通販新聞 2020/1/21 9:00

生活雑貨を扱う中川政七商店。同社ではブランディングを重視し、こだわりのEC戦略を展開している。店と連携してブランド価値を高め、仮想モールからの退店や細部まで考え抜いた自社ECのUI構築など、大胆な取り組みを進めている。ブランド価値向上、自社ECの存在意義、店舗とEC相互の融合や使い分けなどさまざま面で独自のあり方を進める中川政七商店の戦略について、同社取締役でコミュニケーション本部本部長の緒方恵氏にロングインタビューを行った。

ECは店舗接客の打率を上げるためのデータベース

中川政七商店 通販新聞 日本市 遊中川
取締役兼コミュニケーション本部部長の緒方恵氏

──自社ECを開設した時期はいつでしょうか。

私が会社にジョインしたのは3年前の2016年の8月になりますが、ECを始めたのは12年前頃のようです。

──仮想モールの出店状況はどのような感じですか。

具体的なタイミングは分かりませんが、自社ECの後に「楽天市場」に出店しました。ただ、「楽天市場」は昨年8月に退店しています。

──MD展開において、店とECでの違いはどのような点でしょうか。

大きく2つあり、1つは規模の問題です。当社の場合、小さな店舗であれば30坪で、大きいところでは130坪になります。そのお店の中でカテゴリーは同じですが、SKUは棚に応じて異なります。一方、ECではおよそ5000点の商品を扱っています。

もう1つとしては、当社は3つのブランドを運営しています

まず「遊 中川(ゆう なかがわ)」は、“日本の布ぬの”をコンセプトにしたテキスタイルブランドです。アパレルやストール、バッグなどを扱っています。当社は300年麻織物を扱い続けています。知見が一番生きるのがテキスタイルや織物文脈なので、会社の立ち上げに紐づいているブランドです。

中川政七商店 通販新聞 遊中川
遊 中川(ゆう なかがわ)実店舗の様子
 (中川政七商店ECサイトから編集部がキャプチャし追加)

次に「日本市(にっぽんいち)」というブランドは、全国の観光地にお土産がありますが、お土産はその土地の歴史を踏まえてそこで作られるべきだという課題感があります。土地の土産物を自分たちで再構築して、商品を制作販売するというコンセプチュアルなブランドです。

中川政七商店 通販新聞 日本市
日本市(にっぽんいち)実店舗の様子
(中川政七商店ECサイトから編集部がキャプチャし追加)

そして「中川政七商店」がブランドの規模としては一番大きいです。工芸技術を生かした生活雑貨を総合的に扱っています。工芸の本質は、日々の生活を便利にしたり心地よくしたりする技術、日本の歴史と気候に合わせた技術の集積体なので、アップデートをかければ今の生活においてもとても有効な雑貨をご提供できるはずだという考えのもと、商品を展開しています。

中川政七商店 通販新聞
11月1日にオープンした渋谷店内の様子
(中川政七商店ECサイトから編集部がキャプチャし追加)

以上の3ブランドを展開していますが、ECであれば全ブランドを買えるのが、ECの特徴になります。

──店とECで売れ筋や顧客の反応は違いますか?

店頭でさわって態度変容が起きやすい商材と、買ってからでないと体験しづらい商品があります。例えば靴下の履き心地、ストールのふかふか感、フキンの吸水力など、ECだと「想像」はできますが「実感」は持ちづらいです。店舗であれば実際にさわることができます。さわった上でこういう工芸技術が注ぎ込まれて、こういう職人技が入っているという品質の裏打ちやモノの背景をお伝えし、それによって価格のハードルを乗り越えるコンテクストデザインを行うのが店舗活動です。

ECでもストールのふかふか感やフキンの吸水性を伝えるような画像を掲載することはできますが、お客様は想像しかできません。一方、土鍋の場合、釉薬(ゆうやく)のさわり心地のような触感の部分もありますが、サイト上でぐつぐつと煮立っている様子を動画で見せることができます。とはいえ、私たちは鍋が売りたいわけではなく、おいしい鍋を作って家庭がハッピーになる時間を提供したいというのが本質です。商品のスペックを説明するよりも、「この商品があるからどういうことが起きるか」というのが本質です。そのために歴史に紐づいた技術や使う喜びを、接客やウェブの記事でお伝えしているのです

中川政七商店 通販新聞 土鍋
商品ページに掲載された商品紹介動画
(中川政七商店ECサイトから編集部がキャプチャし追加)

当社の定番商品の「花ふきん」は1枚が700円しますが、一般的な感覚からすると割高になります。ただ、店舗でさわってくれさえすれば絶対に良さが伝わるという自負があります。そこは私どもがメーカーからSPAに事業転換した本質でもあります。品質を直接伝えることさえできればすべてが解決するのに、メーカーという立場になると卸問屋があり、仲卸があり、さらに小売店があってお客様に届くという経路になります。となると、お客様がどう喜んでいるかを、私たちは知ることができません。加えて職人の手仕事なので、価格が上がってしまうところに中間業者が入ると余計に高くなってしまい、適正な価格ではなくなるという問題もありました

そこを、最近では「DtoC」という言い方になるのかもしれませんが、メーカーが直接販売する「SPA」で展開することによって、適正な価格を保持しながら職人にも適正なお金を払うことができる状況をしっかり作るのが大事になります

これまでは「工芸品が大量生産品に比べてなぜ高いのか? その理由は?」ということをお客様が知る機会が少なかった。工芸は本来的には日本の気候や風習の中で生活する上で歴史を積み上げながら、利便性をより高くより心地良くするための技術の集積体であり、使われてこそ価値があります。私たちとしては、直接伝えることができれば態度変容を促せるということが結論ですので、店舗で直接語りかけて、直接さわってもらうというのが事業の根幹であり、出発地点です

──店舗に比べると、EC側で工芸の良さや歴史を伝えたり、さわり心地をアピールするのは非常に難しいのではないでしょうか?

リアル店舗の強みとしては、「実物をさわれる」「その場で質問ができる」「比較検討がしやすい」「店内回遊が容易」「理由が明確ではない入店がある」「商品をすぐに持ち帰ることができる」といった点になりますが、これがECになると全部逆になります。つまり「実物をさわれない」「回遊しようとすると都度クリックや検索が必要」「理由がないと来店しない」などです。

一方で、店舗は「展示SKUに限界がある」や、旅先の買い物などで「再来訪が困難な場合がある」といった弱みがありますが、「ECサイトは再来訪が容易」です。UX的には店舗は「レジ待ち」が問題となりますが、ECではレジ待ちは発生しません。店舗で鍋を使って湯気が出る瞬間をお見せすることはできません。つまり「実際の利用シーンを見せるのは困難」というハンディが店舗にはありますが、ECであれば動画でお伝えすることができます

ECと店舗の役割分担で言うと、店では見せられない利用シーンのコンテンツをEC側で用意しておけば、店舗でストーリーテリングをして触感を説明している際に、スタッフがECの動画を見せて「こんな感じになります」と案内することができます。つまり、ECというのは店舗の接客の打率を上げるためのデータベースであり、これがとても重要な要素だと思います

このほかにはECであれば接客はサーバーが対応する限り可能ですし、ECは情報伝達量に限界がないというのも特徴です。このあたりの強みと弱みは相互補完的なので、ECと店舗で片方のチャネルしか機能していない状態というのは弱みをさらしたままでお客様に向き合っていることになります。ということは利便性をお渡しできていないということです。それはおもてなしに欠けています

今の生活に合わせてアップデートしないとすべての物事は陳腐化します。今のお客様の動きに合わせるというのが前提で、お客様の期待の延長線上のまま期待を超えるというのが企業活動だと思います。その前提を踏まえて会社のカルチャーに柔軟性を持たせておく。変化に対して柔軟である、変化を恐れない、ということをカルチャーとして落とし込むというのがこれからの時代にますます重要になるという気がします。

EC上で商品情報をリッチにしておくと、接客でしかインプットできなかったコンテンツをお客様が自分で選んで見に行けます。つまり接客と同じ品質の情報が入ってくるという状況をECで作ることはできます。これによる副次的な効果は、スタッフのマニュアルになるということです。教育機構として機能するというのはECの役割としてはすごく大きいです。入社が内定した人に「ECの全ページを読み込んできて」とするだけで教育コストがすごく下がります

ECと店舗の部隊がそれぞれ会社で違う動き方をして連携がなされないことがあります。接客の品質となるデータベースの基準がそろっていれば、ECと店舗でコミュニケーションの矛盾が発生しなくなります。つまりお客様の反応として「店ではこんなこと教えてくれなかったけど、ネットには書いてあるじゃないか」や、あるいは逆もしかりですが、こうした事態を発生させないために従業員みんなの拠り所となる情報をすべてECにそろえ、ECと店舗の品質を統一させる役割もあります

お客様接点を持っている人間こそがブランド

──ECが果たす役割は非常に大きくなりますね。社内的なコンセンサスやサービス品質の均一化という意味でもECがまず指標になると?

お客様からすると、「ブランドの顔」=「店舗スタッフ」です。ECを使うお客様からすると、「ECのページ」であり、もっと言うと「梱包するスタッフ」=「ブランドの顔」になります。経営層が考えていることよりも、ブランドの入口となるスタッフ、お客様接点を持っている人間こそがブランドなので、そこをどのように統一するかが大事になってきます。

──ECは教育ツールや品質統一化の手段として非常に重要だと思いますが、他社ではそうした点にKPIが置かれず、売り上げだけを見ている気がします。

会社全体をグロスで考えた場合、店で売れているのかECで売れているかは大きな問題ではありません。しかし、事業ごとにKPIを分けると、そこはコンフリクト(衝突)します。これは会社の設計の問題です。

当社の場合、組織を大きく「つくる」「伝える」「支える」の3つのチームに分けています。「つくる」というのは商品企画のチームで、「伝える」はフィジカルの(物理的な)意味でも情報という意味でも、お客様との接点を持つ人たちで組織立てています。店舗も卸もECも伝え手チームにまとめたことで、どこで売れても構わないという設計になります。

課題というものは基本的には会社の都合で発生することが多いです。その時に柔軟性をもって変革できるかがすごく大事になります。組織図を変えるということで言うと、組織を柔軟に変革することができなければ課題を置き去りにしていることと同じ、くらいに考えています。

当社でも2016年以降3回大きく組織を変えていますが、要するに「何かを解決・改善するために最速でそれを行える組織編成に変えている」ということです。解決したら次の課題を解決するためにそれを最速で行える組織にまた変える。基本的にはこの繰り返しです。組織図に合わせて課題が発生してくれるわけではないので、課題に合わせて組織を変えなければ適切な解決法を選択している事にならないのです。

お客様が損をすると最終的にブランドが毀損する

──お話をうかがっていますと組織図を見直すというのは重要ですね。

そこにメスを入れないとECが持つさまざまな文脈の強みが最大化しないのです。最大化しないとお客様の利便性が下がるという現象が起きます。一般論としては、例えば店舗に行ってキッチン用品が気に入ったけど、奥さんの許可をとらないと買えないとします。お客様が「妻と相談します」と言って帰ることは結構あります。そのお客様がECを知らないと仮定して、店舗スタッフが「ECでも同じものが買えますので、よろしければそちらでどうぞ」と一言伝えれば、ECの存在を認知してもらい、店に再来訪せずとも意思決定ができるということをお客様に情報として渡せます。

KPIが縦割りであれば、店舗スタッフはその一言をなかなか言わない。それはお客様からすると利便性を欠いている状況になります。ECを知っていれば店に再来訪する必要がなかったわけですから。会社の組織体が原因でそうした状況が生まれる。結果、損をするのはお客様です。お客様が損をすると、最終的にブランドが毀損しますので、真綿で自分たちの首を絞めることになります。そういう構造を見直すには組織図を変えなければいけないと思っています。組織図が変わらないということは課題が変わっていないということですので、前進していないということだという風に捉えています

──店のスタッフの評価制度も工夫していますか?

はい。店舗スタッフの評価は店の売り上げに連動しますが、当社ではそれだけで評価をしていません。「より良い伝え方をしたか」というものを測る指標をいくつか設定しています。ほかにもお店のファンの数の可視化をしていて、お店の「LINE@」の友だち数をKPIとして、「あなたの店の情報がほしい」もしくは「あなたの接客が良かったので、あなたからの発信がほしい」という反応をLINE@で見ています。売り上げだけで判断はしていません。最近はDtoCブランドが増えて、店舗に在庫を持っていないという世界もあるので、お店の売り上げで評価するという概念が陳腐化しつつあります。私たちもそこを見越してテストしています。

中川政七商店 通販新聞 LINE@
店舗毎にLINE@が登録できるようになっている
(中川政七商店Webサイトから編集部がキャプチャし追加)

グロスの売り上げで経営層も店舗スタッフも判断できれば、全体で上がっているか下がっているかだけが論争になるので、個店の売り上げの多寡は評価に関係ない。売り上げが少ない店であっても、ECをすごく推薦してくれているというケースもあります。ただ、そこは現状ではなかなか計測が難しい。計測できないものは指標化せずに、別の仕組みで解決するという発想です。グロスの売り上げしか見ないというのは、1つの解決法です。このあたりは引き続き実験と相談を重ねながら最適化をしていきます。

コミュニケーションの基準は「接心好感」

──ECの集客ではどういった取り組みを行っていますか。

当社はコミュニケーションの基準として広告をやっていません。ゼロです。

──オーガニックで流入してくると?

そうです。当社はブランディングをすごく大事にしている会社なので、バイネーム(指名)検索がどれだけ増えるかというのはすごく重要な指標の1つです。商業ビルで偶然当社のことが横目に入ったお客様や、結婚式の引き出物に当社の定番商品である「花ふきん」をもらった人もたくさんいると思います。それがブランドのネーム、ロゴ、もしくは店構えと一致しないと、当社にとっては見込み客からの認知になりません。ブランドを想起していただくというところでブランディングは非常に大事だと考えています。

逆に言うと、ニュースで見た、その結果として名前を覚えたというのも認知です。これまでも横目で見ていたけど気になる商品があって、近づいてみると気に入ってブランド名を覚えていただく。このように名前が明確に認知された瞬間以外は基本的には眠っているニーズやファンだったりします。バイネーム検索は、顕在化した認知という意味で、ブランドの強さを測るための重要な指標の1つと捉えています

ただ、既存客はバイネーム検索をする必要性は減ってくる。重要だと思うのは既存顧客の量が純増し続けていることと、新規と既存のバランスが常に一定であること。新規が増えたというのは、すごくいいことですし、既存が増えていれば、愛されているブランドだという解釈も可能です。それが既存客が積みあがっていない状態で新規が増えていても、バケツに穴が開いている状態です。新規のお客様に伝えるというのと、既存のお客様をちゃんとおもてなしして積み上げるというのは基本的にワンセットになります。

──ECサイトの売り上げはどのくらいですか。

前期末時点(2019年2月期)で、年商6億円程度です。基本的には伸び続けています。

──中長期的な目標や規模間の計画はありますか。

EC売上比率を伸ばすことがゴールではありません。そこは明確な指標化をしておらず、グロスで見ています。EC比率を指標化すると、リソースの投資が歪んでしまいます。ECレコメンドに極端に偏重したり、お店のレシートにECで使える初回クーポンを付けてみるなど、本質的ではない伸ばし方になってしまいます。

もちろん事業としてお客様の会員登録を経て、情報発信をして良いというパーミッションをとれると通販の基本としてはF2転換(2回目購入)の容易さがぐっと上がります。べき論としてはゴリゴリとやるべきですが、当社ではコミュニケーションの基準というものがあります。広告を打たないということもそうですが、コミュニケーションの根底には当社で使っている言葉「接心好感」という基準があります。これは伝え手の仕事を具現化した言葉です

店舗で接客を頑張ろうという場合、売り上げを伸ばすことに頑張る人もいれば、お客様に話しかけることに頑張る人もいれば、自分が好きな商材について説明する人もいる。「接客を頑張る」というキーワードの方向付けの精度は甘いわけです。私たちは「売る」ということを指標の1つという捉え方をしています。お店の人には「まずやってほしいのは、心に接して好感を得ることだ」と伝えています。当社では接客という単語をすべて「接心好感(せっしんこうかん)」に置き換えています。これが僕たちのコミュニケーションの根底にある基準です。

中川政七商店 通販新聞 接心好感
コーポレートサイトにも明示されている。「お客様の心に接し、お客様との間に好感が生まれること」を指す
(中川政七商店採用サイトから編集部がキャプチャし追加)

広告は面で配信して、ごく一部の人に刺さってコンバージョンに至るわけですが、コンバージョンした人の分析はデジタルでは強いです。数字が可視化できているので効率を上げることも簡単で、課題も改善容易性が高いです。しかし私たちが接心好感として大事にしているのは、広告で届かなかった残りの人たちです。この残りの人たちは「そのブランドの情報が欲しい」と宣言しているわけではないのに、自分の目にその広告コンテンツが目に入ります。その際、何も感じないか、もしくはノイズと思うわけです。となると、私たちの基準としては、広告で好感を得るのはあるべき姿とは真逆のコミュニケーションになります。

一方でメールマガジンやLINE@は、「接心好感」を経て、「あなたのブランドやあなたのお店の情報が欲しい」というところから始まり、かつお客様が自分でやめることができます。それが私たちのコミュニケーション基準としてはすごく適切。そのためメールマガジンやLINE@の受け取り人数はすごく重要な指標になります。

私が入社した時のメルマガ経由売り上げ比率は5%くらいでしたが、今はメルマガとLINE@合計で経由売り上げは40%くらいまで上がっています。

──広告を打たないのは「接心好感」と真逆だからということですね。

ブランドを毀損しないのが重要です。どちらかと言うとPLではなく、心理的にも金額的にもBSが何よりも重要だと考えています。特にブランドは、心底信頼するようになるには体験の積み上げが必要です。そのためには積み上げがずっと続いているというのが大事ですから、今突如としてモノが売れるというのはそれほど重要視していません。

店舗はファンを獲得する一番有効なメディア

──集客面はオーガニックの流入がメインということですが、それ以外の流入経路はありますか?

接心好感の延長で、来店されたお客様にECを適切にご案内するのが最大の集客手法になります。店舗の位置づけは、すごく簡単に言うと「ファンを獲得する一番有効なメディア」です。何故かというと、店舗は五感が使えますし、直接フェイス・トゥ・フェイスのストーリーテリングがあるので、態度変容を促すためにやれることが多いです。一方のデジタルは基本的に視覚情報でしか物事を伝えられない。態度変容を促すという意味ではリアル店舗の力はとても強いです。デジタルマーケティングにどれだけ投資しようが、ある店のスタッフが3人接客すれば、3人獲得できます。

──そういう意味で一番有効だと?

そうです。

──店をメディアと考えるのは非常に面白いですね。

ただ、メディアの使われ方としては多様性があります。決済をする場でもあり、お客様が試す場でもあり、伝える場所でもあり、知る場所でもある。我々が路面店ではない、商業施設に置いているのは販促的な側面があります。

──人通りがあるところで店への集客をしないと、メディアとしての力を生かせないということですね。

はい。これもフェーズによって考え方が変わる可能性はあります。わざわざ目指してくださるお客様だけで構成できるのであれば、路面にしたほうが固定費は下がるということはあるかもしれませんが、僕たちは工芸の技術の素晴らしさを日本人にあまねく知ってもらうのがミッションなので、ブランドの強さを維持したまま成長するというのがすごく重要だと思っています。ブランドの強いチェーンストアを目指しています。そういう意味では路面店を増やしていくというのは今の所あまり考えていません。

入社1カ月で直販サイト1本化を提案

──今年3月に自社ECサイト「中川政七商店公式サイト」をリニューアルしました。改善した点を教えてください。

ずっと同じCMSを使っていたので、やれることが限定していました。お客様を知るための分析の機能やデータ連携のところで限界がありました。より効率的な現代的デジタルマーケティングを備えたEC運営という意味で言うと、お客様を知るということが売り上げを最大化する1番のメソッドになります。知ったお客様の状態に合わせて適切にコミュニケーションを図れるということこそが真実です。それができる基盤にしなければ、話が始まらないというのがリニューアルの経緯です。

入社して間もないタイミングで、「このままだと、ECで数字を上げていくのはすぐに頭打ちがきます」と言いました。もちろんやれることはやって売り上げを伸ばしてはいましたが、もっとドラスティックにするために、リニューアルが必要ですということを伝えたのです。

そしてブランド体験という意味では、当時出店していた「楽天市場」では私たちのブランドを覚えてもらうという行動が薄まってしまいます。良い体験をしてもらってブランド名をしっかりと覚えてもらうことで、ファンの絶対数が積み上がります。そこで直販サイト1本に絞りたいというのは、入社して1か月目のプレゼンで伝えていました。当時の社長(現会長)が、ブランドの強さこそがすべてだというカルチャーを練り上げていたので、こちらの提案をすぐに承認してもらいました。

──そのプレゼンから2018年8月の「楽天市場」退店まで時間があります。その間はどういう時間だったのでしょうか?

簡単に言いますと、教育と組織再編成の時代です。

自分がグリップして教育できる機構というのは一つの組織にまとめないとしづらいので、まずはそれを行い、ほかには「接心好感」などの言葉化や指標の整備、OJTに取り組みました。ビジョンやそれに紐づく言葉は非常に強いのですが、ECについての言葉の在り方や、全社的にも言葉の精度を高めたほうがいいということもあり、戦略伝達の容易性を高め、会社のカルチャーを伝達しやすくするために言葉を筋肉質にしていきました。その過程でオペレーションを改善するというのを並行して走らせました。EC運営のやり方にムラがあったので、教育をしながらオペレーションを改善していきました。売り上げが伸ばせるメドが立ち、すべての準備が整ったのが2018年8月でした。

──ECサイト刷新で言うと、スマホでのUI・UXに力を入れたようですね。

PCはほぼ見ていないです。当時で8割がスマホでした。今も比率はそれほど変わっていません。当社は工芸業界の教育事業やコンサルティング事業などもやっており、官公庁や自治体、デベロッパーさんのアクセスが多いので、PCは企業情報にすぐにアクセスしやすいように作っています。例えばPCではコーポレート情報にアクセスしやすい環境にしています。

──PCではトップページの上部の目立つ位置にコーポレートサイトへ遷移できるボタンが設置されているんですね。

そこからコンサルや教育、地域活性事業などの案内をしているページに飛びます。PCではこのようにBtoB向けの導線を強くしています。デザインもごくシンプルです。

──スマホだとコーポレートサイトへのボタンはないのですか?

スマホでは、一番下にあります。スマホではUX考察やデザイン・トンマナ構築、その他あらゆるリソースを投下しました。

現代社会からすると変わったUXになりました

──スマホの操作性をかなり意識した作りになっていますね。

大体のサイトが上下のスクロールですが、コンテンツを理解したり自分に必要なものを見つけるという観点で言うと、スクロールというのは自分に必要なコンテンツが出てくるかを流れるスクロールを見ながら、出てきたら止めて、改めて再習熟する。これはスロットの目押しのようなことをやり続けているに近く、無意識的な負担が非常に高いという仮説を持っていました。

そこで「LINEマンガ」は、漫画なのでコンテンツが1つの画面で完結します。その事実に加え、「インスタグラム」のストーリーズはタップするとコンテンツが切り替わる。インスタグラムはタイムラインよりもストーリーズのほうが閲覧比率が高いらしいです。その理由として、ユーザーインタビューの結果、スクロールが面倒だという声がすごくありました。

ストーリーズは一番上にあって、タップだけで次のコンテンツに移動する。それはLINEマンガもそうです。それらが紐づいて「指を動かすことすらお客様にとってはストレスなんだ」という仮説が固まってきました。指の次は視線です。決定打は、LINEマンガは快適だけど、キンドルは面倒だと思うことがたまにありました。UX自体は一緒だけど、キンドルとLINEマンガを分けているのは視線の問題です。

要するにキンドルは上下に目を動かしながら見ていく必要があります。漫画はパッとみて全体を把握し、文字量も少ない。そこで改めて一般的なスクロールのサイトとして例えば「食べログ」を見てみると、キンドルに比べてそれほど文字を読む行為がストレスではない。そこで気づいたのですが、PCで文章を読む際にマウスでなぞりながら読む。あれと同じ現象がスマホでもあって、読むときに画面の上端に目線を合わせてそこで読む。読んだら収納していく。つまり視線を動かさずコンテンツを読み込めるためストレスが少ないという結論になりました。

今の話をまとめてモック(試作品の模型)を組んだのですが、バナーのような映像情報が主となるようなものは、画角を固定して目線を動かさないで指の動きがほぼないという状態のほうが認識率が絶対に高くなるはずだという仮説を導き出しました。一方、文章に関して言うと、画角を固定すると視線を動かさないといけないというストレスが発生するためこちらはスクロール型が望ましいという切り分けをしてモックを組みました。

モックサイトをザザッと見て「どんなコンテンツがありましたか」というテストをしましたが、スクロール型のサイトに比べて認識率が2倍以上の差が出ました。読み物のほうは逆に、スクロール型のほうが認識率は高くなりました。

リニューアルの際に、サイトを回遊するのにストレスを可能な限りゼロに持っていきたいという基礎コンセプトにしました。指は伸ばさなくてよく、あちこちいじる必要もなく、目線をたくさん動かす必要もない。

もう1つの工夫はメニュー画面を下に持ってきました。一説によると、日本人は右利きが多いため、7割程度が利き腕ではない左手でスマホを操作しているという話もあります。となると片手で操作できる範囲は真ん中から下になります。そこで操作を画面の下部分でできるようにしたのです。そして、三本線の「ハンバーガーメニュー」をやめて、虫眼鏡にしました。サジェストもその場に出ます。閉じる時も×の部分が広いので適当にタップしても閉じることができます。

中川政七商店 通販新聞
中川商店のスマホページ。左下に虫眼鏡のアイコンが設置されている(写真左)
虫眼鏡アイコンをクリックすると、ブランド一覧などのサジェストがスライドして出る仕様(写真右)
(中川政七商店ECサイトから編集部がキャプチャし追加)

無駄な遷移をさせないという点にも工夫しました。店舗に入店して、ざっと見てもいろいろなものが目に入り、気に入ったものを手に取ります。その過程にストレスはありません。一方のECサイトは商品が全然出てこないとか、いろいろなストレスがあります。そういうものを可能な限り取り除かないと快適な買い物はできません。ユーザーペインを取り除くことを突き詰めた結果、現代社会からすると変わったUXになりました

安易なABテストは集中力の分散を生むだけ

──リニューアルして半年ほど経ちましたが、手ごたえはいかがですか?

売り上げの3~4割を占めていた楽天市場の分を1年経たずに補完できるくらいの伸びを獲得できました。アクセス数やページ閲覧枚数も基本的に150%ずつ伸びています。

細かな部分では「中川政七」という言葉は普通のスマホの検索では一発では変換できません。そこで平仮名の「まさしち」で検索1位をとれるようにしました。

──SEO対策をしっかりと行ったと?

そうです。「紙に『まさしち』で検索」と書いてあると、それでいけるんだという心理作用もあります。それはブランド名を覚えてもらうというコミュニケーションにもなります。平仮名の「まさしち」をお客様の脳内に焼き付けるというのは、企業活動として重要視したほうがいいという結論もあったので、この機に盛り込みました。

中川政七商店 通販新聞 検索結果
Googleで「まさしち」と検索した結果
(Google検索結果を編集部がキャプチャし追加)

まだ仮説を検証しているのは山ほどありますし、トライ&エラーの連続ですが、とにかくPDCAというよりも「DDDD(実行、実行、実行、実行)」という感じです。Dが集まってから全体を振り返って、数字が良かったのか悪かったのか精査し、戦略を作ります。

ABテストもやめさせました。ABテストは使い所を見極めないと集中力とリソースの分散を生むだけで無駄になりがちです。極端に言えば「念の為」という言葉が保険的に作用してデザイナーに真面目に考えるという責任から向き合わなくてもいい機構を渡してしまうことになります。

──でも不安ではないですか?

ABテストの結果よりも、真剣に考えたもののほうが絶対に数字がいいです。大事なのは「どのようにして真剣に考えるという状況を作るか」です。これは前職の東急ハンズのデジタル部門の統括していた時から結論が出ていました。

とにかく、まずは考える時間にリソースを充てたほうがいいです。そして、スタッフ1人だけで考えるのには限界があるので、お客様が喜ぶためにどういうコンテンツにすればいいかという問いかけを上司が適切に行うのが大事です。

なぜかと言うと、一般職の人はPDCAで言うと、Dを職能として渡しているので、その人にいきなりプランニングを渡すのはそもそも暴力的な話です。とはいえ、いずれP(計画)に携わってもらわないと困るので、Pのヒントをあげるのはマネージャーの仕事です。C(評価)とA(改善)はみんなでやる。みんなで振り返らないとチームの力が強くなってきません。というわけで「如何に考えるか?」その力を育むためにもABテストはするべきではありません。必要なのは「適切な問いかけ」です。失敗したら分析と振り返りを行い、それを踏まえて再挑戦をすればいいんです。

──今後についてECの計画は?

まずやれてないことは、店舗で会員登録ができません。今は店舗ではまだスタンプカードです。企業としてはお客様の情報の解像度が上がれば、より適切な「接心好感」ができます。お客様にはポイントか景品か、ゴールドバッジのような形で還元するのかはいろいろなパターンがありますが、それを今システムとして準備しています。アプリではなくまずはウェブで行います。これによって接心好感の品質が上がります。簡単に言うとCRMの質が上がります。

2つ目はブランドに集約したい情報と、お店で発信するべき情報は基本的に異なります。お客様のファンとしてのロイヤリティはブランドよりは店に持ってもらたいたい。人と人が話して良さを伝えるので、「〇〇店の店長から買いたい」という人を増やしたいです。ただ、店長のファンになっても、店のLINE@がないとブランド全体からのメルマガになったりしますので、その店長からのお手紙にはなり得ない。店長のお手紙を実現するのは店舗のアカウントです。みんながECをゴリゴリに使いこなすわけではなく、店舗ばかりで買う人のほうが日本では分母は大きい。リアル店舗にしか来ないお客様の絶対数が多いので、ブランドで何が起きているというグロスの情報も大事なのですが、今お店に何があるか、何が起きているかという情報が一番大事です。「今日これが入荷しました」と、写真をとってLINE@に送るというほうが情報として品質が良く、そのお客様にとってより役立つと思います。「個店CRM」という考え方をしていて、それをどれだけ伸ばすかということを重要視しています

ブランド全体についてはまだしばらくは一括配信でいいと思っています。その理由は、パーソナライズは個店のCRM側でやるべきだと考えているからです。この人がフキンしか買わないという場合に店長がきちんと接客すれば他のアイテムも販売できる自負があります。それは品質に圧倒的な自信があるからできることです。基本、全商品を大声で訴求したい。ただ、接心好感の基準があるので、お客様に合わせて接客とレコメンドを行います。全商品が最高だという前提があれば、接客の品質はおのずと上がってきます

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