岩井信也[執筆] 7/16 8:00

「顧客中心主義」を創業当時から貫くことで大きな発展を遂げたAmazon。「AWS」のサイトでは「お客さまをあらゆる仕事の中心に置き、お客さまが何を望んでいるのかを単に知るだけでなく、お客さまとそのニーズの背景を深く理解することにで、多くの利点がもたらされる」と説明しています。Amazonのように「顧客中心主義」のビジネスを展開するにはどうすればいいのか? まずは、「顧客中心主義」を掘り下げてみていきましょう。

「自社都合中心主義」と対比されがちな「顧客中心主義」

日本においては、「顧客中心主義」はその対義語である「製品中心主義」よりも「自社都合(あるいは自社利益)中心主義」との比較で語られることが少なくありません。それは伝統的な「お客さま第一主義」、もっと砕けた言い方では「お客様は神様です」という言葉が大きな影響を与えていると言ってもよいでしょう。

ちなみに、この「お客様は神様です」という言葉について、その生みの親といえる三波春夫氏のオフィシャルサイトで、このフレーズに込めた本意を説明するページが掲載されています。

そこでは、「自身の芸(歌)を神前に捧げるがごとく、聴衆(お客さま)を神さまに見立てて真剣に披露する」という趣旨でインタビューにて発した言葉が、当時のお笑い芸人の表現によって、本人の意とは異なる意味で広まった経緯が丁寧に説明されています。

要約すると、三波さんにとって「お客さま」とは観衆・オーディエンスであり、お客さまは神なので「徹底的に大事にしてこびなさい」「我慢して尽くしなさい」といった意味を否定しています。非常に興味深いのでぜひご一読下さい。

さて、こうしたことから、日本では「お客さま第一主義」や「顧客起点」を掲げながら、「製品中心主義」な企業が多く存在します。これらの企業の特徴は、

  • 自社の顧客データではなく市場データばかり集める……自社顧客の特性への理解不足
  • 自社顧客層(像)の固定的理解……顧客の多様性や変化に対する感度不足
  • 顧客管理における財務会計的視点の不足……製品の収益管理のみで顧客の収益管理はしていない

などの点があげられます。これらの特徴はいわゆる「LTV経営」とは真逆であることがわかります。つまり、日本では「顧客中心主義」は企業の具体的な成長戦略ではなく、理念やモットーとしての位置付けになってしまっているのです。

「顧客中心主義」は「製品中心主義」への批判から生まれた

「顧客中心主義」は英語で「Customer Centricity」で、製品中心主義「Product Centricity」への批判から生まれました。アメリカでの中心的な論者は「One to Oneマーケティング」で一世を風靡したドン・ペパーズ&マーサ・ロジャース、ペンシルバニア大学ウォートンスクール教授で、自らデータ分析サービス会社も経営するピーター・フェーダーなどがあげられます。

そのピーター・フェーダーが「製品中心」と「顧客中心」のアプローチに違いを解説した講演を、ウォートンスクールのYouTubeチャネルで視聴することが可能です。一般人にもわかりやすいレベルになっていますので、日本語字幕にすればおおむねその内容を理解できます。

「製品中心」と「顧客中心」のアプローチの違いを解説した動画

ここでフェーダー教授が引用している製品中心と顧客中心の2つのアプローチの違いをまとめた表は邦題「顧客中心組織のマネジメント: 『製品中心企業』から『顧客中心企業』へ」(日本生産性本部)という書籍に掲載されており、以下に引用します。なお、この書籍はちょっと翻訳に癖がありますが、日本語で読める数少ない顧客中心主義の解説本でオススメです。

「自社都合中心主義」を改め「顧客中心主義」になろう!~「お客様は神様です」の呪い
製品中心主義と顧客中心主義の対比(出典:「顧客中心組織のマネジメント: 『製品中心企業』から『顧客中心企業』へ」から表を編集部が作成)

特に強調すべきと思われるこの2つのコンセプトの比較は、

  • 戦略ゴール:「顧客にとってのベスト製品」対「顧客にとってのベストソリューション」
  • 優先順位決定の鍵:「製品のポートフォリオ」対「顧客のポートフォリオ」
  • 価格設定:「マーケットへ向けての価格」対「価値とリスクに対する価格」
  • 評価基準:「新製品の数、他」対「顧客のライフタイムの価値、他」

などが、「製品中心主義」と「顧客中心主義」の違いをより鮮明にしていると言えます。

また、これと類似するものとしてマーケティング・ミックスの4Pと4Cの比較も象徴的です。

  • Product(製品)⇔ Customer Value(顧客にとっての価値)
  • Price(価格)⇔ Cost(顧客が価値を入手するための費用)
  • Place(流通)⇔ Convenience(顧客にとっての利便性)
  • Promotion(広告、宣伝)⇔ Communication(顧客とブランドのコミュニケーション)

STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングの3要素)と4Pを世に広めたコトラーは、間に4Cを挟んで、STP→4C→4Pの順番で検討することを推奨しています

つまり、「顧客にどのような価値を提供するのか」を明確にした上で、製品やサービスを企画するということです。まさに顧客中心の考え方といえるでしょう。

「顧客中心主義」とは、企業が成長し存続し続けるための原動力は「製品」ではなく、「顧客(との関係構築)」であり、製品は顧客に提供する価値が形になったもので、それは顧客にとってソリューションとしての意味を持つという考え方です。

ですので、顧客中心のアプローチが上手くいったかどうかの尺度は、「顧客との中長期的な関係構築によって自社が得られた利益=顧客生涯価値」ということになるのです。

◇◇◇

カタログ通販を中心としたダイレクトマーケティングでは当たり前のように使われてきた、顧客との中長期的な関係構築を通じて企業やブランドの成長を実現するための管理指標「LTV」(顧客生涯価値)。近年のEC化、D2Cなどの浸透で、一般的なマーケティングの世界でも「LTV経営」「次世代経営指標LTV」といったワードを頻繁に見かけるようになりました。

ただ、顧客中心主義に関する一般的な「誤解」は少なくありません。連載を通じて、その誤解を解きながら、戦略的かつ実践的に顧客中心主義は自組織にインストールするためのアプローチについて解説していきます。以上です。お楽しみに。

筆者からのお知らせ

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