
EC業界も激震、トランプ政権の基本関税10%+相互関税+デミニミスルール撤廃。米国の状況から世界のECビジネスに与える影響を考察

米トランプ政権が「解放の日」と称し、新たに課した相互関税について、世界的な投資銀行のBairdは「ECの『リセットの瞬間』」と表現しています。影響はコロナ禍時代のサプライチェーンの混乱に匹敵するものの、その打撃を和らげるような景気回復策や消費者側の追い風がない点が異なるとBairdは指摘しています。
米政権による「解放の日」関税措置の影響
トランプ大統領は4月2日を「解放の日」と呼び、米国の「経済的独立宣言」と表現しました。演説で、ほぼ全ての国からの輸入品に10%の基本関税を課した上で、貿易赤字が大きい国や地域を対象に相互関税を課す(編注:相互関税の発動は4/9)と発表しました。
このことは、米国のインターネットおよびテクノロジー業界に衝撃を与えています。Bairdの傘下であるBaird Equity Researchのアナリストは「デジタル経済のほぼ全ての分野に広範囲な影響がある」と警鐘を鳴らしています。
EC、オンライン広告、クラウドインフラ、サプライチェーンに至るまで、「解放の日」関税の影響は、即時的かつ広範囲に及ぶと予想されています。
デミニミスルールの撤廃を含む
米国時間で4月2日の夜に発表したレポートのなかで、Bairdのアナリストはトランプ政権の突然の発表によって今後懸念される影響を解説しました。これには、広範囲な輸入品に対する新たな関税と、低価格の貨物が免税で米国に輸入されることを長年可能にしてきた「デミニミスルール」(通称)の撤廃が含まれます。

Bairdのシニアアナリストであるコリン・セバスチャン氏は、発表したレポートで次のように指摘しています。
AIや生成技術に関する新しいニュースをお知らせできればよかったのですが、今回は違います。新たな関税措置が短期的な交渉戦略の一部でない場合、投資家はセクター全体の売上減少に備える必要があります。(セバスチャン氏)
Amazon、Shopifyなどを筆頭にEC業界全体へ打撃
Bairdによると、「解放の日」の関税措置によって大きな打撃を受ける可能性がある事業者は、国境を越えたグローバルなビジネス展開、生産に必要とする物やサービスの調達先を世界各国の諸企業を対象とする「グローバルソーシング」に大きく依存している企業です。これには、家具ECのWayfair、Shopify、Amazon、PayPalが含まれます。
なかでも、BairdはAmazonが「多方面からの打撃」を受けると強調しました。輸入コストの増加や取引量の減少だけでなく、インフラやエンタープライズ技術の費用増加などで影響を受けるということです。
対照的に、越境ECモール運営のeBay、食料品や日用品のオンラインデリバリーサービスを提供するInstacartのようなプラットフォームは、自国での利用に重きを置く国内志向、リユース品の流通の注力により影響を受けにくい可能性があります。
それでも、EC経済圏全体が少なからず影響を受けるはずです。
Bairdが調査対象とするどの企業も影響を免れません。ファストファッションの販売事業者であろうと、クラウドプロバイダーであろうと、ソーシャルメディアプラットフォームであろうと、今回の関税は、コスト構造、顧客基盤、および事業運営の先行きに波及します。(セバスチャン氏)
SHEIN、Temuは関税の抜け穴が使えなくなる事態に
最も大きな打撃が懸念される米政権による措置の1つは、「デミニミスルール」の撤廃です。「デミニミスルール」は、購入金額800ドル以下の小口貨物には関税を課さずに簡易な手続きだけで米国に輸入できる制度です。ファストファッションブランド「SHEIN(シーイン)」をグローバル展開するSHEIN Group(シーイン・グループ)、越境ECサイト「Temu(ティームー)」を展開する中国EC大手PDDHDなどがその恩恵を受けています。
関税の抜け穴とも言えるこのルールにより、SHEIN GroupやPDDHDは米国市場に大量の低価格商品を送り込むことができました。これらの商品は、海外から消費者に直接発送されることがよくあります。

税務コンプライアンスソフトウェアプロバイダーのAvalaraによると、年間10億個以上の800ドル未満の荷物が米国に輸入されています。これは、推定550億ドル相当の商品、つまり米国EC総取引量の約5%に相当します。
「デミニミスルール」の撤廃により、大きな構造的変化がもたらされるでしょう。低コストで輸入できる商品がもたらすメリットは、D2Cおよびファストファッションのビジネスモデルの重要な柱です。それがなければ、価格設定、マージン、および消費者需要は全て変動します。(セバスチャン氏)
事業者が取り組む、関税措置のコスト吸収
広告と人員削減が顕著な見込み
Bairdはリリースのなかで、流通・小売事業者向けのビジネスイベント「Shoptalk2025」で、小売事業者と交わした会話にも言及。「関税の引き上げは販売価格の上昇につながり、事業者は他の領域でコストを削減することで打撃を分担せざるを得ない」と、ほぼ全員が同じ意見だったということでした。特に、広告と人員削減が顕著になるとしています。
デジタル広告プラットフォームは脆弱(ぜいじゃく)で、Reddit(編注:米国の掲示板型ソーシャルニュースサイト)やPinterestは最も影響を受けるプレイヤーとして指摘されています。
MetaやGoogleのような業界の巨人も、小売事業者やマーケットプレイスからの広告費への依存度が高いことから、影響を免れることはできません。また、セバスチャン氏は、クラウドサービスの提供とインフラの維持にかかる支出に付随する影響として、コスト上昇を指摘しました。
サプライチェーンの不確実性も懸念が高まっています。多くの米国企業は、不明確な消費者需要とコスト上昇の中で、第4四半期となる2025年10月-12月分の注文を調整しています。この時期はホリデーシーズンと重なります。「すでに、ホリデーシーズンの在庫計画を削減している小売事業者と話しました」(セバスチャン氏)
関税の影響は長期的
マーケットプレイスモデルは、商品調達の転換や国内在庫の優先化を可能にすることで、ある程度の回復力をもたらすかもしれませんが、レポート全体のトーンは慎重で、やや悲観的ですらありました。
コロナ禍のような、経済界のこれまでの打撃とは異なり、今回の打撃は一時的なものではありません。今後の需要の不確実性、コスト基盤の上昇、地政学的なビジネス構築といった課題は全て、長期的な課題となるでしょう。(セバスチャン氏)
Bairdのレポートは、比較的安全な数少ない分野も指摘してします。Electronic Arts(EA)やTake-Twoのようなゲーム開発会社は、主に海外で製造されているハードウェアへの依存度が高いことから、コンソールやアクセサリーの価格上昇や更新サイクルの遅延につながる可能性がありますが、影響は少ないようです。
また、国内の中小企業に焦点を当てたビジネスモデルのため、飲食店などさまざまなお店のクチコミ情報サイトを運営するYelpも影響を受けにくいと指摘しています。
Bairdはレポート内で「トランプ政権が提案通りに関税措置を実施し、広範な交渉戦略の一環として撤回しない場合、投資家は全体的に収益予想の下方修正を予想するべき」だと警告しました。
関税措置は事業者にとって、最も良いシナリオでは交渉の切り札になるでしょう。最悪のシナリオでは、セクター全体の戦略を書き換えることになります。(セバスチャン氏)