「体験こそがブランド価値」「3年後を見据えた動画作り」。Takram佐々木氏×クラシコム青木社長が語る「ECの未来」【第3回】

「体験こそがブランド価値」「『何をやるか』よりも『何をやらないか』の方がブランディングはしやすい」「3年後はもしかしたら、動画で説明しないと聞いてもらえない世の中になっているかもしれない」――。「ECの未来」について語り合った、クラシコム青木社長、Takramの佐々木康裕氏、ヤプリの金子洋平執行役員によるパネルディスカッション。最終回は、小売りやEC企業のブランディング、「北欧、暮らしの道具店」が動画に注力する理由に関する話題を紹介する。
クラシコム青木耕平社長×Takram佐々木康裕氏×ヤプリ金子洋平執行役員によるパネルディスカッション
- ディスカッション①:D2Cとは? なぜ「ブランディング」が競争戦略になる? クラシコム青木社長×Takram佐々木氏が語る「ECの未来」
- ディスカッション② D2Cビジネスで重要なのは「動機」と「希望」。クラシコム青木社長×Takram佐々木氏が語る「ECの未来」【第2回】
- ディスカッション③ 「体験こそがブランド価値」「3年後を見据えた動画作り」。クラシコム青木社長×Takram佐々木氏が語る「ECの未来」【第3回】 ←今回
※アプリプラットフォーム「ヤプリ」のオンラインイベント「ヤプリサミット」で行われた基調講演「ECのミライ」の内容を、記事化したものです。3回にわたって紹介していきます。
UXもコモディティ化している
「誰が」や「パッション」が最後のアイデンティティになる
金子洋平氏(以下、金子氏):青木さんがおっしゃっていた「温泉」の例えが、ブランドなのかなと思います。ここで佐々木さんに「ブランドってなんですか?」を聞いてみたいです。
佐々木康裕氏(以下、佐々木氏):私は、「ブランドとは体験である」と考えています。「CI」(コーポレート・アイデンティティ。自社の理念や特性を社会に共有するために、企業内外に統一したイメージをつくること)や、「VI」(ヴィジュアル・アイデンティティ。ブランドシンボルやロゴデザインなど、ブランドを象徴するデザイン要素一式)という言葉がありますが、私が所属するTakramでは、「C」と「V」の代わりに、「X」を入れるようにしています。
Xはエクスペリエンス(体験)のこと。体験こそがブランド価値だと考えているからです。
ただ、顧客体験(UX)が最大の競合差別化ポイントになるかというと、最近はUXもコモディティ化してきています。そのため、最終的には、UXの先にある「誰が(売っているのか)」、「(作り手の)パッション」がブランドのアイデンティティになるんじゃないかなとも思っています。

金子氏:そもそも、いつから「ブランド価値は体験」と考えられるようになったんでしょうか? モノがあまりないときは、モノの方にブランド価値がありましたよね。特に誰もが知るような高級ブランドであればなおさら、そのブランドや商品自体に価値がありました。今は世の中に商品が溢れてコモディティ化したから、ブランド価値が「体験」に寄ってきたのでしょうか?
佐々木氏:昔はなんであんなに、ブランドが「ビジュアル訴求」に力を入れていたかというと、接点が限られていたからなんですね。ブランドからのメッセージを届けたくても、テレビCM15秒、新聞広告の小さな枠とか……。限られたスペースでブランドを届けるには、同じメッセージを連呼したり、目立つロゴを作ったりするしかありませんでした。
でも今は、枠は無限大。「北欧、暮らしの道具店」さんのように、Podcastを30分ほど配信したり、今取り組んでいる「映画」だって作れます。しかも、「北欧、暮らしの道具店」さんのPodcastは再生完了率がすごく高いと聞いています。
青木耕平氏(以下、青木氏):はい、すごく高いです。
佐々木氏:CMを15秒打つよりも、Podcastを30分間聞いてもらう方が、数としては少ないけれど、「没入体験」を作れるんですよね。
企業は消費者の「五感」を全て刺激しながら、ブランドのアイデンティティを作れる時代になりました。いろいろなテクノロジーの発達によって、それらが可能になってきたとも言えます。

「曲を聴いてから買います」はブランドになっていない
金子氏:青木さんは、「ブランド」についてどのようにお考えですか?
青木氏:ブランドがブランドとして機能する状態は、ミュージシャンの新譜に近いと思っています。たとえば、私がアーティストの「Mr.Children」が好きだとしましょう。ミスチルが次のアルバムを出す時に、「まだ聴いてないけれど買いたい」という状況が起きるか否か。「聴かなくてもミスチルなら買う」ことがブランドで、「聴いてから買います」はブランドになっていないんですね。
ブランド名を聞いただけで、お客さまが過去にそのブランドに起こった出来事、そのブランドを作っている人たちが誰なのかを一瞬で想起できてこそ、「ブランドとして機能している」状態です。
どのような形であれ、結果としてお客さまの「期待」を生み出せているのであれば、大小、種類にかかわらず、それは「ブランド」と言っていいんじゃないでしょうか。
私たちが映画を撮影しているのも、「『北欧、暮らしの道具店』がここで映画を作ったら面白くない?」という思いがあるからなんですね。
お客さまから「こう思われたい」というところに向かって印象的なエピソードを意識的に作っていけるか。“無意識的”に発生することも、意識的に1つのコンテキストに織り込んでいけるか。その意味では、わざと「損する」ことも重要だと考えています。

アイデンティティとは、「何をやるか」よりも「何をやらないか」
青木氏:わざと損をするというのは、あえて収益になることを手放してでも、「やらないこと」を明確にして行動することを意味します。実は、「何をやるか」よりも、「何をやらないか」の方が、ブランディングはしやすいんですよね。これは、ブランドを作る上では重要なファクターになります。
佐々木氏:短期で見たら合理的ではないけど、長期で見たら効いてくるということありますよね。イギリスに、企業のストーリーテリング作りをお手伝いしている会社があります。その会社は、「企業は確固たるナラティブストーリーテリングを持つべき」として、さまざまな企業をサポートしています。
彼らの支援先企業の成長カーブが非常に興味深い。最初の3か月くらいはほとんど変化がないんですが、途中からぐんと伸び、時間が経つことに指数関数的に成長していくんですね。彼らの言葉を借りると、この状態は「コンパウンドグロース」といいます。
コンパウンド(複利)は、1を2、2を3にするのではなく、1を1.01にし、そこに1.01を掛けて……と積み重ねると、最初は変化がないものの、そのうち複利計算の原理が効いて急成長を遂げる。
これは非常に大事なポイントで、ブランディングはすぐに成果を求めてはいけません。まず、ナラティブなストーリーテリングを構築していき、熱心なファンを集め、そのファンにまた拡散してもらうことを重視します。最初は小さくても、既存のコアなお客さんを逃さないようにすること。コアなお客さんがいる限り、売り上げもブランド価値も損なわれることはないという状況を作ることが、これからのブランド作りにおいて大事になってきます。

「北欧、暮らしの道具店」が動画に注目する理由
金子氏:青木さんは、動画制作に力を入れていますよね。動画とモノを売ることの関係性をどのよう見ていますか?
青木氏:そもそも、私が「YouTube」に注目し始めたのは、中学生の息子の動向を見ていたからなんです。彼は、調べ物をするときにGoogle検索はほとんど使いません。まず、YouTubeの検索ボックスにワードを入れて、見つからなかったらしぶしぶGoogleで検索します。
たとえば、友だちと一緒にゲームで遊ぶためにサーバを立てたいとなったら、まずYouTubeで検索。そこに必ずと言っていいほど答えがありますし、動画であれば一次停止しながら真似して作業できます。文字で情報を得るより、よっぽど効率が良いんですね。
これからこういう人たちが増えると思いますし、実際、私自身もなんでも動画で見るようになってきました。今はもう文章を読むのが億劫で。何か調べ物をするにしても、1分のサマリー動画があったらそっちをチェックします。
となると、ECの在り方も大量のテキストや写真で比較していた時代から、インフォマーシャルのように、流れてきた動画で紹介された1つの商品に深く納得したらそのまま買うようになるかもしれません。

ECの世界において、「選択しない、受動的な購買」がメインストリームになる可能性があるとしたら、そこに向けてどういう風に準備をしたらいいか。まだ完全に答えが見つかっているわけではありませんが、少なくとも、今の時点で「動画は情報効率が悪い」「比較しにくい」と目を背けていたら、3年くらい後に圧倒的な差がつくと思います。
どうしたら良いかわからない今だからこそ手をつけておくべきで、3年くらいやっていたらわかる日が来るはずです。
なぜ、人はドラマ視聴中にテレビCMも観るのか
佐々木氏:青木さんがおっしゃっている動画とは、商品紹介動画ですか? YouTubeでドラマも配信していますよね。
青木氏:全部です。なぜ私たちが映画やドラマも作っているかというと、商品紹介の動画しかないサイトで、本当にお客さまは商品の動画をチェックしたくなるだろうか? と考えているからなんです。たとえば、ドラマ視聴中に流れてくるテレビCMはなぜ観られるかというと、それまでドラマを観ているという視聴態度のところに、CMが急に出てくるからなんですよね。
これと同じことで、うちのサイトに遊びにくれば、いつもさまざまな動画を観るという視聴態度があり、そのなかに商品の説明動画もあるから自然と観たくなるのでは、と。
佐々木氏:確かに、CMを見るためにテレビをつける人はいないですよね。
青木氏:そうです。CMを見てもらうためには、コンテンツが必要。でも勝ちパターンはまだわからないですね。今みたいにドラマや映画を作り続けていたら、ハッキリ言ってコストは合いません。
ですが、動画を見る場として圧倒的にそこが魅力的じゃないと、そもそも話を聞いてもらえないので、まずはたくさんの人に、「北欧、暮らしの道具店は動画を楽しんでもらう場所」と理解してもらいたいと思っています。3年くらい続けていたら、「北欧、暮らしの道具店って動画のサイトだよね」と言ってもらえるかもしれない。
その3年後はもしかしたら、動画で説明しないと聞いてもらえない世の中になっているかもしれません。仮にそうなったとしても、先に動画作りを始めていれば、いかようにも対応できます。良い「温泉」の周りでは、宿やお土産屋さんが繁盛していきます。今は「温泉」を先につくっているイメージですね。
金子氏:「動画」に取り組み始めて、何かわかってきたことはありますか?

青木氏:正直に言うと、全然わからない。でも、めちゃくちゃいい匂いはしてきているんですよね。まさに「温泉」が出そうな(笑)。
アプリ経由売上が40%に到達した「北欧、暮らしの道具店」
金子氏:青木さんは2016年にお話しした時、「アプリは作らん」というスタンスでしたが、結局作りましたよね……?(笑)
青木氏:……はい(笑)。きっかけは、LINEの従量課金化でした。ピーク時、売り上げの35%がLINE経由だったことがあるんですが、その頃の「LINE@」(現在はLINE公式アカウントに統合)は月数十万円の固定料金でした。それが、従量課金になるとコスト構造が激変してしまうと思ったんです。まさに生き死にをかけた状況でどうするかと考え、目をつけたのがアプリだったんですね。

当社の場合、最初にヒットしたSNSはFacebookページでした。でも、2010年代前半頃からFacebookページからの誘導が落ち込みました。幸い、その頃にはInstagramを始めていて今度はそっちが伸びたので、なんとかなりました。
その後、Instagramの伸びも鈍化してきたのですが、その時に始めていたLINEがものすごく伸びて救われました。しかし、LINEが従量課金化……。さあどうしよう、となったものの、LINEの先に乗り換えられるSNSが見つからなかったんですね。
合わせて私たちがやっているいろいろな活動が、YouTube、Spotifyとさまざまなプラットフォームに分散し始めていたので、1つのサービスとして認識していただくための「場(プロダクト)」が必要だとも感じていました。
総合的なプロダクトなのに、Webではそれが表現できない。まずお客さまに来ていただき、「どれか触ってもらえたら、必ず『北欧、暮らしの道具店』の良さがわかりますから」という場所を作る上でもアプリはピッタリでした。
金子氏:成果はどうですか?
青木氏:2019年の年末にリリースしたんですが、2020年3月頃にマーケティングの勝ちパターンが見えてきまして、急速に伸びました。今ダウンロード数は50数万件で、MAU(Monthly Active User、月間アクティブユーザー)が26万ユーザーほど。売り上げベースでは、40数%がアプリ経由となり、気付けばアプリは欠かせない場所になっていますね。
雑貨店らしく、「かわいいからホーム画面に持ってこよう」と思ってもらえるのはどんなアイコンだろう? とかそういうところにも非常にこだわって作っています。2021年の春くらいには、100万ダウンロードされるかなと見ています。
(収録日:2020年9月8日、構成:ネットショップ担当者フォーラム編集部 公文紫都)