日本の人口減少に伴う国内市場の縮小は、地域経済にとっても避けて通れない課題だろう。こうしたなか、地方自治体や中小企業が新たな活路として期待を寄せているのが越境ECだ。しかし、言語、物流、決済、商品ニーズなどが壁になっているケースは少なくない。こうした課題を抱える事業者などを支援しているのが、JTBが運営する「47storey(フォーティーセブン)」だ。支援事例、支援を通じて感じた課題、越境ECを中長期的に継続するためのポイントなどをJTBの末永努氏、BeeCruiseの岩本夏鈴氏に取材した。
越境EC施策の「仮説・検証」を支える場「47storey」
JTBが展開する「47storey」は、自治体、行政、地域の中小企業が越境ECに取り組む際のハードルを極限まで下げることを目的とした支援サービスだ 。BEENOSグループとの連携により、世界118の国・地域への販売網と、JTBが持つ訪日外国人観光客とのリアルな接点を融合させた独自のモデルを構築。サービス最大の特長は、短期的な売り上げのみを追い求めるのではなく、海外市場における「需要探索」と「認知獲得」の基盤として設計している点だ 。
「47storey」は、越境ECで自治体・行政や地域の事業者が海外向けの仮説・検証を回すための基盤だと考えています。越境ECは短期で結果を求めるよりも、中長期で取り組むことが大切です。事業者の負担を極力下げることで、持続可能な取り組みが行えるようサポートしています。(末永氏)
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JTB 大阪第三事業部 事業創造室 47storey事業部チーフプランナー 末永努氏(画像提供:JTB)
また、販売、プロモーション、調査、データ取得、そして次の一手の設計までを一気通貫でサポートしている点も特長だ。
越境ECの課題は、商品を手に取ってもらったり五感に訴えたりするのが難しいこと。しかし、JTBには旅行中の接点として空港、観光案内所といったリアルなアセットがある。訪日外国人観光客と商品をリアルにつなげ、「買う理由」を設計できるという強みもあります。(末永氏)
利用ユーザーの割合は、約半数が中小企業や国内D2Cが展開しにくいメーカーで、残りの半数が地域の事業者支援を行う自治体や商工会議所だ。利用者は海外販路開拓を初めて実施する初期フェーズの事業者が多い傾向がある。当初は民間向けを想定していたが、海外販路開拓に悩む自治体からの支持が急増しているという。
販売商品はあえて厳しく選定せず。BtoB、BtoCセットで考える
県産品など商品の販売は「47storey」ストアで展開。「47storey」ストアは海外向け購入サポートサービス「Buyee(バイイー)」内に開設されているため、多言語対応、カスタマーサポート、決済などを事業者が負担せずに済む。また、商品の販売だけではなく、海外ユーザーからのニーズ調査など、データ取得・分析の場としての役割も担う。
「47storey」では、海外ユーザーに向けて販売する商品について、地域性やストーリー性を重視しつつも、あえて厳しい線引きをしないスタンスを貫いている。「BtoBでは難しいと思っていたものがBtoCで売れることもあるし、その逆もあり得ます。どちらで販売するか、最初から決めつけないことが重要ではないでしょうか」(末永氏)
たとえば、BtoBビジネスで海外の商談会に参加し、大口契約に至らなかったとしても、越境ECという受け皿があれば、「まずは小口で試したい」というBtoCのニーズを拾い上げることができる。
BtoBとBtoCは別軸ではなく、お互いに関与しあうもの。越境ECにおけるBtoC-ECでの実績をデータとして持ち込めば、BtoBの営業における強力な根拠になるでしょう。この2つはワンセットで考えた方が良いと思っています。(末永氏)
大分県庁は帰国後のリピート購入促進、群馬県庁は海外ニーズ調査を実施
「47storey」を通じて、実際に行政・自治体を支援した事例を見ていく。
大分県庁:大阪・関西万博連携+オフライン体験で販路拡大へ
大分県庁の事例では、2025年の大阪・関西万博を見据えたプロモーションと越境ECを組み合わせた支援を実施した。「47storey」を活用した背景には、県内で海外展開・海外への輸出に意欲のある事業者が増加するなかで、行政としてサポートしていく必要があった。また、大阪・関西万博開催に伴う訪日外国人観光客増加が見込まれていたが、訪日外国人観光客が気軽に県産品を購入できる環境が構築できていないという課題を抱えていたという。
具体的な取り組みとして、オンライン施策では、BEENOSと共同で4言語対応の特集ページを作成し、大分県産品を購入できる環境を整えた。また、SNSのターゲティング広告、メルマガ配信で特集ページへの集客を行った。
オフラインでは、万博会場内や「KITTE大阪」でのポップアップイベントを実施。実際に商品に触れられる場を作ったり、ショップカードを配布したりしてECサイトへ誘導、帰国後のリピート購入につなげる施策を行った。
こうした取り組みを行うことで、大分県産品の海外販路拡大、ブランド力向上に貢献したという。
群馬県庁:海外ユーザーの「生の声」を収集。事業者の意識変容にもつながる
群馬県庁の事例では、販売だけでなく「海外ユーザーに群馬県産品がどのように見られているか」「どの国・地域に刺さるのか」という調査に主眼が置かれた。
JTBが運営している、月間1万~1.5万人の訪日外国人観光客が来訪する大阪・難波の観光案内所を活用し、10の事業者の産品を展示。対面でのインタビュー調査を実施した。
ここでJTBが重視したのが設問の設計だ。以前はJTB側でロジカルな設問を決めていたが、最近は事業者が直接聞きたい項目を織り交ぜるようにしている。
事業者の皆さんは意欲があって県庁などの事業に参画しているので、海外ユーザーに聞きたいことがあるはず。自分の知りたいことが1つでも入ることで、新しい気付きにつながり、海外がぐっと身近に感じられるようになると思っています。(末永氏)
越境ECの初期段階において、末永氏は「売り上げ以上に重要なことは『小さな成功体験』だ」と話す。1つでも商品が売れた、アクセスが増えた、海外ユーザーから自分たちの商品を見てもらえた――こうした小さな成功体験を積み重ねることが重要だという。
この取り組みで良いと思った点は、群馬県庁が海外ユーザーのニーズや感想を調査し、それをレポートにまとめて参画事業者に共有したことです。事業者単体で実施するにはハードルが高い調査で「海外ユーザーのニーズはこうなんだ」という1つの気付きを得る・体験をすることで、「越境ECを中長期的に取り組んでみようかな」と思える「土壌」が形成されると考えています。(末永氏)
越境ECで大切なことは「まず始める」「フェーズに合わせた目的設定」
越境ECへの注目が高まるなかで、「ノウハウや知識がない」などの理由で、海外ユーザー向けに何をすべきか悩む事業者も多いだろう。こうした事業者にまず意識してほしいこととして、「バッターボックスに立たないとボールは当たらない。まずはやってみることが大切」(末永氏)
その上で越境ECに比重を置きたいフェーズになった時に必要なことは、「フェーズに合わせて目的を絞ること」だと話す。成功を阻む要因の1つとして、「目的の曖昧さ」があげられるためだ。
越境ECでは、きちんと目的を絞ることが大切です。需要探索なのか、海外への自社商品認知拡大なのか、売り上げなのか――。自分たちが何のために越境ECを行うのか、そこを明確にすることが、成功につながると考えています。(末永氏)
また、目的の絞り込みだけではなく、検証指標(KPI)の多角化も重要だ。つい売り上げをKPIに設定しがちだが、リピート率、商品ページの閲覧数、カート投入率など見るべき指標は多岐にわたる。「購入だけに固執せず、目的に合わせたKPIを設定することが重要」(末永氏)
越境ECに関して社内の複数人の意見を聞くこと、初期段階で海外ユーザーの生の声を聞く、反応をみて次年度以降の戦略につなげることもポイントだ。
社内で越境EC事業以外を兼務している人は多いと思います。ただ、担当者からすると「初年度から結果を出さなければ」というプレッシャーにつながることも。こういった負担を軽減し、組織として継続的に取り組むためにも、複数人で取り組む設計にすることをオススメします。(末永氏)
自社商品の強みを深く理解し、刺さる国・地域選びが重要
越境ECで意識してほしいポイントとして、「自社商品の強みを深く理解する」「強みが刺さる国・地域、性別、年齢はどこかをきちんと整理する」こともあげた。
自治体や事業者を支援するなかで、よくあるケースが「販売モール、プロモーション内容が先に決まってしまっている」ことで、「戦い方が先に決まっていて、売り始めてしまうことが多い」(末永氏)
事業者の皆さんには、ぜひ「自社のペルソナになっている人が多い国・地域はどこか」「強みが訴求できるところはどこか」を考えてみてほしいです。考えた結果として、必ずしも越境ECではなくても良いですし、「オフラインの方が合っている」という結論でも良いと思っています。(末永氏)
自治体・行政が事業者を支援する事業を行う上で、「よりマーケティングの知識を深めていただけたら」と末永氏は話す。
自治体・行政の皆さんは、横連携が取りにくい、事業を行うにあたって公平性を保たなければいけないといった制約も多く、ジレンマも抱えていると察します。そうしたなかでも、越境ECの状況、マーケティングへの知識・理解をより深めていただき、円滑に事業者をサポートできる体制作りをしていただけると、参画者全員にとってポジティブな結果になるのではないでしょうか。(末永氏)
インバウンドとECの融合で「越境ECが当たり前」の未来をめざす
今後について、末永氏、岩本氏共に「越境ECは『特別なこと』ではなく、日本の事業者にとって『当たり前』のツールになっていくべきだ」と語る。
岩本氏は、便利なサービスを賢く使い、一歩ずつ着実に進めることの大切さを強調する。
私も、越境ECはまずチャレンジして、一歩ずつ進むことが大切だと思っています。そのためにも「売れなかったので終わり」ではなく、「1個売れたから次はどのような施策を行おうか」と積み上げられる状態をBEENOSグループとして今後も支援していきたい。(岩本氏)
末永氏は、JTBならではの強みをさらに拡張していく構えだ。
業務量の問題などでスタートラインに立てない事業者のために、商品登録の代行や伴走メニューを拡充していきたいと考えています。将来、越境ECの利用が当たり前になる時代が来ると思っていますので、それを加速する一翼を担えたらと。(末永氏)
そして、訪日外国人観光客という「日本へのエンゲージメントが高い層」に対して、リアルなタッチポイントを生かしたアプローチを行い、越境ECで買う理由を設計する取り組みを加速させていきたいです。(末永氏)
