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筆者である私(卒塔婆通販サイト「卒塔婆屋さん」店長で、運営元の谷治新太郎商店・代表取締役の谷治大典)は以前、畑違いの業界でサラリーマンとして働いていました。結婚を機に妻の実家が営む卒塔婆製造業というニッチな業界に転職。2012年に先代の義父から事業を引き継ぎ、6代目として会社のかじ取りを担うことになりました。

振り返ると、ECサイト開設後は失敗の方が多く、売り上げもしばらくはまったく伸びず、苦労したことが多かったECサイト運営。この記事では、「卒塔婆屋さん」の立ち上げや失敗、事業成長を振り返りながら、ECビジネスに役立つ情報を実例を交えて解説していきます。まずは、「そもそもECは適切なのか?」「自社の強みは? 弱みは?」などEC事業立ち上げ前の検討フェーズのお話です。

なぜ卒塔婆をECで販売し始めたのか?

私が代表に就任した時。顧客数と顧客単価は変わらないものの、顧客1件あたりの注文数量が減少してきており、それに伴い年商も下降していました。業界も斜陽産業であり、この状態は看過できない状況でした。

「卒塔婆屋さん」 卒塔婆 自社ECサイト運営 谷治新太郎商店 谷治大典氏
著者近影(谷治新太郎商店にて)

原因は少子高齢化、人口減少、檀家の寺離れなどの外的要因。顧客1件あたりの注文数量を増やす対策は現実的でありませんでした。そのため、単価を上げるか新規顧客数を増やすことを考えました

単価を上げる施策はすでに行っていましたが、売り上げの減少に歯止めがかからない状態だったので、新規顧客数を増やすことに的を絞りました。

タブーだったEC事業に舵を切る

そこで、まずは私自身が営業にまわりました。

しかし、卒塔婆業界は業者とお寺の古くからの結びつきが強く、2か月ほど営業しても1件も新規顧客獲得につながりませんでした。「このまま続けていても意味がない」と感じ、EC事業を始めることに。

当時、卒塔婆業界では販売価格を一般の人の目に触れるように表示することはタブーであり、それゆえECサイトもタブーとされていました。多くの同業他社はホームページは持っているものの、価格に関しては問い合わせから見積もりを提出するというやり方でした。

しかし、問い合わせをもらってから見積書を作成し、顧客に提示、その後、注文という流れは、顧客と企業双方にとって非効率で、利便性に欠けています。周囲の反対を振り切り、この一連の流れをインターネット上で簡単に完結できるEC事業をスタートしました。

2013年にECサイト「卒塔婆屋さん」を開設。紆余曲折を経て、当初700件だった顧客は2021年4月現在、3500件を超え、売り上げは直近5年間、毎年過去最高を記録しています。

「卒塔婆屋さん」 卒塔婆 自社ECサイト運営 谷治新太郎商店 谷治大典氏
卒塔婆を販売するECサイト「卒塔婆屋さん」

2019年には「カラーミーショップ大賞」(GMOペパボ主催)で地域賞、2020年には優秀賞を授賞することができました。

参考:売れる鉄則はありますか?「必勝法はありません」。「卒塔婆屋さん」が語る「改善の継続」が導いた自社EC成功の秘訣(https://netshop.impress.co.jp/node/8494

ECを始めた → 売り上げが伸びる時代ではない

EC事業を始めるにあたりもっとも注意しておきたい点は、EC事業を始めたからと言って、簡単に売り上げが伸びる時代ではないということです。

EC黎明期ではEC事業を始めれば割と簡単に売り上げを伸ばすことが可能でした。しかし、IT技術の発展により誰でも簡単・すぐにECを始められる現在では、新規参入障壁も実店舗に比べ低く、異業種からの参入も簡単。競争も激化しており、もはやブルーオーシャンではなく、レッドオーシャン化しています。

EC事業の目的意識と戦略を正しく立て、満を持して参入しなければ、徒労感だけが残り、良い結果は残らないでしょう。自社の強み・弱みなどの理解から始め、正しい努力とたゆみない改善によってのみ、企業の核となる事業として生き残ることが可能です

今回の記事では、ECサイトのデザインや運営といった実務的な話ではなく、経営全般、つまり企業の思想の部分を解説していきます。これはEC事業を始める上で最も重要な土台となる部分です。土台や基礎をおろそかにしては、いくら立派に見える建物を建造しても長持ちせず、崩れてしまいますから。

1:そもそもECを始める必要はありますか?

そもそも論ですが、あなたの会社やお店がEC事業を始める必要はあるのでしょうか?

① ゴールは何ですか? 企業トップの意識は?

「まわりがECを始めたから」「同業他社が始めたから」「なんとなく」

こういった考えは、EC事業を始めることが目的となってしまいます。ECサイトを開設した時点で満足してしまい、まったく売り上げが伸びず、知らぬ間にフェードアウトする、というパターンを私の周囲でも数多く見てきました。

EC事業を通じて「企業価値の向上、製品の価値を広め、成長したい」といったゴールを持たなくてはなりません。

今となっては偉そうに言っていますが、私も「卒塔婆屋さん」を開設した時点で満足してしまい、その後、良い結果を出せず、結局は遠回りをしてしまったという反省があります。

トップがEC事業に対して、ビジョンを持ち、コミットする覚悟があるかどうかも大切です。

自分はよくわからないから」と社内の人や専門企業に丸投げするのではなく、「私はECを通してこういった価値を提供したい」といったトップの考えや理念を社内に浸透させましょう。EC事業が始動してからも、トップ自らが「理念などに即しているか」を常にチェックする体制が必要です。

トップがEC事業に対して無関心ならば、社内のリソースを投下してまでECを始める意味はありません。

② 商材から考える?

どんな業界・業種・製品でもEC事業に向いているということはありません。

たとえば、どこでも購入できるナショナルブランドの商品を実店舗で取り扱っている企業が、これらの商品をECで販売しても、まず売れません。

ナショナルブランドの商品は「Amazon」などでも購入できるため、知名度のない企業が運営するECサイトから購入することはまずありません。そもそも、検索結果で上位表示するには競争環境が厳しく、勝負の土俵にすら上がれない厳しい状況になる可能性が高いです。

自社製品がEC販売に向いているのか、対面販売など他の販売手法に向いているのかを見極めることも、EC事業を成功に導くために重要な要素です。

③ 他に打つべき手はないか?

企業の社会的責任として、売り上げを伸ばして雇用を増やし、利益を出して納税することがあげられるでしょう。EC事業に参入するのは、売り上げと利益を伸ばすこと。ブランド認知度向上や情報発信といった側面もありますが、いずれも売り上げを伸ばすという目的達成の手段でしかありません。

「売り上げと利益を伸ばす」という目的達成のために、優先度が高い手段がECであるかの見極めも重要です。EC事業は手段であり目的ではありません

そもそも、「扱う製品にニーズがまったくない」「品質に問題がある」場合や、実店舗であれば接客やクリンリネスに問題があってストアロイヤリティが低下している場合などは、EC事業より社員教育などの見直しが先決です。

では、EC事業を始めるべきかの見極め方法ついて、順を追って説明していきましょう。

2:「環境分析」で自社を取り巻く環境を理解する

環境分析というと難しく聞こえますが、要するに「自社を取り巻く環境が現在どうなっているか」を理解する作業です。流れとしては、①世の中全体の環境を理解する「PEST分析」②業界環境を分析する「3C分析」③自社の強みや弱み、脅威などを知るSWOT分析」④自社の基本戦略を考える――で構成されます。

「卒塔婆屋さん」 卒塔婆 自社ECサイト運営 基本戦略作成までに行うべきこととその順番
基本戦略作成までに行うべきこととその順番

まずは、世の中全体の環境を理解するところからスタートしましょう。

① マクロ環境分析で世の中全体の現況を分析

はじめに、「PEST分析」を使ったマクロ=世の中全体の現状を分析します。自社を含む業界全体は、世の中全体=マクロ環境の影響を受けますので、無視できない重要な分析となります

「PEST分析」とは

世の中を4つの要素(観点)「Politics(政治)」「Ecology(経済)」「Social(社会)」「Technological(技術)」から分析を行う方法です。各頭文字を取って「PEST分析」と呼びます。

Politics(政治):ビジネスを規制する法律や政治動向、税制など

  • コロナ禍における飲食店への時短要請や罰則規定など
  • テレワークの推奨

Ecology(経済):経済水準、所得変化、為替・金利、物価動向など

  • 年齢層ごとの可処分所得など
  • 2020年のGDP成長率は前年比ー4.8%

Social(社会):人口動態、価値観、流行、ライフスタイルなど

  • コロナ禍における巣ごもり消費
  • キャッシュレス決済の普及

Techonological(技術):ビジネスに影響を与える技術動向、インフラ、IT活用など

  • 5Gによる通信の高速化
  • オンライン会議

② 「3C分析」で業界環境を分析

次に「3C分析」を使って自社が属する業界を分析していきます。自社を客観的に見るためには、自社と自社に影響を与える競合や市場の分析を同時に行うことが重要になります。

「3C分析」とは

自社を取り巻く業界環境について「Company(自社)」「Competitor(競合)」「Customer(市場)」の3つの観点から分析する手法です。各頭文字を取って「3C分析」と名付けられました。

「卒塔婆屋さん」を例として各項目を分析します。

Company(自社):自社の事業内容、扱う製品、資源や投資能力、特徴、理念・ビジョンなど

  • 卒塔婆製造業
  • 自社製造かつ優秀な職人が在籍しているので、他社で難しい特注品も製作可能
  • 製品・サービスを通じてお客さまの困りごとを解決する
  • 伝統文化継承へ情報発信をし続ける
  • ITへの投資はここ数年、毎年行っている

Competitor(競合):対象となる競合。異業種であっても、同質の価値提供を行っている場合は、競合になるという点を留意します

  • 同業他社でシェア1位のA社、ECで先行しているB社
  • 同業他社のEC事業への参入
  • 最近は製材業者の卒塔婆製造への参入、割り箸製造業者の卒塔婆製造への参入が相次いでいる
  • 個人経営や資本力の弱いところは廃業が相次いでいる
  • 中国からも参入している

Customer(市場):市場規模や成長性、顧客のニーズや消費行動

  • 卒塔婆の市場規模は30億円程度と予測
  • 市場自体は縮小している
  • コロナ禍で法事の縮小や中止、卒塔婆も菩提寺に依頼する檀家は減少
  • コロナ禍で疫病退散目的の祈祷が増え、護摩木の出荷量は前年比で2倍以上

「PEST分析」と「3C分析」は社内のさまざまなポジションの人たちを集めて、いろいろな視点から意見を出してもらい、メモを書いた付箋をホワイトボードに貼り付けて、グルーピングして整理整頓する手法がオススメです。

また、日頃から業界紙や経済誌を読み、最新の動向をチェックし、必要な情報を見極める習慣をつけておきましょう

③ 「SWOT分析」で自社の強みなどを考える

次に「PEST分析」や「3C分析」で集めた事実をベースに、「SWOT分析」を使って自社を分析します。「SWOT分析」は「世の中や業界全体がどうなっているか」という前提条件を共有することが必要不可欠です。そのため、「マクロ環境=PEST分析」と「業界環境=3C分析」といった事実が重要になります

「SWOT分析」とは

自社における「Strength(強み)」「Weakness(弱み)」「Opportunity(機会)」「Threat(脅威)」の4つの観点から分析する手法です。各頭文字を取って「SWOT分析」と呼びます。

「卒塔婆屋さん」を例として見ていきます。

Strength(強み)

  • 創業明治15年、伝統の技による高品質な卒塔婆
  • 自社製造のため、特注品や即納に対応できる
  • 現在全国3500件あまりの寺院や小売店に納品しており、高評価を得ている
  • 使用済み卒塔婆の回収や書き損じ卒塔婆の削り直しなどのアフターサービス

Weakness(弱み)

  • 新規顧客獲得コストの上昇
  • 自社製造のため、コストは割高になる
  • 多品種小ロット生産もあるので在庫が多い
  • 社員の高齢化

Opportunity(機会)

  • 卒塔婆以外の特注品受注の増加
  • ECサイトで購入することへの抵抗感が減ってきている
  • お寺も世代交代が進み、若い住職はECを日頃から使い慣れている
  • 条例により、卒塔婆を境内でお焚き上げできない寺院が増えてきている

Threat(脅威)

  • 人口減少・核家族化・寺離れによる卒塔婆供養文化の衰退
  • 製材業者や割り箸業者が卒塔婆製造へ参入している
  • 最近ではECで卒塔婆を販売する業者が増えてきている
  • コロナ禍による法事の減少や中止
「卒塔婆屋さん」 卒塔婆 自社ECサイト運営 SWOT分析 強み
「卒塔婆屋さん」の強みである「卒塔婆の削直し」

自社の基本戦略を策定する

世の中全体=マクロ分析と競合と市場分析を基に4つの要素で自社分析を行ってきました。次にこれら4つの要素をかけ合わせて、自社の進むべき方向性=基本戦略を策定していきます。

ここでの基本戦略とは課題解決のための仮説を立てることであり、正解ではありません。

機会×強み:自社の強みを機会に生かし大きく成長する

  • インターネット上で弊社の卒塔婆を使うことのメリットやこだわりを発信する
  • ECサイト上で特注品や即納対応をする
  • ECサイト上で特注品の見積り依頼を簡単にできるようにする

機会×弱み:弱みを補強して機会を生かせるように対策をする

  • ECサイト上で高付加価値の商品・サービスを展開する
  • SNSやブログを通じて伝統の技やメリット、役立つ情報を幅広く発信し、広告に頼らずに新規顧客を獲得する
  • ベテラン職人にしかできない技を使った特注品への対応

脅威×強み:強みを生かし脅威を避け機会として活かす

  • 100年以上行ってきた卒塔婆製造で培った技術と、それによって生じるメリットについて発信する
  • 卒塔婆を専門に長年培ってきた技術力と応用力で競合と差別化する
  • 法事の減少で苦しむお寺へのITを使った支援

脅威×弱み:弱みを理解し脅威を避け影響を最小限にする

  • 豊富なサイズ展開と即納体制構築
  • 顧客同士をつなぐサロン的な場所を提供する
  • 既存顧客への手厚いアフターフォロー
「卒塔婆屋さん」 卒塔婆 自社ECサイト運営 PEST分析 3C分析 SWOT分析 世の中や自社を取り巻く環境、自社の強みや弱みを知る
「PEST分析」「3C分析」「SWOT分析」などを行うことで世の中の状態や自社を取り巻く環境、自社の強みなどを知る・分析することが重要

ここまで世の中、業界、自社を分析し、理解を深め戦略目標を立てた結果、おそらくEC事業を始めることよりも、優先度の高いことも出てくるのではないでしょうか?

EC事業の優先度が高く、かつEC事業を始めることで、自社の製品・価値をより多くの顧客へ届けることができる

こんな仮説が立てられたのであれば、ECに的を絞った基本戦略策定に入ります。

◇◇◇

実店舗の売上不振、新規事業としてECビジネスを始めようとする企業が増えています。ただ、「新規参入を考えている」「ECを始めたが思ったような成果が得られていない」という方も多いのではないでしょうか。

この連載では、ECサイトの開設や運営全般について「卒塔婆屋さん」の事例を交えて解説していきます。連載の目的は、ECを使って業績を伸ばす、核となる事業とすること。巷にあふれる「簡単に売り上げを伸ばす方法」など、そういった類いの解説ではなく、基本の型をベースに1つひとつコツコツと、確実に階段を登って行くような内容で構成します。

非常にやるべきことも多く、楽な道のりではありません。私が経験から学んだことをお伝えし、少しでも皆さまの支えになればと願っております。

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谷治 大典

谷治新太郎商店 代表取締役、「卒塔婆屋さん」店長

卒塔婆通販サイト「卒塔婆屋さん」店長。明治15年、東京都日の出町で創業した谷治新太郎商店の代表取締役。

まったく畑違いの業界でサラリーマンとして働き、結婚を機に配偶者の実家が営む卒塔婆製造業というニッチな業界に転職。2012年に先代からバトンを受け継ぎ、代表として6代目に就任。

2013年ECサイト「卒塔婆屋さん」開設。2019年にGMOペパボ主催の「カラーミーショップ大賞」で地域賞、2020年に優秀賞を授賞。

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