銀行がECモール事業!? 地域経済の活性化に出店者の地元企業と挑む阿波銀コネクトのEC奮闘記
全国各地で地域経済の停滞や低迷が叫ばれているなか、阿波銀行が地方創生の手段として着目したのがECだった。徳島県内の魅力的な商品の発掘と発信を目的に立ち上げたのが、ECモール「Lacycle mall(ラシクルモール)」。EC子会社の阿波銀コネクトを通じて、EC未経験である事業者の販路拡大を支援している。記事では、阿波銀行がECモール事業を始めた背景、「ラシクルモール」を通じた地域創生の思い、知見ゼロから立ち上げたECビジネスの取り組みなどを取材した。
徳島県の地域経済発展に向け、県産品を販売する「ラシクルモール」を開設
阿波銀行は2021年1月に、ECモール事業を営む阿波銀コネクトを設立、同年4月に徳島県内の事業者の商品を取り扱う「Lacycle mall」を開設した。
「地方銀行は、それぞれの地域のリーディングカンパニーとして地域経済を活性化させる使命を担っている」と話すのは阿波銀コネクト代表取締役の小林克仁氏。日本各地が抱える課題と同様、徳島県でも少子高齢化と人口減少が急速に進んでおり、県の経済を守り、発展させる一助となるために阿波銀コネクトを設立したという。
事業者が出店・出品するECモールを採用した背景には、2016年の銀行法改正に伴う金融緩和により、銀行が事業者を支援できる範囲が拡大したことがある。銀行本体の融資業務などを通じ、事業者からは「売り先がほしい」「販路を拡大したい」といった支援を求める声が多くあがっていたものの、金融緩和前はこうした事業者に対して、銀行が直接消費者に販売するといった取り組みを通じた販路拡大の支援は難しかったのだ。
銀行法改正により、「銀行業の高度化につながり、地域経済の発展やお客さまの利便の向上に資する事業」であれば銀行自らが金融業務以外も手がけることができるようになった。つまり、強いコネクションを生かしたBtoBビジネスのマッチングという役割に加え、事業者の商品を消費者に販売するBtoCビジネスでも融資先などを支援できるようになったのだ。
そこで、阿波銀行自らが積極的に地域資源を発掘し、県外への発信・販売をサポートできる体制を整えようと、全国の地方銀行に先駆けて100%子会社によるECモールの運営に着手したという。
「ECは安い、速い」の考えを打ち崩す。持続可能性を重視した「ラシクルモール」
「私“らしく”」と「サイクル(循環)」をかけ合わせた造語である「ラシクルモール」の主なコンセプトは、「SDGs」「徳島の地域経済を支える─」など。
「環境のことや食べる人のこと、そして未来の子どもたちのことなどを考えて、こだわりのあるモノ作りをされている事業者が県内にはたくさんいる」(営業部長 井上裕美子氏)。良い商品を発信するECモールを運営するという考えから、MDなども含めてSDGsの観点に重点を置く。
そして、新たな販路であるECモールを通じて、地方銀行として県内事業者の販路拡大を後押しし、地域経済を元気にしようという意気込みを込めている。
そのため、大手ECモールなど一般的なECとは一線を画す。たとえば、価格競争やスピード配送。「安くてすぐ届く」が当たり前に考えられがちだが、過度な価格競争やスピード配送により、多方面で無理が生じている。
「ラシクルモール」は安さやスピードを優先するのではなく、環境や未来に配慮した商品、持続可能な運営と消費で地域経済を元気にしていく――という思いや商品などを消費者に提案していくという。
販売手数料のみで、撮影代行から登録作業まで出店者を手厚く支援
事業者がECで販路拡大を図る場合、大手ECモールでの出店・出品も選択肢に入るだろう。阿波銀行はこれまで、モールを紹介して取り次ぐといったことは多々あったものの、ECの運営ノウハウや出店費用などが大きなハードルとなり、出店に踏み切れない事業者も多かった。
実際、「ラシクルモール」に出店している事業者は、約3割がまったくのEC未経験。パソコンを購入することから始めたケースも少なくない。これまでECに参入していなかった事業者が「ラシクルモール」に多く集まっている理由は、阿波銀コネクトによるきめ細かな個別サポート、販売手数料のみという負担の軽さがある。
「ラシクルモール」は初期費用や月額費用は無料。発生するのは商品が売れたときの販売手数料のみ。こうした料金体系の下、阿波銀コネクトはEC未経験者などに徹底したサポートを施す。つまり、完全な成功報酬型。
手軽にECサイトを運用し、販促や支援を通じて売れる環境を作らなければ、阿波銀コネクトに収益が入らない。それゆえに、パソコンを持っていなかった事業者も、丁寧な伴走の下、低いハードルでECを始めることができている。
たとえば、商品画像のない事業者には撮影を代行し、商品情報の説明文を書くリソースのない事業者には、商品の特徴や生産者の思いをヒアリングしながら説明文を代行して書き上げている。登録作業は阿波銀コネクトが行う。もちろんサポートの一環のため無料だ。
こうした手厚いサポートを提供する根底には、事業者は本業に専念してほしいという思いがあるため。すべての商品ページに阿波銀コネクトの手が入ることでトンマナ(トーン&マナー)が統一され、「ラシクルモール」の世界観が維持できるというメリットもある。
また、景品表示法や薬機法などに抵触する文言がないか厳密にチェックできるなど、ECモール運営側のメリットも少なくないという。
「ラシクルモール」のオープン当初は、「ネットにアップすれば売れるというほどモノを売るのは簡単なことじゃないのに、銀行員にECモールの運営ができるのか?」といった厳しい声も少なくなかった。しかし、出店者への支援を徹底し、コンテンツを制作・発信しながら集客と販促を続けて実績を重ねてきた結果、今では事業者からの信頼も厚いECモールへと存在を確立できている。
2023年9月時点で出店者数は130店舗、商品点数は800点超に達した。商品ジャンルでは特に食品が多くを占め、ほかにも木製品や藍染製品、和紙製品などの特産品も豊富に取りそろえている。
地方創生ECモールが「ebisumart」を選んだ理由と今後への展望
初めてECモールを開設・運営する阿波銀コネクトにとって、ECプラットフォームの選定は重要な要素だった。取引のあるシステム会社や同業者などから情報を得たりしながら数社に絞り、サポートや価格などを踏まえて最終的に選んだのが、インターファクトリーが提供するクラウドコマースプラットフォーム「ebisumart」だった。
地域経済の発展をめざし、全国の地方銀行のなかでも先駆者的に銀行自らが主体となってECモールの運営を始めた阿波銀コネクト。現在の課題や新たな取り組み、そして地方創生にかける思いとは――。小林代表取締役、阿波銀行から異動した阿波銀コネクトのスタッフ、インターファクトリーによるディスカッションを見てみよう。
生産者や作り手の話を聞き、それをECサイトで表現、やり続けることが重要
――「ebisumart」を選んだ理由を教えてください。
阿波銀コネクト 小林克仁代表取締役(以下、小林):カスタマイズ不可で機能が制限されているシステムが多いなか、SaaS型でカスタマイズ可能な「ebisumart」は他に類を見ないなと思いました。フルスクラッチほどの仕組みは不要だが、やりたいことを実現できる柔軟なカスタマイズが可能なところが、「ebisumart」を選んだ最大の理由です。カスタマイズには大なり小なり費用がかかってしまう。「ebisumart」はSaaS型のため、標準機能が随時拡張される点、そしてセキュリティ面も選定理由として大きかったですね。
インターファクトリー 兼井聡取締役(クラウドコマースプラットフォーム事業責任者)(以下、兼井):できる限り「ebisumart」の標準機能をフル活用していただきたいとお伝えしていました。標準機能は自動的にアップデートされ、個別に必要な機能はカスタマイズで対応できますから。
阿波銀コネクトさまから最初にご相談いただいた時、地方銀行が地域の企業を盛り上げるためにECモールを立ち上げる事例はありませんでした。ECになじみのない事業者にどう出店のアプローチをして、どうやってWeb上にコンテンツを載せていくのか……課題はたくさんありました。
阿波銀コネクトさまには、「県内には良いものがたくさんあるので、各所にアプローチしながらそれらを売っていきたい」という強い思いがあり、商品情報の作成や商品画像の撮影などをすべて無料で支援しています。実際、販売実績にもつながっているからこそ、このような出店者が売りやすい環境を整備しているのではないかと想像しました。
阿波銀コネクト 井上裕美子営業部長(以下、井上):阿波銀コネクトがスタート段階からほとんどの画像を撮影し、商品情報の説明文もアドバイスさせていただくことが多かったのですが、そういったサポートを続けているうちに成果も出てきました。
銀行本体で融資担当をしていた時は、取引先企業と「今期はいかがですか?」といったコミュニケーションはしていましたが、今は話す内容がまったく異なります。出店者が強い思いやこだわりを持って商品を作っていることなどを知ることができ、「ラシクルモール」で貴重な経験をさせていただいていると実感しています。
阿波銀コネクト 早雲路総務部長(以下、早雲):銀行員時代は取引先企業の経営者や経理担当者と、数字や事業について話すことがほとんど。「ラシクルモール」の運営を通じて作り手の方々と話をする機会ができ、事業者とこれまでの銀行業務では得られなかった新たな接点が持てるようになりましたね。
兼井:ECで最も重要なのは、商材の説明や作り手の思いがサイト上にしっかり掲載されていること。デジタルの世界で思いを届けることはすごく難しいですが、生産者や作り手の話をしっかりとヒアリングし、それをECサイトで表現するというベースの考え方、それをやり続けることを、阿波銀コネクトさまは実践していますね。
価格でもポイントでもないアプローチでファン作りを
――ECモール、ECサイトを成功に導くためのポイントは?
兼井:コンセプトと商材が重要です。ふるさと納税モールや、市区町村、テレビ局、百貨店などが各地の商材を集めて販売しているECサイトが増えてきていますが、成功しているところは、商材の素晴らしさをしっかりアピール・訴求していますよね。
「ラシクルモール」も商材はもちろん、価格とスピードにとらわれないSDGsの観点で運営しているコンセプトがとてもユニークで、差異化要因になっていると感じました。
小林:たとえば、 1円でも安い商品を選べる仕組みや訴求方法は、果たして持続可能なのかと疑問に思っていました。「ラシクルモール」は無理して安売りするのではなく、商品の価値を理解してもらい、買ってもらうという考えを大事にしています。なので、アップする商品の価格を出店者と決める際も、「自分の思う価格設定でいいんじゃないですか?」と提案するほどです。
兼井:安さやポイント付与などのインセンティブでファンを作るケースはよく見かけますが、ファン作りの方法は必ずしもそれだけではありません。地場の商品や独自のサービス、コンセプトなどに注目する消費者もたくさんいます。「ラシクルモール」は商材とコンセプトを起点に、多くの消費者がECモールのファンになるのではないかと期待しています。
井上:ファンを増やす取り組みとして、生産者や作り手を取材したコンテンツを載せるメディアサイトも運用しています。記事を見て面白いと感じたユーザーが、「ラシクルモール」で実際に商品を買う導線を作っていこうと考えているところです。
兼井:すごく良い取り組みです。消費者心理的には、「売りたい!」という意思が前面にあるサイトよりも、生産者の顔や声、商品説明など、商品の背景が見える化されたサイトの方が、「ここで買いたいよね」という安心感が醸成されやすくなります。コンテンツをしっかりと拡充し、ページ内に「『ラシクルモール』で買えますよ」というボタンを付けるだけで、ユーザーの流入が見込めるでしょう。
「ebisumart」では、それぞれの商品を売り物ではなく、記事やコンテンツとして登録することが可能です。記事一覧として表示する見せ方もできます。
システムから物流まで、「ラシクルモール」に関わるすべての人が地方創生を実現するパートナー
――「地方創生」への考えや、今後の取り組みについてお聞かせください。
兼井:インターファクトリーでは、阿波銀コネクトさまのような地方創生に尽力している企業に対して、市場調査から営業フェーズまで広く貢献していきたいと考えています。EC初心者から大規模サイトまで幅広い企業や団体などの担当者が使いやすいと感じるECプラットフォームになるよう、「ebisumart」の機能性や操作性などのシステム改善を続けていきます。
同時に、利用者がECの理解度やノウハウを高めることができるように、ebisumart Academy(インターファクトリーが「ebisumart」ユーザーに提供している機能活用講座)の内容も充実していきたいですね。こうした取り組みで、阿波銀コネクトさまのように全国で地方創生に取り組む企業へ「ebisumart」を広げていき、地方創生に貢献していきたいです。
小林:阿波銀コネクトは「地域資源の活用と新たな価値創造により、地方創生と地域活性化に貢献すること」を経営理念としています。ECモールを軸に、生産者や地域に関するコンテンツ発信も強化し、ゆくゆくは地元の魅力的な観光資源も広く知ってもらえるような取り組みも推進していきたいと考えています。
ただ、ビジネスは1社だけでは成功できません。システム会社さんや物流業者さんなど、ECモールに関わるすべての皆さまが、地方創生を実現させる大事なパートナー。インターファクトリーさまにも今後、一緒に地域の発展に向けて取り組んでいただきたいです。