岩井琢磨 2021/3/15 8:00

全米小売業協会(NRF)主催のリテール展示会「NRF Retail's Big Show」(2021年)において、筆者が注目したのはコロナ禍という状況を打破しようとしている先駆者のセッションだ。誰もが経験したことのない激変に飲み込まれている状況下、それを打破しようとする「先駆者の視点を見る」のは好機と言える。参加したセッションの中から、興味深い事例をいくつか紹介していく。

デジタルへと先にシフトしたのは「顧客」

2021年1月にオンラインで開催されたNRFは、異様だった。

筆者は1年前の2020年1月、ニューヨークでリアルに開催されたNRFに参加した。そのため、2021年のNRFがオンラインに切り替わった戸惑いは確かにあったが、その異様さは単にオンライン開催への違和感だけではなかった。NRF登壇の企業が語る内容への明らかな変化を感じたからだ。

新型コロナウイルス感染症拡大という非常事態において、デジタルへと先にシフトしたのは企業ではなく「顧客」だ。その急激な変化に各社がいかに対応したのかが注目されるのは当然であり、いずれのセッションでも多くの企業が自社のデジタル対応について語っていた。

多くの登壇者が「5年の変化が5か月で起きた」、一部では「5年の変化が5週間で起きた」と形容するほどの激変を経て、パンデミック以前から変革に取り組んでいた企業と、対応で精一杯だった企業の差が浮き彫りとなった

つまり、筆者が感じた異様さとは「実現した過去」のお披露目ショーであったNRFが、「不透明な未来」への視座を各社に鋭く問う場に変容したことにある。コロナ禍の現在の環境は、各社にとって「異常」なものと言える。しかし名画「戦場のメリー・クリスマス」のコピーではないが、「異常も、日々続くと、正常になる」のだ。

コロナ禍という異常が顧客にとっての日常になった時、その先にどのような世界があり、そこで自社はどのように戦うのか。そのような問いに満ちたNRF2021において、「業界全体の空気を読む」ことに意味はない。

参加したセッションの中から、「変化対応」「予測」「戦略意図」の観点から先駆者たる2社の視点を紹介したい。「Walmart(ウォルマート)」と、フィットネスウェアブランドの「lululemon(ルルレモン)」である。

ウォルマートの顧客基点に立った進化

【対応】理念の「EDLP(毎日がお買い得)」はシステムで死守

ウォルマートの業績は2020年第3四半期(8-10月)に鈍化したものの、成長を維持しており、コロナ禍の中でも市場予想を上回った。2020年9月には即日配送などを含むサブスクリプション型の「ウォルマート+(プラス)」を開始。ネット通販の売上高は伸び続けており、2020年第3四半期(8-10月)では前年同期比で79%増と高い数値を維持した。

「ウォルマート+」の紹介ページ
「ウォルマート+」の紹介ページ(画像:サイトからキャプチャ)

ダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)は、「(新型コロナ下で生まれた)新しい消費行動は大部分が持続する。われわれの店舗の強みとデジタル化を組み合わせることが結果につながると確信している」と語っており、パンデミック以前からの変革をさらに進化させていくことを言明している(日経新聞電子版 2020年11月17日より)。

そんな中、NRF2021に登壇したのは2018年8月にウォルマート初のChief Customer Officer(CCO、チーフ・カスタマー・オフィサー)に就任したJaney Whiteside(ジェイニー・ホワイトサイド)氏である。

セッションのタイトルは、“Economic Outlook: Truths and Consequences(経済の見通し:真理と結果)”。Deloitte Chief Global Economist(デロイト・チーフ・グローバル・エコノミスト)のIra Kalish(アイラ・カリッシュ)氏が聞き手となり、鋭く的確な質問を展開。ウォルマートが見ている顧客変化と対応策、その中でCCOが何を主導していく役割であるのかを見ることができた。

NRFのセッションに登壇したアイラ・カリッシュ氏 (Deloitte Chief Global Economist)と、ジェイニー・ホワイトサイド氏(Walmart Executive Vice President, Chief Customer Office)
写真左からアイラ・カリッシュ氏 (Deloitte Chief Global Economist)、ジェイニー・ホワイトサイド氏(Walmart Executive Vice President, Chief Customer Office、出典:NRF2021)

顧客の変化について、ウォルマートのホワイトサイド氏は「多くの顧客が現在の経済状況に不安を持っており、同時にその早急な回復は見込めないと思っている」と言及。そのため安全思考だけでなく、節約志向がより一層広まっているという。

ウォルマートの理念であるEDLP(Everyday Low Price/特売期間を設けず、年間通じて同じ低価格で販売する価格戦略)の真価が問われている時であり、いかに一定の価格で日々に必要な商品を安定的に届けるかについての自社使命の大きさと取り組みを語った。

安全思考に関しては、Pick up(店頭受け取り)やDelivery(自宅配送)サービスへの需要が急激に増加。コロナ初期の2020年第1四半期(2-4月)には、これらのサービス利用は前年同期比300%の伸びを示したという。

Walmartの「Pick Up Delivery」に特化したページ
「Pick Up Delivery」に特化したページ(画像:サイトからキャプチャ)

ホワイトサイド氏は、顧客がオフライン・オンラインのどこから注文しても対応できるシステムをすでに整えていたことが、これらの急激な需要の変化への対応を可能にしたと説明した。

【予測】データ活用のカギは、企業への”信頼”

コロナ禍を契機としてデジタルシフトが定着する環境において、これからのリテールでの競争をどう見据えているのか。カリッシュ氏からの質問が興味深かった。

いま、エネルギー産業からホテル業に至るまですべての企業が「我々はData Companyである」と言い出している。だからこそ、勝ち残るのはデータを最も上手く活用できる企業だ。では、ウォルマートは競争優位を築くために、データ活用によって何をしていこうとしているのか?(カリッシュ氏)

これに対して、ホワイトサイド氏が示したのが「顧客のサービス需要の高まり」という顧客基点の視座だ。つまり、「データは顧客に応えるためにある」というのがウォルマートの答えだ。

急激に需要が高まっているDeliveryやPick Upサービスは、データがあるからこそ成り立っている。顧客は見知らぬ店員が自分のニーズを理解し注文したモノを用意、届けてくれたと信じることができるのだ。

さらなる情報を預けてもらうためには、信頼(Trust)が最も重要だ。(ホワイトサイド氏)

顧客からの信頼とデータを通した顧客理解があれば、ウォルマートが持つ食品と薬品の商品カテゴリーを組み合わせた、より最適な顧客提案を行うことも可能になるだろう。ホワイトサイド氏は次のように述べる。

どんなにデータマイニングやデータ活用が優れていても、顧客にとってそれが快適なことであり信頼を得られなければ何の意味もない。正しくデータを扱い、顧客により良いソリューション、レコメンデーション、そしてパーソナライズ・サービスを提供する。(ホワイトサイド氏)

NRF2021のセッション「Economic Outlook: Truths and Consequences」のようす
セッション「Economic Outlook: Truths and Consequences」の様子(画像:動画からキャプチャ)

【戦略意図】パーソナライズ・サービスの進化へ

「顧客からの信頼とデータを基盤とし、顧客への提案とパーソナライズ・サービスで勝負する」。それ自体は企業のデジタル対応で良く聞くコメントだが、それをリテールのリーダーであるウォルマートが語っていることに大きな意味がある。彼らは本気で、「その世界を作ろう」とするからだ。

パーソナライズ・サービスの1つが2019年から始めている、生鮮食品などを顧客の自宅内まで届ける「インホーム・デリバリー」だ。あらかじめスマートキーを設置しておき、ウォルマートの配達員が鍵を開け、冷蔵庫かガレージまで商品を届けるというサービスだ。

配達員はホームページで顔写真とプロフィールが紹介されており、配達時にはウェアラブルカメラを装着。顧客はこのカメラを通じた配達の様子を、アプリを使って動画でチェックできる仕組みだ。

Walmartのインホーム・デリバリーサービス
ウォルマートのインホーム・デリバリーサービス(画像:ウォルマートのサイトよりキャプチャ)

「このようなサービスが日常になる時代は本当に到来するのか、それをウォルマートが実現できると思う理由は何か」というカリッシュ氏からの質問に対して、ホワイトサイド氏は「顧客からのウォルマートへの信頼が最も重要である」と述べ、それを築くための仕組みを作っていると説明した。

そして、「日常的に必要な食品が補充(replenishment)されていること」の顧客価値の大きさを語った。この視点は非常に重要である。ここにこそ、ウォルマートがCCOを設置した真価があるからだ。

企業は冷蔵庫までのラスト1マイルを埋めることをゴールと考えがちだが、顧客から見れば本当に欲しいのはいつも冷蔵庫に必要なものが「補充」されていることだ。つまりインホーム・デリバリーの本質的な顧客価値をデリバリーではなく「補充」に置くことによってこそ、この先にさらなるサービスの進化が生まれる

ウォルマートが冷蔵庫を顧客接点とし、顧客の使用パターンからAI活用などによって必要なものを判断、顧客が必要としているモノを選択し補充する。そして、その顧客が必要にも関わらずまだ知らない商品との出会いを日々提案し創っていく。その世界が出現した時、他リテールとの競争、あるいはメーカーとの関係にどんな影響を与えるのだろうか。

ルルレモンの顧客体験をめぐる異業種競争

【対応】強みを最大に生かす

コロナ禍に大きな注目を集めた企業として、ヨガウエアブランドの「lululemon(ルルレモン)」を取り上げる。2020年第3四半期(8-10月)に市場予想を上回る売り上げを記録し、直販とデジタル販売の売上高は前年同期比93%増となった。

ルルレモンから登壇したのは、President, Americas and global guest innovation(米国・グローバルゲストイノベーション部門代表)を務めるCeleste Burgoyne(セレステ・ブルゴイン)氏だ。

ルルレモンの米国・グローバルゲストイノベーション部門代表 セレステ・ブルゴイン氏
ルルレモンの米国・グローバルゲストイノベーション部門代表 セレステ・ブルゴイン氏(出典:NRF2021)

ブルゴイン氏は2020年を振り返り、「我々がこれまで投資を行ってきたオムニチャネルの強みが生きた」と述べている。

たとえば、コロナ禍での店舗対応としてあげたのがオムニチャネル能力を最大限に生かした「BOPIS(Buy Online, Pick Up In Store、購入はオンラインで受け取りは店頭)、「Curbside Pickup(カーブサイドピックアップ、車中受け取り)」。そして、店舗に行きたい日時をオンラインから予約すれば、店頭で並んだり対応を待ったりすることなくスムーズに商品を受け取ることができる「バーチャル・ウエイティング・リスト」だ。

これらを実現できたのは、戦略としてProduct Innovation(製品イノベーション)、Omni Guest Experience(オムニチャネルの顧客体験)、Market Expansion(市場拡大)の3つを柱とする「パワー・オブ・スリー」を掲げ、変革を続けてきたからである。

ルルレモンのセレステ・ブルゴイン氏が登壇したセッション「Retail’s rethink moment(小売業再考の時)」のもよう
ルルレモンのセレステ・ブルゴイン氏が登壇したセッション「Retail’s rethink moment(小売業再考の時)」のもよう。左はAmerican Expressの米国マーチャントサービス担当代表、コリーン・テイラー氏(画像:動画からキャプチャ)

ここで重要なのは、彼らが掲げているのが“Omni-channel”ではなく、正しくは“Omni Guest Experience”であることだ。主語はチャネルではなく、顧客にあるのだ。

店舗でルルレモンが重視しているのは、販売よりも体験である。店舗スタジオやオンラインなどで、インストラクターやアスリートらをアンバサダーとして起用し、ヨガ教室などの定期的なイベントを開いてきた。店舗は体験を提供する場だからこそ、顧客を“Customer”ではなく“Guest”と呼ぶのである。

店舗閉鎖期間があったにも関わらず、ルルレモンはコロナ下でも業績を成長させた企業の1つになった。それはルルレモンが単にオムニチャネルを進めていたからではない。販売ではなく顧客体験にフォーカスする姿勢を貫き、顧客とのつながりを維持できたからだ

【予測】フィジカル店舗は“役割”が変化

このような対応で2020年を乗り切ったルルレモンが、2021年以降に見据える変化が「フィジカル店舗の役割変化」である。

デジタルシフトが進んでもフィジカルな店舗の重要性は変わらない。“Omni Guest Experience”にフォーカスし、フィジカル店舗の人員を活かしたゲストとのつながりを創り続ける活動を開発していく。(ブルゴイン氏)

ブルゴイン氏が例としてあげたのは、2020年3月にスタートした「デジタル相談プログラム」だ。エデュケーターと呼ばれる店舗スタッフが、FacetimeやZoomを通じて個々の顧客の相談にオンラインで応えるものである。ブラックフライデーには、4,000件もの予約が入ったという。

ルルレモン の1:1Video Chat
ルルレモン の1:1Video Chat(画像:ルルレモンのサイトよりキャプチャ)

市場もフィットネス業界に対して期待を抱いている。コロナウイルスの蔓延によって、世界中で健康への意識が高まっているからだ。だからといって、デジタル接点を設けるだけで顧客とのつながりが維持されたり生まれたりする訳ではない。

ルルレモンが対応したのはチャネルのデジタルシフトではない。「Omni Guest Experience」という戦略意図を明確に持ち、顧客とのつながりを追求してきたからこそ、フィジカル店舗の人員もデジタル活用に柔軟に対応できたと考えるべきだろう。

【戦略意図】ホームフィットネス市場へ進出

これまで以上にフィジカル店舗という場所の呪縛から解き放たれたルルレモンが次にめざすのは、顧客の自宅に接点を置くことだ。ルルレモンは2020年6月、ホームフィットネスのスタートアップ企業Mirror社を5億ドル(約527億円)で買収している。

Mirrorとは、自宅に設置する鏡型のフィットネスデバイス。ユーザーはこのデバイスを通じてインストラクターとつながり、自宅にいながらにして多種多様なフィットネスクラスに参加できる。

「Mirror by ルルレモン」
「Mirror by ルルレモン」(画像:ルルレモンのサイトよりキャプチャ)

私たちはMirrorによって、ゲストとさらに深いつながりを創り、ゲストの体験の中で私たちのプロダクトの良さを際立たせることができるだろう。(ブルゴイン氏)

顧客の使用時間への関与をさらに深めることで、次の選択機会をも取り込んでいく強力なリテンションのループを実現しようとしている。また顧客行動を知ることで、次の“Product Innovation”へもつなげていくだろう。

ルルレモンのこの動きは、“Market Expansion”という視点から見れば、ヨガウエア市場から急成長するホームフィットネス市場に進出したことになる。この業界には、先駆者であるフィットネスバイクの「Peloton」がいる。彼らもまた顧客の自宅にSmart Bikeなどのデバイスを送り込み、そこを通じたフィットネスプログラムを提供している。

「Peloton」のイメージ動画

筆者はNRF2020で「Peloton」のセッションに参加し、NYにある収録スタジオも訪問した。ルルレモンと同じく、顧客との強いエンゲージメントを築くモデルを持っている企業であると感じた。

「Peloton」もコロナ期間に顧客を急増させており、2020年第1四半期(7-9月)には前年同期比2倍の会員を獲得。2020年第2四半期(10-12月)にも市場予想を上回る売上高を計上し、通期業績予想を引き上げている。

デバイスはSmart BikeからTreadmillへと拡張。さらにはアプリを用意したほか、提供するプログラムも、バイクエクササイズからランやヨガなどに及んでいる。そして彼らもまた、オンラインストアでウエアも販売しているのだ。

Pelotonのアパレルストア
「Peloton」のアパレルストア(画像:Pelotonのサイトよりキャプチャ)

ルルレモンと「Peloton」は、出自のプロダクトだけを見れば、ヨガウエアとSmart Bikeであり全くの異業種と言える。しかし彼らが提供している「顧客体験」という視点から見れば、明らかな競合と言えるだろう。

ここからわかるのは、新たな顧客接点の創造は新たなサービス開発を促し、プロダクトに基づく業界区分を無意味化するということだ。顧客とのつながりを強固にしたリテール業界の先駆者は、リテールを超えた新しいビジネスモデルを手に入れ、業界を超えた新しい競争が生まれているのだ。

変化するリテールの競争要因

コロナへの対応の先に、先駆者が何を見ているのか。そこでの競争要因は何になるのか。ウォルマートとルルレモンという2つの先駆者の取り組みから、共通する3つの要因を導出したい。

  1. 顧客体験へのフォーカス
  2. データを活用した顧客サービス開発
  3. 新たな顧客接点の創造

これらを組み合わせて新たなビジネスモデルを生み、ウォルマートは顧客の冷蔵庫から食行動を、ルルレモンはMirrorからフィットネス行動を把握する。

つまり購入時点ではなく、購入後にサービスと接点を配置することによって、顧客の使用時間における行動を把握しようとしている。それは、使用時間の把握こそがパーソナライズの精度を高め、次の商品選択における提案権を手にすることになるからだ。

そしてもう1つ注目すべきは、これらの3つの要因すべてを顧客にコミットするChief Customer Officer、CCO)が束ね、一貫した戦略行動として進めている点である。これは従来のリテールにはない形と言えるだろう。

◇   ◇  ◇

環境激変の中で開催されたNRF2021。2020年を乗り越え、次の成長を目指す先駆者に注目して見えてきたものは、決してオフライン店舗でのデジタル対応といった局所的な取り組みの巧拙ではなかった。そこから見えてきたのは、「5年の変化が5週間で起きた」ことによって、急速に解像度を上げた戦略意図だ。

それがNRFというオープンな場で、すでに実例を伴って具体的に語られていた。何よりも、この異様なまでのスピードにこそ、衝撃を受けるべきだと思う。

リテールという顧客に最も近い業態の変革は、顧客行動の変化をさらに加速させる。その先に顕れる新たな競争を見据えれば、自社はどう変革すべきか。変革への取り組みスピードは、本当にいまのままで良いのか。NRF2021はリテールだけでなく、バリューチェーンに連なるすべての企業に、その問いを突きつけるカンファレンスになったと言えるだろう。

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