松原 沙甫[執筆] 8/22 7:00

EC業界で活躍する“人”の取り組みを顕彰する「ネットショップ担当者アワード」で、最優秀賞の「ネットショップ担当者アワード(MVP)賞」を受賞したマッシュスタイルラボ EC事業本部 EC事業部長の今井貴大氏。アフターコロナの市況に移行した後もEC事業の売上高は2ケタ成長を維持し、グループのEC事業拡大に貢献したことが評価ポイントとなった。EC事業成長の立役者となった今井氏にインタビュー。これまでの軌跡やEC事業を運営することの難しさ、課題まで広く語ってもらった。

マッシュスタイルラボEC事業本部EC事業部長の今井貴大氏(画像中央の男性)
マッシュスタイルラボEC事業本部EC事業部長の今井貴大氏(画像中央の男性)

コロナ禍後も2ケタ成長し続けるEC事業

マッシュグループでファッション事業を担うマッシュスタイルラボは、「スナイデル」「ジェラート ピケ」などレディースブランドを中心に20を超えるブランドを展開している。今井氏は2020年4月、EC事業の責任者に就任。以来、ブランドのオフィシャルサイト16サイトの責任者を務めている。

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実店舗の営業責任者をしていた経験を生かしたコロナ禍における店舗スタッフのオンラインでの活躍の場作りや、ブランドや事業を横断して買い物できるアプリのローンチをけん引するなど、顧客にとって「買い物しやすい」「毎日楽しめる」設計作りを強化し、グループのEC事業拡大に貢献してきた。

マッシュスタイルラボ EC事業本部 EC事業部長の今井貴大氏
マッシュスタイルラボ EC事業本部 EC事業部長の今井貴大氏

多くの企業がコロナ禍の影響を大きく受けた2022年8月期に、マッシュグループのEC事業売上高は前期比約30%増となった。

グループ全体の売り上げは、直近の決算となる2023年8月期、同11%増の1134億円に達した。「EC事業の成長は、アフターコロナによる店舗営業の再開によりコロナ禍当時と比べると緩やかになったものの、増収増益で推移しています」(今井氏)

マッシュスタイルラボが運営するファッションブランドの1つ「スナイデル」の自社ECサイト
マッシュスタイルラボが運営するファッションブランドの1つ「スナイデル」の自社ECサイト

EC事業の特徴には、売上高の規模だけでなく、EC化率の高さもあげられる。EC化率は月間36%~38%台を維持。コロナ禍の2021年~2022年でのEC化率は40%に到達していた。

今後も同様に30%台後半から40%台をキープしたいと考えています。(今井氏)

ECと店舗の両方で使いたくなるアプリを設計

EC事業成長の要因の1つに、アプリのリリースがあげられる。マッシュグループは2022年、公式アプリ「マッシュストア」をリリース。今井氏はこのアプリの運用責任者も務めており、立ち上げにも大きく貢献した。

「マッシュストア」はファッションのみならず、ビューティーやライセンス事業などグループのオリジナルブランドを横断して買い物できるマッシュグループ公式アプリという位置付け。リアル店舗への来店機会の増加をめざして、現在地から近隣のマッシュグループ運営店舗の一覧が閲覧できるマップ機能も搭載している。

2022年にリリースしたアプリ「マッシュストア」
2022年にリリースしたアプリ「マッシュストア」

アプリを開発する際、一般的に使いやすさに比重を置きすぎるとブランドの世界観が薄れてしまいやすい。一方で、デザインやブランドの世界観を押し出すことにこだわりすぎると使いにくくなる。「マッシュストア」はそのバランスを取った。

店舗で使えるクーポンの配布など、ECだけでなく実店舗でも使えるような機能を付けて、お客さまがチャネルをまたいで使えるアプリをめざしています。お客さまにとって「デザインがちょっと可愛くてテンションが上がる」アプリがあることで、ECと店舗の両方で使いたくなるアプリになるよう設計しました。(今井氏)

マッシュスタイルラボ EC事業本部 EC事業部長の今井貴大氏

デイリー使いを狙った「お天気機能」を実装

アプリ強化の一環として、2023年10月に「お天気機能」を実装した。天気予報を確認できたり、利用者の位置情報に合わせた天気を表示。それに加えて、気温に合わせたコーディネートや、時間帯によって変化する天気に対応できる着こなしを提案する。

アプリに出てくるコーディネートは、スタッフによるスナップをその日の気温に合わせて紹介しています。マンスリーのアクティブ率は30%ほど。お客さまにとってデイリーで使いやすい機能を実装したことで、アクティブ率が急激に上昇しています。(今井氏)

ダウンロード数、アクティブ率にも手ごたえ

「お天気機能」は販売に直結する機能ではないため、通常、ショッピングを主体としたアプリに実装するケースは少ない。顧客が毎日アプリを閲覧して楽しみながら、ファッションについて意識してもらえるように実装した機能なので、アプリによる売り上げへの影響というよりは、アクティブ率の向上につながることを目的としている。

「マッシュストア」アプリに追加実装した「お天気機能」
「マッシュストア」アプリに追加実装した「お天気機能」

その成果は確実に現れているようだ。アクティブ率の向上に加えて、ダウンロード数は130万超となっている。さらに、1年間に複数ブランドで合計2回以上購入した顧客は12%にのぼる。アプリ導入前は5%だったため、比較すると2倍以上進捗している。

お客さまがアプリをダウンロードするタイミングは、店頭が約9割。店舗スタッフがダウンロードを呼びかけた成果が大きく、アプリがECだけでなく店舗にとってもプラスの存在となっていることの表れだと感じています。(今井氏)

ファッション領域とビューティー領域の相互作用

マッシュスタイルラボは2022年、ファッション領域とビューティー領域の会員データ統合に着手した。CRMに対する取り組み強化を狙ったもので、両領域の相互送客を図る。

組織としてもCRM室を立ち上げてMAツールを導入したほか、メルマガ、プッシュ通知、LINEを使った相互コミュニケーションの充実に取り組んでいる。今期のEC事業においては、それによる成果が顕在化することを期待している。

すでに、データ統合による効果は徐々に現れており、その1つが合わせ買いの増加につながっている。たとえば、ファッションブランド「スナイデル」には、「スナイデル ビューティ」というビューティーブランドがあるが、既存の「スナイデル」顧客への的確なアプローチや、ファッションからの派生を軸としたブランディングが奏功し、「スナイデル ビューティ」の限定販売品が30分で完売することもあるという。

そのときは1万2870円の化粧品セットを100個用意していたのですが、30分で完売しました。普段ファッションアイテムを購入している顧客層が、化粧品セットだけを購入するのは異例。ファッション領域とビューティー領域の相互作用には大きな可能性があると感じました。(今井氏)

MVP受賞者が語る「ECならではの楽しさ」

今井氏によると、マッシュスタイルラボのEC事業はここ数年間、新卒で入社した人材が徐々に主力となってきている。

一見すると、外部から中途人材を獲得する方が効率的だと思われやすい。しかし、マッシュスタイルラボでは、時間をかけてでも新卒の社員を生え抜きで育成することが大きな成果に直結することを実感している。未経験から自社で育てることで、人材が会社のブランドや風土をより深く理解し、実践にも生かせると判断している。

EC事業ならではの業務の特徴も、若手の人材にとってモチベーションアップにつながっている。今井氏はEC事業の業務について、①サイトの利便性向上につながる工夫など、軽いフットワークで動ける ②成果が出やすい ③個人で取り組んだことが売上高などの数値的実績として返ってきやすい――ことなどを筆頭にあげている。

サイト改修、広告運用、UI・UXの改善などによって劇的に効果が出ることがあるので、やりがいを感じることができます。また、新しい技術に触れてそれを業務に取り込んでいけることも楽しさを感じるところ。新しいツールを導入して成果につながったとしても、EC担当者にしか明確な理由はわからないですから。実績として成果につながると、事業部内やブランド担当者とうれしさをかみしめています。(今井氏)

マッシュスタイルラボ EC事業本部 EC事業部長の今井貴大氏

必要なのは「ブランド理解」「数字の裏側を考える力」

一方で、EC事業を運営することの難しさや課題についても指摘する。その1つとして数字、つまりデータに惑わされないことを課題としてあげる。

たとえば、広告のROAS(費用対効果)やCTR(クリック率)などのデータは、取引先である代理店などからは一見、良い数値が返ってくるが、その裏側まで読まないと、成果の誤認やコストの増加につながる危険性があるという。

その一例として語るのが、ファッションブランド「ジェラート ピケ」の事例だ。「ジェラート ピケ」の場合、広告費やリスティングといったROASのデータは圧倒的に高いという。しかし、「広告費やリスティングといった施策が効果をあげているというよりも、ブランドそのものの知名度が影響していると思われます」と指摘する今井氏。「ジェラート ピケ」の場合、自然検索の結果で検索上位に表示される。その影響で広告数値にも良い影響が表れている可能性が高いからだ。

ブランドそのものの知名度が高く、ネイティブな流入が多い「ジェラート ピケ」
ブランドそのものの知名度が高く、ネイティブな流入が多い「ジェラート ピケ」

そこで、今井氏は「ジェラート ピケ」の広告やリスティングを停止し、その影響で顧客流入数が減少するかどうかをテストした。その結果、流入数の減少にはつながらなかったという。また、人気アプリ『Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)』とのコラボ商品を展開すると、サーバーがダウンするほど自然検索が殺到するという。こうした現象も、広告の効果はほとんど影響していないと見ている。

広告運用が得意な代理店や担当者が画一的なコンサルティングをしたとしても、ブランドのことも熟知していないと正確な理由までは分析できないと思います。私たちには「良い結果が出ました」というレポートしか来ませんが、その裏付けを取るために、もう一歩踏み込んで考える必要があるので、EC事業はその判断が難しさであり、腕の見せどころでもあると思っています。(今井氏)

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