Amazonはなぜ成功したのか――ジェフ・ベゾス氏と同じ道歩む金融系元開発者が語る躍進の秘訣
Amazonの創業者兼CEOジェフ・ベゾス氏は創業前、金融システムの開発、ヘッジファンドのアナリストとして活躍していたが、小売業に携わった経験はない。小売経験がないのになぜeコマースで成功できたと思う? それは金融の考え方をオンラインショッピングに活用したからだよ。
Amazonが世界的企業に成長した秘訣(ひけつ)の1つに、ジェフ・ベゾス氏の「金融システムの開発者」「アナリスト」という金融業界での勤務経験が大きく影響していると分析するのは、米国の金融センター「ウォール街」で金融システムの開発に従事し、現在は顧客行動分析をリアルタイムで行うことでECサイトのマーケティング活動をサポートするツール「Fanplayr」を開発・販売する米FanplayrのVice PresidentであるDerek Adelman氏だ。
ジェフ・ベゾス氏が金融システムの開発などを経験した後、EC業界に参入したのと同様、Derek Adelman氏も金融システムの開発者を経て、EC業界に足を踏み入れた。
大学卒業後、金融向けソリューションなどのReuters/TIBCO でディーリング(銀行・証券会社などが自己の勘定で有価証券や外国為替の取引を行うこと)システムの開発に従事。ウォール街を去った後、ディーリングシステムの設計思想を取り入れたという「Fanplayr」の企画・開発に携わった。
Derek Adelman氏が、ジェフ・ベゾス氏と同様にウォール街からEC業界に転じた経験を踏まえ、Amazon成功の秘訣にあげた「金融システム」「アナリスト」について解説する。
ジェフ・ベゾス氏は金融システムの思想をコマースに活用した
1990年代のウォール街では、「証券取引場からデータを収集してさまざまな情報を一元化し、リアルタイムでチャート分析、リスク管理を行って自動売買できるディーリングシステムが運用されていた」と話すDerek Adelman氏。
システムの連携先である各証券取引所の処理能力から売買銘柄、株価などさまざまなデータをリアルタイムでディーリングシステムへ収集して蓄積。証券会社といった金融機関のデータも同様に、ディーリングシステムへ取引情報などを収集し、蓄積していた。
さまざまなデータが蓄積されるこのディーリングシステムでは、収集したさまざまなデータをリアルタイムで分析。蓄積された過去のデータに加え、リアルタイムで収集した市況データを分析することで、リスク管理を行いながら投資家の自動売買をサポートしているという。
Derek Adelman氏は、「このディーリングシステムの設計思想を、ジェフ・ベゾス氏はAmazonの運用に活用している」と元金融業界出身者の視点で分析する。
リテール業界では製品知識がないと成功できないと思われていた。だが、Amazonは成功した。それは、ジェフ・ベゾス氏がオンラインの消費者行動データを重要視し、販売に役立てようと当初から考えていたからだ。(Derek Adelman氏)
1990年代、リテール業界でECが新しい販売手法として登場してきても、重要視されていたのは製品知識だったという。だが、元金融マンであるジェフ・ベゾス氏の視点は違った。
ディーリングシステムは、蓄積した過去データ、リアルタイムで収集した取引データなどをもとに、リスク管理を行いながら自動売買が行えるようになっている。投資家などは、ディーリングシステムに集まったデータから、市場を理解しようとする。ジェフ・ベゾス氏はその発想をeコマースに持ち込んだ。製品知識ではなく、システム上で蓄積される消費者の行動データに注目した。つまりビジターの行動データを蓄積、リアルタイムで分析することで消費者を理解し、販売に役立てようとした。(Derek Adelman氏)
Amazonは生み出した利益を先行投資に回し「10年近く赤字経営を続けてきた」(Derek Adelman氏)。Derek Adelman氏の分析によると、「まずは消費者の行動を理解することが大事という考え方に基づき、顧客を管理し、消費者の行動をリアルタイムで可視化し、分析できるようなシステム作りなどに投資を続けてきた」(Derek Adelman氏)と言う。
Amazonが事業規模を拡大させる一方、米国のリテール業界ではリアル店舗が経営不振に陥るケースが増えた。そんなリアル店舗はECに力を入れようとするが、Amazonとの差は開く一方だ。
大手小売企業は製品情報があれば売れると思っていたが、ネットの世界ではそう単純ではない。Amazonはスタート当初から消費者の行動理解に価値があると考えていたため、消費行動に基づいたさまざまな施策を打った。書籍の販売から商品群を広げたのは第一弾の施策。Amazonプライムをスタートしたり、自社物流網を整備したり。リアル店舗では重要視されていた商品情報や知識の優位性だけでは、Amazonに太刀打ちできなかったのだ。(Derek Adelman氏)
そんなAmazonが高級食品販売チェーンのWhole Foods Market Inc.,(ホールフーズ・マーケット)を買収したのは記憶に新しいところ。現在、ホールフーズではAmazonプライム会員向けの優待価格などを展開し、Amazon顧客の店舗利用を促進している。Derek Adelman氏は、「Amazon顧客が店舗で買い物をする行動データはもちろん。Amazonをあまり利用しない店舗利用客の行動データの理解を進めようとしている」と指摘する。
なぜ書籍からECをスタートしたのか。生きたアナリスト経験
Amazonが書籍の販売からスタートした点には、ジェフ・ベゾス氏が経験したアナリストの視点が生きているという。
本の種類は豊富で、政治、経済、歴史、芸能、エンターテイメント、アート、建築、思想、宗教、健康、料理、教育、趣味など多岐に渡る。そのため、「消費者の趣味嗜好、興味関心などが顕著に理解できる商品群である」(Derek Adelman氏)。
ジェフ・ベゾス氏は、書籍の販売から得られる消費者データには、いろいろな使い道があると思ったのだろう。データドリブンの考え方を当初から持っていた。モノを売るというよりも、消費者は何がほしいのか、どんなことに興味を持っているのか、というデータを得ることに重きを置いた。つまり顧客理解だ。(Derek Adelman氏)
そして、リアル店舗よりも多くの品ぞろえを確保できるという優位性、そして行動を収集、蓄積するための製品ページも数多く展開できる点も、ジェフ・ベゾス氏のアナリスト経験が生きているという。
製品ページが多ければ多いほど、消費行動を把握し、消費者の行動を理解できるようになる。訪問者のリファラは? eメール経由なのか? 広告経由なのか? 最初の訪問から過去の閲覧履歴まで可視化しているはずです。ジェフ・ベゾス氏はこうした発想を持ってeコマースを始めた。行動データの重要度を理解しているからこそ、いろいろな施策を打つことができる。(Derek Adelman氏)
書籍のECからスタートしたAmazonの商品展開はご存知の通り。書籍で蓄積した消費者の行動データを活用し、さまざまな商品群へ取り扱いを広げていった。
2008年、ウォール街を襲ったリーマン・ショック。多くの金融システムに関わる開発者もウォール街を去った。だが、これを契機に「ウォール街出身の開発者の設計思想がEC業界にも流れていった」(Derek Adelman氏)と言う。
たとえばマーケティングオートメーション(MA)。Derek Adelman氏によると、2010年前後、米国内でMAツールを提供するベンダーが急増し、MAを活用するEC企業が拡大した。その急増したベンダーの中には、ウォール街出身開発者が関与したケースが少なくないという。
ディーリングシステムには金融機関など投資家があらかじめシナリオを設定し、自動売買をサポートする機能がある。その設計思想は「MAツールの開発などに役立っている」(Derek Adelman氏)。
EC業界未経験でウォール街出身の開発者が立ち上げた米Fanplayrの「Fanplayr」も、Derek Adelman氏が分析するAmazonと同様、ディーリングシステムの設計思想を基に、消費者行動をリアルタイムで収集・蓄積・分析することに重きを置いたECサイト向けのツールである。
現在、本社は米国、支社をイタリア、アルゼンチン、フランス、オーストラリアに構え、大手ECを始め、航空会社やポータルサイトなどが「Fanplayr」を導入。顧客理解を促進しようとする企業の利用が急増しているという。
日本市場は元ロイター/TIBCOの金融システム事業に携わった上田英明氏が立ち上げたJAMU株式会社が、日本を含むアジア・パシフィック地域の窓口となり、事業を展開している。