コロナ禍で来店客急減!札幌のチョコレート店が挑んだ知識・経験ゼロからのEC運営で手にした新たなビジネスチャンスとは?
北海道・札幌市に拠点を構えるチョコレート店「Saturdays Chocolate」。新型コロナ感染症拡大で店舗休業を余儀なくされた頃、ECサイトの開設に踏み切った。担当したのは、ECサイト運営に関する経験も知識もゼロの1人の女性。他社のECサイトを参考にしながら、必要な情報をすべて独自に学びオープンしたという。
着手から運営スタートに要した期間はわずか2か月。「Saturdays Chocolate」のブランドイメージを維持したオシャレなECサイトはどのように構築したのか? ECサイト作成に欠かせなかったというホームページ作成ツール「Wix」、決済サービス「PayPal」の利用方法と合わせて紹介する。
「最高のインディーズをめざす」。北海道・札幌発のチョコレートD2Cブランド
「Bean to Bar」(カカオの生豆からチョコレートを作る)のコンセプトの元、北海道・札幌市に「Saturdays Chocolate」が誕生したのは、2015年2月。「スモールバッチ(小規模生産、手作り)」にこだわるチョコレートのD2Cブランドだ。
現在はカフェと工房を併設した本店と、札幌駅に直結するスタンド型店舗の計2店を札幌に構える。
「Saturdays Chocolate」のブランド名には、「次の日もお休み、という土曜日ならではのワクワク感を伝えたい」という思いが込められている。その思いはカラフルでポップなパッケージからも感じられる。
北海道は年間を通して涼しい気候であることから、チョコレート作りに向いているのだという。実際、「ROYCE'(ロイズ)」「六花亭」など、「北海道といえばチョコレート」と認識されるほどチョコレートブランドは多い。
「Saturdays Chocolate」は、シングルオリジン(単一産地)カカオを使ったチョコレートのほか、北海道産の玄米、牛乳、ワインなど多種多様な素材を組み合わせるオリジナルチョコレートを開発。その独自性、美味しさ、パッケージのかわいさなどで地元を中心にファンを獲得してきた。
「最高のインディーズをめざしていきたいと思っています」。「Saturdays Chocolate」の運営元である天然生活で、ECサイトの運営を担当する谷友理子氏(サタデイズ事業部)はこう話す。
コロナ禍で店舗休業要請。大急ぎで始まったEC開設プロジェクト
Instagramを通じた販売からスタート
ブランド誕生から5年が経った2020年、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐため、店舗休業要請が出た。実店舗でのみ販売してきた「Saturdays Chocolate」にとって、店舗の休業は致命的だ。
「どうしたらお客様にチョコレートを届けられるだろうか」「なんとかして在庫を動かさなくては……」。さまざまな不安がよぎるなかで目をつけたのがECでの販売だった。
「Saturdays Chocolate」は年に数回、関東圏のデパートで催事販売を行っており、その度にInstagramやFacebookのフォロワーを獲得。Instagramには当時2,700人ほどのフォロワーがいた。まずは4月末、InstagramやFacebookを通じた販売をスタートした。
数は多くないですが、Instagramのフォロワーにはコアなファンが多く、濃いコミュニティができています。(谷氏)
Instagram、Facebookで販売開始をアナウンスした時、「全国に発送してくれるんですか?」といった喜びの声が寄せられ、ECを待ち望んでいたファンがいることを実感したという。まずは各SNSで自社のメールアドレスを公開。購入を希望する顧客から受け取ったメールに返信し発送先の住所を聞くなどして、1件ずつ注文を受け付けていった。並行して、ECサイト制作にも取りかかった。
他社のECサイトを見ながら、すべて独学で勉強
ECサイト制作には、Webサイトで活用していたホームページ作成ツール「Wix」のネットショップ作成機能「Wix ストア」を使うことにした。
谷氏は、それまでEC運営に一切関わったことのないEC初心者。サイトのベースは10日ほどで完成したが、その時点では「商品購入できるサイト」にはなっていなかった。しかし、InstagramやFacebookで購入を希望するユーザー向けに、「商品カタログ」として利用してもらえるよう購入機能は設けないまま公開した。
クール便を利用して発送する方法、特定商取引法(特商法)、プライバシーポリシーなど、EC運営に必要な知識がなかったので、まずはそこから勉強する必要がありました。「Saturdays Chocolate」の商品は北海道から全国に発送するので、送料の設定が複雑。その上なるべく道外のお客さまにも楽しんでいただけるように送料を低く設定したいという思いもあったので、送料設定は苦労しました。(谷氏)
谷氏によると、チョコレートはカカオ分が高く、溶けにくいものでも25度を上回ると融解し始めるデリケートな商材。配送中に割れないための工夫も必要であることから、クール便料金を合わせた送料をどう設定するかが課題だった。
全国的に気温が25度を下回る12月〜3月頃だけ常温便、その他は全て基本的にクール便で発送することにしました。その上で顧客管理や伝票発行が容易で、発送方法が充実したヤマト運輸を主体として発送業務を行うことになったのですが、クール便対応となると最小60サイズの荷物で+220円のオプション料金がかかります。
札幌から東京に60サイズの荷物を送る際の送料は1,370円、クール便料金を足すと1,590円にもなります。チョコレート1枚の単価は当時1,100円ほど。商品よりも高い送料設定で、お客さまの購買意欲につながるのかという課題もありました。(谷氏)
そこで、すでに行っていたSNSを通じた販売や、催事出店時の実績を加味しながら、発送先ごとの購入者比率を推計。送料の平均額を割り出したという。
購入金額に対して3段階の送料を設定。店側が負担する送料は最大で購入金額の25%とし、販売管理費を抑えながら一定の利益率を確保できるようにした。
最終的に設定した送料は、①購入額2,499円までは送料1,350円②購入額2,500円〜4,999円で送料700円③購入額5,000円以上で送料無料――の3パターンだ。
できるだけ送料を払いたくないお客さまが大半なので、送料が安くなるボーダーラインとして、2,500円、もしくは5,000円をめざしてのまとめ買いが多く、購入額が比例して上がっていきます。実際、現在までのストア運営では、ほとんどのお客さまに送料が無料になるラインの5,000円以上のご購入をいただいており、実店舗の3倍近い客単価となっています。(谷氏)
こうして他社のECサイトを見て独学で知識を得ながら、InstagramショッピングやFacebookショップ(※現在は「ショップ機能」として統合して管理可能)を通じて既存顧客向けに販売しつつ、ECサイトオープンの本格運営に向けて準備を続ける日々。緊急性にかられていたため、サイトに掲載する商品の撮影もすべて社内で行ったが、Instagram掲載用の「インスタ映えする写真」を撮り続けてきたことが、ECサイトの商品写真にも生きた。
その後すべての準備が整い、6月21日にECサイトを本オープンした。
「Wixは初心者でも扱いやすかった」
EC初心者が2か月でECサイトをオープンできた理由
「Saturdays Chocolate」のECサイト構築は、まず「Wix」の無料プランからスタートし、その後、月額1,800円から利用できるストア機能を導入した。
他にもいくつかECサイト制作ツールを検討しましたが、「Wix」は以前から自社のWebサイトで利用し、使いやすさを実感していました。そのため、ストア機能を使ってECサイトを運営することに決めました。ECサイト制作に必要な技術も知識もなかったのですが、「Wix」は用意されたボタンをドラッグ&ドロップするだけで、簡単にページを作れるので、初心者でも使いやすかったです。またGoogle AnalyticsのトラッキングIDを追加するだけでアクセス数を分析できるなど、手軽にマーケティングもできるところも気に入っています。(谷氏)
Webサイトの構築・運用が、無料で始められるホームページ作成ツール。ストア機能は、月額1,800円から利用できる。500以上のテンプレートから好みのスタイルを選び、ドラッグ&ドロップの直感的な操作でページを作ることが可能。SEO(検索エンジン最適化)対策ツール「Wix SEO Wiz」には、サイト独自のSEOチェックリスト作成機能、Google での即時インデックス機能、SEO対策で重要視されている構造化データの記述機能なども搭載している。アニメーション、動画背景、スクロールエフェクトなどを追加し視覚的にインタラクティブなサイトを作れるなど、EC初心者でもさまざまな標準機能を利用してECサイト制作ができる。
どうやったらオンラインでもブランドの世界観を表現できるかは、ECサイトにおける課題。「Saturdays Chocolate」も、ブランドが持つポップな世界観をどうしたらオンラインでも示せるかは特にこだわった部分だ。Wixはデザイン性に長けたサイトを作りやすいという特徴があり、谷氏が思い描いていた世界観を表現しやすかったという。
楽しそう! ここで買いたい! と一瞬で思ってもらえるようなビジュアルを心がけています。特にこだわっているのは、写真の大きさ。サイトを訪れた時に、カラフルなページだなと思ってもらいたいので、パッケージデザインを生かせるよう、なるべく商品画像を大きく表示させています。(谷氏)
PayPalの導入がクレーム回避につながったワケとは?
決済サービスには、「お客さまが、お店に支払い情報を開示しなくても購入できる」という安全性、「ボタン1つで購入できる」という利便性の2つの理由から、オンライン決済サービスの「PayPal」を導入した。
「PayPal」で決済された売上金はペイパルアカウントに即時入金され、数日内に銀行へ引き出せる。売り上げが即時に手元のキャッシュとなることから、中小企業のキャッシュフロー改善に直結する。そのため、「PayPal」を重宝するEC実施企業は多い。
「PayPal」は、クレジットカードに加え、デビットカード、銀行口座からもオンライン上で決済を行うことができる。またクレジットカードを持たない消費者に対し、銀行口座からの支払いにも対応可能とアピールできることも、導入メリットの1つだ。
こうした利便性や使い勝手などに加え、谷氏が語るPayPal導入後の印象的な機能は、返金処理だったという。
あるお客さまに、誤って異なる金額を提示してしまったことがありました。その際スムーズに返金処理ができたので、お客さまからのクレームにはつながりませんでした。他の決済サービスも使っているのですが、返金時は銀行振込で対応する必要があり少々プロセスが複雑なので、「PayPal」のスムーズな返金処理はありがたかったです。(谷氏)
「PayPal」の返金処理は、アカウントにログインし、そこから返金する取引履歴を探して「返金を実行」をタップするだけで買い手へ返金できる。
オンライン上でデビット・クレジットカード・銀行決済を受け付けるオンライン決済サービス。「PayPal」が買い手と売り手の間に立って決済を行うため、買い手は、売り手に支払い情報を伝えずに安全に購入・決済を行える。ユーザー数は世界で3億5,000万人以上、約2,800万店舗が導入している。アカウント開設費・初期費用・月額手数料は「無料」。1件あたり2.9%+40円~(マーチャントレートを適用の場合)の決済手数料で利用できる。
「やりたいことだらけ」。ECサイトを始めたからこそ生まれた希望
ECサイト開設から半年が経った2020年12月、谷氏はECサイトを運営する醍醐味をどのように感じているのだろうか。売り上げアップという具体的な成果以外にも、全国のファンとコミュニケーションをとれることに喜びを感じているようだ。
「Wix」のチャット機能を使うと、自分のスマホでお客さまからの問い合わせに応えることができ、リアルタイムにコミュニケーションを取れます。店頭に立っていなくても全国のお客さまと対話できることが嬉しいですね。
オンライン上でのやり取りで非対面とはいえ、ストア運営は接客業。お店へ来ていただくことができなくても、ブランドの「心」を感じてもらいたいので、きめ細やかで丁寧、時にはフレンドリーな対応を心がけています。最近は、海外からも問い合わせが来るようになって驚いています。(谷氏)
今はまだECサイト運営は、「試行錯誤しているところ」。だが、その中で新たにチャレンジしたいことも見え始めている。谷氏は、「やりたいことだらけ」と楽しげだ。
まずはグッズ展開。トートバッグプレゼントキャンペーンを実施したところ購入率が63%アップしたことを受け、今後もデザイン性の高さを生かしたアパレルなどの横展開を検討していくという。
ギフト需要が高いことはECサイトを始めたからこその気づきだという。今後はラッピング対応などをしっかり打ち出していき、それらのニーズに応えていく。
さらに、「地元の応援も兼ねてワイナリーや農家などとのコラボを展開してみたい」「リアル店舗に来ていただいた感覚でお買い物を楽しんでいただけるよう、デザインの腕を磨きたい」「チョコレートのサブスクリプションをやってみたい」など、谷氏の夢は膨らむ。
また現在、実店舗への来店やデリバリーサービスを利用し購入する地元客へ配布できるような、送料クーポンの発行や、道民割引も検討しているところだといい、「これらに対応できるWixのツールも効果的に使っていきたいと考えています」(谷氏)という。
インタビューの最後、これからECサイト開設を検討する事業者向けに谷氏は次のようにアドバイスをした。
ECサイトの運営を始めてからずっと意識してきたのは、「ブランドコンセプト」という一本の柱を決め、そのコンセプトからデザイン、キャプション、画像のテイストなどがズレないようにすることです。特にマニュアルを用意しているわけではないですが、スタッフ間で繰り返しそのブランドコンセプトを共有することで、全員にしっかりイメージを定着できました。
導入サービス面では、「PayPal」は100点。個人的にも利用するほど気に入っています。「Wix」は、無料サービスから始めてプレミアムプランにアップグレードしたことで手軽に始められたので、まずは無料プランでスタートしてお金をかけずにサイトを作るところから、段階的に始めるのがいいかなと思います。(谷氏)
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スモールバッチにこだわることから、引き続き自社ECサイトを中心に展開していく予定だという「Saturdays Chocolate」。物販の横展開、サブスクリプションサービス、地元のワイナリーとのコラボなど、今後の展開に注目したい。