エアークローゼットの「顧客の生の声」をEC経営に生かすデータ活用法と実践例
女性向け月額制ファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」を展開するエアークローゼット。サービス開始から5年の間に、独自のオンラインシステムである「スタイリング提供システム」で蓄積した実績データ2000万件超のデータ解析と、人工知能(AI)活用事例を初公開した。独自の取り組みとノウハウを発信し、組織や業界の枠を超えた幅広い協業を呼び掛ける。エアークローゼットの天沼聰代表取締役社長 兼 CEOが語った、データ活用に注力する理由と経営に活かす方法とは?
※編集部主催のウェビナー「airClosetはなぜ『データ分析』に力を入れるのか。ファッションサブスクECを次世代型へアップデートする”唯一無二”のデータ活用法」の内容を記事化したものです。
発想とITで、洋服と出会う体験をサービス化
エアークローゼットが日本初となる普段着に特化した月額制ファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」を開始したのは2015年2月。
顧客の体型・サイズ、レンタル履歴データなどから、プロのスタイリストがコーディネートを提案するのが特徴で、登録から受け取りまで一連の手続きをオンラインで完結する。返却期限はなく、気に入った洋服はそのまま購入できる。
現在はレンタルサービスに加え、実店舗の「airCloset x ABLE(エアークローゼットエイブル)」、提案型ファッションEC「airCloset Fitting(エアクロフィッティング)」、遠隔パーソナルスタリングサービスの「airCloset Talk(エアクロトーク)」を展開する。
めざすのは、「『ワクワク』が空気のように当たり前になる世界。発想とITで人々の日常に新しいワクワクを創造する」(天沼氏)こと。
データ活用はスタイリングから在庫管理まで
自社サイト内に「airCloset Data Science Collection(エアークローゼットデータサイエンスコレクション)」を2020年6月に開設。数あるデータとAI活用事例の中からまず4件を公開した。
1. スタイリング・サポートAI
顧客が事前に登録する洋服の好みや要望、サービス利用後の着心地やデザイン、カラーに関する感想といったフィードバックデータをAIで解析し、顧客ごとに適した洋服をスタイリストに提示する。
最終的にコーディネートを決めるのはスタイリストだが、その作業をAIで支援し、スタイリングの精度と効率を向上させる。
2. スタイリング・マッチング・システム
洋服のレンタル履歴や好みを基に、エアークローゼットが契約する300人強のスタイリストの中から顧客のスタイリングテイストに合ったスタイリストを選ぶ。
「スタイリストとのマッチングが高ければ高いほど、顧客にとって洋服との良い出会いにつながるのではないか」(天沼氏)と考えたことが背景にある。
3. インベントリー・オプティマイザー
在庫最適化シミュレーション。洋服のバリエーションを過不足なくそろえるため、どのカテゴリーのどんな洋服を、どのような比率で仕入れるかを算出する。貸し出し中の洋服、倉庫に保管されている洋服、クリーニング工場でメンテナンス中の洋服、顧客満足度などのデータを掛け合わせ、格好の組み合わせをはじき出す。
4. ロジスティクス・フォアキャスト
貸し出した洋服は、検品、クリーニング、メンテナンスという工程を経て再び在庫化する。しかし、エアークローゼットは返却期限を設けていないため、どんな洋服がいつ、何着返ってくるかといった返却の予測が難しかった。この問題を解決するのがロジスティクス・フォアキャストだ。
蓄積した返却データをAIに学習させ、顧客数、出荷数、季節、曜日などに基づき「今日、明日、あさって、どのくらいの数量が返ってくるか」(天沼氏)を予測する。
このモデルの利用で、予測した返却数と実際の返却数の誤差は±10%以内に改善した。クリーニング工場や倉庫の人員配置が最適化され、人員不足による作業の遅れや、逆に人員過多によるコスト増といった問題を回避できるようになったという。
実例公開は「業界の垣根を超えたデータ連携」「協力体制作り」のため
エアークローゼットがデータ解析や実例を公開したのは、日本の将来も見据え、業界の垣根を超えたデータ連携と協力体制作りが必要との思いがあったため。
ファッション業界に限らず、情報化社会の中で情報がどんどんたまっていく中で、それを活用しきれていない部分も多々あるのではないかと感じていた。(データ活用について)いろんな業界の方と意見交換することが、これからの日本を作っていくと考えた。(天沼氏)
事例を積極的に発信することが、業界他社がデータ活用に興味を持つきっかけや、データ連携や協業の起点になればと期待する。
社長直属部署でデータ活用とAI開発を内製化
エアークローゼットは、サービス開始当初からデータの収集と活用に力を入れてきたという。
アナログとデジタル(的要素)をバランスよく活用することを、最初のサービス開始時から会社の信念として持っていた。どういうデータが必要で、それをどう活用していくかについて、自分たちなりの思いがある。(天沼氏)
購買データだったり、どのお客さまにどのお洋服が貸し出されたかのひもづけやレンタル履歴だったり、そういったデータを取得し、(それを活用するための)システム設計を進めてきた。(天沼氏)
天沼氏によると、データ活用の領域は大きく3つ。1つ目は「アクションに対する結果の分析」で「過去をひもとく」こと。販促キャンペーンの反響を確認するためのデータ分析などがこれにあたる。
2つ目は「積み重ねてきたデータから、未来のアクションを導き出す」という「未来を創る」こと。レンタル履歴や顧客の感想などを解析し、個人の趣味嗜好やトレンドの把握に利用する。スタイリストがスキルを共有する仕組みも用意し、スタイリング精度の向上に役立てている。
3つ目が、データから学び、学んだことを経営に生かすAIの領域だ。データ解析や計算をAIで自動化し、サービスの個人化や業務の効率化を推進する。
データを経営に活かすことで生まれる「圧倒的な差」
たとえば、顧客から返却された洋服ごとに「次に貸し出される確率とタイミング」をAIで算出するシステムの場合。確率が高い洋服を、倉庫内の取り出しやすい場所に保管するなどの工夫をすることで、業務の効率化面で「圧倒的な差」が生まれているという。
セッションのモデレーターを務めた、国内外のファッションテック事情に詳しいpilot boatの納冨隼平氏は、「ファッション業界でここまでデータを大掛かりに使っている国内事例を知らない」とエアークローゼットを評価する。
エアークローゼットのデータ活用に関する最大の特徴は、データ解析を外注せず、システム開発部門とは別に社長室にデータサイエンティストの専門チームを設けたことだろう。ITコンサルタント出身でデータ活用にも明るい天沼氏が、方向性の決定に自ら関与する。
スタイリングもだが、在庫管理・物流・事業の面で全般的にデータを活用することを(エアークローゼットの)コアなストレングス(強み)として持っていたい。アプリも含めシステムはすべて内製化し、データ収集からその活用まで一気通貫で一事業体としてやっていくことにこだわった。(天沼氏)
ファッションやアパレル業界に特化したデータサイエンス専門家はまだ少ないが、データ活用機会が広がれば人材も増えるとみる。
コロナ禍で、データ使い手の視点がますます重要に
もう1つ、データ活用について天沼氏が重視するのが「仮説を立てること」だ。仮説に従い検証を進めることで、データ活用で何を実現したいのか、データに向き合う目的を常に意識することが重要と話す。
仮説がないと、データをみること自体が目的になってしまい、次のアクションが生まれなくなることが多い。さまざまなデータがあるが、目的に沿わないデータは使わない方がいい場合もある。(天沼氏)
仮説は当たらないことの方が多いが、肝心なのは仮説が外れた場合の影響範囲を把握しておくことという。
たとえばABテストであれば、どれくらいダメになる可能性があるのか、勘所を押さえておけば大幅に外すことはない。ABテストの影響範囲をちゃんと把握したうえであれば、いくらでもチャレンジすべきだと思う。(天沼氏)
予想と違う結果の場合、それを基に新たな仮説を立てる。この繰り返しで得られる顧客インサイトがAIモデルの精度改善に必要だと指摘する。
新型コロナウイルス感染症の大流行は、ファッション業界にも影響を与えた。既存のAIモデルでは、予測が難しい側面も多々あると打ち明ける。
コロナ禍で起きた消費行動の変化を踏まえ、次は多分こうなるという仮説を立ててデータを検証するという、意思のある仮説検証がますます重要になってくる。データの使い手としての視点が、今まで以上に大切になると感じている。(天沼氏)
社外とのデータ連携で、顧客本位のデータ活用が進化
これからは、顧客ごとのスタイリング精度を向上させるためのデータ活用に注力、収集したデータをファッション業界内外の他社とデータ連携などで協力していきたいと意気込む。
たとえば、実店舗を展開する企業と顧客データを共有すれば、店舗側は来店したエアークローゼット顧客に、レンタル履歴を基に興味・関心がありそうな洋服やその他商品を提案するといったことが可能になる。
洋服を試着した顧客の感想をブランドに提供し、デザイン改良に生かすという「データをモノづくりに活用する考え方」も、これからは増えると予想する。
天沼氏は、「データ活用にとどまらず、(他社との)コラボレーションによって、1社でできること以上に顧客への提供価値を高められる場合はたくさんあると思う」と、顧客本位の協業に意欲を表明。
コロナ渦中で顧客の消費行動が日々変わる中、積極的な情報共有を行い、変化に前向きに対応する意識を持ち続けることが大事と述べた。