コロナで変わったカスタマー・ジャーニー。フルフィルメントチャネル別によるロイヤルティへの影響とこれからの消費者像とは
Amazonへの対抗策、もしくは共存方法の模索といったテーマ、無人店舗の進化についての話題が多かった2020年の全米小売業協会(NRF)主催のリテール展示会「NRF Retail's Big Show」。しかし、2021年はガラリと変化。オムニチャネル化の重要性、コロナ時代の店舗体験に関する議論が中心となった。NRFで語られた議題の内容を深掘りし、新型コロナの余波が事業者、消費者双方に与えている変化を見ていく。
「BOPIS」と「カーブサイドピックアップ」が顧客にもたらす価値
筆者(編注:顧客時間の奥谷孝司共同CEO)が注目したのは、RPA(Robotic Process Automation)開発で有名なVerint Systems社のセッション「How retailers win on CX now(今、小売り事業者が顧客体験で勝つには)」で語られたコロナ禍におけるカスタマー・ジャーニーの変化だ。これは顧客時間が提唱する、オンライン・オフラインで見た「空間」軸、選択・購入・使用の「時間」軸で見た場合の購買体験から成り立つ「顧客時間」の変化に関するレポートだった。
セッションでは、コロナ禍において、アメリカの消費者が「検討→購買→商品受け取り」というプロセスをどのように行っているかが解説された。アメリカでもいまだに商品の検討、購買行為はお店、つまりオフラインが主流とのことだ。
しかし、購買商品の受け取り方法に関しては、店頭はもちろん、ECで購買し自宅に運んでももらうデリバリーに加え、車中受け取りの「Curbside Pick Up(カーブサイドピックアップ)」、店頭受け取りサービスの「BOPIS(Buy Online, Pick Up in Store」が台頭しているという。
フルフィルメントが与える顧客満足度、信頼、ロイヤルティへの影響
特にスーパーなどにおいては、デリバリーに加えてカーブサイドピックアップの需要が高まっている。このことは、車社会、小売業における従業員の安全確保など、アメリカ独自のWIN-WIN関係が影響しているように思う。さらに、このセッションでは以下のような図から、商品受け取りチャネルはどのように顧客満足や信頼、ロイヤルティにつながるのかという解説が行われた。
興味深い点は、ロイヤルティにつながるのはやはり店内購買であるが、EC購買後の自宅配送やBOPISはブランドに対する信頼に基づいて行われているということだ。
そして、この4つの商品受け取り行動に求められることとして、次のような点が紹介された。
- 自宅配送:デジタル体験、品ぞろえ
- カーブサイドピックアップ:価格、デジタル体験
- BOPIS:デジタル体験、品ぞろえ
- 店内購買:品ぞろえ、価格
さらに、顧客の期待においても、サービス浸透の差によって顧客が求めているものが大きく違うこともわかった。
- 自宅配送:買った商品に対する満足
- BOPIS:店員対応
- カーブサイドピックアップ:わかりやすい利用方法
BOPISがうまくいっている業界は百貨店、専門店、カーブサイドピックアップはディスカウントストアという。
日本はまだBOPISが浸透しているとは言い難い状況だが、今後のオムニチャネルの進展を考えるのであれば、このような商品受け取りチャネルにおける顧客体験の違いを細かく理解し、サービス体験の向上に努める必要があるだろう。
また、今後はカーブサイドピックアップとBOPISの違いを顧客視点からも理解する必要があるように思う。さらに、企業側も店頭受け取りサービスを店内で行うのが良い業界、店外(駐車場)で行うのが良い業界といったことも調査していく必要がありそうだ。
フルフィルメントチャネルが与える顧客満足度、信頼、ロイヤルティへの影響は、技術受容を積極的に行い、新しい顧客体験を提供し続けるアメリカ小売業から学ぶべきことが多いと痛感させられた。
ウイルスと分断の時代で消費者は疲れ、癒しを求めている
コロナ禍を経て消費者はどのように変わっていくのかについて解説したい。顧客時間では、三井住友カードと共に1年近く、日本におけるコロナ禍の消費者行動変化を追い続けている(詳しくはサイトから見ていただきたい)。チャネルのデジタルシフトに始まり、応援消費、食関連ビジネスにおけるデジタル化の進展に見られる通り、顧客は今、家中消費へ移行している。
このような消費行動の変化は世界中で散見されるが、顧客の心理状態はどうなっているのだろうか? また、このような未曾有な経験を経た顧客が今後も同様の消費行動をとるのだろうか?
この問いに答えてくれているセッションがあった。「Consumer Behavior: Making sense of Aftermath of Uncertainty(消費者行動:不確実性の余波を利用する)」と題したこのセッションで、まさに「不確実な世界に突入した顧客はこれからの消費行動にどう折り合いをつけていくのか」といったテーマを取り扱い、2023年を見据えた消費者像について語っていた。
このセッションが示したこれからの消費者像は4つのペルソナだ。
この中で、もっとも詳細に説明されたのが「The Predictors」と「The New Romantics」というペルソナ。直訳すると「予言者たち」と「新しいロマンティシズム(新ロマン派)たち」といったところだろうか。
「The Predictors」(予言者たち)
まずは「The Predictors」について解説する。私の理解では、彼らは新しい保守派と表現できる。
- タイプ:オンラインとオフライン、家庭と仕事を忙しなく行き来することで、感情的にも経済的にも疲れ果てた消費者
- 求めていること:安定と安心を求めながら、マルチタスクを最適にこなすためのインターフェースとしての企業やサービス
- 適した(必要とされる)サービス:自動補充、事前予約、サブスクリプション、個別最適化された自動値引き
このトレンドは日本でも顕在化していきているように思う。三井住友カードとの調査でも、「変化適応型」というペルソナが出てきている。彼らは一見、現在の生活をうまくこなしているようだが、実際はかなり心理的にも精神的にも疲れがたまっていると考えられる。
一方、このような顧客セグメントは、これからの時代の新サービスを利用してくれるアーリーアダプターとなる可能性が高い。買い物の迅速化とシームレス化は、まさにオンライン小売業の得意領域だ。
先述の通り、オフライン小売業もBOPIS、EC対応などやるべきことが多くある。消費者の利便性向上にデジタルを活用しながらいかに対応していくのか? この課題に対する迅速な対応がオンライン小売業だけでなく、オフライン小売業にも求められているだろう。
「The New Romantics」(新ロマン派)
「The New Romantics」であるが、筆者の理解では2020年代の新しいヒッピーとでも表現したい顧客セグメントである。このセッションの解説を聞いた筆者が抱いた消費者像は、以下の通りだ。
- タイプ:内向きで、心理的癒しと精神的衛生を求めている人たち。「The Predictors」同様に、コロナ禍での生活には柔軟に対応
- 求めていること:テクノロジーを活用して仕事の生産性を高めながら、ワークライフバランスを求めて郊外、地方へと気持ちを向かわせることで、Local Community(地域コミュニティ)への想いを強くしている。自然への回帰やメンタルヘルスへの志向が高い
- 適した(必要とされる)サービス:(ここはアメリカらしいとも言えるが)合法ドラッグも含めて、マインドフルネスや瞑想へのニーズも高い
この顧客像を三井住友カードとの調査に照らし合わせると、巣篭もり消費のセグメントが思い浮かぶ。日本人消費者の場合は、メンタルヘルスへの対処法がサービスとして未発達でもあるためアメリカ人のように消費意欲が旺盛とはいかない。だが、地方への憧れ、温泉旅行への思いといったニーズは見え隠れする。やはり、コロナ禍で世界中の消費者は疲れ、癒しを求めているのだ。
その抑圧された環境が、「損したくないという防衛反応から来るスマートショッパー」へと向かうのか。それとも、「世界を動き回ることのリスクや無駄を改めて理解し、テクノロジーを活用して地元と身近な人々を愛するスマートショッパー」の方に向かうのか? 正解はないが、おそらくこのようなマインドを誰もがある程度有しながら、これからの時代を生きていくことになるのであろう。
これからの消費者像と向き合うには?
最後にこのセッションのTakeaways(論点)として4つのポイントがまとめられた。1つ目は「予測の力」。今後はよりサブスクリプションや自動補充サービスが求められるようになる。
2つ目はコミュニティや家族、友人と言った身近なコミュニティや集団の重要性。ライフスタイルを表現できる商品やサービスへのニーズが高まる。
3つ目は、買い物とエンターテインメントを掛け合わせた「ショッパーテインメント」の重要性だ。ここにはライブストリーミング、アメリカでは「Pinterest」を経由した“Webrooming”(消費者が事前に商品情報をWebで検索して、価格やレビューなどを調べた後に、実店舗を訪問し、店頭で購入すること)、オンライン接客などの進化に加えて、オフラインでのデジタルを活用した新しいショッパーテインメントも求められるであろう。
個人的にはこんな時代だからこそ、BOPISやカーブサイドピックアップといった顧客の利便性向上に寄与する買物体験だけでなく、新しいリアル店舗での楽しさをデジタル活用しながら、実現したいところだ。
最後は、仮想現実世界への準備だという。世界最大のテクノロジー展示会「CES」でも、アバターを作って自ら参加する展示会体験を提供するメーカーもあった。私のような世代には「セカンドライフ」の再来のように感じるが、2000年代前半にはまだ早すぎたアバターを活用した仮想現実の世界に“居心地の良さ”を感じる顧客は確実に現れてくるであろう。ただ、最後のポイントは、今考えるには時期尚早であるように思う。
まず現在の小売業は、先の3つのポイントをしっかり押さえて、今お客さまにできることを考えることをおススメしたい。以上が、私からの「CES & NRFレポート」となる。
オンライン開催となった両カンファレンスの全体感を正しく捉えることができたとは思えないのだが、何度も見返し、いつでも見ることができるオンラインカンファレンスは言葉のハンディキャップを時間でカバーすることもできる。みなさんもぜひ、オンラインカンファレンスに参加してみてもらいたい。
奥谷氏から日本の小売り・EC事業者への「Takeaways」
最後に、私からの「Takeaways」は以下の2点だ。1つはまさに世界はデジタルで何ができるかのフェーズから、デジタルがいかに使えるかのフェーズへと進化しているという、行動のフェーズに移行していることだ。
ここで注目すべき点は、企業のテクノロジー活用が顧客にどのように受け入れられるかと、ハードウェアへの注目が高まるということだろう。改めてIoTに注目が集まっているが、ここはスタートアップだけではなく、ソニーのような大企業であっても活躍の余地が十分あることを覚えておいてほしい。
最後はやはり、消費者心理の変化に敏感になることだ。今の消費者は利便性と癒しを求めている。合理的な買い物だけでなく、新しい買物体験、“リテールティンメント”で消費者の課題解決を推進していくことが今後はますます重要になる。
スマートであることの定義も多様化していることを忘れずに、今後の消費トレンドをウォッチしておきたい。
さらにCESでも見られた通り、ヘルステックに今後注目が集まることは確実だろう。この市場でどのようなことができるか今から考えてもらいたい。
癒しを提供するのに必ずしもデジタルは必要ないし、ヘルステック市場に参入する必要はない。まずはデジタルを通して、今企業が提供できる“癒し体験”を表現し、理解してもらうことから始めてみてはどうだろうか。
多くのD2C企業は製品価値に加えて、このようなヒーリング要素を兼ね備え、ライフスタイルに新しい意味と価値を提供している。“癒し”というキーワードを広く捉えて、新しい買物価値と顧客体験を提供することで、この未曾有の世界を共に乗り越えていけたらと考えている。