新たな時代の顧客体験デザインのヒント
「顧客体験のデュアル化」と「先進テクノロジーの活用」
CX/UXデザイン事業部
クリエーティブディレクター泰良文彦
コロナの影響で、消費者の意識と顧客体験は大きく変化しました。その影響を受け、多くの企業は深刻なダメージを受けていますが、このような状況でも成功している企業があります。成功のカギは、同じサービスに対してオンラインとオフラインの顧客体験を提供する「顧客体験のデュアル化」と「先進テクノロジー(アドバンステック)の活用」です。本稿では、新たな時代の顧客体験デザインのヒントを、事例を挙げながらご紹介します。
コロナの影響による消費者の意識と顧客体験の変化
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行が長期化することで、生活にさまざまな影響が生じています。とりわけ消費者意識と顧客体験は大きく変化しました。不安や悩み、恐れ、焦り、ストレス、そこから来る気持ちの低下により、コロナ以前であれば簡単だった意思決定が難しくなっています。
「エアコンを買い換えたいけど、取り付け工事が不安」「子どもの塾、始まったけど行かせても大丈夫?」「外食しても大丈夫かな?」など、これらは今年の3月ぐらいから、妻が私に投げかけていた問いです。
これまでであれば、「何で悩んでいるの。やればいいじゃん」といった風にすぐ返せました。ところが今の状況では、「どうしようか......」と、夫婦ともに悩むことが多かったです。
外食をするにしても同じような悩みがあります。「まだ早いかな」と予約をためらったり、行く直前になって「やはり行くのは不安かも」と思ったり。Beforeコロナでは機能していた顧客体験やカスタマージャーニーが、この状況下で機能不全になってしまっている。現状、そういう企業も多数あるように見受けられます。
Withコロナで成功している企業から学ぶ顧客体験のポイント
ファストフードチェーンA社
しかし、このような環境でも、伸びている企業は伸びています。大手ファストフードチェーンA社は、4月の既存店舗売上高が前年比6.5%増、客単価も約31.4%増を記録したというニュースが出ていました。緊急事態宣言が発令された中でのこの数字は、かなりの大幅増です。なぜこのような結果が出たのでしょうか。
私が分析したところ、成功のポイントは4つあります。
オウンドメディアでコロナ対策発信強化
まず1つ目、このコロナの状況にあって、A社は、特にオウンドメディアでのコロナ対策発信を非常に強化しています。
コロナ対策に関する専用ページを作り、Webサイトのトップページにリンクをわかりやすく表示しています。スマートフォンで見ても理解しやすいように、動画やビジュアル、見出しなどをうまく使って、懸念事項に対する疑問にきちんと答え、対策をしっかりと説明しています。
「店舗での飲食」以外の代替手段を提示
コロナ対策に関する専用ページには、「ご購入時の接触を軽減できるサービス」という形で、モバイルオーダーやドライブスルー、デリバリーサービスといった代替手段が提示されています。代替手段が1つだけではなくて、消費者が選べるように複数提示をされているというところも、買う側の都合をきちんと考慮してあり、好感が持てました。
店舗での代替サービスを提供(モバイルオーダー)
店舗での代替サービスとして、モバイルオーダーを実施しています。モバイルオーダーとは、あらかじめスマホアプリで欲しい商品を注文して決済を済ませておき、お店に行けばすぐに持ち帰れるというサービスです。
このサービスは、とにかく並ばなくていいというのが最大のメリットです。お店でオーダー番号を見せてピックアップするだけ。滞在時間を短くすることができます。決済もオンラインで終わっているので、ほとんど接触することもありません。
オンラインだけでも完結できるサービスの提供(デリバリー)
4つ目は、オンラインだけでも完結できるデリバリーサービスの提供です。家からアプリで注文すれば、ドライバーが商品を届けてくれるサービスです。最低オーダー金額が1,500円と設定されているので、企業側としては、顧客単価が上がるところもメリットとしてあるかなと思います。
進学塾B社
もう1つ、コロナ対応がうまくいっている事例を挙げます。進学塾のB社です。
3月2日、全国の小中高校が一斉休校になったタイミングで、私の上の子が通っていた進学塾も、都からの要請で休校になりました。親としてはそのような状況でも、引き続き勉強させていかないといけません。どこかオンラインで授業を行っている塾はないか、調べている過程で、B社のWebサイトを見ました。B社も、このコロナ期間中に会員数をだいぶ伸ばしたようです。実際、コロナに対してしっかりと対策を講じていました。
保護者への懸念事項に対して詳しく回答
子どもの健康に対する懸念などを表明しつつ、子どもの教育を継続していくことが大切だということで、オンライン授業をいち早く立ち上げて実施していました。その後も、サイト上に、保護者の懸念事項に対しての回答を掲載したり、細かく情報や方針を公開したり、オフライン授業再開の目途などもすばやく発信をしたりしていました。
再開後の授業形態を保護者が選択可能
再開後は、オンラインとオフライン(教室)のどちらで授業を取らせるか、保護者が選択可能になりました。今、こういう状況下では、保護者によって判断は異なります。保護者が選べるようにサービスを提供している点は、非常に配慮がされていると感じました。
成功の3つのポイント
この状況下でビジネスがうまくいっているサービスのポイントをまとめます。
コロナ対策をしっかり行い、オウンドメディアでビジュアルにわかりやすく発信
代替手段を整備
懸念度によって選べるように顧客体験を設計
1つ目は、コロナ対策を万全に行ったうえで、オウンドメディア(Webサイト)でわかりやすく対策を発信していることです。FAQを充実させ、スマホでも読みやすいように表現することで、消費者の疑問にきちんと答えるということをしっかり行っています。
2つ目は、代替手段を整備していることです。店舗での感染リスクを避けたい人に対しては、デジタルを活用して店舗体験を安全化しています。一方で、どうしても家を出たくない、店舗を利用したくない人に対しては、オンラインで完結する仕組みを提供しています。
3つ目は特に重要ですが、消費者が自身の懸念度により、どういう顧客体験を受けるかが選べるように設計されているということです。
この3つが、ビジネスがうまく回っているポイントではないかと思っています。
アドバンステック活用による新たな顧客体験事例
次に、このコロナの状況下で、アドバンステック(Advanced Technology:先進テクノロジー)をうまく使いながら、新たな顧客体験を作り出している事例をいくつか紹介します。
バーチャルショールーム
自動車メーカーC社は、バーチャルSNSを活用したバーチャルショールームを立ち上げました。新車の製品紹介や、試乗体験をバーチャル上で行うことにより、アバターで参加したユーザーに臨場感あふれる体験を提供していました。バーチャルでも十分な興味を喚起できたことで、いくつかリードも獲得でき、予想以上の成果があったと発表されています。
VRで不動産内見
D社はVR(Virtual Reality:仮想現実)で不動産の内見ができるソリューションサービスを開発しました。VRで部屋を見られるだけではなく、不動産会社の営業担当者がオンライン上で部屋の特徴などを説明できるようになっています。コロナの状況下で、リアル接客を代替できるソリューションです。
ECサイトではVRのほか、チャットやライブ配信など、人を介在させることでリアルのように細かい説明が可能な形に進化しています。
ロボットと人間のハイブリッド接客
書籍も扱う家電販売店E社は、ロボットとコンシェルジュ(人間)がハイブリッドになった接客サービスを提供しています。ユーザーはスマートフォンのアプリから店内のロボットを操作することで、家にいながら、まるで書店で本をながめているような体験ができます。見たい本があれば、コンシェルジュが中身を見せてくれますし、気に入れば購入もできます。
ほかにも、ロボティクスなどのデジタルとリアルを連携させ、非接触な体験を提供しているところが、サービスとして出てきています。
移動式メガネ販売店舗
メガネの製造・販売を行うF社は、移動式のメガネ販売店舗サービスを始めています。顧客の自宅にトラックで駆けつけて、プライベートな空間でメガネやサングラスを選んで購入してもらうサービスです。
顧客が店舗に訪問できないので、逆に店舗側が移動してくる「店舗のモビリティ化」が起きています。
これからの顧客体験のポイント
今回、コロナの影響で、顧客側がこれまでと異なる体験を強いられ、それによって意識がかなり変わってきました。Beyondコロナの時代は、同じサービスでも、顧客がモーメントに合わせて最適な顧客体験を選ぶことが当たり前になってくると思われます。逆に言えば、企業側は同じサービスに対して、複数の顧客体験を用意しなくてはなりません。最低でも"オンラインとオフラインのデュアル化(二重化)"が必要となります。
顧客のモーメントに合わせたサービスを整備していない企業やサービスは、今後どんどん選ばれなくなる。そうした中で、次世代の顧客体験では、顧客が主役の「デュアルCX」が中心になってくるでしょう。
これからの時代に向けた顧客体験の作り方
次世代の顧客体験を作るために、心がけるべきポイントは3つあります。
自社のCXの見直し、リデザイン
代替ソリューションの検討
オンライン完結モデル(コマース機能)のアップグレード
1つ目は、「自社のCXの見直し、リデザイン」です。今回のコロナの影響で、ターゲットユーザーの心理や行動は大きく変化しました。どう変わったのかをしっかり把握したうえで、自社のCXを見直し、デュアル化を図っていくことが必要です。
2つ目は、「代替ソリューションの検討」です。現時点で機能不全に陥っているCX部分があれば、代替できるソリューションを検討していく必要があります。特に、先ほど紹介したアドバンステックを積極的に活用しながら、体験品質を維持・向上していくことを、真剣に考えていかなければなりません。
3つ目は、「オンライン完結モデル(コマース機能)のアップグレード」です。単純にリアル店舗の補完としてオンラインで買えるようにする、というだけではダメです。リアル体験にも負けないコマースモデルにアップデートする必要性が、今後ますます高まってくるのではないかと思っています。
CXデザインのデュアル化に向けてのアプローチ
CXデザインをデュアル化するには、「ユーザー視点」と「アジャイル的検証プロセス」を組み合わせたアプローチが必要です。このアプローチを「ダブルダイヤモンド型」といいます。2つのダイヤモンドを描くように発散と収束を行う課題解決方法です。
まず、ユーザーの行動変化をきちんと理解したうえで(Discover)、UXの課題を再定義します(Define)。それらを軸に改善についてアイデア出しをしながら(Develop)、新しいCXを作っていく(Deliver)という手順を早いサイクルで回していくことが必要かと考えます。
われわれの組織では、アイデア出しの段階で「デザインスプリント」という手法も使っています。デザインスプリントとは、Google Venturesが出資先であるスタートアップの成功確率を高めるために使い始めた開発手法です。
サービスの変更方針やアイデアの方向性を、初期段階で何度も検証することで、確率の高いサービスをデリバリーできるようなプロセスになっています。基本的にはUnderstand、Sketch、Decide、Prototype、Researchという手順を、5~10日ぐらいで回します。
最後に:マイナスの契機をプラスに変える
2020年1月に新組織が立ち上がってすぐ、コロナ禍に見舞われました。われわれはこの期間中も、さまざまなオンラインツールを活用して、新サービスや新規事業のプロトタイピングを行ったり、CXをリデザインしたりするなど、サービスをどう磨き上げるか腐心してきました。
マイナスの契機ではあったと思いますが、次世代の新たなCXを作っていくうえでは、非常に良いターニングポイントであったかもしれない、とプラスに考えています。今回ご紹介した内容が、皆さまにとって、自社サービスの新たなCXはどうあるべきなのかを考えるきっかけになれば良いと思っています。
この記事のオリジナル版はこちら
新たな時代の顧客体験デザインのヒント2020/09/08