トランプ大統領がEC業界へ与える影響を考える。米国向け越境ECの行方は?
中国からの輸入製品への関税を45%に引き上げることや、アリババと協業してアメリカの中小企業が中国で簡単に製品を販売できるようにする話まで、ドナルド・トランプ大統領の就任によって、今後4年間でさまざまな変化が起こる可能性があると専門家は指摘します。
トランプ氏は米国EC業界の課題「オンライン売上税」に手を付けるのか?
新大統領と連邦政府によって、アメリカ国内のビジネスと、アメリカの消費者向けに製品を販売している海外企業に大きな影響を及ぼすでしょう。トランプ大統領の就任により、EC業界も変わる可能性があります。しかし、それはどう変わっていくのか定かではありません。
「共和党のトランプ大統領の下では、小売業者に有利に働く政策が取られる可能性が高いと思います」。アフィリエイターを束ねる団体Performance Marketing Associationの理事長であるレイチェル・ホノウェイ氏はこう説明し、続けて次のように話します。
共和党の政治家はビジネスに好意的で、規制緩和や減税をする傾向が強いです。トランプ氏が大統領選挙戦中に発表した公約を見ると、彼も同じ傾向だと思います。そうなれば、オンライン事業者にも新たな機会が生み出されるはずです。税金が安くなれば、オンラインの広告主も出版社も投資に回せるお金が増えます。
しかし、トランプ大統領はオンライン業者にとって有利にならないのではないかと考える人たちもいます。
カリフォルニア州に本拠地を置くパーソナルケア製品のECサイトMinimus LLC(インターネットリテイラー社発行「全米EC事業 トップ1000社 2016年版」で第934位にランクイン)の創設者であるポール・シュレイターCOO(最高執行責任者)は、次のように話します。
ビジネスに有効だと思われる政策を行っても、意図していなかった結果になることが多すぎます。そういう事態を避けられるかどうかが鍵だと思います。トランプ大統領は、ビジネス界出身です。さまざまな分野で、ビジネスに有効な政策を行うと話しています。
しかし、カリフォルニアでは、連邦政府の政策よりも優先されてしまう州の厳格な規制がいくつもあるのです。ですから、政府レベルでトランプ大統領がビジネスに有利な政策を打ち出しても、カリフォルニア州の企業の競争力が下がることもありえます(私たちのようEC業者もしかりです)。他の州と同じフィールドにカリフォルニアを立たせてくれれば、話は別ですけれども。
政策に関してホノウェイ氏は、トランプ大統領がオンライン売上税(編集部追記:消費税に相当、商品を州外または国外へ販売する場合には州の売上税は適用されない)をどうするかに注目しているそうです。現在、オンライン売上税は存在しません(編集部追記:一般的には、インターネット販売であっても所在する州の州法人所得税および売上税は課税対象)。しかし、多くの州がオンライン売上税を導入しようと動き出しています(編集部追記:州外事業者による州内消費者への販売に対する売上税を各州が適切に徴収できていないという問題があがっている)。
アメリカの最高裁は2016年12月、年間500ドル以上買い物したコロラド州在住の消費者の名前と購買履歴の提出を小売業者に義務付けるコロラド州の法律を、無効にするように求めたData & Marketing Association (旧称はDirect Marketing Association、編集部追記:米国のダイレクト・マーケティング協会)の上告を棄却したばかりです。
コロラド州税務署の担当者は、最高裁の決定については署内で話し合っている最中であり、どのように法律を施行するのかは審議中とメールで回答しています。また、トランプ大統領がEC業界に与える影響について、DMAからのコメントは得られていません。
オンライン売上税に関してはここ数年、州単位で話し合いの場が持たれてきました。(編集部追記:たとえばアフィリエイトを利用した販売の場合は)州外に本拠地を置くEC業者に関しては、州内のアフィリエイターらの所在地を利用して、州外のEC事業者が実際に特定の州内に存在すると定義しようとした州もあります。アフィリエイターが州内に所在していれば、EC業者はその州で売上税を徴収し、納めなければいけなくなります。先のホノウェイ氏はこう言います。
新しい大統領と議会が選ばれることを待っていたこの2年間、オンライン売上に関する法律の多くは、行き詰まるか、立ち消えになっています。やっと誰がどの役割を担うのかがわかった今、多くの州がまた売上税を持ち出して、連邦政府の介入を求めているのです。大統領はまだ最高裁判所長官を任命していませんが、この売上税の問題は、最高裁まで行く可能性があります。
「トランプ政権は、EC業者がどの州に所在しているかではなく、どこに配送しているかによって州の売上税を納めさせようとしています」と話すのはオンラインでカスタムメイドの洋服を提供するSpreadshirt Inc.のフィル・ルークCEOです。
ヴァージニア州の下院司法委員長ロバート・グッドラッテ氏が提案した法律に触れ、「個人的には、売上税の回収が適切に行われるなら良いことだと思います。しかし、人気獲得のために行うのであれば、ダメージは大きいでしょう」と指摘します。
海外からの輸入品に45%の課税を課す?
売上税以外に、EC業者へ影響がありそうなのは、トランプ大統領が本当に中国からの輸入品に45%の関税を課すかどうかです。
トランプ大統領がEC業界に与える影響に関して、「短期的な最悪のシナリオは特定の国からの特定製品に45%の関税をかけることでしょう」と、アリゾナ州に事務所を置くKelly/Warner法律事務所のブログには、こう記載されています。
同事務所はインターネットやEC、ネットビジネス関連の法律を専門としています。ブログには、次のような指摘も記載されています。
トランプ政権は、関税交渉の中で自国の権力を振りかざすでしょうか? もちろんそうするでしょう。ある意味、それが当たり前です。しかし、どこかの時点で、制限がかかるはずです。どの機関も団体も、拙速で時期尚早に導入された関税のせいで、国を大恐慌に陥れた責任を取りたくないからです。
靴の小売事業者Street Modaの創業者マット・クバンシックCEOは、トランプ大統領の政策でアメリカには雇用が創出され、オンラインや実店舗での購買力が高まることを期待しています。「StreetModa.com」は靴やアパレルを大量に仕入れて販売するECサイトですが、クバンシック氏は販売している製品のほとんどがアメリカ国外で製造されているため、仕入れ価格が高くなるのではないかと危惧しています。
同時に、関税の引き上げは、海外の企業がアマゾンやeBayが運営するマーケットプレイスなどでの販売を妨げる可能性もあります。マーケットプレイスは、米国外の販売者が直接アメリカの消費者に製品を販売することができるため、厳しい価格競争が起きています。クバンシック氏によると、香港や中国の事業者がアメリカのオンラインマーケットプレイスで販売する際、政府から補助金が出ているため、輸出にかかる送料が無料になります。クバンシック氏はこう言います。
EC業界だけを見ても、中国の業者が航空便で品物を送り、政府からリベートをもらっている状況は、アメリカの業者にとっては有害以外の何物でもありません。アメリカの事業者よりも高い競争力を持っているのですから。
ニューヨークに本社を構え、中国製品をアマゾンで販売する会社Axon US. Corp.のジェイソン・ジーCEOは、トランプ氏の大統領就任は中国のEC事業者にとって大きな影響はないと見ています。それどころか、トランプ大統領の政策は有利に働く可能性があると考えているそうです。ジー氏はこう話します。
トランプ大統領の言動にはしばしば驚かされますが、彼は現実的なビジネスマンです。彼の政策は景気を改善し、アメリカ国民の生活レベルを上げるでしょう。そうなれば、どの小売業者にも販売の機会が増えていきます。中国からの輸入製品の関税が引き上げられれば、多くの小売業者が販売する製品は値上げされるでしょう。消費者は今までよりも高い価格で購入しなければならないため、EC業者にとってはチャンスになります。なぜなら、ECは実店舗を運営している小売業者よりも低コストで運営できるからです。
別の中国人EC業者も、口をそろえてトランプ大統領の就任が与える影響は小さいと話します。
「トランプ大統領は、雇用を創出しようとしています。私たちは、アジアの製品を販売しているEC業者で、アメリカでは200人以上を雇用しています。貿易は景気に好影響をもたらすことは誰でも知っています。もし新大統領が関税を引き上げたら、私たちのビジネスにとっても大きな打撃となります。将来的に雇用を増やすことができなくなるでしょう」と話すのは、化粧品と栄養サプリを販売するECサイト「Yambuy.com」の創業者アレックス・ゾウCEOです。
カスタムメイドの洋服を提供するSpreadshirt Inc. (全米EC事業 トップ1000社 2016年版で第442位にランクイン)にとっては、トランプ大統領の就任は良くも悪くもあるようです。ルーク氏(編集部追記:Spreadshirt Inc.のCEO)はこう言います。
ドナルド・トランプが好きだろうが嫌いだろうが、Tシャツは売れるんです。私たちが販売するメッセージ性のあるシャツを着て、関心のある事柄に対して意見を表明している人が多いんです。今後4年間は、そういう人が増えるでしょう。その意味では、トランプ大統領がビジネスに悪影響を及ぼすとは思いません。しかし、私たちは輸出もしています。NAFTA(北米自由貿易協定)に対するアメリカの動向によっては、輸出ビジネスが危機にさらされるかも知れません。
アリババグループは、具体的な施策は提示していないものの、アメリカで100万人の雇用を生み出す方針を発表しました。アリババの会長、ジャック・マー氏はトランプ大統領と会談し、アメリカの中小企業が中国のオンライン消費者向けに、簡単に製品を販売できるように協業する方向で議論をしました。
「ジャックと私は、一緒に素晴らしいことをする予定だ」と、会談後にトランプ大統領は言及しました。一方、トランプ大統領はすでにアマゾンにも牙を向けています。
2016年のフォックスニュースとの取材で、トランプ大統領はアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏を糾弾。「ワシントンポスト紙を権力のために利用し、ワシントンの政治家がアマゾンに課税しないようにしている」とアマゾンを批判しました。
ベゾス氏は2013年3 月、ワシントンポスト紙を2億5000万ドルで買収しています。「全米EC事業 トップ500社 2016年版」で第1位にランクインしているアマゾンからは、コメントを得られませんでした。
トランプ氏のSNS利用と、その影響力に関して心配するEC事業者もいます。
トランプ大統領は、熱心なツイッターユーザーで、自身のアカウントでメディア批判、企業の糾弾を繰り返しています。ホノウェイ氏はこう話します。
業界に影響があるニュースや意見をモニタリングするのと同様に、トランプ大統領が何に関してつぶやいているかを注視しておく必要があると思います。とは言え、つぶやきは、ただのつぶやきでしかありません。その瞬間に感じたことをつぶやいているだけです。トランプ大統領は(私たちと同様に)しばしば意見を変えますしね。