AI対応のEC基盤はどう作る? 流行を追わず「インフラ近代化」を徹底してエージェントAIを実装した事例
米国の専門小売チェーン「Batteries Plus」は、数年がかりのシステム刷新で、図らずも最新の「エージェント型AI」を導入できる強力なデータ基盤を構築しました。どのように「AI対応企業」へと進化したのか。店舗とECにおける6つの具体的なAI活用事例を解説します。
8:30
米国の専門小売店「Batteries Plus」は、将来の市場変化に耐え得るシステム基盤への刷新を進めました。当初、これがエージェントなど最新のAIツール群を稼働させることになるとは想定していませんでしたが、インフラの能力向上をひたむきに追求した結果、図らずもそれが実現したのです。
システム刷新が、AIエージェント対応の足がかりに
米国のEC専門誌『Digital Commerce 360』が発行する「北米オンライン小売トップ2000社」データベースにおいて956位にランクインするBatteries Plusは、数年にわたり計画的にシステムの近代化を進めてきました。
電池の販売にとどまらず、照明ソリューション、デバイス修理、キーフォブ(スマートキー)の交換サービスなども提供する「専門店(Specialty)」として、全社規模でAIを展開できる強固な基盤を構築したと言います。
エンタープライズアーキテクチャ担当シニアディレクターであるカーシック・ジャンブリンガム氏は、『Digital Commerce 360』の取材に対し、基幹システムを拡張性の高いクラウドベースのデータ基盤へと移行した経緯を説明しました。
この「戦略的な進化」によって、AIを活用したソリューションをより効果的に展開できるようになり、結果として顧客体験(CX)の向上、業務効率の改善、そして事業成長の加速につながっているそうです。
「AI対応企業」へと進化した背景
ジャンブリンガム氏は、「将来を見据えた基盤」と「AI活用を前提とした基盤」の構築に重点を置いてきたと強調します。
「多くの企業は、AIを活用するための『準備』が不足しているという課題を見落としています」と指摘。この近代化の取り組み全体を「AI対応のエンタープライズ・アーキテクチャ」と呼んでいます。
将来を見据えて技術基盤の刷新を進めていた当時は、それがAIエージェントを含む最新のエンタープライズAIツールの導入につながるとは予測していなかったと言います。しかし、インフラ基盤の強化を継続した結果、自然とAIを活用できる環境が整いました。
「世界は変化しており、小売業界はさらに速いスピードで変化しています」とジャンブリンガム氏は説明。そしてこう付け加えます。
以前はシステムやプラットフォームの更新は年に1回程度でしたが、その後四半期ごとになり、現在では毎週、あるいは毎日のように新しい技術が登場しています。私たちはすべてを追いかけることはできないため、できる限り最適な状態を維持することを重視しているのです。(ジャンブリンガム氏)
クラウド移行と「知識中心のアーキテクチャ」がもたらした成果
この変革の一環として、Batteries Plusは次の領域でシステム機能を大幅に強化しました。
- ECサイト
- POS(販売時点情報管理)システム
- 決済システム
- PIM(商品情報管理)
- エンタープライズ検索
- パートナー企業とのシステム連携(インテグレーション)
- クラウドへの移行
- エンジニアリング体制・開発手法
これらの改善に加えてクラウドネイティブなインフラへ移行、システムの信頼性が向上し、基盤となるデータレイヤーを構築しました。このデータ基盤によって、自社のエンタープライズAIが構造化された文脈情報を利用できるようになり、より正確で信頼性の高い結果を導き出せるようになったと言います。
システムのアップグレード後、AIを活用した取り組みの成果として、Batteries Plusは検索の失敗(ゼロ件ヒットなど)に関する件数を25%削減。また、35〜40%という高い「問い合わせの自己解決率」を実現しています。
これは、AIチャットボットや音声AIなどの自動化されたセルフサービス機能だけで顧客対応が完了し、人間のスタッフへエスカレーション(引き継ぎ)する必要がなかった割合を示しています。「今回の近代化は、単にシステムを更新することが目的ではありませんでした」。ジャンブリンガム氏はこう振り返ります。
私たちがめざしたのは、私が「知識中心のアーキテクチャ」と呼ぶものの構築です。単なる生データの管理ではなく、構造化され、文脈を持ち、意味的に豊かな情報へ投資しました。それによってAIシステムが正確に推論できるようになりました。PIMの刷新、データ基盤への投資、各種システム連携によってこの知識基盤が構築され、現在では当社のエンタープライズAI戦略の中核となっています。(ジャンブリンガム氏)
Batteries Plusが実践する全社規模での6つのAI活用法
ジャンブリンガム氏によると、Batteries Plusは800以上の実店舗とECサイト全体で、主に以下の6つの分野でAIを活用しています。
1. AI音声エージェント
店舗の電話システムにAI音声エージェントを統合し、多言語対応で商品検索の支援、サービス予約、高度な通話ルーティング(適切な担当への振り分け)を行っています。複雑な状況では店舗スタッフへ引き継ぐ仕組みを採用しており、人とAIが連携した(ヒューマン・イン・ザ・ループの)顧客対応を実現しています。
2. AIによる商品発見(検索)の高度化
AI駆動の検索プラットフォームにより、店舗スタッフは複雑な「商品の互換性」に関するシナリオを容易にナビゲートできるようになり、コンバージョン率(CVR)の向上につながっています。
3. 店舗への着信通話分析
AIが顧客と店舗との通話内容を分析し、パターン、意図、感情、対応結果などを把握します。これらを活用することで、店舗運営や接客品質の大幅な改善につなげています。
4. 店舗運営向けAIアシスタント
対話型AIアシスタントが、店舗スタッフに対して業務知識、商品ガイド、トラブルシューティング、多言語サポートを提供しています。これにより日常業務の生産性が向上し、従来の手作業によるサポートチャネルへの依存が減少しました。同社のオンライン注文の大部分がBOPIS(Buy Online, Pick Up In Store:オンライン購入・店舗受け取り)であることを踏まえると、このオペレーション効率化は非常に大きな意味を持ちます。
5. 営業向けAIエージェント
エージェント型AIの機能は、法人(商用)販売の現場でも活躍しています。顧客へのアウトリーチや、顧客離れ(チャーン)へのプロアクティブな対応を支援しています。有望な見込み顧客を自律的に特定し、営業担当者との商談日程も設定します。その結果、営業チームは顧客との質の高い対話、関係構築、複雑な商談に、より多くの時間を充てられるようになっています。
6. エージェント型コマース
Batteries Plusは、ECサイトにおける購買体験にエージェント型AI機能を導入することに注力しています。AIと大規模言語モデル(LLM)を活用することで、よりインテリジェントでパーソナライズされた顧客対応を実現しています。
そして、ジャンブリンガム氏は『Digital Commerce 360』の取材に対し、次のように話しました。
私たちがめざしているのは、店舗で専門家から受けられるような体験をデジタルチャネルにもたらすことです。消費者がAIの支援を受けた購買決定に対してますますオープンになっている今、彼らが利用したいと思う場所とタイミングで、最適なサービスを提供し続けることが不可欠なのです。

