美容の「DX」どう進める? 先進事例の花王に見る、DX推進の出発点が「UX」になる理由
小売業における「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は待ったなしの状況です。美容業界も同様ですが、DXを推進するためのソリューション導入で、「すぐにEC売上が伸びる」「実店舗の売上減を補填できる」と期待する企業は少なくありません。重要なのは、DXは魔法の杖ではないと認識すること。デジタル活用で、どのようにブランドが持っている資産を生かしユーザーに還元できるか――。まずは「ユーザー体験(UX)」に目を向け、そこから具体的なアクションを考えることが出発点になります。こうしたポイントを花王の事例から解説していきます。
「何ができるか」すぐに伝わるサービスは、利用されやすい
コロナ禍になり、デジタル化を推進する美容関連企業の間で、バーチャルメイクソリューションを導入検討いただくまでの意思決定スピードが明らかに早まりました。日本の美容業界においてもDXの波が来ていることを実感しています。
ただ、最新のテクノロジーを導入すればいいというわけではありません。ユーザー体験が良くなければ、いくら最新のテクノロジーを活用しても、それは消費者にとって使い勝手の良いサービスとはいえないからです。DXはあくまで手段であり、目的は「UXを向上させること」にあります。
私が日本法人の代表を務めるパーフェクトでは、Webサイト向け、スマホアプリ向け、実店舗向けなど、ブランドのニーズや目的に合わせ、バーチャルメイクやバーチャルヘアカラー、AI肌診断などのさまざまなソリューションを提供しています。その中で、実際に導入を進める各社で共通しているのは、消費者に「それで何ができるのか」がすぐに伝わるサービスは利用され、消費者の頭の中に「?」がたくさんできるものは使われないということです。
「SOFINA iP」、複数タッチポイントでエンゲージメント向上
花王の人気スキンケアブランド「SOFINA iP」が2019年9月にリリースした「肌id」は、Webサイト、店頭QR、LINEなど、いろいろなタッチポイントを用意したことで、消費者のエンゲージメントが向上した好例です。
このサービスは、当社の肌チェック機能を搭載した「SOFINA iP」のWebサイト上で、消費者が自身のスマホで顔写真を撮影すると、すぐに肌状態が解析され、結果に応じて最適な商品を提案されるというものです。さらにLINEアプリと連携しているので、「SOFINA iP」のLINE公式アカウントと友だちになると、繰り返し肌解析しログを残せたり、定期的に美容情報を受信したりすることができます。
ドラッグストアなどの店頭にもQRコードを設置しているので、新規の消費者でも、その場でQRコードを読み取って自分の肌状態を知ってから、最適な商品のレコメンドを受けられます。
AR利用でサイト滞在時間約2倍に
また、花王の白髪用ヘアカラーシリーズ「ブローネLumiést(ルミエスト)」でも、AR技術を活用したユニークなアプローチでエンゲージメントを高めています。花王は、2020年10月3日の発売に先立ち、当社のARヘアカラーシミュレーション技術を導入した「髪色シミュレーション」搭載のブランドサイトをオープンしました。
”明るい髪色”にこだわったラインである「ブローネルミエスト」は、「明るい髪色を楽しみながら白髪染めをする」という提案をしています。このメッセージを発信するために、ARによる髪色シミュレーションを導入しました。
ヘアカラーを購入される消費者の多くは、店頭の毛束プッシュインを参考にしてはいるものの、人気の色や、明るすぎず暗すぎない真ん中の色を選ばれるそうです。しかし、すべての色味をチェックしたいというニーズも当然あります。
色選びやコロナ禍における非接触ニーズなど、消費者へのメリットを提供するため、花王はARによる色選びを選択しました。消費者もARであれば負担無く、楽しみながら新しいカラーにチャレンジできます。また毛束プッシュインの廃止につながり、プラスチックゴミを削減できるなど、企業側のメリットもあります。さらに、商品が出るたびに毛束プッシュインの準備をしなければならない売り場の負担も軽減すると考えられます。
2020年11月1日週から地上波のテレビCMを放映しましたが、そこでもARヘアカラーシミュレーションを訴求しました。その結果、サイト内平均滞在時間が導入以前に比べて約2倍(約3分から約6分)、さらには、1週間あたりのARシミュレーショントライ数が100万回を超えました。これは一般的なメイクブランドのトライ数の20倍に相当する値です。
DX推進において、UXを中心に据えることがいかに重要性はこうした結果からもわかるでしょう。
状況によって異なる「最善のUX」。消費者目線で考える
バーチャルメイクは遊び心があるサービスなので楽しめる一方、その様子を他の消費者から見られたくないと思う方もいるかもしれません。そうした消費者にとっては、バーチャルメイクを体験できるタブレット端末が店内の目立つ位置に置かれていたら、「試したい」という気持ちよりも「恥ずかしい」気持ちが強くなり、試すことへの心理的ハードルが高くなります。
プロモーションイベント会場では、タブレットを目立たせる装飾が効果的な一方、実店舗では設置方法もユーザー目線に立ち、物理的にも心理的にもハードルを下げる環境構築が消費者エンゲージメントを高めるキーとなります。タッチポイントやシチュエーションによって最善のUXは異なりますし、履き違えると残念な結果となってしまいます。
バーチャルメイクは、数十秒で何十色も試せるので、消費者は日頃試したことのないカラーやテクスチャー、ブランドを使うことができます。こうした新たな商品との出合いが、結果的に本商品購入へとつながりますが、消費者に「恥ずかしそうで使いたくない」と思われてしまっては意味がありません。
長期的に繰り返しエンゲージを維持するUXは、派手である必要はなく、「便利!」「助かる!」「楽!」という言葉で形容されるようなことです。このようなUXが、“本当に強い体験”になれるのです。
特に今はコロナ禍で、「安心・安全」のために非接触型のバーチャルメイクを利用したいと考える消費者もいるはずです。こうした消費者のニーズを捉え、企業・消費者双方にとってメリットの大きいサービスを提供するために、何が最適解なのか。ぜひ「UX」に着目しながら、DX推進を検討いただけたらと思います。
バーチャルメイクを使ったカウンセリング、実店舗の客単価を1万5,000円上回る
最後に、コロナ禍ならではのUXについて考えてみます。消費者は買い物を楽しみたいと思っている一方、まだお店に行くこと自体怖いと思っている方も大勢います。しかしECで購入したいと思っても、化粧品の場合、その色味が本当に自分に合っているのかは、実際に試してみないことにはなかなかわかりません。
上記の動画で紹介しているのは、美容部員と消費者がスマホ越しに対話をする1対1のカウンセリング型サービスにバーチャルメイク機能を搭載したものです。消費者の肌色や好みに応じて美容部員が化粧品を提案し、遠隔操作で消費者の顔面にバーチャルメイクを施し、EC購入を促進するというサービスになります。
実際にこのサービスを利用している国内の化粧品ブランドのなかには、消費者の平均購入単価が、実店舗を1万5000円上回るところもあります。まるで実店舗で美容部員と話しているような丁寧なカウンセリングを受けながら、実店舗よりも多くの色味を試せるので、消費者にとっても発見があり、アップセル・クロスセルにつながっているのではないかと考えています。
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パーフェクトは、顔認証技術、AI(人工知能)、AR(拡張現実)を活用したバーチャルメイクアップ技術を開発・提供。グローバルで累計9億ダウンロードを超える、一般ユーザー向けのARビューティアプリ「YouCam メイク」や、同アプリを搭載したバーチャルメイクアップサービスを、ビジネスソリューションとして美容企業向けに提供。現在60か国以上、300以上のコスメブランドがパーフェクトの技術を採用している。
「パーフェクト ブログ」のオリジナル版はこちら:美容業界における「DX」とは?(2021/3/17)
※所属・役職はオリジナル記事公開当時のものです