則武 卓磨[執筆] 1/22 8:00

ヘアケア市場をリードするI-ne(アイエヌイー)。2015年には人気ヘアケアブランド「BOTANIST(ボタニスト)」が大ヒット。2020年9月にはマザーズ市場への上場を遂げ、2023年9月にプライム市場への変更を果たした。着実な成長を見せる一方、「BOTANIST」ヒットの代償として、組織急拡大による組織崩壊の危機があった。伊藤翔哉氏(執行役員兼ダイレクトマーケティング本部本部長)が、組織を立て直したダイレクトマーケター育成の仕組みを解説する。

アジャイル方式でブランドの創出・撤退を繰り返して日本一を達成

I-neはヘアケアブランドだけでなく、美容家電ブランド「SALONIA(サロニア)」や、スキンケアコスメブランド「WrinkFade(リンクフェード)」といったさまざまなブランドを展開している。

オンライン上で商品のトレンドを作ってブランドを育成し、一定の新規顧客を獲得した段階でオフラインのチャネルに展開するビジネスモデルを採用。短いサイクルで新ブランドを立ち上げ、見込みのないブランドはすぐ撤退するアジャイル方式により、次々にヒットブランドを創出している。

2023年3月には、ドラッグストア市場におけるヘアケアブランドの合計販売金額で単月のメーカーシェア日本一となった。

「BOTANIST」ヒットで組織拡大も、I-neのカルチャーが崩れた

2015年、「BOTANIST」の爆発的ヒットにより、翌年には社員数が80人程から約180人へと一気に増加した。あらゆるビジネスの知見が集まったが、組織規模の急拡大により、従来のやり方がまったく機能せず、意思疎通ができなくなった

結果、それまで大事にしていたミッション・ビジョン・バリューが社内に浸透しなくなり、I-neのカルチャーが崩壊。そこで、経営陣はI-neがめざすべき組織を改めて見つめ直した。

社員が15人程度だった2011年から2012年ごろは“あうんの呼吸”で仕事をこなしてきた。「BOTANIST」がヒットしてからはとにかく人手不足で、スキル採用やポジション採用を推進し、さまざまな知識・経験を持つ人に入社してもらったが、2020年ごろまでは売り上げが伸び悩んでいた。(伊藤氏)

I-ne 執行役員兼ダイレクト マーケティング本部本部長 伊藤翔哉氏
I-ne 執行役員兼ダイレクト マーケティング本部本部長 伊藤翔哉氏
I-ne アイエヌイー I-neの連結売上高の推移
I-neの連結売上高推移

組織を立て直したダイレクトマーケター育成プログラムとは

組織を立て直すために、現状の組織規模では仕組み化が必要だと考えた。まずは仕組み化の範囲をダイレクトマーケティング本部(DM本部)に定め、4つの対策を順に行った。

  1. DM本部としてのビジョンの明確化
  2. ダイレクトマーケターのキャリアの可視化
  3. 人材育成プロジェクト「M.D.M」の運用
  4. マネージャー陣のコミット体制の構築

1.DM本部としてのビジョンの明確化

経営陣は社員に対して常にミッション・ビジョン・バリューを発信してきたが、社員たちはそれを理解しているものの、業務にどう落とし込めば良いのかわからない状態だったという。

全社のミッションや目標数字を達成するため、まずはDM本部として「日本一のダイレクトマーケティング組織をめざす」というビジョンをDM本部社員に発信。しかし、これだけでは自分ごと化することができず、受け流してしまう社員も存在した。「組織として日本一をめざす」と決めたものの、個人として何をめざせば良いかが定まっていなかったからだ。

2.ダイレクトマーケターのキャリアの可視化

「ダイレクトマーケティング業務は、個人キャリアの成長にどうつながるのか」といった将来への不安を抱える社員も存在した。

そこで、DM本部社員としてのキャリアのゴールは「D2C(Direct to Consumer)ブランドを経営できる人材(D2C経営者)」もしくは「専門分野に特化したスペシャリスト」と明確に定めた。

この方針には多くの反発があった。社員のなかには「現場の仕事にコツコツ取り組みたい」という人もいて、彼らから「私たちはこの目標をめざさなければ評価されないのか?」という疑問をぶつけられることもあった。彼らの要望にも応えるためオペレーションチームを作り、別の枠組みで彼らを評価する仕組みを設けた。(伊藤氏)

I-ne アイエヌイー 人材育成 組織づくり

さらに、めざすべき姿に向けてキャリアパスを可視化。「スターター」「プレイヤー」「メインプレイヤー」「リーディングプレイヤー」の順にキャリアを積むことで、キャリアのゴールである「ダイレクトマーケター」をめざしていく。

I-neでは「ダイレクトマーケター」を「D2C経営者」と定義した。ダイレクトマーケターになると、新ブランドの立ち上げなど事業責任者としての権利を得ることができ、高いスキルを持つ人材として評価される。

このようにキャリアパスを可視化することで、現在の自分のステージを把握できる状態になった

I-ne アイエヌイー ダイレクトマーケター(D2C)へのキャリアパス
ダイレクトマーケター(D2C経営者)へのキャリアパス

3.人材育成プロジェクト「M.D.M」の運用

ダイレクトマーケター(D2C経営者)になるための育成プログラムとして「M.D.M(Master of Direct Marketing)」を策定した。

STEP①:D2C経営者に必要な約30項目のスキルを可視化

各ステージで必要な約30項目のスキル(例:モールハック手法、顧客理解、ファイナンス、商品開発、薬事法の理解など)を選定。スキルごとに5段階(0~4点)の評価を行い、各ステージで求められるスキルレベルを設定した。

ポイントは「知識」と「経験・実績」を区別して評価する点だ。本や学習を通して知識は得られているが、経験や実績がないという社員も少なくない。たとえば、知識は4点でも経験・実績が0点であれば、合計8点中4点しか得られない設計にしている。

D2Cブランドのトレンドは頻繁に変化するため、約3か月ごとに必要なスキルを厳選して常にアップデートしている。

I-ne アイエヌイー 人材育成 組織づくり D2C経営者に必要なスキルを可視化
D2C経営者に必要なスキルレベルを可視化

基礎知識は課題図書や外部企業のe-Learningを通じて学んでいるが、アフィリエイトなどのテクニカルな広告の仕組みを実践的に学ぶことは難しい。

そのため、一般的なインプットや経験でだけでは学べない独自のノウハウ習得を目的に、ゲスト講師を招いて毎月勉強会を開催している。講師には社外の専門家だけでなく、社内からも財務責任者などが登壇する。ダイレクトマーケターのステージではなくても、広告運用においてはプロフェッショナルな社員が登壇する場合もある。

役職に就いていない社員は、他の社員の前で話す機会があまりない。相手にどのように理解してもらえるかを考える機会を与えることでモチベーションが高まり、非常に学びのある経験となっている。個人の得意分野を生かしながら、毎月誰かが講師役となり、理解をより深める取り組みを行っている。(伊藤氏)

STEP②:自己評価と上長評価のすり合わせ

「M.D.M」を運用していくなかで、自己評価と上長評価に大きなギャップが生まれた。

自己評価は高くなることがある。自分はできているつもりだからこそ、学びの時間をきちんと設けられないことがある。上司が「できていない」と判断しているのなら、そのままにしておくのではなく、「評価のギャップは何が原因か」を徹底的にすり合わせることが重要である。(伊藤氏)

上司との評価面談では、1on1でお互いに意見を言い合うことを推進した。1人ひとりが自己キャリアの現在地、ダイレクトマーケティングにおける強み・弱みを理解してスタートすることが重要だ。社員全員が現状のスキルに納得感を持ち、現在地を確認しながら目標までに必要なスキルを獲得していく仕組みを整えた。

STEP③:社員個人の成長計画とDM本部全体の育成計画立案

DM本部では強化したいスキル項目と取得日を明確にしている。社員によって強化したいスキルが異なるため、マネージャー陣には数字目標を達成する業務に加えて、育成や管理の時間を設けている。また、社員ごとのスキル取得日を明確にすることで、本部全体の育成計画進捗を把握できる。

たとえば、中長期戦略で2年後には経営者人材が5人必要でも、ダイレクトマーケターが3人しか育たないとわかった場合、2人の人材が足りないことになる。このギャップを育成により補完できるのか、または新たな採用を検討すべきかといった採用計画にも活用している。(伊藤氏)

4.マネージャー陣のコミット体制の構築

本部としてめざすビジョン、個人で必要なスキルを可視化して運用も仕組み化したが、最初はうまく機能しなかった。

経営陣が「日本一のダイレクトマーケティング組織をめざす」と言っても、マネージャーが部下教育に対して本気で取り組まなければ成り立たないからだ。マネージャーのコミットメントを高めることは、「M.D.M」の運用において非常に重要である。

そのため、組織に関わるミーティング、外部コンサルタントによる組織育成についての勉強会を開催することで、特に部長陣が部下教育にコミットする体制を整備した。同時に、多忙なマネージャーのタスクや期日管理、各社員のスキル進捗管理などの細かい運用を担う専任社員をDM本部に配置した。

「M.D.M」本格運用で見られた組織変化

2021年1月からDM本部で本格的な「M.D.M」運用を開始。運用前と比較して退職者が減った。

また、社員の平均スキルポイントが半年間の運用で約10ポイント向上。スキルポイント上昇との関連性はまだ明確にひも付けできていないが、マネージャーや社員全員が成長している実感を得られたという。さらに、2022年に実施した調査では、全部署のなかでDM本部が最もモチベーションが高いという結果が出た。

さらなる成長をめざし「ダイレクトマーケター」を計画的に育成する

I-neは2028年から2030年をめどに、売上高1000億、営業利益率15%をめざしている。しかし、「BOTANIST」や「YOLU(ヨル)」といった、すでにシェアが高いブランド単体では1000億円の売り上げを達成することは不可能だ。

基本的な戦略は新ブランドを立ち上げ、ヒットブランドに育てること。つまり、「ダイレクトマーケター(D2C経営者)」を計画的に育成することが重要になる。今期もDM本部から新たなブランドが生み出される予定だが、ブランドリーダーは20~30代の社員で、ほとんどが未経験者である。

創出したブランドと共に社員が成長できる環境を整えていくことが、I-neのさらなる成長の鍵になる。

I-ne アイエヌイー 人材育成 組織づくり 長期ビジョン
I-neが掲げる長期ビジョン
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