ニッセンの業績不振を招いた「価格訴求」。なぜお客は離れたのか?
完全子会社化を前提にセブン&アイグループへ経営支援を求めたニッセンホールディングス。中核子会社ニッセンの価格優位性が失われ業績が急速に悪化、2016年中間期までに自己資本比率は0.1%まで低下した(純資産は6900万円)。2016年中に債務超過へ転落し、資金繰りに重大なリスクが生じる事態にまで陥った要因の1つに、「低価格路線」の行き詰まりがあげられる。通販業界の成長をけん引してきた大手通販はなぜ不振に陥ったのか――。
急速に減少した顧客数、4年で200万人の“ニッセン離れ”
「アパレルSPA(製造小売)としての価格優位性が失われた」。ニッセンの業績低迷について、複数の通販業界の関係者はこう説明する。
総合通販企業を代表するニッセンは、アパレルや家具(2016年に撤退)などで「値ごろ感」を訴求し、実店舗への優位性を確保してきた。
だがその優位性は、ユニクロや「しまむら」などのファストファッションの台頭、ネット通販の急速な浸透などによって崩れていく。
2016年2月に開いた決算発表会。ニッセンHD・市場信行社長は「価格訴求から価値訴求への商品政策の大幅な転換」を打ち出したものの、時すでに遅し。「低価格」訴求で集まった顧客の“ニッセン離れ”は加速していた。
ニッセンの2016年中間期における稼働顧客数は160万人。1年前(2015年中間期)比で35.6%減、89万人も稼働顧客数が減少している。
この客離れは約4年前から始まっていた。2011年を境に減少傾向が続く稼働顧客数。ピーク時(2011年通期)に539万人だった稼働顧客数は、2015年通期で332万人に減少。わずか4年間で200万人強の顧客が減少したのだ。
ニッセン関連事業(カタログ売上、ネット売上、BtoB売上、その他)の売上高は2011年通期の1343億円から、2015年通期には842億円に減少。客数の減少とともに売上高は急速に落ち込んだ。
こうした状況について、“ネット化への遅れ”を指摘する声があるが、2015年決算では、ニッセン売上の約67%がネット経由。ニッセンは2000年、本格的にECを開始。着実にEC化率を高めてきた。スマホ対応も進め、2015年時点では売上高の3割強をスマホ経由が占めている。
では、なぜ顧客離れが加速したのか? それは、「低価格路線」「ネット化による環境の変化」が起因しているのだろう。
「しまむら」などファストファッションの台頭、既存小売業のネット化、低価格ファッションを売りにするネット専業の台頭など、流通形態の多様化が進み、消費者の商品購入行動は複雑化している。
競合の増加、消費者の購入行動の多様化が、「低価格」を売りしていたニッセンの価格優位性を失わせることに。消費者にとって実店舗・ネット・テレビなどさまざまなチャネルで商品を購入できる環境となり、ましてや「デザイン性」「機能性」などの比較検討はネットで簡単にできる――。
ファッションなどの購入の際、価格優位性を失ったニッセンを選ぶ消費者は、急速に減少した。
ニッセンHDがセブン&アイグループのTOBにより、連結子会社化となったのは2014年1月。セブン&アイグループ傘下入り後、初決算となった2015年2月に発表した決算説明会資料では、「不採算事業・ノンコア事業の整理・縮小」として、ニッセンの収益回復に向けた改善策を発表した。
それが「商品」「売場」「顧客」などの改革。その後、経営再建に取り組んだものの、直近の通期決算(2015年12月期)ではこれまでキープしていた1000億円台の売上高は、842億円へと大幅に落ち込むことになる。
そして、8月2日。ニッセンHDがリリースした資料に「8月上旬にはニッセンホールディングスの資金繰りに重大なリスクが生じる現実的な可能性も生じております」と明記。
事業の継続性が危ぶまれたニッセンHDはセブン&アイに対し、完全子会社になることを前提に財務や事業の両面での経営支援を申し出た。
ニッセンHDは11月1日付でセブン&アイグループの完全子会社になる予定。1970年に呉服のカタログ販売でスタートし、東証一部上場まで上り詰めたカタログ通販大手は転換期を迎えた。
ニッセン、業績回復に向けた改革の成果は?
セブン主導のMD改革、価格から価値の訴求
「安さのニッセンから価値のニッセンへと変えたい」。2016年2月に行った決算説明会で、ニッセンHDの市場社長はこう意気込みを語った。
良くも悪くも「価格訴求」による商品開発で顧客を集めてきたニッセン。ただ、ネット通販の普及がそれを許さなかった。低価格のオリジナル商品を扱うアパレルECサイトがネット上にあふれ、顧客を奪われていった可能性は否定できない。
こうした状況を改善するため、「価格訴求から価値訴求」へ舵を切ることを決断。セブン&アイグループのマーチャンダイジング手法を活用した商品「Select 10(セレクト10)」を開発した。
2000円前後といった低価格を訴求していた従来商品の価格設定とは一線を画し、5990~6390円といった高い価格帯に設定。国内トップレベルの研究機関と共同開発した高機能インテリアなどの販売にも取り組んだ。
たとえば、2015年新春・春では、2000円以下のラインナップが中心だった商品構成から、2016年春上限は3999円、下は500円といった価格構成に変更。2500円前後の商品を中心価格に“ひし形”のプライス構成とした。
さて、こうした施策の成果はどうだったのか。
2016年春の受注が集まる2016年第1四半期の状況を見ると、稼働単価(1人あたりの受注累計金額)、商品単価も前年同期比で減少。消費者への浸透など長期的な視点で取り組まなければならない側面があるものの、商品力の強化は待ったなしの状態といえそう。
売り場の減少も売上減に影響
シニア向け、和装、ハイティーン向けのカタログ通販なども手がけていたニッセン。経営資源を集中するため、主要ターゲットとしていた30代から40代のワーキングマザーに特化することを決め、主要ターゲットから離れた層へのカタログを廃刊した。
2015年はカタログ発行頻度の絞り込み、カタログ薄型化などを実行。無料カタログやテストカタログ(受注予測を行う目的で本番カタログの3か月前に発行するテストカタログ)も縮小している。
ただ、こうした施策はカタログを手に取る既存顧客の購入回数および購入単価の減少、新規顧客の獲得減に直結してしまう。現に稼働顧客数が大きく減少していることから、こうした施策の影響が大きく響いている。
30~40代ワーキングママ/ファミリーに特化したニッセンだが、この顧客層も競争が激しい分野。F1層と同様にネット通販を活用した買い物は当たり前の世代であり、いかにニッセンで買う理由を訴求できるかが重要になる。
2015年度は発行回数を絞り発行部数は大幅に減少、ページ数も大きく減った。
「スマホで商品を見てPCで購入」「カタログを見てスマホで注文」「PCとスマホを併用」など、オムニチャネル的な買い物、マルチデバイスで注文する消費者も多いため、販促費削減のためのカタログ縮小は売上減に直結する。
事実、2015年度は前年度比で200億円強も売り上げが落ち込んだ。
「インターネットサイトについては、2016年1月に全面リニューアルを実施した。今後もスマートフォンを優先して改良を重ね、カタログとの相乗効果を強めていきたい」。
市場社長は今年2月にこう説明したが、スマホ経由の顧客単価は、パソコン経由よりも2000~3000円ほど低くなるという調査結果もある。客単価の減少は利益面に直撃し、売上高営業利益率の悪化を招く要因にもなる。
単純なスマホシフトではなく、強力な販売チャネルであるカタログとの相乗効果を生かしたネット戦略が必要になってくる。
「オムニ7」へは不参加が続いていたニッセン
ニッセンHDがセブン&アイグループに傘下入りした後、
- ニッセンが保有するコールセンター機能の活用
- 「セブン-イレブン」店頭受取サービスを、ニッセンのECサイトやカタログ通販の商品にも展開
- ニッセンのアパレルの一部を「セブンネットショッピング」で販売
- イトーヨーカドーでのシャディカタログギフトの店舗展開
- セブン-イレブンでの商品受け取りサービスの導入
といった取り組みを進めてきた。だが、セブン&アイグループのEC「オムニ7」への参加、ポイント連携などは実現されていない。実質、セブン&アイグループのオムニチャネル構想からはしごを外された格好だ。
最優先課題は経営を立て直すこと。「オムニ7」への参加は現状では考えていない。
2016年2月に行った決算説明会で、ニッセンHDの市場市場信行社長はセブン&アイとの連携について次のように説明していた。
セブン&アイグループにとって、完全子会社化後のニッセンの立て直しは急務となる。「オムニ7」への参加、ポイント連携などセブン&アイグループ主導による経営再建が加速する可能性が高そうだ。