世界の潮流から見るデジタル活用。「What(何ができるか)」から「How(どのように)」へ
新型コロナウイルス感染症拡大によって、グローバルで企業のデジタル活用の在り方が変わった。世界最大のテクノロジー展示会「CES」、全米小売業協会(NRF)主催のリテール展示会「NRF Retail's Big Show」から見えてきた小売業などのデジタル活用、新しい時代への対応ポイントなどを解説する。
「今こそデジタル活用に本気で取り組む」。企業が見せた姿勢
まず、私なりのCESとNRFの全体感をキーワードとキーメッセージでまとめておきたい。
CESは常に「2−3年後の未来」について語ってきた印象がある。2021年について私は、登壇している企業のメッセージを通して「今こそデジタルの本格活用に、本気で取り組む」という強い企業姿勢を感じた。私はこのことを、「WhatからHow」への転換と表現したい。
「What Digital Can Do(デジタルで何ができるか)」から、「How Digital Can be Used(デジタルをどのように活用できるか)」の時代へ。つまり、今まで漠然とデジタルが実現する素晴らしい未来を、他人事のように捉えていた我々も企業も、このコロナ禍で何(What)ができるかを悠長に考えている場合ではなくなった。
CESでは、いかに(How)デジタルを活用して、よりより未来を創っていくかという具体的なアクションを提示している企業に注目が集まったように思う。
これからの我々の生活は、さらなるスピードでデジタル化が進んでいくことだろう。2021年のCESの「Key Trends」にある「デジタルヘルス」「ドローン&ロボティックス」「スマートシティ」「ビークルテクノロジー」の実現には、「5G」と「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が不可欠である。
グローバルでは、すでに多くの企業がデジタルをいかに(How)活用し、お客さまの生活を支えていくか、新しい未来を創っていくかに企業活動をシフトしていることを忘れてはならない。
小売業の明暗を分けたオムニチャネルへの対策
次にNRFについて。オムニチャネルリティリングを基本としたResilience(回復力)の重要性が多く語られていた。NRFのセッションに登壇している企業は“勝ち組”が多い。世界最大のスーパーマーケットチェーン「Walmart」を筆頭に、Stay Homeにより需要が伸びたスポーツ用品店、ホームセンター、家電量販店、一部のD2C企業といったカテゴリ、健康関連業種の登壇が目立った。
彼らの成功要因としてあげられるのがオムニチャネル対策。ECサイトで注文した商品を店舗の駐車場で受け取る「Curbside Pick Up(カーブサイドピックアップ/車中受け取り)」は、どのセッションでも触れられたバズワードだった。
「カーブサイドピックアップ」に注目が集まる理由は、コロナ禍で生き残りを賭けた小売業が店舗の役割や意味の再考、従業員の健康や安全の確保、そして新しい接客や体験提供方法を探り、挑戦を続けているからであろう。
リアルを中心とした小売業は、ビフォーコロナの時代のようなやり方では生き残れない。生き残るために、デジタル化はマストになってきているのだ。デジタルの武器を活用した生き残り戦略の実践なくして、企業、ブランドとしてのResilience(回復力)はない。NRFにおいてもデジタルを活用した「How」に注目が集まるのは当然とも言えるだろう。
デジタルテクノロジーによる「プロダクト時代」の再来
私が注目したCESのセッションを紹介したい。ソニーの新製品群、ベライゾン・ワイヤレスの5Gがもたらす世界、ゼネラルモーターズ(GM)の電気自動車への挑戦は、我々に新しい体験を提供するだろう。そして、これらを2021年は彼らが本気で提供しようとしてきている。これらのトレンドを見ていて、大変示唆に富んだ1つのセッションがあった。
そのタイトルは「Consumer Adoption of New Hardware」(消費者による新しいハードウェアの受容)。このセッションの中で、CESを主宰するCTA(Consumer Technology Association)のリック・コワルスキ氏は「新しいハードウェアの受容行動に必要な5つのポイントがある」と話した。
1. 既存のプラットフォームとの融合
既存プラットフォームとの融合(Integration with existing platform)である。これからの我々の生活には、どんどんIoTデバイスが導入されていくだろう。しかし、多くの人にとっては見たこともない、触ったこともないテクノロジーをいきなり受け入れることは難しい。そのことを考えると、現存システムとの緩やかな融合が、これからのデジタル化されたハードウェアにおいて大切となる。
たとえば、すでに人々が受け入れているテクノロジーとして、スマートフォンやSNSがあげられる。このようなプラットフォームと新しい製品の融合は不可欠だろう。
2. ユーザーインターフェース(UI)の重要性
次はUIの重要性だ。今でもモバイルアプリ開発やサイト改善において重視されるポイントであるが、「いかにお客さまが使いやすい製品・サービスになっているか」を常に確認しておくことは、これからの新しいハードウェア(電気自動車やスマートミラーなど)において必要不可欠な機能と言える。
3. 個人データの安心・安全な保護
3つ目は信頼(Trust)。この信頼が意味することは「個人データの安心・安全な保護を指す」とリック・コワルスキ氏は解説している。企業にとって、IoT化された商品は多くの顧客情報を得ることができる重要なタッチポイントである。この点は2021年のCESにおいて、特にヘルステック領域のセッションでも多くの時間を割いて議論されていた。
せっかくお客さまが受け入れ、利用し始めた商品から個人情報が漏れ出すことや、意図しない方法で企業内、企業間で利活用されるようなことはあってはならない。同意のもとに正しく利活用することを、私が代表を務める顧客時間では「お客さまにデータを返す」と表現している。
個人情報の保護なくして、2020年以降の顧客による新技術の受容はあり得ない。データからわかったことをお客さまへの提案として正しく返すことがデータの利活用はもちろん、製品体験において欠かせない。信頼を生み出すためのデータ活用と体験設計が求められる時代が来ている。
4. コミュニティの重要性
4つ目はコミュニティ(Community)の重要性。これはユーザー間のコミュニケーション、企業との常態的交流を意味する。コロナ禍でさらに躍進したIoT型フィットネスバイクの「Peloton」も、ユーザー間の関係性構築や、カリスマトレーナーとの交流を推進している。この流れは、良い意味でユーザー間の口コミが促進されやすい環境を作り、いつでも企業と対話できる状態の担保が顧客とつながれる時代に必要であることを示している。
この要素はさらにD2Cビジネスにおいても重要になる。お客さまとデジタルでつながり、お客さま同士が自然とデジタルでつながれる環境、開かれたプラットフォームであることを明示することが企業姿勢としても大切だ。
5. 生活への新しい価値提供
最後に重要な点は、お客さまの生活に新しい価値を提供する(Adding Value to Consumer Lifestyle)という、ビジネスの基本に立ち返るような内容だ。
この重要性はいつの時代も変わらないのかもしれない。当社(顧客時間)では「Engagement Value(お客さまが企業とつながり続ける価値)」と呼んでいるが、わざわざ新しいテクノロジーを受け入れてくれる顧客に対して、根源的な提供価値に加えて新しい価値の提供がなければ、そのビジネスモデルは2020年代においてはすでに危ういものと言える。
新しい技術を正しい方法で利活用すること。そして、その技術を通して人々の生活課題を解決すること。新しい生活価値をもたらさない企業は、今後消費者から見放される。その様な企業に、わざわざ高いお金も個人情報も渡したくはない。これらの点を踏まえて、いかに新しいハードウェアを消費者に提供するかがこれから重要になってくる。
これから我々は生活面で、スマートミラーや、スマートウオッチ、ペット型ロボットの「LOVOT」や無人配送ロボット、フィットネスバイク「Peloton」などの、IoT化された製品(ハードウェア)と対峙する機会が増えていく。CESに登壇している企業はそこに本気で取り組んでくる。だからこそこのような製品を我々はどのように受け入れ、活用していくのかを理解することは、大変重要なビジネス課題となってくる。
「デザインの重要性」が見直される時代へ
人々は継続して新しい技術を受容し続けている。そんな状況下、2021年のCESで改めて「新しい製品」「ハードウェア」に注目が集まるのは、ロボティックスやIoTといった“いつか来る未来”として捉えられてきたものが、コロナ禍によってますます現実味を増してきたからだろう。
そして、個人的にはこれらの商品・サービスに対して「デザイン」が再び重要になってくると思っている。
これまでの課題解決はスマートフォンが中心。荒っぽく言えば、2010年頃から「小さな四角い物体の中に詰め込まれたソフトウエア」が重要な時代が続いてきたように思う。
Withコロナ時代においては、それらの商品にはデザインも重要な要素となってくるだろう。プロダクトデザインの時代が再び現れそうな気がしてならない。今後のハードウェア開発は、お客さまの受容行動理解と、それを支えるデザインにも注目していくことで次の未来が見えてくるのではないだろうか。
次回は、NRFについての考察を紹介する。