クレーム、返品、コストが増えるだけ。消費者契約法の見直しは通販・ECには悪いことだらけ?
今後、通販・ECを運営するにあたり、手間やコストが増える可能性が大きい消費者契約法(消契法)の見直しが進んでいます。最悪のケースは注文の取り消しが増加し、売り上げの減少といったケースに陥ることも考えられます。「注文は取消可能に? ネット広告は規制される? 特商法・消契法の見直しは知っておくべし」で記載されている消費者契約法について、現在、内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会でどんな議論がされているかをご紹介します。
健全な商活動が阻害される。デメリットが大きい消契法の見直し
論点は多岐にわたっていますが、EC事業者にとって最も影響が大きいのは、「勧誘概念の拡大」という提案でしょう。
「勧誘概念の拡大」が実現すると、通販・EC事業者にとって次のようなことが発生する可能性が高くなります。
- クレームの増加
- 注文の取消し(返品)増加
- サイトやカタログなどでの表現の萎縮
- 顧客対応の手間やコストの増加
などなど、健全な商活動が阻害されるデメリットが大きくなると感じています。
さて、現在施行されている消費者契約法(第4条)に規定される取消権とは、「事業者が不当な勧誘をした結果、消費者の意思形成にゆがみが生じた(消費者が誤認した)場合、消費者は購入の意思表示を取り消すことができる」というものです(※条文を要約しています)。
「消費者を誤認させる不当な勧誘」として法律に掲げられているのは、次の3類型です。
- 不実告知(うそを言う)
- 断定的判断の提供(「絶対儲かる!」など)
- 不利益事実の不告知(メリットだけ強調してデメリットを言わない)
この「勧誘」については、現在の解釈では、不特定多数に向けた「広告」は含まれないとされています。しかし、現在検討が行われている消費者契約法専門調査会では、この考え方を変更し、「勧誘」に「広く『広告』を含めよう」という提案がされているのです。
何故こんなことが言われているかと言うと、消費者相談を受けている人たちの間に、「ネット上には虚偽広告や誇大広告があふれている」という認識があるためです。
消費者委員会専門調査会に消費者庁から提示された資料には、「広告等による又は広告を含めて、消費者の契約締結の意思形成に対する働きがあるといえるか」として、次のような事例が載っています。
では、この事例について1-1と1-2を見てみましょう。
- 事例1-1
インターネット上のオークションサイトで、「修復歴なし」の中古車を約76万円で落札した。
もし、中古車屋さんの店頭で「修復歴なしです。お買い得ですよ~」というセールストークを受けて購入を決めた車に、実際には修復歴があったのであれば、消費者契約法で「不実告知」として契約を取り消すことができます。
- 事例1-2
ネット検索で、100%必ず儲かると謳っている情報商材を5万円で購入した。
「これを読んで実行すれば100%儲かる」と口頭で説明され、「パチンコ必勝法」の書籍を売りつけられた場合には、「断定的判断の提供」として取消し可能です。
しかし、専門調査会では、「『ネット上に書いてあった』だけの場合には、それを見て購入を決めたとしても取り消しができない。これはおかしいではないか」と議論されているのです。ネットだけではなく、カタログ通販、テレビショッピングなどもターゲットとして検討されています。
その気持ちはわからない訳ではありません。ネット上だからといって、事実と違うことを書いたり、不確定なことを断定して書いたりするのは、もちろん許されないこと。情報商材のような怪しげなものが出回っているのも事実です。
ですが、それは「不当勧誘」というルールに当てはめて考えるべきなのか? 疑問に思います。今、目の前にいるアナタに向けたセールストーク(「勧誘」)と、不特定多数に向けている「広告」とでは、求められる規律は異なるのではないでしょうか。
ネット上の記載は、対面の世界でのチラシやパンフレットに当たると考えられます。販売員が、パンフレットを見せながら個別の消費者に積極的な働きかけを行えば、それは勧誘です。
ネットで同じことができるのであれば、不当勧誘の規律が適用されてもやむを得ないかも知れません。しかし、今のWeb技術は残念ながらまだそこまで進化していないのではないでしょうか(サイトを訪問した消費者とチャットでやり取りするとか、個別に宛名を入れてカスタマイズしたメルマガとかであれば、「勧誘」にあたるのかもしれませんが……)。
理論的には、このあたりの“仕切り“がきっちり整理される必要があると考えます。
伝えたいことは書けない、不利益なことは記載必須……こんな通販サイトだらけになるかも
実務的に問題になるのは、「不実告知」や「断定的判断の提供」ではなく、「不利益事実の不告知」です。
「不利益事実の不告知」はたとえば、マンションの宣伝文句に「眺望抜群!」とあるケース。販売事業者は、実は1年後に景観を遮る別の建物の建設が予定されていることを知っていたのに、お客さまには黙っていた――といった場合に適用されるルールです。
これを「広告」に当てはめると、「お客さまにとって不利益事実と思われることは、何でもかんでも広告に書いておかないと取り消される」。ということになってしまいます。
そんな広告は見にくいし、アピールしたいことが伝わらなくなってしまいますよね。
現在の条文には、不利益事実の不告知の前に、「利益となる事実を告げ」という前提条件が入っています。なので、眺望を特に売りにしているのでなければ、景観を遮る建物が建つことを告げなくても、それだけでは取り消すことはできません。しかし、実はこの点も見直しが提案されています。「利益となる事実を告げ」という前提条件を外してしまおうというのです。
そうなると、「不利益事実」の範囲が無制限に広がる可能性があります。“そのお客様にとって”大事なことが書いていなければすべて取り消しできる、となってしまう訳なんです(「大事なこと」の範囲についても議論がありますが、それはまた後日)。
ある程度リーズナブルな要件設定がされたとしても、ただでさえ無茶なことを言ってくる消費者が少なくない世の中です。専門調査会で議論されていることがそのまま通ってしまうと、理不尽なクレームが増えて対応コストが上がるのは間違いないと思います。
※今回のコラムのタイトルとリード文は編集部が加筆、本文を沢田さんが執筆しています。