号の今井恭平氏の取材によると、事件当日の午前11時34分、A氏のiPhoneにSMSのショートメールが届いており、それが既読になっていることが判明したという。つまり、その時間にA氏がiPhoneを自ら手にして、ショートメールを読んだと言える。

検察側は加藤さんが殺害現場を離れた時間を「10時52分頃」と主張している。しかし、11時34分にショートメールが既読になっていれば、加藤さんが現場を離れてから40分後も、A氏は生きていたということになる。

現場から離れた高速道路の監視カメラで、11時40分に加藤さんの車がインターチェンジから降りていることが判明している。つまり、11時34分にショートメールが既読になっているということは、その時間にA氏はまだ生きていることになり、さらに加藤さんは高速道路を運転中ということになるため、犯行には関わるのは不可能だと証明できる。

 事件当日の時系列とメールの関係

10時28分 加藤さん現場到着

10時52分 加藤さん現場退去(※加藤さんは10時38分に現場退去と主張)

11時34分 A氏にSMSのメールが届き、既読になる

11時40分 加藤さんの車が名古屋南インターを通過

しかし、検察側はこのメール問題に関して、「捜査員による操作ミス」と判断した。高裁も「捜査関係者の誤操作で既読になったと認めるのが合理的」と、弁護側の主張を退けた。有罪か無罪かを左右する重要な証拠を、安易に消滅させてしまった警察の責任は一切追求されなかった。

この問題は最高裁でも議論されることなく、2018年7月、懲役17年が確定した。

加藤さんの無罪の主張について報じた当時の新聞報道

身の潔白を証明することの難しさ

ネットショップの運営は密室になりやすい。1~2人程度の少人数で運営している会社も多く、客や取引先がひんぱんに出入りする職場ではないため、何か事件が起きても目撃者は少ない。周囲に人が少ないことは、何か起きた時の証明が難しくなることを意味する。

今回のような殺人事件に発展することはないにせよ、パワハラやセクハラ、窃盗事件などが起きた場合、口頭で弁解しても証明が難しい環境にあることは、ネットショップの経営者やスタッフでなくても意識した方が良いだろう。

また、ネットショップ運営はパソコンやスマホを利用する仕事のため、アリバイを証明する際もデジタル情報が証拠になるケースが多いことも考慮したい。

逮捕されるとパソコンやスマホは警察に没収されてしまう。今回のようにデジタルの証拠品の扱いに不慣れな捜査員にあたってしまうと、数少ない無実の証明を簡単に抹消、書き変えられてしまう恐れもある。

また、当事者が収監されてしまうと無実の証明は身内が請け負うことになる。加藤さんの場合、高齢の両親が無罪証明のために動いているが、デジタル回りの話になってくると理解や対応が困難であり、協力者集めも高齢者にとっては至難の業だ。

「GPSで自分の足跡を残した方が良い」

6月22日、筆者は千葉刑務所で加藤さんと面会した。

面会室に現れた加藤さんは想像していたよりも元気そうで、表情も明るかった。刑務所内で新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生したことで、部屋での隔離状態が続いているが、今は弁護士とともに、再審に向けての準備に取り掛かっているという。

ネットショップ運営者に何か伝えたいことはあるかと聞いたところ、「自分の足跡はスマホのGPSを使ってちゃんと残した方が良い」と答えてくれた。

あと、日頃から顧問弁護士についてもらって、いろいろアドバイスを受けておくことです。そうすれば、私もこんな事件に巻き込まれる前に、何かしら手を打てたかもしれません。

なるべく嫌なことは考えないようにしています。今は月に1回、500円分のお菓子を買うことが許される日があって、それを食べるのが楽しみです。外部の人からの手紙をもらったり、支援者の方と面会したりすることを励みに頑張っています。

30分の面会時間が終わりに近づき、最後に「出所したら何が食べたいですか?」と尋ねた。加藤さんは間髪入れずに「とんこつラーメンとギョウザとビール」と笑いながら答えた。加藤さんの刑期は残り9年10か月。果てしなく長い時間である。両親をはじめ、家族も加藤さんの無実を信じて帰りを待ち続けている。

同じ業界に身を置く人間として、もう少しこの事件を追いかけていきたいと思う。

加藤さんから届いた手紙。ネットショップを運営していた当時から、筆者を知っていたことなどが書かれている

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竹内 謙礼

有限会社いろは 代表取締役

竹内 謙礼(たけうち・けんれい)

1970年生まれ。大学卒業後、出版社に勤めた後に観光牧場に転職。企画広報担当を経て2004年に経営コンサルタントとして独立。楽天市場、ビッダーズ等で多くのネットビジネスの受賞履歴あり。また、千葉文学賞等の小説、エッセイでも数々の受賞暦を持つ。

大企業、中小企業のコンサルティングはもちろん、サイドビジネスや起業に対しての販促、営業、人材教育のアドバイスを行い、特に実店舗のキャッチコピー制作とネットビジネスへのコンサルティングには定評がある。また、低価格の会員制コンサルティング「タケウチ商売繁盛研究会」の主宰として、180社近いコンサルティング指導を日々行っている。

販促、企画、会計、投資の書籍執筆の他、新聞や雑誌等でも連載を持っており、ラジオのパーソナリティとしても活躍。商工会議所や企業での講演、企業での人材教育等、経営コンサルタントとして精力的に活動している。NPO法人ドロップシッピング・コモンズ理事長。著書多数(詳しくはこちら

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