小売業界の祭典「NRF APAC」から学ぶ、日本の小売・ECが“イマ”取り組むべき「顧客体験」「テクノロジー」「組織変革」のあり方
「NRF」とは、National Retail Federation(全米小売業協会)が毎年ニューヨークなどで開催している小売業を中心とした世界最大規模のマーケティングカンファレンスだ。最新のリテールテックの紹介や小売業界のトップマーケターによるプレゼンテーションが行われている。2024年6月、「NRF」のAPAC版(以下「NRF APAC」)がシンガポールで初開催され、50以上の国と地域から約5500人が集まった。
「NRF APAC」に参加した楽天グループ マーケットプレイス事業 アカウントイノベーションオフィス ヴァイスジェネラルマネージャーの秦俊輔氏とRoktのビジネス開発 ディレクター大野皓平氏に、日本の小売企業、EC企業などが自社のビジネスに生かせる現地で得たヒント、印象に残ったキーノートなどを聞いた。
キーワードは「顧客起点」「データ活用」「テクノロジー・AI活用」
Eコマースソリューションを提供するRoktは「NRF APAC」に「ゴールドスポンサー」として参加し、日本から参加したリテール企業の現地での情報収集やネットワーキングのサポートを行った。
非常に盛り上がったイベントで、参加者全体の1割くらいが日本からの参加者だった。ユニクロ、イオン、ドン・キホーテなど日本人のスピーカーによる講演もあり、アジアのなかでも日本の存在感を感じられるイベントだった。(大野氏)
「NRF APAC」全体を通じて大野氏が読み取ったキーワードは、①顧客起点 ②データ活用 ③テクノロジー・AI活用 ――の3つ。
顧客と向き合うためにオンライン、オフラインでデータを収集するためにどのような仕組みを用意するのか、収集したデータをどのように顧客体験へフィードバックしていくのか。その実現のため、AIなどテクノロジーの活用の重要性が高まっていることも感じられたという。
キーノートでは「顧客第一」「徹底的正直」がテーマに
楽天の秦氏は、特に印象に残ったセッションにドミノ・ピザのクリストファー・トーマス・ムーアCDOによる基調講演をあげた。
「Meeting Consumer Needs Through Tech-Driven Innovation(テクノロジー主導のイノベーションを通じて消費者のニーズに応える)」と題したセッションでは、「顧客第一」「徹底的正直」をキーワードに進化を遂げたドミノ・ピザについて語った。ドミノ・ピザのDXによるリブランディングから、顧客体験の向上につながるプロモーション戦略までについて解説する内容だったという。
ドミノ・ピザのセッションでも「顧客起点」「データ活用」「テクノロジー・AI活用」が重要なテーマだった。
米国のドミノ・ピザでは売り上げの8割以上がデジタルチャネルからの注文になっており、ビジネスの改善に役立つデータ整理の仕組みが整っていることで、イノベーションへの継続的な取り組みが可能になっている。
同社は顧客離れで業績不振に陥った2010年以降、デジタルチャネルの分析などを通して顧客の声に耳を傾け、顧客が求めるものを探ってきた。その結果、具体的にはAIスピーカーやスマートウォッチからピザの注文ができるシステムや、Googleマップとの連携による配達など先進的な取り組みを進めている。
特に印象深かったのは、顧客調査で出てきた「おいしくない」「届くのが遅い」といったバッドレビューをあえてプロモーションで活用したという話だ。まさに「徹底的正直」の体現。顧客からは自分たちの良くない点を認めて、これから変わろうという姿勢がある会社と映り、信頼を勝ち取ることができた。
またイノベーションを起こす原則として「イノベーションは広告になる」ということを掲げているのもユニーク。顧客の声を聞き、新しいチャレンジを発信していくことで、それ自体が口コミで広がる。こうした考え方のもとチャレンジしていくというのは、多くの企業のビジネス拡大において参考になるのではないか。(秦氏)
リテールメディアで重要な4つの「C」とは?
Roktの大野氏は、印象に残ったセッションに元コカ・コーラのヴァイスプレジデントを務めたサイモン・マイルズ氏によるリテールメディアに関するセッションをあげた。
セッション名は「Global Retail Media: insights unfold, Stories untold(グローバルリテールメディア:展開されるインサイト、語られないストーリー)」。リテールメディアのポテンシャルや市場が拡大するなかでおさえておくべき課題などについて、次の4つの「C」にまとめて解説する内容だった。
①CLARITY(明確な効果計測)
「エンゲージメント」「購買前の行動」「コンバージョン」「新たに生まれた価値」の4つの観点での明確な効果計測の必要性と、目標を立てそこをめざすことの重要性を指摘。特にメーカー視点ではシンプルなレポートをしていくことが大事だと説いた。
②CAPABILITY(実施能力)
社内における実現性について、リテールメディアが自社にとって有効なビジネスだとわかっても、実現できるのかという課題がある。経営層はリソースの最適化を実現する組織作りが必要であり、エキスパートとしてリテールメディアに特化した専門知識を持つ組織も必要だ。そして人事や財務といった部署も含め、組織全体でリテールメディアについて一定の理解を得ていくことが必要だと説明した。
③COLLABORATION(コラボレーション/協働)
社内外における協働が重要。社内で全体戦略を共有し、部署ごとでサイロ化しがちな意思決定を取り払い、議論していくことが必要ということだ。
④CONSUMER FOCUS(顧客視点)
あくまでも「顧客ありき」であることが基礎だと説いた。
たとえば、ECサイトで広告事業を行うとなると、マーケティングや営業、UX開発やセキュリティまで、いろいろなステークホルダーが同じテーブルについて議論する。それが最初の大事なコラボレーションということ。また、社内外で連携していく上で、透明性をコラボレーションすることが非常に重要だと説明していた。(大野氏)
日本の小売り・EC事業者が今取り組むべきこととは?
両氏は「NRF APAC」参加を踏まえて、日本の小売り・EC事業者が今取り組むべきポイントについて、それぞれ2つずつ提言キーワードをあげた。楽天の秦氏があげたのは「徹底的に顧客に向き合う」と「AI活用の推進」だ。
顧客の顕在的なニーズだけでなく、潜在的なニーズまで捉え、満足度の最大化を図っていく必要がある。そのためには徹底的に顧客に向き合っていくしかない。また蓄積されたデータを有効活用していくのにAIは必要不可欠。これによって成果レベルが上げられる。顧客体験の向上にはデータとAIをうまく組み合わせていくことが重要。
また顧客体験の向上から付帯収益を得るという観点で「リテールメディア」という方法はやはり有効。EC事業者であれば必ずユーザーデータと、ECサイトなどという「面」を持っている。ここをうまくメディア化することで収益源にできるチャンスがやってきていると思う。すでにある資産を使ってアクションを起こせていない企業は、まずやれるところからやってみることが重要ではないか。(秦氏)
Roktの大野氏があげたキーワードは「データの正しい活用」と「コラボレーション」だ。
Roktの調査では、ファーストパーティデータの活用がユーザー自身にメリットがあるのであれば、そのECサイトをもっと使いたいと考えるユーザーは、グローバルで見ても多い。日本ではさらに多いことがわかっている。こうした背景を踏まえてリテールメディアの活用を含め「正しいデータ活用」が今後さらに進むことに期待したい。
またさまざまな取り組みにあたって他部署との連携やパートナー企業と目線を合わせて一緒に進めていく「コラボレーション」も重要だ。(大野氏)
楽天・Roktはリテールメディア支援を提供
楽天グループとRoktは、ECをベースとしたリテールメディア支援を手掛けている。楽天ではメーカー向けに、「楽天市場」を起点に購買行動データを活用した広告ソリューション「Brand Gateway」を提供している。
このソリューションでは「楽天市場」内にブランドキャンペーンページを制作し、データを活用して楽天経済圏内外の広告枠で集客し、来訪ユーザーを最終的に商品販売ページへと誘導する。楽天ユーザーとの接点を創出し、間口を広げることや、ナーチャリングを目的としたコミュニケーション施策として活用できる。
また、接触ユーザーおよび購買分析を一気通貫で実施することで、楽天でしか得られない顧客理解を深める取り組みを実現している。
またRoktでは、ECサイトのリテールメディア化を支援するソリューション「Rokt Ecommerce」を提供。ECサイトで顧客が買い物を完了した直後の「サンクスページ」(購入完了ページ、購入確認画面)で、Rokt独自のAI・機械学習技術を用いて導入ECサイトが所有するファーストパーティデータを分析。顧客それぞれにとって関連性の高い外部広告主からのオファーを、購入直後にリアルタイムで表示する。
広告主営業のほか運営管理は基本的にRoktが実施するため、EC事業者は社内リソースに負担をかけずに広告事業を開始できる。顧客体験を損なわない優良な広告ラインアップから、自社と競合しない広告主や商品・サービスのカテゴリのみを表示するようコントロールしつつ、質の高いオファーをサンクスページで表示する。
楽天グループもRoktのパートナーとなっており、「楽天ブックス」や「楽天チケット」などにおいて「Rokt Ecommerce」による広告表示を行っている。秦氏は両者のパートナーシップについて次のように語った。
資産価値があるのに今までマネタイズできていなかった部分を、Roktと連携することで新たな収益源にできた。AIが今後進化していけばさらにパーソナライズされた情報が届けられ、データを活かしてユーザーに嫌われないような広告を出せる。非常に面白い取り組みだと感じている。(秦氏)