Digital Commerce 360[転載元] 8:00

EC業界では、小売事業者、配送業者、ベンダー企業といったサプライチェーン全体が、米国政府の関税と貿易ルール変更がもたらす新たな難局に直面しています。すでに起き始めている変化と、企業の対応を解説します。

米国政府の関税、「デミニミスルール」撤廃による打撃

トランプ政権による米国へのほぼすべての国からの輸入品に対する関税の引き上げが、EC市場に与える影響は無視できません。

小売業界のリーダーたちによるホワイトハウスでの会談、決算説明会など、EC事業者の経営幹部たちは「トランプ政権下の新たな関税措置と既存の貿易協定の変更が事業運営において課題を生み出し、将来の事業計画を立てることを困難にしている」と明言しています。

ECと小売業界全体で、関税による海外からの輸入コスト増加でAppleなどの電子機器を取り扱う事業者には大きな打撃に。さらに、商品の仕入れを輸入品に依存する家庭用品・家具は関税の影響を受けやすく、取扱事業者では事業運営の懸念が広がっています

一方、グローバルでの売り上げが多くを占めるEC事業者は、米国以外で製造された輸入品、報復関税を実施している国への米国からの輸出品に関して、運用がますます複雑な状況に直面しています。

トランプ大統領は4月22日、記者団に対して「中国からの輸入品への関税は145%を下回る程度の見通し」との見解を示しました。一方、ベセント財務長官は同日、非公開の会合で投資家に対し、「ごく近い将来」にトランプ政権下の貿易紛争が「沈静化する」と予想していることを伝えています。

それでも、過去数か月間、米国への輸入品に対する新たな関税(基本関税に上乗せする関税)の導入により、EC事業者にはすでに多くの変化が起きています。

すでに確認されている5つの主要な変化は以下の通りです。

1.高関税が越境ECに打撃

決済セキュリティと不正防止サービスを提供する米国事業者Signifydが発表したレポートによると、2025年1-3月期(第1四半期)において、米国の小売事業者からカナダの配送先への支払額は前年同期比6%減少しました。メキシコへの越境ECも同様に苦戦しており、米国からメキシコの消費者へのEC売上高は同31%減少しました。

その一方で、Signifydはこれらのエリアでの国内売上高が同期間に改善していることも確認しており、現地の消費者が米国の小売事業者からの越境購入を避けるようになっていることを示しています。

2.景気減速はEC事業者向けベンダーにも余波の見込み

たとえ売上高が打撃を受けても、小売事業者はITテクノロジーへの投資を止めることはできません。多くのEC事業者は2025年の最も重要なテクノロジー投資は、自社のサプライチェーンを管理するソリューションだと考えています。

一部の小売事業者は、サプライチェーンの管理をより効率的にでき、高いコストパフォーマンスを発揮できるソリューションを模索するでしょう。また、米小売大手のWalmartによる農業分野での「Cropin」を使用しているように、ニッチなケースに対応するテクノロジーもあります。

「Cropin」は、インドの事業者Cropinが提供する食品・農業分野向けのAIツール。収穫量予測の改善、作物の安全性チェック、季節の移り変わりの予測などを支援します。

ECのテクノロジーベンダーの命運は、関税による新たなコスト増に直面しているクライアント企業のEC運営と結びついています。たとえば、世界有数の金融機関Bank of America Securitiesのアナリストは、ECプラットフォーム構築ソリューションを提供するShopify、BigCommerce、Lightspeed CommerceなどのECソフトウェアベンダーが特に影響を受ける可能性があると指摘しています。顧客企業が中国からの仕入れに依存しているほど、関税に関連した景気減速の影響を受けやすくなる可能性が高くなるからです。

3.「SHEIN」「Temu」運営企業ほか小売事業者が値上げを計画

ファストファッションブランド「SHEIN(シーイン)」をグローバル展開するSHEIN Group、越境ECサイト「Temu(ティームー)」を展開する中国EC大手PDDHDは、トランプ政権による中国からの輸入品に対する追加関税に関連し、4月25日から実施の商品販売価格引き上げをすでに発表しました。

SHEIN GroupとPDDHDは4月25日からすでに販売価格を値上げしている(画像は「SHEIN」から追加)
SHEIN GroupとPDDHDは4月25日からすでに販売価格を値上げしている(画像は「SHEIN」から追加)

この動きはSHEIN GroupとPDDHDの2社だけではありません。商品の仕入れの多くを輸入品に頼る日用品・キッチン・家電を販売する米国事業者のWilliams-Sonomaと、高級家具やインテリアを扱う事業者RH(旧Restoration Hardware)の幹部も、販売価格の値上げを見込んでいると説明しています。

さらには、800ドル未満の貨物が免税で米国に輸入されることを可能にしてきた「デミニミスルール」(通称)が5月2日に撤廃される予定であることも、EC事業者のコスト面の課題を悪化させています。

4.大手配送事業者の貨物量はアップダウン

「デミニミスルール」の変更はECの配送事業者にも影響を与えています。米国株の情報を掲載している金融メディアSeeking Alphaの報道によると、米国を拠点とする大手金融事業者Wells Fargoのアナリストであるクリスティアン・ウェザービー氏は、FedExとUPSの事業に暗雲が立ち込める可能性を指摘しています。

ウェザービー氏は、貨物量が今後減少するリスク、「デミニミスルール」撤廃が差し迫っていること、そして2025年1-3月期にすでに観測された荷物量が減少していることを理由にあげています。

中国事業者が商品を米国に輸出する際に課される高関税と「デミニミスルール」の撤廃は、米国内の荷物量減少にも大きく影響するでしょう。特にUPSにとっては自社事業のレバレッジ解消につながってしまい、利益率を損なう可能性があります。

FedExは国際航空貨物減少のリスクがやや高いものの、短期的には、ほぼすべての国からの米国輸入品に対する関税の引き上げが導入される前に輸送を急ぐ動きが見込まれることから、流通量拡大の恩恵を受ける可能性があります(編注:トランプ政権は米国への輸入品に対する新たな関税(基本関税に一律10%上乗せする関税)の導入を4月10日から7月9日までの90日間停止。新たな関税措置はそれ以降に適用開始)。(ウェザービー氏)

一時的な荷物量拡大の例をあげると、DHLでは4月5日の時点ですでに、「デミニミスルール」の適用外となる、800ドルを超えるすべてのグローバル貨物の米国顧客への取り扱いを一時停止。貨物の流通量が急拡大したことで、DHLは「正式な通関手続きの急増につながっており、DHLは24時間体制で対応しているところです」と発表しています(編注:この一時停止はDHLが4月28日に撤廃し、800ドルを超える貨物の輸送を再開)。
 

5.無在庫販売の実施企業も苦境。中国サプライヤーが影響

トランプ政権下の関税引き上げと「デミニミスルール」撤廃の両方が、ドロップシッパー(無在庫販売)のEC事業者にも打撃を与えています。

ドロップシッパーは自社で在庫を抱えず、商品が売れた際にサプライヤーから直接顧客に発送してもらいます。打撃を受ける理由は、ドロップシッパーは少なからず、中国を拠点とするサプライヤーに依存しているからです。

toC向けのドロップシッピングビジネスを運営し、米国の金融・経済・ビジネス専門チャンネルのCNBCのインタビューに応じたカミル・サッター氏は「現在は、これまでほど米国向けに販売していません。従前は取扱製品のうち60%を米国向けに販売していましたが、現在は約20〜30%に減少させました」と述べています。「現在は米国での消費を減速させ、ヨーロッパ市場に注力しています」(サッター氏)

サッター氏によると、その理由は関税の引き上げにより商品発注にかかるコスト増加していることだけにとどまりません。中国からの注文が米国の国境で検査のために保留されるため、遅延しやすいことも理由に含まれます。米国政府による関税についての変更以前は、そのような遅延はありませんでした。

この記事は今西由加さんが翻訳。世界最大級のEC専門メディア『Digital Commerce 360』(旧『Internet RETAILER』)の記事をネットショップ担当者フォーラムが、天井秀和さん白川久美さん中島郁さんの協力を得て、日本向けに編集したものです。

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