アジア新興国でプレゼンスを確立している企業が実行している3つの事柄
重要な成功要因である「アンメット・ニーズに応える」「権限移譲とモニタリングを徹底する」「多様な人材を活用する」という3つのポイントについて、日本企業の状況をふまえて成功への道筋を解説します。
ここまでは、日本とは状況が大きく異なる市場への進出において、多くの日本企業が直面する課題に焦点をあててきました。一方で、その中でもアジア新興国でプレゼンスを確立しつつある日本企業ももちろん存在します。
そこで次に、それらの日本企業のアジア新興国事業が、更なる規模の成長と利益の確保を実現し、自律的・持続的な成長フェーズへと発展させるために、私たちが特に重要であると考える点に注目したいと思います。
「アンメット・ニーズ」に応える
製品開発については、多くの企業が「消費者起点」が重要だと認識しています。しかし実際には、ハイエンド市場をターゲットとする中で現地ニーズを取り込んだ製品開発が不十分となってしまっているケースが見られます。
もちろん、グローバル製品であるということ自体が付加価値となるケースもありますし、経済成長に伴って日本市場と同等のニーズが生まれる段階に入ってくる市場もあるでしょう。
しかし同時に、新興国市場における重要なキーワードが「多様性」と「変化」であることも忘れてはなりません。今回のEYの調査では、「規模の経済」について過大評価に注意する必要がある、との指摘がされています。
新興国市場で成功しているリーディングカンパニーにおいては、常に消費者の多様性や変化をキャッチし、迅速かつ柔軟に適応する点に注力しています。コストや効率性は重要ですが、そのために消費者への価値提供に関して妥協しないことが重要です。
例えばある企業では、製品開発時に現地調査を行うだけではなく、製品開発機能自体を現地に常設し、自社の研究員が現地で生活を送ることにより、消費者の特性をより適切に把握するだけでなく、その変化についてもいち早くとらえることを可能にしています。
また、新興国市場の様々な都市に社員を配置するだけでなく、定期的に集まって情報交換を行うことで、現地で把握した情報を適切にモニタリングし、迅速に意思決定に活かす体制を整えている企業もあります。
「新たな市場を創出する」ことも非常に重要です。多くの企業が、消費者の特性・嗜好の変化の速さ、競合の追随の速さを背景に、製品サイクルの短期化と開発コストの負担増に直面しています。
これに対し、新たなカテゴリーを提示することで市場を創出したり、コスト等の面から事業性がなく、満たされていなかったニーズに関して新たなビジネスモデルを発明することで市場を創出したりすることができれば、その市場規模は非常に大きく、しかも長期間にわたって自社の優位性を維持することができるでしょう。
日本企業には、品質管理力や技術力に関して依然として定評があります。今回EYがグローバルで行ったインタビューにおいても、例えば、現地に合わせたパッケージと販売方法の発明、健康・清潔・環境保護などといった新たな価値観を提示する製品やサービスの発明など、日本企業のこうした点を高く評価する声も聞かれました。
アジア市場の位置づけや開発方針、既存の枠組みにとらわれない開発を可能にする組織設計などを再度見直すことで、現地の消費者の徹底的な観察を通じて潜在的なニーズを堀起こし、素早く自社の強みを活かした製品開発を行う体制が整えば、新興国市場の膨大なアンメット・ニーズを取り込み、継続して成長を達成する余地は一層高まると考えます。
権限移譲とモニタリングを徹底する
変化が激しく、かつ多様なアジア新興国市場で利益創出を達成するためには、現地への権限移譲が鍵になっていると私たちは考えています。今回EYが行った調査では、アジア新興国市場での消費財・流通事業において高業績を達成している企業では、利益を伴った成長を実現するために重要となる明らかに矛盾する数々の要素を、現地化を徹底すると同時に規律を維持することでうまくバランスをとって両立させていることが明らかになりました。
一方で日本企業においては、調査・インタビューや業界スペシャリストとの議論を通じて、ローカルの役割よりも、グローバル本社の役割が大きい傾向があることが分かりました。
もちろん分権と集権の「適切なバランス」というのは事業内容によってもフェーズによっても異なります。しかしそれを考えても、日本企業では現地への権限移譲が不十分なケースが多く見受けられます。
この背景には、海外展開による売上高・利益の成長に対するコミットメントが不十分、もしくは、海外展開の位置づけが不明確だという要因があると私たちは考えています。
アジアで成功しているリーディングカンパニーにおいては、事業の範囲や投資予算の額、ハードルレートや投資回収期間など、戦略と投資基準については投資戦略として明確に設定しています。例えば、早急に利益を回収するエリアや長期的な視野で投資を行うために一定期間は投資先行を覚悟するエリアなど、展開地域ごとの状況に合わせて明確な方針を持っています。
一方で、商品開発、サプライヤーの選定、マーケティング、販売チャネルの選定、パートナーシップやアライアンスなど、投資戦略の範囲内では徹底して現地に権限移譲しているケースが多く見受けられます。
ローカルと本社の間でローカル投資方針に関して事前に合意を行うと同時に、その範囲内で徹底的にローカルへ権限移譲を行うことで、必要な投資や戦略実行に関するスピーディな意思決定を実現しているのです。
また、モニタリングの徹底も重要なポイントです。現地のマネジメントは、移譲された権限の範囲内で意思決定を行うことができますが、同時に、本社に対する説明責任も負っています。アカウンタビリティを確保し、グローバルでの戦略の一貫性や効率性を担保することが、利益ある成長達成のためには重要となっています。
なお、本社サイドでは権限移譲の重要性を認識し、現地化を推進している場合においても、現地サイドでは項目・度合いの双方において権限移譲が不十分であると感じているというようなケースもありますが、ここでは本社と現地の認識のギャップという問題が生じています。こうしたことからも、本社と現地とのコミュニケーションを再度見直し、徹底することが重要となっています。
多様な人材を活用する
現地に権限移譲を進めると同時に、グローバルの戦略の一貫性を担保するには、適切な人材を確保し、活用することが重要となります。新興国においては、社員の離職率の高さ、給与上昇率の高さ、スキルの不足などが指摘されており、この人材の確保というポイントは、今回の調査・インタビューにおいて、多くの企業が課題であるとの認識を持っていた点となっています。
特に日本企業においては、社外人材の活用や業界外からの人材の活用に関する経験が少なく、適切な人材を確保できないことが現地への権限移譲が進みにくい一因にもなっています。
なお、企業買収により進出した際などには、本社人材の投入以外に、現地企業のトップをそのまま活用するケースもありますが、その際には、グローバル戦略の一貫性の担保という点が不十分となってしまっている場合も見受けられます。
実は、人材の確保・活用に関しては、日本のみならず、グローバルの調査・インタビューにおいても重視されているポイントとなっており、新興国市場における人材獲得競争の激化がうかがえます。
その中でも、アジアで利益を伸ばしているリーディングカンパニーとその他の企業において大きく傾向が異なったのは、前者の方が、現地企業において経営層を育てる、海外の他社からの人材を採用・投入する、現地の他社からの人材を採用・投入する、そして本社からの人材を活用する、というように、より多くのアプローチで現地の経営陣の獲得・育成に努めているという点でした。
また、マネジメント層の確保に加え、現地スタッフの育成・活用も重要なポイントです。今回の調査・インタビューの中で浮かび上がってきた日本企業の強みの一つに、例えば「カイゼン」「5S」といった取り組みや、決められたルール・手順に則った丁寧な作業・サービスなどといった、現場のスタッフの意識の高さが挙げられます。
日本企業のオペレーションの質の高さを支えているこれらの要素がアジア新興国市場においても実現できれば、前述したような「新たな市場の創出」の実現も可能となるでしょう。
グローバルのリーディングカンパニーにおいても、ベストプラクティスを各国・各地域のマネジメント層で共有し、グローバル企業としてのメリットを活かすための取り組みが進められています。
各国・各地域によって様々な条件が異なりますが、共通項を見つけて成功事例の横展開のスピードを速めることで、更なる利益拡大と成長の持続性確保につながると考えています。
▶この記事は、新日本有限責任監査法人の記事を転載しているものです。
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